泥舟
2026年(令和8年)6月11日【月面都市ユニオンシティ行政区画 月面日本大使館】
「私ですか!?」
東山龍太郎首相補佐官が、モニターの向こう側に居る岩崎正宗内閣官房長官から人事異動の内示を受けて戸惑っていた。
「そうです、東山君。
今回のミツル商事不祥事に対する行政処分として、同社は日本国政府の管理下に入りました。
ついては、かねてからの手筈通り、地球方面における日本人捜索・救助・保護、ユニオンシティ生存者の保護について、国有化したミツル商事を使って遂行してください。月面都市の生存者はミツル商事従業員としてユニオンシティ復興に取り組んで頂く予定です。
その為に、ミツル商事国有化に伴う政府側管理官として君をミツル商事地球方面支社長に任命する事になったのです。
大月満前CEO(最高経営責任者)も貴方の事を大丈夫だろうと太鼓判を押していましたよ?
それと君には人類反攻作戦において使用される月面マルス・アカデミー・研究室のニュートリノ・ビーム施設防衛司令官にもなって頂きます」
岩崎が東山の官民軍三職兼務を言い渡した。
莫大な業務量が発生する事をさらりと言う岩崎官房長官の指示は続き、東山はだんだん頭とお腹がしくしく痛くなってきた。
「確かにこの案は私が発案したものですが、私に巨大企業や軍の指揮など――――――」
「—――—――ユニオンシティ関連の各種資産リスト、日本国も含めた生存者名簿は全て纏めておいたわ」
東山が流石にギブアップ宣言をしようとした時、東山の後ろに近づいた結が彼のスーツ裾をちょこんと抓んでポジティブな方向へ言葉を引き継ぐ。
「私が補佐をするから、東山と大船に乗った気で居なさい」
フンスと薄い胸を張る結。火星日本列島で行政処分を受けた大月満の意を受けた結は、心を入れ替えて仕事に邁進しようと決意していた。
「……泥船と運命を共にする、の間違いじゃないよね?」
岩崎官房長官との惑星間通信を終えた東山は、今後の殺人的なスケジュールをつらつらと考えながら、ネクタイを緩めて執務室の椅子に、どっかともたれかかるのだった。
† † †
――――――【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】
1階の共用ダイニングルームに、三人の女性が美衣子の前に正座していた。
「今はまだ、貴女達の正体を問い質す事はしないわ」
美衣子が宣言した。
「だけどこれ以上、人類社会を揺るがすような事は控えて欲しいの」
最近やらかした自覚のある美衣子が自戒の念を込めて要請する。
「わかったのだぞっ!」
輝美が元気よく返事する。
「はいなのです~」
守美がおっとりと答える。
「はあ……。せっかく息抜きがてら――――――此方世界に遊びに来てみれば愚妹達のせいで、私までお祖母様にお説教されてるんだぞっ!と」
黄星 舞が嘆く。
「「なんですと――――――!」」
守美と輝美が激怒して椅子から立ちあがろうとするが舞に超重力負荷をかけられて立ちあがれない。ダイニングの床がミシミシとたわんで嫌な音を立て始める。
「輝美ちん。私達が迷惑をかけたのは確かなのだから、此処は素直にお祖母様の言う通りにしないとですよ~」
守美が宥める。
「ふふふ……あなた達、良い度胸ね」
美衣子が無視された事にプルプルと震えながら怒りの電撃を放つ。
瞬間、室内に紫電が満ちるも、光が収まると三人は自ら展開させたシールドの中で変わらず正座のまま座っていた。
「やはりお祖母様は只者ではないのです~」
守美はシールドを解くと本来の姿に変身し、残りの二人も本来の姿に戻る。
「それが貴方達の正体かしら?」
美衣子が自身の周囲に滞空させていた紫電の球を霧消させながら問う。
「はいなのですぅ~。私達は○○○○から来た――――――」
自分達の事情を美衣子に打ち明ける守美だった。
美衣子は紫電を放った際に黄星三姉妹が展開したエネルギー干渉現象を分析しており、お祖母様と呼ばれていることを特に違和感なく受け入れていた。
――――――1時間後
「とりあえず、話は分かったわ。確認する術が今の私達にはとても思いつかないけれど……」
嘆息する美衣子。
「それで黄星姉妹は、お転婆なお姉様を見つける事が出来たのだから、姉妹仲良く元の世界へ帰るのね?」
確認する美衣子。
「いや~。もう少し此方側にいようかな~と……」
守美が伺うように上目遣いで美衣子を見ながら、少し冷や汗を滲ませて答えてみる。
「此方のプリンとやらは、とっても美味なのだぞっ!」
輝美が素直に白状する。視線は美衣子の背後に在る冷蔵庫をロックオンしている。
「しょうがないわね……私が責任を持って見張らないとだぞっ!と」
空気を読まない舞が、無駄なお姉さまアピールをする。
「「お前が言うなっ!」」
守美&輝美が突っ込みを入れていた。
「やかましいわ!」
