セカンド・コンタクト
2026年(令和8年)11月29日午後4時42分【火星衛星軌道上 第1衛星フォボス 英国連邦極東・ユーロピア共和国共同宇宙基地『ダンケルク』内宇宙ドック】
原子力潜水艦をアルミと鉄鋼でコーティングした威容を誇る英国連邦極東軍の宇宙戦闘艦『バルフォア』横に、同じ大きさの、極めて時代錯誤な米俵を甲板に積み上げて一本の帆を張る千石船が鎮座していた。
バルフォアのメンテナンスで宇宙ドック内を行き交う作業員から、時折困惑の眼差しで見つめられる江戸時代の船舶を模した美衣子達三姉妹謹製の多目的船舶『大黒屋丸』である。
その操舵室では、久しぶりに降って湧いた仕事に取り掛かる二人の姿があった。
『デブリ群のうち、大気圏に突入する軌道を取る物は水素原子力ドローンを装着させてコース変換に成功。残りは大気圏を掠める程度で脅威判定対象外です』
「いい感じだね。デブリ群はこんなものとして、問題は通信だね。クリス、何とか出来るかな?」
『通信システムはすべてマルス・アカデミーに切り替え、惑星磁力線モード』
マルス・アンドロイドメイドのクリスがスイッチを押すと、酷い雑音交じりの音声しか聞こえなかったスピーカーからクリアな音声が響いてくる。
「ハロー。こちら『大黒屋丸』司令部どうぞ?」
呼びかけるソールズベリー。
『よく聴こえる。こちら司令部。このクリアーな通信システムはどの周波数なんだ?』
通信オペレーターが訊く。
「企業秘密です。詳しくはソールズベリー商会のホームページまで」
さらりと返すソールズベリー。
『ソールズベリー卿。今は緊急事態だ。佐世保ダウニングタウンのケビン首相には、私から報酬を弾む様に直接お願いするので通信システムについて教えていただきたい』
当直司令までもが登場してソールズベリー卿に助けを求める。
「司令官閣下。この通信システムは、火星から放出される磁力線を活用しているのです。電磁波を放って使用する地球人類のやり方では直接の応用は不可能です。
……ですが磁力線をキャッチして無線信号を磁力線に変換すれば、二手間ほどかかりますが、そちらの通信機器でも応用できるでしょう。
ソールズベリー商会には、この変換システムアプリを有償でインストールさせていただくサービスがあるのですが、ご利用されますか?」
『直ぐにでも利用したいのだが?』
「当サービスは事前支払制となっております。現金又はクレジットカードでお支払いください」
『現金は持ち合わせがないのだ。クレジットカードは名古屋生まれの嫁に握られていてな……物々交換ではどうだ?』
声を潜めて申し込む当直司令だった。
20分後、ダンケルク宇宙基地の通信システムは多少のタイムラグが生じたものの、使用可能となった。
当直司令は、連絡シャトルを種子島へ向かわせ、申し込んだ通信サービスと宇宙戦闘艦『バルフォア』の民間払い下げについて英国連邦極東首相のケビンに報告するのだった。
♰ ♰ ♰
――――――【裏人類都市『ウラニクス』外苑部ターミナル脇の格納庫】
「うーん。ここをこうして……磁気エネルギー変換パターンを絞れば、出力暴走は無いかも」
独り言を呟きながら、ミル25メガ・ガンシップに搭載されていたハイスペック荷電粒子ランチャーを改良していく瑠奈。
郊外の湖から未確認巨大生物が多数出現したと聞き、満以下大月家一同はターミナルから湖へ出掛けており、広い格納庫の中に居るのは留守番中の瑠奈だけだった。
「……よし、これくらいなら大丈夫っス?」
やや自身のない瑠奈。
「お父さんやひかりの前で正座は足が痺れるし、今度は慎重に行かないと。
美味しいひかりのご飯抜きは育ち盛りの瑠奈には死活問題っス……という事で試し撃ちにいくっス!」
そう独り言を言うと、自作のパワードスーツに乗り込んで荷電粒子ランチャー片手に、ウラニクス警備隊向けに試作開発中のワームバスター23型パワードスーツ搭乗タイプ=WB23Pにむんずと乗り込み、湖とは反対方向にあたる南の荒野へ向かう反省の乏しい瑠奈だった。
† † †
2026年(令和8年)11月29日午後4時45分【火星アルテミュア大陸中央部 裏人類都市『ウラニクス』郊外の湖】
明るい水色に輝く湖水の畔で、大月家一行と木星原住生物とのセカンド・コンタクトが行われていた。
湖の畔ではディアナ号から降りた満達と、湖から現れたばかりの水素クジラや水素クラゲ、水素カニが向かい合っていた。クジラ上の琴乃羽美鶴が大月家一行の仲間にして欲しそうな顔をしているのだが、岬渚紗の鋭い眼光に怯えてアダムスキー型探査機のコクピットから半分だけ顔を出した状態で様子を伺っている。
水素クラゲ上のシャトルに居る名取優美子と天草華子は、探査シャトルから日本列島へ向けて無事を伝える通信を送ろうと機器に取り付いて悪戦苦闘している。
尚、裏人類都市ウラニクス市民は劉市長の”木星人がポケモンGOの末に火星来訪?刺激がキツ過ぎるわっ!”との判断で屋内退避している。
「つまり、この浮遊するクジラやクラゲ、巨大カニは今もまだ木星の影響下にあるということですか?」
満が岬渚沙に訊く。
「ええ。あのオーロラとその下で渦を巻く雲塊は、木星由来のものでしょうね」
タブレット端末を見ながら答える岬。
「事実、上空のオーロラを形作っている荷電粒子は、木星方向から火星に今も降り注いでいるイオン粒子と同一よ」
美衣子が解説する。
「更に捕捉すると、雲塊とその周辺は台風の目の様に気圧が低くなっている。だから周辺からの気流を引き寄せて渦を巻いているのよ」
えっへんと胸を張って説明する結。
「あれ?以前結が木星大赤斑最深部へ行った時の記録だと、あそこは超高圧、超重力じゃなかったっけ?
