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後編




 で、なんつーかさぁ。

 不幸だの試練だのってのは、ホント油断した頃に来るよな。


【テメェの女は預った。

 返して欲しけりゃ、今から言う指定の場所に来な】

「あぁ?」


 初めてミトから電話が掛かってきたってんで、ソワソワしながら出たら……コレだよ。

 思わず携帯握り潰しちまうトコだったぜ。

 声を聞いてる内に思い出したが、こいつぁ俺が前に稼ぎ場にしてた地下ファイトクラブの選手の一人だったはずだ。

 ラウンド制ってのと、重火器禁止、あと不殺のルール以外は基本何でも有りの、金と暴力が全てを支配する非合法賭博場。

 町中のライブ会場を改造して作られたチンケな箱の割に、人はよく集まった。

 とにかく賞金が美味いから、昔は俺も選手としてまぁまぁ入り浸ってたんだよなぁ。

 別に個々人にスポンサーがつくような大げさなモンでもなし、始めるも辞めるも本人の意思次第だったはずだが……今更そんな古巣の人間が俺に何の用だってんだろうな。

 しかも、ご丁寧にミトまで拐かして。


 これで、もし、アイツに傷のひとつでも付けてたら……関係者全員残らず噛み殺してやる。

 なぁに、ダミー用の戸籍なんざ金とコネさえありゃあ買えるんだ、結婚の時は、まっさらな俺で迎えに行ってやりゃあいい。

 ミトとその家族に迷惑はかけねぇさ。




 電話の男から指定されたのは、そう遠くない山だった。

 促されるまま地図にも掲載されていない獣道を登った先に、木々に隠れるようにして建つロッジがある。

 すでに電波は圏外だ。

 多分、私有地だろうな。

 ここで殺って埋めりゃあ、アシもつかねぇって寸法か。

 中々都合が良い話じゃあねぇの…………お互いに。


 入口正面に立つ二人の見張りを尻目に、猛る感情を抑えてロッジの側面に回りこんだ。

 それから、嗅覚やロレンチーニ器官を使って内部の様子を探る。


 助ける対象がこの場にいないんじゃ、乗り込む意味がねぇからな。


 どうやら、ミトは地下に一人で閉じ込められているらしい。

 中にいる敵の数は五。裏口にも一人見張りが立ってるから、全部で八だ。

 思ったほど多くはない。

 これなら真っ向から行っても余裕じゃねぇか?

 とりあえず、裏口のヤツをこっそりシメて扉のつっかえになるように転がしておこう。

 こうしておけば、俺らが逃げる時にもクソ共に逃げられそうな時にも役に立つ。

 前者なら仲間が待機してると思って油断を誘えるし、後者なら予想外の扉の重さで数秒のラグが生じて、追いつく隙が出来るからな。


 改めて正面に戻って、さも今到着したかのように偽装しつつ、咆哮と同時に見張り二人へと襲い掛かった。

 怒りに我を忘れてイノシシみたいに突進してくる単細胞に見えるだろう。

 雑魚を秒で蹴散らして、大仰に扉を蹴り破る。


「ミトッ!!」

「よぉ、マッドシャーク。中々ハデな登場してくれるじゃねぇの」


 ロッジに入ってすぐの広間に、俺の予想した通りの男が立っていた。

 地下ファイトクラブの中でも一際残虐なパフォーマンスで人気を得ていた、兎人(とじん)のブラッディピエロだ。


「いやぁー、さすがさすが。

 外の奴らも新人にしちゃあヤル方だったんだけどなぁ」


 兎人は、灰毛から盛り上がる大きな黒の目をイヤミったらしく細めながら、暢気に拍手などしている。

 他の仲間四人は視界に入らない位置に隠れて様子を伺っているようだ。

 気配ダダ漏れすぎて本気で隠れてるのか疑わしいところだが。


「ブラッティピエロ、ミトはどこだ!」

「あーぁ、取り乱しちゃって情けないねぇ。

 今のテメェをファンの奴らが見たらなんて言うかね」

「んなこたぁどうだっていいんだよッ、さっさとミトを返しやがれ!」


 吠える俺に対し、兎野郎はワザとらしいため息と共に肩を竦める。


「おいおい、物事には順序ってモンがあんだろぉ?