美衣子が不意打ちで両手から最大出力の紫電を放ち、ダイニングルームにバリバリガッシャーン!と雷鳴が轟く。
派手な効果音の割にダイニングテーブル表面は軽い焦げ跡がついた程度で済んだが、床にはプスプスと薄い煙を上げながら黄星三姉妹が折り重なるように気絶して伸びていた。
「ふぅ……」
良い仕事をしたと言わんばかり額の汗を拭う振りの美衣子。
「……取りあえず、ほとぼりが冷めるまで此処に居て良いけれど、大月家と人類には絶対に迷惑をかけない事!」
倒れ伏す三姉妹に言い渡す美衣子。
「じゃあ、気を取り直して此処で生きていく為のルールを説明していくわ。まず、冷蔵庫のプリンは勝手に食べないこと。勝手に食べると死んでしまうかも知れないわ……」
おもむろに物騒な事を説明し始めた美衣子のレクチャーを神妙な面持ちで聞き入る黄星三姉妹だった。
† † †
「えっ!?今、食堂の方から雷鳴がっ!」
「気のせいですよぅ……そんなことよりも――――――」
ミツル商事から退いた満とひかりが久し振りに夫婦の寝室で、のんびりイワシパイあーんに勤しんでいた。
♰ ♰ ♰
――――――同日深夜【火星と木星の中間地点 アステロイドベルト 人工日本列島建設船団 マルス・アカデミー支援船団旗艦】
「わかった、美衣子。此方は第5惑星最深部の観測強化と、今までのデータ分析を密にしよう」
巨大なオウムアムル級母艦の艦橋で、リアと共に火星横浜からの報告を受けたゼイエスが応える。
『火星日本では、彼女達の言っていた事を証明出来る裏付けが取れないわ。
マスター頼んだわ』
パジャマ姿の美衣子が、かつての主人に依頼するとモニターが切れた。
「リア君、最近収拾された新たなパターンの惑星磁力線の発信源は……」
「ええ。全て第5惑星最深部からのものよ」
ゼイエスの問いかけにリア隊長が答える。
「ふむ……」
ゼイエスが過去の観測データを解析する。
「我々が使うPエネルギー(=惑星磁力線転換エネルギー)に酷似した何かが、第5惑星から第4惑星全域に降り注いでいる」
解析内容を端的にゼイエスが説明した。
「宇宙放射線ではないのかしら?」
「わからん。恒星が発するエネルギー波でもなく、我々や第3惑星人類のものと違う事は確かだ」
「もう間もなく、第4惑星から此方に試験航海で立ち寄る探索船を活用しよう」
ゼイエスが提案する。
「そうね。此方に派遣された船は、これからオブジェクト建設や第3惑星への移送で手が離せないから、利用しない手はないわね」
賛成するリア隊長。
「それにしても、美衣子が遭遇した存在はシャドウ・マルスとは違うだろうが……容易に我々の技術に馴染める者達とは一体……」
首を捻りながら呟いたゼイエスの素朴な疑問は、同じアステロイドベルトで作業に勤しむ地球人類への作業報告と、休憩時間に自室で鉄道模型で遊ぶ充実した楽しさの中で、忘れ去られていくのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=元ミツル商事社長。無職。
・大月ひかり=元ミツル商事監査役。無職。
*イラストは、七七七様です。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。瑠奈と結の姉ポジション。
*イラストは里音様です。
・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地人工知能。美衣子の妹分。
*イラストは里音様です。
・東山 龍太郎=日本国内閣官房首相補佐官。一時的に日本国地球方面特別全権大使を兼務していた。ひかりとは大学時代の同級生。大月家と関わりを持ってしまった苦労人。
*イラストは、更江様です。
・黄星 舞=神聖女子学院小等部新任教師。黄星姉妹の姉的ポジション。
*イラストは、らてぃ様です。
・黄星 守美=神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 輝美=神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。東山の上司。
・ソールズベリー=多国籍多目的企業『ソールズベリー・カンパニー』社長。元英国連邦極東外務大臣。クリスを引き当てた事で独立起業した。
イラストは七七七 様です。
・クリス=ソールズベリーの助手。大月家結婚披露宴の大ビンゴ大会で賞品としてソールズベリーが引き当てたマルス・アンドロイド。
イラストは七七七 様です。
・ゼイエス=マルス人。マルス・アカデミー・プレアデスコロニー特殊宇宙生物理学博士 日本列島オブジェクト建設技術支援担当。日本列島生態環境保護育成プログラムを創造した。
・リア=マルス・アカデミー・プレアデスコロニー・アステロイドベルト人工日本列島建設作業支援船団隊長。




