宇宙の果てから
2026年(令和8年)8月17日1500時【太陽系第5惑星『木星』 衛星軌道上 木星探査船『おとひめ』展望観測室】
「成る程、考えましたね」
イワフネ艦長が感嘆の声を上げる。
「いえ、そんな。……ただの思い付きだったのですけど」
恐縮する天草華子。
「華子。特異な環境下で、普段通りの発想を活かそうと考える事は、なかなか出来ない事だよ?」
父親の天草士郎JAXA理事長が娘の発想を褒める。
「そうだよ、華子。惑星磁力線が木星に流れ込む現象を、水が流れ込む事に置き換えてしまうなんて、考えつきそうで逆に考えつかないかもね」
天草理事長の言葉に、うんうんと頷きながら華子を持ち上げる名取優美子。
「ともあれ、華子さんのアイデアを活かした惑星磁力線望遠鏡を試作しました」
イワフネが、普通に市販されている望遠鏡に似た、子供の背丈ほどの試作品を、展望台片隅から持って来る。
「この望遠鏡は、木星に集まる太陽系内の惑星磁力線を色に変換、可視化処理した映像が視れるようになっています」
イワフネが華子に望遠鏡を覗くように勧める。
恐る恐る望遠鏡を除く華子。
「……うわぁ。……すごく綺麗。万華鏡みたい……」
華子が望遠鏡で視る宇宙の景色は、太陽系各惑星から出される惑星磁力線が各惑星毎に色付けされてキラキラと輝きながら木星最深部へと流れ込んでおり、その様子が衛星軌道上で観測する華子には視えている。
「一番明るくて大きい流れは太陽ですね。後は土星、地球、金星、火星……かな。何となく分かるかも?」
目まぐるしい磁力線の流れに眼が慣れてきた華子。
「それで、これが水星、天王星、海王星、冥王星。そして……この流れは……何かしら?」
「華子さん、何か問題でも?」
「……イワフネさん。太陽系以外の星が出す磁力線も、この望遠鏡で捉える事が出来るのでしょうか?」
「理論上は可能です。太陽系の外だろうと銀河系の外だろうと、木星を指向しているならば、観測する事は可能です。
ですが余程強いエネルギー又は、磁力線以外にも観測機器に捉えられる要素が無いと画像処理に反映されないと思います」
「彗星は?」
「彗星が発する磁力線は微弱ですし、太陽へ向かっている場合が多いですから。木星を指向しない限り、捉える事は無いと思います」
「じゃあ、この冥王星の隣?……奥でチラチラ輝いている流れは、太陽系外から来る惑星規模の天体でしょうか?」
「なんですって!?」「ちょっと見せてみなさい!」
イワフネ艦長や天草士郎が慌てて華子が視ている映像を、別画面にも表示して確認する。
望遠鏡の脇にある操作パネルにも映し出された画面には、冥王星の遥か彼方から、うっすらと染みの様に瞬く3つの光点から、虹色の電子の流れが細く流れ込んでいた。
「……確かに。此方へ近づいていますね」
まじまじと観察するイワフネ。
「マルスアカデミーの移民船では?」
天草理事長が訊く。
「いいえ。プレアデス星団以外、未だ生存可能惑星は発見されていません。この40億年、移民船は使用されていません。
……そして、第5惑星に移民船を派遣する計画がアカデミー評議会で検討された事さえ有りません」
否定するイワフネ。
「では、正体は何でしょう?」
「この距離ではまだ何とも……流れ込む磁力線の量から判断するに、まだ相当遠い距離、宇宙の果てからなのは確かです」
天草士郎の質問に答えつつも腕を組んで目を瞑り、考え込むイワフネ。
「どの位遠いの?」
名取優美子が尋ねる。
「光速で移動したとしても、ざっと300年から400年後に太陽系に到着する感じですね。……しかし、外宇宙から来訪する3連星天体ですか。……マルス・アカデミーで観測した事例は無いと思いますね」
頭の中で見積もりを出しつつも、天体の正体について思い当たるものが無く、首を傾げるイワフネ。
「……」
スケールの大きさに唖然としながら、どことなく不穏な輝きを放つ物体に、微かな胸騒ぎを感じる天草達地球人類だった。
† † †
――――――同時刻【地球北米大陸上空の衛星軌道上】
『んんっ!?守姉!誰かが"私達の本星"が覗かれたのだぞっ!』
灰色の雲海遥か上空を浮遊する輝美が隣の守美に話し掛ける。