 テメェの女を無、事、に、返して欲しけりゃあよぉ、まずはお話と行こうぜぇ?」

「貴様っ……!」


 脅しのつもりかソレは。

 俺が普通の人間だったら効いたかもしれねぇが、仮にも鮫人相手にバカだろ。

 周囲数メートルは完全なテリトリー内だっての。

 ま、アイツらに手の内明かすなんてマヌケは晒さなかったからな。

 ミトみてぇによっぽど興味持って調べでもしない限り、一般人の認識なんてこんなモンだ。


「オーナー様のご依頼を受けて、わざわざテメェを迎えに来てやったんだよ。

 花形が消えて客入りがヤベェから、少々強引な方法使ってでも確実に引き込めとさ」


 はぁ?


「俺ぁ引退したんだよっ、そっちの事情なんざ知るか!」

「ヒャハっ、こっちこそテメェの都合なんざ知らねぇよぉ!

 ま、俺的にはハナっから連れ戻す気ぃねぇんだケドな?」

「あ?」


 じゃあ、なんだってんだ。


「ホンっト邪魔なんだよなぁ。

 ようやく消えたっつーのに、未だにどいつもこいつもバカの一つ覚えみてぇにマッドシャークマッドシャーク……。

 あーウゼェウゼェ。

 女に溺れて腑抜けちまった野郎なんざぁ、あそこにゃ必要ねぇってーのによぉ!」


 んだよ、ただの逆恨みじゃねーか。

 で、同じ考えのヤツら連れて、俺を再起不能にさせてやろうって腹か。

 まぁ、分っかりやすくてイイんじゃねぇのぉ。

 全員返り討ちにすりゃいんだろ?


「ヒャハハハハ!

 ここでぇマッドシャークくんに残念なお知らせぇーっ。

 テメェのお目当ての女はここにゃあいねぇよ!

 五体満足で戻して欲しけりゃ、大人しくサンドバッグになりやがれ!」

「貴様ッ!?」


 っあぁー、そうかそうか。そういう魂胆か。

 地下の入り口が厳重に隠されてるのは、それが理由だったわけね。

 ちなみに、向かって左の部屋、キッチンの前のテーブルの下に敷いてある絨毯の更に下な。

 鮫の優秀な感覚器ナメんなっての。


 ミトの傍に誰も置かなかったのは、どう考えても失敗だろ。

 追い詰められたアイツらが咄嗟に盾にすることも出来ねぇじゃん。

 まぁ、地下にいりゃ上の状況分かんねぇし、無力な女の見張りに割くより一人でも多く戦闘要員として使いたかったってのは理解できる。

 俺って強ぇからな、ハハッ。


 逆に、不用意に視界に入る場所に転がしといて、もし奪い返されたら、それこそ連れ去った意味なくなっちまうし。

 鮫人の俺でさえなけりゃ、今回のはそう間違った選択肢ってんでもねぇんだケドな。

 大事な人質がどこにいるか分かんねぇんじゃ、ほとんどのヤツは素直に言うこと聞くしかなくなるだろうし。

 仮に全員倒して家捜ししても、いないって先入観で普通に部屋を見回るだけで終っちまう可能性が高い。

 そんで、一回判断下したからには、そうそう戻ってくることもねぇ。


 いやぁ、そういう計算とかも全部意味なかったワケだけど。

 ま、ケンカ売った相手が悪かったってコトで。

 潔く成仏してくれや。


「ナメてんじゃあねぇぞ、ブラッディピエロぉ!

 だったら、仲間に合図入れられる前に貴様をボコって、ミトの居場所吐かせるまでだろうが!」


 お前らがアホなおかげで、こっちゃ心置きなく暴れられるってもんよ。


「っか! 頭の悪い人間ってぇのはこれだからヤぁだね!

 おら、お前ら出てこい! 囲め!」


 おいおい、せっかく隠れてたんだから奇襲に使えって。

 今更、俺がこの程度の人数差くらいでビビって萎縮するとでも思ってんのか?

 常に勘違いさせるように立ち回ってたとはいえ、どこまで脳筋扱いされてんだか。

 ほんと人って自分に都合の良い事実しか見ねぇよな。

 楽でいいけど。


「クラブは原則タイマン、マッドシャークは多対一にゃあ慣れてねぇハズだ!

