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中編




 アレから頭痛がするほど真剣に考えちゃあみたが、俺みたいな男に未来の見通しなんざ立つわけもねぇ。

 ただ、じゃあアイツを諦めきれんのかっつったら、ソレも無理だと心臓が軋んだ。


 ったく、身体ってぇのは正直なモンだね。

 グダグダ思考するより先に、答え出しちまってんだから。


 っつーわけで、だったらもう、とりあえず当たって砕けるしかねぇだろって結論になった。

 だから、次会った時、言ってやったんだ。


「お前の希望通り結婚前提でいいからさぁ……俺の彼女になれよ、ミト」


 具体的にどこに惚れたとか聞かれても分かんねぇけど、どうしてもコイツじゃなきゃダメだってんだから、そりゃ抗いようもない。


「…………条件次第」


 マジかよ。

 どっかの竹女みたいに無理難題押し付けて体よく断ろうって腹じゃあねぇよな?

 あー、読めねぇ。

 何でコイツはこういう時まで無表情なんだ。


「言ってみろ」

「ん。

 簡単に飽きて捨てたら腹部刺して食べる、浮気したら下の収納穴刺して別れる。

 それでいいなら、いい」


 なんかヤベェこと言い出した。

 でも、いつもの冗談でもねぇなコレ。


「怖ぇ怖ぇ。本気だな、ミト」

「当然」


 ほとんどない肩を竦めながら呟けば、深い頷きが返ってくる。

 やっぱりかー。


 だが、まぁ……。


「問題ねぇ。俺も本気だ」

「なら、成立」


 お、おう。

 呆れるほどあっさり纏まっちまった。

 ドン引きさせて逃げようってつもりでもなかったか。

 いちいち悩ませやがって。


 苦労の対価に今から膝に乗っけてたっぷり可愛がってやるぜ。

 へっへっへ、やっと触れるなぁオイ嫌がってももう遅……軽っ!

 かっるぅっ! はぁ!?

 えっ、お前コレ大丈夫な体重なの?

 ガチで生きていけるアレなの?

 体も何か細い通り越してスゲェ薄いし……内臓ちゃんと入ってんのかよ?

 えぇー、マジでちょっと力込めたらすぐ折れちまうんじゃね……ヤっベ怖ぇ。

 俺、多分、今この瞬間が人生で一番ビビってるわ。

 うわー……うぅわー……。


 てか、ミト。完全無抵抗って、お前さぁ。

 そりゃ、拒否られたいワケじゃねぇけど、せめて恥ずかしがるぐらいはしてくれていいんじゃねぇの?

