ニューガリア防衛戦【後編】
2026年(令和8年)11月20日午前4時50分【ニューガリア東部郊外の防衛陣地】
「ルクレール戦車、機動戦闘車部隊は歩兵陣地前に展開、一斉射撃で巨大ワニを一体ずつ仕留める」
青年指揮官の指示で歩兵陣地前に展開する、30両のルクレール戦車と105ミリ滑空砲を備えた砲搭を持つ6輪タイヤの機動戦闘車20両。
『敵巨大ワニ捕捉。距離2キロメートル。自動追尾システムスタート。ドローンとデータ共有します』
ルクレール戦車隊長の砲手がスコープを覗き込みながら慎重に先頭をひた走る1体の巨大ワニに狙いを定めていく。
『全車砲撃用意、撃て!』
ドローンのデータを視ていた青年指揮官が号令する。
ズズン!ズバン!
機動歩兵陣地前に展開していた戦車が、一斉に砲撃を開始する。
同時に発射された硬いタングステン製の戦車砲弾50発が、先頭をひた走る巨大ワニの顔面中央に、硬い鱗を突き破ってめり込むように命中する。
次の瞬間、グシャッと巨大ワニの顔面が歪むと、急激に膨れ上がった頭部が破裂する。
飛び散る肉片や鋭い歯、鱗、骨。頭を失った巨体は、つんのめるように地響きを立てて荒野に倒れ込む。
『敵一体撃破!』
機動歩兵陣地からどっと歓声が沸き上がる。
『よし!次だ』
意気込む青年指揮官だったが、先頭の一体が倒された巨大ワニ群は一瞬怯んだものの、今度は扇状に拡がって防衛陣地に突進を続ける。
既に戦車部隊との距離は500メートルを切っていた。
『ドローンのデータ来ました!2体目の目標捕捉開始します!』
次の瞬間、先ほど電磁砲を顔面に受けて後退していた1体が、赤く放電して輝く尻尾をエビ反りに空高く振り上げると、尻尾の先端から幾筋もの赤い稲妻を放って、上空を飛ぶドローンを貫く。
『ドローン撃墜!データリンク機能せず!』『敵接近。距離150メートル!射撃管制、間に合いません!』
混乱する戦車部隊に四方八方から散開した巨体ワニが突っ込み、部隊が崩壊するまではあっという間だった。
数台の機動戦闘車が巨大ワニをかわそうと方向転換した所、車体側面に体当たりを喰らって転倒し、横腹をドスドスと踏みつけられると、薄い装甲はクシャリと紙パックの様に押し潰され、潰れた装甲から発生した静電気に雷管が反応して砲弾が爆発する。
機動戦闘車に比べると重量の有るルクレール戦車は、弾き跳ばされたり、圧壊は免れたものの、体当たりを受けて砲身が曲がり、横倒しになってキャタピラが破損する車輌が続出した。
運悪く脱出に成功した搭乗員は、例外無く巨大ワニの餌食となって遺品を残す事無く丸呑みにされていった。
壊滅した戦車部隊を突破した巨大ワニ群は、勢いを落とさずに機動歩兵陣地の端を通過すると、防衛部隊指揮所の在る高層マンションに激突する。
巨大ワニ群の全力突撃をまともに受けた建築中の高層マンションは、基礎部分を巨大ワニの硬い鱗でへし折られると、上階に在った指揮所ごと青年指揮官やオペレーター達を巻き込んでガラガラと轟音と土煙を立てて倒壊する。
蹂躙されていく戦車部隊と壊滅した指揮所を、戦慄の眼差しで凝視する機動歩兵部隊とアッテンボロー博士。
「総員撤退せよ!博士、これ以上は危険です!」
マンションに突進していなかった1体の巨大ワニが真っ直ぐに機動歩兵陣地に向かって来るのを確認した外人部隊隊長が、部下達とアッテンボロー博士に退避を促す。
「だめだ!もっと奴の情報が必要なのだ」
退避を拒否するアッテンボロー。
「……済まないが、部下の命を優先させて貰う。一緒に退却しなければ後はご自分で何とかしてください!」
動く気配の無いアッテンボロー博士に呆れ顔を向けた隊長は、退却命令を叫びながら、生き残りの装甲戦闘車に部下達を乗せて後退して行く。
直後、取り残されたアッテンボロー博士のすぐ傍を2体の巨大ワニが通り過ぎると、後退する機動戦闘車を追い掛ける。
驚いたアッテンボローは塹壕の隅に移動すると、懸命に土を被って身体に擦り付け廃棄資材の陰に隠れる。
隠れたアッテンボローが見つめる中、機動戦闘車に追い付いた巨大ワニは、必死に車内から銃撃する機動歩兵に構いもせず、側面に体当たりして横倒しになった車体に登ると、ガシガシドスドスと踏みつける。
車内からの銃撃が止み、押し潰された車体から赤い液体が滲み出る様を見つめるアッテンボローは、思わず胃の中から酸っぱい液体が込み上げて嘔吐する。
ひとしきり胃の中の物を吐き出したアッテンボローは、空から響く轟音に虚ろな眼で空を見上げると、東の空から飛行編隊が接近していた。
黒い粒の様な点がぐんぐんと拡大すると、ラファール戦闘機編隊だった。
火星日本列島の訓練を終えた帰途に、急報を受けて駆け付けたジャンヌ首相操るラファール戦闘機中隊である。
白み始める赤い空を背景に急速降下した戦闘機から、巨大ワニへ向けて30mm機関砲がチカチカと火を噴く。
強烈な貫通力で戦車装甲を貫く、小型爆弾並みの威力を持つ弾丸が巨大ワニに浴びせられるが、巨大ワニには効かない様で、不機嫌そうな唸り声を上げて空を睨み付けるのだった。
何度も急降下してアクロバット飛行さながらの、至近距離まで接近して機銃掃射を行うジャンヌ首相率いるラファール戦闘機中隊だったが、巨大ワニにダメージは与えられず、やがて弾薬が尽きると名残惜しそうに翼を振りながら、ニューガリア国際宇宙空港へ帰還していった。
頭上を飛び回る煩わしい存在が居なくなり、巨大ワニ群は防衛陣地周辺で獲物探しを再開する。
鼻をひくつかせた巨大ワニが、アッテンボローの嘔吐した匂いを嗅ぎ付けるまで時間はかからなかった。
頭上からヨダレを垂れ流しながら、アッテンボローを縦長の瞳で舐め付ける巨大ワニ。
「せめてもう少し長生きして、火星生物図鑑を完成させたかったなぁ・・・」
眼を閉じて呟くアッテンボローを頭から齧ろうとした瞬間、巨大ワニの背中が空から降り注ぐ何かに貫かれ、絶命した巨体がアッテンボローを掠めてどぅと倒れ込む。
恐る恐る眼を開けたアッテンボローは、空から急速に降下する大航海時代の帆船を見つけると、唖然とするのだった。
ダンケルク宇宙基地から救援に駆け付けた大月家『ディアナ号』は、次々と地上へ向けて緑色に輝く大口径電磁砲を撃ち下ろして巨大ワニを掃討していく。
ディアナ号の猛烈な弾幕に気圧された巨大ワニは、踵を返して東の荒野へと戻っていき、その姿は何処からともなく発生した赤い砂嵐に包まれて見えなくなるのだった。
こうして人類都市ニューガリアは、辛うじて防衛に成功するのだった。