……いくら木星の影響があると言っても、火星の環境に適応出来るものかな?深海魚が陸に上がった時みたいに目玉が飛び出したりしないんだ?」
首を傾げる満。
「そこが今回の現象における注目点です。私は木星からの「影響」というよりもむしろ『木星環境そのものが一時的に出現』していると考えます」
答える岬。
『ソノ通リダ、三番目ノ星ノ子』
不意に頭上で対峙している水素クジラから声が響く。時々フシューと語尾に空気が混じるので、口から発声しているのか、潮吹き穴から発声しているのか不意に気になってしまう満。
『母ナル星ノ強イ磁場ガオーロラノ下デハ有効ナノダ。コノ身体ガ浮イテイルノモ、磁場ヲ利用シテ反転エネルギーヲ生ミダシテイルカラナノダ』
『オーロラノ下ノ空間ハ、ハハナルホシノ磁場デ超高圧二保ッタレテイルノダ』
今度は不意にシャトルを傘に乗せた水素クラゲが発言する。満が水素クラゲに目を凝らして見ても、どこから声が出ているのか皆目見当がつかなかった。
「ディアナ号の計測によると、湖底から超重力波と磁力線が断続的に放射されているわ。それと超高圧な大気が放出される一方で、その外側気圧が低下?違うわね「吸い込まれているわ」
満の前にウラニクス湖周辺を断面化したホログラム映像を投影して説明する美衣子。
「まあ!それじゃ、火星の地殻や大気に影響が出てしまうのではないですかぁ!?」
あらあらまあまあと困った様に頬に手をあてるひかり。
「確かに異常磁場や重力波は惑星地殻に影響を及ぼすわ。だけど、此処を含めた5カ所の異常箇所の規模は100m前後と極めて局地的。場所も点在しているから、アルテミュア大陸の地殻プレートやマントル活動への影響は小さいと思うわ」
美衣子の隣でホログラム映像を視ていた結が、美衣子の説明に捕捉する。
「……取りあえず直ぐに問題は起き無さそう?」
満が首を傾げる。
「そうですねぇ……後は、この異常現象が何時まで続くかですねぇ。どうやら通信障害が起きている様ですし」
先程から応答しない携帯端末を見るひかり。
「この現象は木星が原因ですから、木星次第ですね。今はまだ局地的現象で済んでいますが、長期間この状態が続くのは、惑星地殻へ予期せぬストレスを溜め込むことになるので望ましくはないでしょうね」
岬渚紗が肩を竦めて応える。
「……お父さん。ダンケルク宇宙基地に居るソールズベリーから、マルス通信システムを介した電子メールよ。
マルス・アカデミー木星先遣隊へ彼から火星の状況が報告されているみたい。……先遣隊のリア隊長が対応に乗り出すみたいね」
とてとてと満に近寄ると、タブレット端末を見せる美衣子。
「……わかった。木星の変異はそのうち収まるとして。これからの事ですが……」
水素クジラを見上げる満。
「ところで皆さん。お食事はどうされるのでしょうか?」
やや困惑気味に尋ねる満。
『……ハテナ?』
思わず宙空に目をやって考え込む水素クジラ。
初めて自らの境遇に思い至ったのか、その場で蠢くのを止めて考え込む水素クジラとその仲間達だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ディアナ号船長。元ミツル商事社長。
・大月 ひかり=ディアナ号副長。満の妻。元ミツル商事監査役。
*イラストはイラストレーター 七七七 様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・「尖山基地」管理人工知能。マルス三姉妹の二女。
*イラストは絵師 里音様です。
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・岬 渚紗=海洋生物学博士。ソールズベリー商会所属。元ミツル商事海洋養殖・医療開発担当。
*イラストはイラストレーター倖様です。
・ソールズベリー=多国籍多目的企業「ソールズベリー・カンパニー」社長。元英国連邦極東外務大臣。クリスを引き当てた事で独立起業した。
イラストは七七七 様です。
・クリス=ソールズベリーの助手。大月家結婚披露宴の大ビンゴ大会で賞品としてソールズベリーが引き当てたマルス・アンドロイド。
イラストは七七七 様です。