 全員でフクロにしてやれ!」

『おう!』


 だから、なんで俺があの地下でしか腕振るってねぇとか思い込めるの?

 お前の生きてる世界が狭すぎて笑える。


「安心しなぁ、マッドシャーク。

 俺ぁ優しいから半殺しで済ませてやるよぉ」


 そうかい。

 俺は優しくねぇから全殺しにしても許してやらねぇよ。


「そんで、ボロ雑巾になったテメェの目の前に女ぁ引っ連れてきて輪姦(マワ)してやる!

 もちろん、肝心な時に活きが悪いと困るからよぉ、誰にも手ぇ出させずに丁重に監禁してやってんだ。

 いい趣向だろぉ? 俺もテメェをタラシ込んだ女の啼き声を聴くのが今から待ちきれねぇぜ!

 さぞ楽しんでもらえるだろうなぁ、マッドシャークくんよぉ!

 ヒャーッハハハハハハハ!」

「ブラッディピエロぉーーーーーーーッ!」


 この、クソ道化野郎が。




~~~~~~~~~~




 殺しても殺し足りねぇレベルでキレちゃいるが、優先順位を間違えちゃいけねぇ。

 人間一人をヤるってぇのは、何だかんだ時間がかかる作業だ。

 道化野郎はああ言ったが、敵の話をそのまま鵜呑みにするのはアンポンタンのやるこった。

 テメェの気を晴らすより、まずはミトの確保を一番にすべきだろう。

 コイツらについちゃ、今はまだ戦闘不能状態にだけさせときゃいい。


 真っ先に向かってきた牛男の顔面をカウンターで殴り飛ばし、壁に叩きつけてやる。

 まず一人沈んだ。

 折れた歯と鼻と頬と顎の骨の手術代は自分で払えよ。

 瞬間、意識の隙を縫うように部屋の奥側からナイフが飛んでくる。

 こりゃ、道化の仕事だな。

 ちょうどいいとばかりに当たる直前で柄を掴み取り、次に俺に近かった豚男の拳を避けながら、ちょいと鼻を削いでやった。

 悲鳴を上げつつ、痛みに咽び泣き床に蹲る豚。

 無防備に晒された後頭部を柄で叩いて昏倒させる。

 これで二人。

 もう一本ナイフが飛んできたので、突進してきたサイ男を躱すついでに尾をかけて転ばし、そいつが咄嗟に地に両手をつけた一瞬に、二本になった刃でソレと床とを深く貫き縫い付けた。

 三人目。

 ここまで約四秒。

 まだ仲間がヤラレた事実に目が追いついてない様子の愚鈍なトカゲ男を一蹴すれば、その先の窓を突き破って、テラスの手すりに引っかかり前衛的なオブジェになった。

 刹那、頭上から仕掛けてくる道化野郎。

 蹴り技として繰り出された筋張った右脚に勢いよく喰らいついて、そのまま全身を床に何度も叩きつけてやる。

 牙が食い込みすぎて千切れそうになったところで放り出せば、道化は正面の壁に赤い花を咲かせていた。


 ほい。一丁上がり、っと。


「っ不味。煮ても焼いても喰えたもんじゃねーなコリャ」


 ペッペと牙に絡まる道化の肉を吐き捨てていると、前方から搾り出すような声が響いてくる。

 誰だ?


「ぐぎ……デメェ……っ」


 なんだよ、ブラッディピエロまだ意識あったのかよ。

 無駄にしぶといヤツ。

 そんなボロボロの姿で睨まれても、こちとら痛くも痒くもねぇわ。


「お、女に、うつづ抜がしてだぐぜに、何で……」

「はぁ?」


 あー……あっ、アレか。

 怠けて前より弱くなってるはずとでも思ってたのか。


「もしかしてさぁ、お前クラブん時の俺が本気だったとか勘違いしてねぇ?」

「ナ……ニを……」

「瞬殺ばっかじゃ客が白けちまうから、アソコじゃ常に手加減してたんだよ。

 ま、パフォーマンスってヤツ?」

「バっ、ふ、フカシこいでんじゃ……」


 今の状況でよくそんなセリフが出るなコイツ。

 いい加減、現実見ろっての。


「テメェ自身の闘いに手いっぱいの野郎共と、徹頭徹尾ファンの反応見ながらバトってた俺で、人気に差が出るのなんか当たり前じゃねぇか。

 バカな逆恨みしやがって。ハナっから器が違うんだよお、子ウサギちゃあん」

「ぁがぁぁああああマッドジャああああああグ!」


 一人で吠えてろ、万年前座野郎が。

 しょせんお前程度じゃ、メイン張るにゃあ役者が不足してんだよ。

 おらっ。ウルセェから、トんどけ。


「グゲ……ッ!」


 まぁ、完全に脚ぃ潰してやったから、今後は売りにしてた軽業も使えなくなって、前座どころか選手として復帰も出来ねぇ有様だろうけどなぁ。

 ははっ、ざまぁ。 




