真の敵
【地球アジア地区 第12都市『氷城』( 旧中華人民共和国 黒竜江省哈爾濱)】
「少佐、おはよう。良い夢は見れたかね?」
まだ思考に霞がかって、おぼろげな顔をした黄が目を醒ました。
病室のべッドから身体を起こした黄が、周囲を見回す。
赤い壁と緑の天井は、あの見慣れた人民解放軍病院の一室に違いない。
「あれ?此処は……。確か、私は宇宙で任務中に――――――」
最期の記憶を手繰り寄せようと試みる黄。
「何を言っているのかね?イメージトレーニングの進み具合は良い様子だな」
窓際の椅子に座っていた将校が立ち上がって話しかける。
「君は選ばれたのだ。ようこそ!栄えある人類統合政府軍特殊機動部隊へ!」
窓から差す日光は、絶え間なく降り注ぐ火山灰で遮られているにも関わらず、明るく降り注いでいた。
明るい日差しに目を細めた黄に、サングラスをかけた将校が手を差し出してきた。
「"初めまして"。私は人類統合政府軍宇宙機動部隊隊長の王准将だ。今日から私達は、宇宙へ飛び立って地球人民を護る盾となるのだ」
サングラスの奥で縦長の瞳を細めた"2度目の王准将"が、僅かに口許を緩め、黄の"3度目"となる誕生を歓迎した。
♰ ♰ ♰
【月面都市『ユニオンシティ』セントラルパーク】
月面都市誕生直後から整備されてきた緑化公園には、新しい木々がびっしりと寄り添うように密林を形成していた。
密林の中でも比較的間隔が空いて日当たりのよい場所に在る一本の大木の根本に一人のパイロットスーツを着た少女が静かに祈りを捧げていた。
おはようお母さん。調子はどうかしら?日当たり良好でしょ?私が行政府の偉い人にお願いしたから良い場所に替えてもらったのよ。
ソフィーは少し得らくなったのです!なんてったってヒロインですから!
なんちゃって、てへぺろ。
お母さん。私は日本国自衛隊の強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』に乗って地球へ向かうところです。
二日前、戦いが終わった後に相棒となったAIパナ子ちゃんと沢山遊ぶ筈だったんだけど、帰還したら直ぐに日本軍、違った、自衛隊?の人に捕まってサキモリに乗った経緯を説明しました。
防衛軍のお偉いさんから待機命令違反だとこっぴどく叱られて、防衛軍をクビになってしまい涙目になりました……。私これでもユニオンシティを救ったヒーローなのに。
でも、私をサキモリに乗せてくれたトカゲ娘さんの力添えでミツル商事という、私達を北米大陸から脱出させてくれたニッポンの会社に就職できました!イエィ!ニッポンの一流企業に試験なしで入れたyo!お母さん!クールでしょ?
そして、なんだかんだで防衛軍を首にならずにニッポン自衛隊に出向?派遣?扱いとなって『ホワイトピース』というどこかのロボットアニメに似たパクリ感満載の宇宙空母に乗っています。
えっ?空母じゃなくて護衛艦?ええいっ!細かい事はいいんですっ!
そして私は2階級特進して大尉になりました。名誉の戦死予定じゃないからねっ!
戦艦を5隻撃沈したので"赤いコメット"にジョブチェンジしたから機体を赤く塗らないと、と叫びながら興奮気味に赤いスプレー缶を振り回すトカゲ娘さんを必死に取り押さえたの。
ホワイトの塗装最高!白い騎士。白馬に乗った騎士様である私が人々を救うのです!
ホワイトピースには、サキモリと同じ機種の機体が配備されているけど、AI搭載型は私だけみたい。正式配備にはまだまだ研究が必要なのだとか。
これから私の所属する部隊は、地球へ降りてネバダに在る邪悪な宇宙人基地を叩くのだとか。
同じ機種のパイロットで私の上官となる高瀬中佐は、あのパワードスーツをAI補助なしで操作してるんだって、凄いね。
イケメンでクールな人ね。
幾つかしら?