『……おぉう。確かに"視線"を感じましたねぇ~。まだ大分離れているというのに、この星の人類は侮れないですぅ~』
月の向こう側の遥か先を眺めた守美が呟く。
『視られた……と言う事は、お仕事のピッチを早めないといけないですね~』
視線を月から雲海の遥か下へ戻すなり、両手を下方の大地に向け、光の奔流を撃ちおろす守美。
『……あれ?まさか守姉怒ってる?』
いきなり光の奔流を全力発射する守美を見て、冷や汗を浮かべる輝美。
『……うふふ~……まさか~。さて、ライちん。これから地上でピンチの地球人類の助っ人しに行きますよ~』
背中の羽根を少しだけ羽ばたかせると、ビュンと、一気に雲海へ降下する守美。
『ちょっ守姉!?待つのだぞっ!』
慌てて守美の後に続いて雲海に突っ込んで行く輝美だった。
† † †
2026年(令和8年)8月17日午後3時30分【地球北米大陸 西海岸 エドワード橋頭保(旧アメリカ合衆国空軍エドワード基地)】
滑らかな挙動で、周囲の陣地に小型レールガンやバルカン砲を乱射しながら、補給物資を破壊し続けるシャドウ帝国軍四足機動兵器。
橋頭保の要所要所に配置されている、ユニオンシティ防衛軍M1エイブラムス戦車から120mm砲が次々と放たれるのだが、電磁シールドを展開した四足は戦車砲を弾き返すと、小型レールガンを矢継早に連射する。
立て続けにレールガンを被弾したM1戦車は、内部の弾薬が誘爆すると、砲塔を噴き飛ばして爆発する。
急ごしらえの土嚢が積まれた橋頭保銃座から、携帯対戦車ミサイルも次々と発射されたが、致命傷を与えるには至らず、お返しとばかりに四足からバルカン砲が掃射されて銃座が次々と沈黙していく。
「隊長!敵四足の侵攻止まりません!」
「……ぐぬぬ」
顔を顰める橋頭保守備隊長。
「月面から持ち込んだ戦略核を使いますか?」
成す術も無い状況に、合衆国陸軍時代の陸戦マニュアルに沿った対応を進言する副官。
「……祖国を放射能汚染させてまで、やるしかないのか!?」
苦渋の決断を迫られるユニオンシティ守備隊長。
守備隊長が苦悩している間にも四足は橋頭保内を突き進み、やがて守備隊長が立て籠もる陣地の前で停まる。
観念して目を閉じる守備隊長を見下ろす四足が、バルカン砲の照準を守備隊長に定める。
その時、不意に上空から黄色と白の光の奔流が降り注いで四足を直撃する。
胴体部分を貫かれ、内部燃料と弾薬が誘爆して胴体部分が爆発する四足。
四足が光に貫かれた瞬間、反射的に地面に伏せる守備隊長達。
爆発が収まった後、おそるおそる顔を上げる守備隊長。
頭上には、本体部分を噴き飛ばされて四足の脚部だけがぽつねんと陣地前に遺るだけだった。
上空に光を放ったであろう友軍艦船や航空機は見当たらず、薄暗い火山灰の噴煙と雪雲が空一面に広がるだけだった。
「……なんだったんだ、あの光は?」
呆然と呟くユニオンシティ防衛軍隊長だった。
呆ける隊長の横では、副官が残敵の掃討を指示し始めていた。
ここまで読んで頂き、、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の主な登場人物】
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、お絵描きさん らてぃ様です。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストは、お絵描きさん らてぃ様です。
・黄星 守美=訪問者。神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
*イラストは、イラストレーター しっぽ様です。
・黄星 輝美=訪問者。神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。
*イラストは、イラストレーター しっぽ様です。
・天草 士郎=JAXA(宇宙航空研究開発機構)理事長。華子の父。
・イワフネ=マルス人。木星探査母艦『おとひめ』船長代理。ミツル商事で日本のサラリーマンを学ぶため、大月家にホームステイ中だった。生け簀によく落ちる。