 初々しさのカケラもないヤツめ。


「本、読む。

 触るのはいいけど、邪魔するのは怒る」


 お、おう。

 ミトさん、この状況でも超マイペースっすね。

 ってか、触るの有りってどこまでオッケーかちゃんと言っとけよぉ。

 お前、本に関してはガチでキレるだろ。

 冷えた目で淡々と怒られると、調子こいた分めっちゃスンってなるんだぞスンって。

 もー読み始めちゃってるし、レッドラインの分かんねぇチキンレースとかどうしろってんだよクソッ。




 そっから約一時間半もあったってぇのに、結局、腹に手ぇ回したぐらいで何も出来なかったわ。

 チクショウ、笑えよ。




~~~~~~~~~~




 さすがにこれまで通りの偶然頼みはねぇだろっつって、アドレス交換した。

 真っ当な施設とか、お互いの家とか、あちこち何度か連れ添ったけど、実はミトの方から連絡が来たことは一度もない。

 が、返信はちゃんと来るし、誘いを断られたこともほとんどない。

 どう判断すりゃいいのか迷うところだが、そもそも独自すぎる行動理念で動くアイツの意図を読もうとすること自体、バカらしいんじゃねぇかって気もする。



 ミトは独り暮らしの俺の家にも余裕で来た。

 うん。警戒心持とうぜ?

 今、コイツは二人掛けのソファに寝転んでその辺の棚から勝手に持ってきた雑誌を読んでやがる。

 自宅かってぇの。普通にくつろぎすぎだろ。

 ナリは小せぇくせに大物だなお前は。


「なぁ、ミトぉ」

「ん?」


 最初に邪魔をしないよう忠告が飛んでこない時は、途中で中断させても気にしねぇ時だ。

 なら、そんなモンより俺を構えよって思っても別にいいだろ。

 せっかく二人きりだってのに、もったいねぇ。

 じっと見てると、ミトは寝っ転がった状態のまま腕を伸ばして雑誌を床に置いた。

 視線がこっちに向いたことで、ちょっと嬉しくなっちまってる事実が情けねぇ。

 俺ってスゲェお手軽な男だったんだなぁ。


「あー……そういや、お前さぁ。そろそろ先輩呼びって止めねぇか。

 シャルヴィークが長けりゃあ、適当に略していいからよぉ」

「ん」


 唐突な要求にマイペースに了承の頷きを返して、ミトは何か考え込むように指を顎先に当てた。

 いっつも無表情だけど、仕草はいちいち愛嬌あんだよな。


「………………シャブ?」


 おい。


「無駄に誤解を招きそうな略し方しやがるじゃねぇの」

「ん。冗談」

「だろうよ」


 お前って案外俗っぽいトコあるよな。

 嫌いじゃねぇけど、もうちょいジョークってのを分かりやすく頼むぜ。


「シャル」

「あぁ。まぁ、無難だな」

「シャル」

「おう」

「シャル」

「んだよ」

「悪くない気分」

「……そうか」


 満足そうに息を吐くミト。

 俺の彼女が可愛すぎる。

 とりあえず、アタマ撫でさせろアタマ。

 ハイ。安定の無反応。

 いちいち理由だの意味だの問われるよりは、面倒がなくてやりやすいけどなぁ。


「ところで、お前の喋り方って素なの?」

「趣味」

「お、おう」


 趣味だったのかよ。

 ならしょーがねぇなぁ。


「シャルの皮膚に興味がある。

 接触許可求む」

「はぁ?」


 おいおい、いきなり何言ってんだコイツ。

 誘……って……るわけねぇんだよなぁ、ミトに限って。

 多分、最初に合った時のあの観察の続きみたいなもんだろ。

 純粋な好奇心ってーの?

 考えてみりゃあ、今まで俺から触ってばっかだったもんなぁ。


「いいぜ、好きにしろよ。

 分かってるたぁ思うが、ウロコが刺さるから逆向きに撫でんなよ」

「ん」


 結果、我慢できずに押し倒した。

 いやでも、あんな全身撫でられまくって発情しない雄もいねぇだろ。

 ヒレの根元とか尾の先とか指先でソフトかつ丁寧に擦られてさぁ。

 ゾクゾクするじゃん、んで、ムラムラしちゃうじゃん。

 ただでさえ、惚れてる相手だってのに。

 俺、悪くねぇよ。


 しっかし、付き合いは結婚前提だの恋人以外接触不可だの、いちいちお堅いこと言ってっから婚前交渉も不可かと思いきや、いざ誘ってみりゃ簡単にOK出たし、ホント何なんだろうなぁコイツ。

 初夜が初回の方がリスクが高いだのどうだの言ってたけど、よく分かんねぇ。

 経験皆無だったくせに妙に耳年増で、その上トンチキな探求心発揮して物怖じしないどころか自分からアレコレ提案までしてくるし。

 唯一表情が動くってのも含めて、ハマりすぎちまうから止めろよな。

 そうじゃなくても最近、不意の動悸・息切れが激しいせいで救心買うかガチで悩んでるってのに。


「今日は送るから乗ってけ」

「黒いトライク(※三輪のオートバイ)」

「おう。女で知ってんなぁ珍しいな。愛車のゼウスだ」

「伊達に本好きじゃない」

「そうかい。

 そっちに予備メット転がってっから、ちゃんと被れよ」

「ん、安全重点」


 うーん。ミトのやつ、ヤることヤっても全然態度変わんねーでやんの。

 俺、このままずっとコイツにヤキモキさせられ続けるんだろうなぁ。