~~~~~~~~~~




「無事か、ミト!」

「あ。シャル」


 乱暴に隠し扉を暴き地下に降りれば、正座で部屋の隅に待機していたミトが膝を叩きながら立ち上がり、小走りで寄ってきた。

 えっ。何で縛られてすらいねぇの、お前。


「えっとぉ……怪我ぁねぇか」

「どこにもない。一切抵抗しないのが功を奏した」

「お、おう。そうか」


 いや、だからって……えぇ?

 拉致る時に少しぐらいアザとか擦り傷とか、こう、普通さぁ。

 そりゃ、無事ならソレが一番良いけども。

 でも、本人に細かく聞くのもなぁ。何か心の傷とかあったら抉りかねねぇし。

 えぇー……すっげぇモヤモヤする。

 なんだよ。アイツら、意外と善人だったのか?


「シャル? 帰ろ?」

「あっ、おぉ。そうだな。

 さっさとこんなトコからは出ちまおう」


 言って、ミトを抱き上げて地上へ向かう。

 広間の死屍累々をコイツにゃ見せたくなかったから、裏口の方からロッジを抜け出した。


 薄暗い山道を歩きながら、腕の中の存在を確かめるように僅かに力を込め、小さく声を発する。


「俺のせいで、怖ぇ思いさせちまったな。

 謝って済む問題じゃねぇが…………スマン。

 ミト。お前、俺と付き合うの、もう嫌になっちまったか?」

「大丈夫。シャルがクズだって最初から知ってて付き合ってる。

 だから、いつかこういうこともあるって、予想はしてたし、覚悟もしてた」

「えっ」


 ひ、ひでぇコト言いやがる。

 俺なりにメチャクチャ大切にしてるってのに。

 しまいにゃ泣くぞ。


「あのね」

「どうした?」


 囁くような声音で上目遣いに俺を見ながら小さく服を掴んでくるミト。

 あらやだ可愛い。

 この子ってば俺の彼女なんですよ。

 すごくない?


「……本当はね。怖かったし、沢山無理してた」


 え……?


「けど、でもね。

 もし、最悪の状況に陥っても、どんなにこの身が汚れてしまっても、シャルは私を嫌わないって、分かってた、から、ずっと頑張れた、の」

「っ嫌うわけねぇ! 当たり前だろ、そんなのは!」


 足を止めて、ミトを強く抱きしめる。

 コイツにこんなコト言わせちまった俺が不甲斐なくて、情けなくて……そんで、そんな俺を信じてくれるミトがあんまりいじらしくて、何だかひどく泣きそうになった。


「ん。だから、いいの」

「何がだよ」

「シャル、大好き。

 これからもずっと一緒にいて」


 俺は生来のクズ野郎で、きっとその性根は死ぬまで直らねえ。

 そのせいで、ミトはまた怖い思いをするのかもしれねぇ、今度こそ悪意ある暴力にさらされちまうのかもしれねぇ。

 でも、それでもお前は、俺でいいと……俺がいいと、言ってくれるんだな……。


「あぁ、離れやしねぇよ。

 お前が俺の唯一で、永遠だ」

「ん」


 きっとミトが婆さんになっても、クソ爺になった俺は心の中で可愛い可愛いって悶え続けてるさ。

 だから……これからも、よろしく頼むな。









 おわり。

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