静かな凱旋
2026年(令和8年)7月19日【東京都大田区 羽田国際・宇宙空港 】
月面から単機強行軍で帰還したアダムスキー型連絡艇が、東京湾低空から静かに飛来して、ジャンボ旅客機が頻繁に離着陸を繰り返す広大な滑走路脇にちょこんと着陸した。
やがて連絡艇のハッチが開いて結と瑠奈が降りてくると、滑走路脇まで出迎えに来ていた大月夫妻が歩み寄る。
美衣子は早朝から”訪問者”である黄星三姉妹の特別集中講義に付きっきりの為、来れなかった。
二人のもとへ歩み寄った満は、まずむっつりした顔の瑠奈をそっと抱き上げると、肩の上に乗せて肩車をする。
そこへ、羨ましそうな顔をした結が、満の背中にむんずとしがみついてぶら下がる。
幼女とトカゲ娘に取り付かれ、地味に腰への負担がかかるのを満は根性で堪え、よたよたとリムジンバス乗り場へと歩く。
そんな光景を微笑ましく見つめるひかりが、しずしずと満の後を付いて行く。
月面と地球で各々大役を果たした筈の結と瑠奈の火星日本への帰還を出迎えたのは大月夫妻だけであり、実に静かな凱旋だった。
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2026年(令和8年)7月20日【インド洋上空の衛星軌道上】
インド洋を臨む衛星軌道上を、ゆっくりと航行する日本国航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』から、高瀬中佐の乗る21型PSとソフィー大尉が駆るパワードスーツ『サキモリ』が、高高度からの地上偵察任務の為に出撃していた。
ホワイトピースの他に艦艇は居ない。
「おかしいですよ!どうして、私達だけ北米決戦から外されるんですか!?」
むくれるソフィー大尉。
『アメリカは欧米人が取り戻すべきだ、と主張する輩が居るからだよ。それと、北米以外にも世界各地では未だに小競り合いが有る。我々の支援を必要とする場所も多いんだぞ?』
高瀬中佐がソフィー大尉を窘める。
『まあ正直なところ、アジア人である日本自衛隊が、白人圏の国でヒーローを気取るのは欧米的にも、日本国内的にもタカ派・リベラル派双方の反発を生むからだろう。
おそらく、日本の台頭を警戒するイスラエル連邦が横槍を入れてきたんじゃないか?』
「日本よりもイスラエル連邦の方が、最近出しゃばっている気がするのですけど?」
わざとらしくソフィーがこてんと首を傾げる。
『……あんま言うなよ。ワイズマン中佐の"英雄的行動"が地球連合防衛軍内部や各国世論に大きな反響を呼んでいるらしい。特にイスラエル国民は、我先にと兵役志願しているそうだ』
ため息をつきながら高瀬が応えた。
「……ワイズマン中佐はそんな事望んでいなかったのでは?」
ワイズマン機が爆発した場に居合わせたソフィーが困惑した顔をする。
『ちなみに、F45の機体性能をようやく見直す動きもある。核攻撃を防ぐ効果的役割として再認識されているらしい。
火星ボレアリフシティや月面裏側に在る、ロッキード・グラマン連合の研究室と工場はフル稼働で嬉しい悲鳴を上げているらしい』
「へー、単純ですねー」
高瀬の説明に対し、興味なさげに冷めた口調のソフィー。
『混沌としたご時世だからこそ、人々はスカッと分かり易く、明るい希望に縋りつくのかも知れんな。おっと、感傷的になり過ぎた。任務に集中しよう』
高瀬は衛星軌道上大気圏に接触するギリギリの高度を保ちつつ、パワードスーツ頭部に装着された偵察衛星並に高感度なセンサーを地上へ向け、インド洋からアフリカ東海岸周辺を偵察する。
『……ディエゴガルシア島は、影も形も残っちゃいない。アフリカ大陸は……第8都市『キリマンジャロ』はシールド解除されているな。
――――――中心部に、デブリ着弾跡らしきクレーターを確認。
――――――外縁部は無傷。
――――――今の所此方に気づいた様子は無い。
――――――マダガスカル島北部は水没。
――――――あの辺りもデカい地震があったからな』
高瀬が地上をつぶさに観察しながら惨状に息を飲む。
「高瀬中佐!インド亜大陸第9都市『ニューデリー』が見えます!」
ソフィーはサキモリ両肩に装着されたセンサー連動カメラを操作すると、最大望遠映像を高瀬機にリンクさせる。
『確かに……シャドウ帝国人類統合第9都市『ニューデリー』だ。第8都市と共にタカマガハラからデブリの直撃を喰らったみたいだな。ほぼ、都市中央に直撃と……此方も都市外縁部は比較的被害が少ない――――――』
「—――—――中佐、変です」
高瀬の呟きにソフィーが割って入る。
『んん?大尉に変と言われるのは心外だな。『サキモリ』のAIが一番変人だろう?』
『ムキー!』
大人しくスネイクモードで機器を操作していたパナ子が抗議の声を上げる。
「パナ子!そんなところだけ自己主張しなくても、みんな分かっているから……貴女がAIナンバーワンヒロインという事は……ね?」
『マスターは殊勝ですの。どうしたですの?雪でも降るですの?』
期待を込めたパナ子が、どや顔をスタンバイさせながら訊く。
「AIで一番の"変態"ヒロインだもの……」
『くわーっ!!』
キレたパナ子が放つ微弱紫電がコクピット内に炸裂するが、最近ではお約束になりつつある。
「あばばばば!」
パナ子の紫電を不意打ちで浴びるソフィー。この反応も様式美となりつつある。
『おいっ!!』
高瀬が声を上げる。
「失礼しました!」『ごめんなさいですの……』
『”そっち”は後だ。ソフィー、パナ子。第9都市外縁部居住区を高感度赤外線センサーで調べてくれ。ソフィー大尉が言う様に地上の動きが全くない……。
通常であれば、敵防衛施設から電磁シールドや防空レーダーが照射される筈なのに、それが皆無だ』
高瀬は二人のじゃれ合いなどお構いなしに地上観測を続けて折り、其方に意識を向けていた。
高瀬の指示を受けたパナ子が高瀬機のデーターも含め、解析を始める。
『どうだ?』
訊く高瀬。
『—――—――解析完了。都市外縁部に居る生命体の体温は、5度から7度、地表温度とほぼ同じですの。つまり――――――正常体温では無いですの』
『クローン人間だからか?』
高瀬が問う。
『違うですの』
パナ子が答える。
『私の知る限り、この体温事例に一つだけ、該当するものがあるですの』
『何だ?』
『これは”死温”に依るものですの。自ら発熱していない、生命活動を48時間以内に終えた人体ですの。つまり――――――死体ですの……』
『—――—――検知した第8、第9都市住民35万8,265人から正常な生命活動反応は無いですの』
ソフィーや高瀬は言葉を失った。
シャドウ帝国人類統合都市の惨状は、直ちに火星日本列島の防衛省内の連合防衛軍総司令部に報告された。