 んんっ。

 メットつけてサイドカーに小さく収まるミトはなんかマスコットじみてて、普段にない愛らしさがありやがるな。

 この天然可愛い製造機め。

 あー、帰したくねぇ。叱られるから無理だけど。


「あ。そうだ、コレやるよ」

「何」

「彼氏から彼女にプレゼントってヤツだ」

「トルマリンのネックレス」

「おう。なるべくずっと身に着けてろよ」

「…………ロレンチーニ用?」


 うげっ、ソッコーで裏がバレた。

 マージーかーよー。


 えーと、まず、鮫にゃあロレンチーニ器官っつー電気受容感覚があって、百万分の一ボルトなんて極わずかな電位差も感知することができる。

 そんで、光の届かねぇ深海だったり、海底の泥に隠れてる獲物だったりってのを、正確に捉えてるわけだけど……その器官を、まぁ、鮫人も持ってるわけだ。

 で、トルマリンってのは、電気石なんて呼ばれ方もしてて、自然の状態で微弱電流を永久的に流し続けてる。


 あー、うん。両方の知識がありゃあ、純粋な贈り物じゃねぇって察するのも難しくないよなぁ。

 下手こいた。


「嫌か」

「貰う」


 貰うんかい。


「見せ付ける? 隠す?」

「あぁ、隠しとけ」

「ん」


 頷いて、ミトは早速首から下げたネックレスを服の中に仕舞い込んだ。


 他の男に俺の存在を臭わせて牽制する用じゃねぇからなぁ。

 むしろ、万が一の時に対応するためっつーか。

 探知範囲は数メートルと狭いが、これで咄嗟に視覚だの嗅覚だのが潰されても、他の人間とごっちゃにならずにミトの立ち位置が探れるからな。

 すぐ外れたり奪われたりするような可能性は低い方がいいんだ。

 まぁ、一番はそんな場面に遭遇しねぇことなんだけど。


「ありがと、嬉しい」


 はぁーーーーーっ!?

 最後の最後でそういう想定外に可愛いこと言うの止めてもらえますぅぅぅ!?

 あーーーっもぉーーーー、帰したくねぇーーーーーッ!

 俺の! 彼女が! 可愛い!





 ミトとの『お付き合い』は、それからも拍子抜けするぐらい順風に進んだ。

 ほんの数ヶ月前までバイオレンスな日常送ってたこの俺も、今じゃすっかり飼い慣らされた猫状態だ。

 幸福ってぇヤツは、何とも麻薬じみてやがるぜ。

 コイツとベタベタすること以外、なんもヤル気が起きねぇ。


「ミト。今日ヒマか」

「今日は家で本を読む予定。

 邪魔しないならいてもいい」

「んじゃ、大学終わったらお前んち行くわ」

「分かった」


 どっちかの家でミトが読書に勤しむ場合は、大体俺が座椅子役になってる。

 それは、単純に俺の希望というか、相手にされない間の寂寥感(せきりょうかん)を埋めるためであって、もちろんコイツから頼まれたことは一度もない。


「んー。ミトー、ミトぉー」


 両足の間に鎮座する生き物が無反応なのを良いコトに、背後から白い首筋に鼻先を当てる。


「あー…………好きだ……」


 そうして甘い香りを吸い込めば、溢れる多幸感に脳が酩酊した。

 段々とたまらない気持ちになって、ほっそりとした腹に回していた腕を上方にシフトさせ柔らかな膨らみを弄び始める。


「っは……ミトぉ」


 やがて下腹部の穴から姿を現してきた横並びの双子を、まろやかな曲線を描く腰元に布ごしに押し付ければ……。


「それ以上は追い出す」

「ごめんなさい」


 下からボソリと警告が飛んできて、マッハで身を引いた。

 俺、越えられない壁、読書。


「あー……トイレ借りる」

「ん」


 愛は虚しい。



 それから、一時間と半分ほど経って、ようやく本を手放したミトを、俺は全身を使い内側に閉じ込めるように抱え込んだ。


「なぁー、お前さぁ。実は俺のことどうでもいいって思ってんじゃあねぇよなぁ?

 たまにこう、ほら、コレしたら嫌うだの、アレしたら別れるだのって、脅し染みたこと言う時もあるしさぁ」


 こっちばっか惚れてる気がすんだよ。


「違う。地雷を踏まれれば百年の恋も爆発するから、それを回避してずっと一緒にいるため」

「あぁ、うん」


 よく分かんねぇ。

 この際、はっきり聞くしかねぇか。


「ミト。お前、俺のこと好きか」


 告ったのも連絡入れるのも俺からだし、まさか流されてるだけってんじゃあねぇよな?

 頼むから、そうであってくれ。

 って、俺すげぇウゼェ女みてぇヤベェ。


「ん。好きじゃなきゃ、そもそも付き合ってない」


 おおっ!


「シャルが普段の素行の悪さのせいで将来無職になってしまっても、事故やケンカの影響で半身不随になってしまっても、見捨てずに養ってあげようって思ってるくらいには愛してる」


 ……おい。


「お前、ソコは素直に喜べる例えにしてくれよ」


 心中複雑すぎて、どういう顔していいのか分かんねぇだろ。

 いやでもまぁ、想定してたよりは俺、ちゃんとミトに愛されてたっぽい、のか。



 あー……なんか脱力してきた。




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