ちょっと気になるかも……。
そういう事だから、心配しないでもう少しみんなと一緒に休んでいてねお母さん。
――――――ソフィーより愛を込めて
膝まずいて祈りを捧げていた少女は立ち上がると、後ろを振り向くことなくしっかりとした足取りで宇宙ターミナルへ歩いて行くのだった。
♰ ♰ ♰
2026年(令和8年)7月7日【月面都市ユニオンシティ上空5Km 航空・宇宙自衛隊多目的護衛艦『ホワイトピース』】
格納庫でサキモリのコックピットに潜り込みながら、母親宛の手紙を書き終えたソフィー大尉は、ブリッジからの呼び出しを受ける。
「ソフィー大尉。至急ブリッジまで来て下さい。地球で特別重大放送があるらしいですよ」
ソフィーはAIパナ子を携帯端末に移し終えると、コクピットを出てブリッジへと向かった。
ブリッジには艦長の名取准将、隊長の高瀬中佐や、宇宙空母『ミッドウェイ』から転属してきた整備班長の親父さんが勢揃いしていた。
ユニオンシティを映していたブリッジの正面スクリーンにノイズが走ると、ソヴィエト連邦国歌"インターナショナル"の重厚な演奏が流れ、ドローンからの空中俯瞰映像だろうか、近代的な都市が映し出された。
画面が切り変わり、都市中心部に聳える巨大なピラミッドの底辺付近に整列する兵士や労働者の前に、軍服を纏ってサングラスをかけた白人男性が現れると、演壇に立つ。
画面のテロップには『人類統合第1都市『エリア51』 人類統合政府 ダグリウス主席:全世界特別衛星生中継』と仰々しく表示されている。
「ダグリウスだって!?あれは、ユニオンシティ行政府首席補佐官のダグラス・マッカーサー三世じゃないのか!?」
極東アメリカ合衆国時代のCIA長官だったダグラス・マッカーサー三世を知る名取准将が思わず声を上げる。
「……確か、オレゴン州からユニオンシティに避難した時、この"サングラスおじさん"が宇宙港で私達避難民を冷たい視線で視ていた筈」
名取の言葉でソフィーが記憶を辿って思い出す。
「じゃあ、どうしてダグリウスなんて名前を使っているのだろう?」
高瀬中佐が首を捻る。
ブリッジに集まった面々が話す中、スクリーンに映っているサングラスをかけた白人男性が演説を始めた。
「地球人民の皆さん。
4年前、西側と呼ばれる一握りの資本主義諸国が不用意に起こした戦争によって地球は核の炎で焼き払われ、地球環境は劇的に悪化、人口の大半が死に至りました……」
「西側資本主義諸国は1世紀余りに渡り、地球人民が生み出した富の大半とあらゆる資源を搾取し続けていたのです」
「暗黒の時代を12か所で生き延びた人類統合都市の地球人民は、西側資本主義諸国が不当にもたらした苦しい時代を耐え忍び、人類復興の礎を築かんと、今日まで苦難の行軍を続けて来ました」
「そしてこの度、地球人民の新たな敵が火星から飛来していた事が分かりました。
侵略者は既に月へ到達、国連月面基地を占領していたのです」
「このままでは、火星の侵略者が母なる地球へ降り立つのも時間の問題でしょう。
しかし!人類統合政府は、異星人の魔の手から地球人民を守る為に、立ち上がりました!」
「正義は人類統合政府にのみ有るのです!侵略者に対し、聖戦による裁きの鉄槌を!立てよ人民!人類統合政府万歳!諸君に永遠の勝利と祝福があらんことを!」
ダグリウスの演説が終わると集まった聴衆が『ウラー!』『マンセー!』と熱狂的な拍手と歓声を上げながら応えた。
感極まって号泣したり、失神して何処かへ運ばれて行く者も少なくない。
旧ソヴィエト連邦時代の国家『インターナショナル』の演奏が都市中に響き渡り、巨大ピラミッドの上空をミグ98宇宙戦闘機のダイヤモンド編隊が、灰色の空へキャンバスを描く様に、七色のスモークを吐き出して飛び去っていく。
聴衆の興奮は最高潮に達していた。
「……何て酷く歪んだプロパガンダだ」
吐き捨てるように呟く名取准将。
「……何ですかこれは?シャドウ・マルスは宇宙人とAIを載せたロボットの集まりじゃなかったのですか!?」
異様に興奮する群衆の映像を視たソフィーが、嫌悪感も露わに呻く様な声を出す。
「ソフィー大尉、よく見ておくといい。此れが、此れこそが真の敵の姿だ!」
艦長の名取准将がスクリーンに顔を向けたまま、ソフィーに答える。
「ダグラス・マッカーサー三世……いや、ダグリウスだったか。彼こそがマルス・アカデミー最悪の異端科学者であり、人類史上最大規模の虐殺を引き起こした全ての元凶だ!」
スクリーンに映るダグリウスを睨みつける名取。
「……こいつが、本当の敵。……お母さんを溶かした仇」
ソフィーは、熱狂する聴衆に微笑みながら手を挙げて応えるダグリウスの姿を、しっかりと瞳に焼き付けるのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ソフィー・マクドネル=パワードスーツ『サキモリ』パイロット。ユニオンシティ防衛軍大尉。旧アメリカ合衆国カンザス州出身の17歳。女性。
*イラストは、鈴木プラモ 様です。
・高瀬 翼=パワードスーツパイロット。日本国自衛隊特殊機動団隊長。階級は中佐。乗機は菱友重工が開発した21型パワードスーツ(H21-PS)。
*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。
・名取=日本国航空・宇宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長。准将。
・黄 浩宇=少佐。人類統合政府軍宇宙機動部隊パイロット。
・王 子堅=准将。黄の上官。人類統合政府軍宇宙機動部隊隊長。




