Wデートーその2ー
レストランを出て、お化け屋敷へと向かう。
お化け屋敷に着くと、待ち時間は30分だった。順番が回ってくるまでの間、狩野はペアになったのをいいことに園神に一生懸命話しかけている。必然的に俺は井伊島と話すことになった。
「あなたはとても珍しい魂を持っている、麻川君」
「……へえ。何? 俺勇者だったりするのか?」
俺はよくある異世界ものの小説の設定を思い出し、何とか井伊島の話に合わせる。
「ううん。例えるならただの村人」
「モブキャラじゃねえか!!」
珍しいモブキャラって一体なんだよ!!
「戦闘力も特殊能力も一切ない」
「……」
なんだろう。地味にショックだ。
「あなたが特筆すべきは魂の器」
「魂の器?」
「そう。あなたの魂の器はとても大きい」
「……」
なるほど分からん。つーか、井伊島と話すのが疲れてきた。
「なあ、井伊島。お前のその…アルデラ?の概要っぽいのまとめておいてくれよ。ちょっとついていけねえわ」
「……分かった。用意しておく」
よし、これでしばらくは井伊島の話に付き合わなくてもいいだろう。
俺と井伊島は特に何も話すことなく順番を待った。
そして、順番が回ってきた。狩野と園神が先に入る。3分ほど時間を空けて、俺と井伊島の番だ。
「井伊島はこういうの大丈夫なのか?」
「所詮作り物。アルデラにはもっとおどろおどろしい生物がいる」
「そうか……」
ダメだ。いちいち中二設定が出てきて会話にならねえ。
ちなみに俺は結構平気な方だ。出てくる幽霊は生きた人間ってことが分かってる。せいぜいいきなり出てきたときに驚く程度だ。
「園神さんストーーップ!! 攻撃しちゃダメ……ぐあっ!!」
「……」
「……」
俺と井伊島は顔を合わせる。なんだろう。今お化け屋敷では聞こえない種類の――まるで誰かに殴られでもしたかのような――声が聞こえてきた気がする。しかも、声に聞き覚えがある。
俺の額に嫌な汗が流れる。まさか――。
「井伊島、行くぞ!!」
「分かった」
俺と井伊島はお化け屋敷を走り抜ける。
すると、床に伸びた狩野。ファイティングポーズを取る園神。狼狽える幽霊の方々がいた。
「……」
状況は大体分かった。幽霊に驚いた園神が攻撃態勢に入り、それを止めようとした狩野が攻撃を受けたといったところだろう。
「やめろ園神!」
「たたたたたた拓斗」
ガクブルな状態の園神。
「落ち着け! この人たちはただの生きた人間だ! 特殊メイクと服装で化けてるだけだ!」
俺は絶対に言ってはならないトップシークレットを幽霊さんたちの前で口にする。許してくれ、これ以上園神による犠牲者を出すわけにはいかない!!
「え……? 生きてる?」
「そうだ!!」
園神がようやくファイティングポーズを解く。
「なによ。脅かさないでよ……。奈緒子が幽霊が住む家って言ったから……」
「ごめん、舞」
俺は幽霊の皆さんに謝り、完全に気を失っている狩野を担ぎ上げて出口を目指した。重い……。
お化け屋敷から出て近くにあったベンチに狩野を降ろす。
「ふぅ」
ちゃんと気が付くといいが……。病院に連れていくべきか?
「ハッ!」
狩野が目を覚ました。
「!」
良かった。とりあえず気が付いたか。
「おい、大丈夫か?」
「俺は……一体……」
狩野は呆然とした様子だ。それも仕方ない。
「お前は園神を止めようとして暴れた園神に昏倒させられたんだよ」
「そうだ。俺はお化け屋敷で……」
「俺が園神を宥めて、幽霊してた人にも謝っといた。どこか痛むところはないか?」
「そうか、悪かったな。大丈夫だ」
「いや、大変だったな」
本気でお前に同情するよ……。
「おい、俺はなんでベンチに座ってるんだ?」
「俺が運んだ」
「なんだと?!」
「なんだよ」
狩野が急に顔をこっちに向けてきた。なんだよ、ビックリするだろうが。
「つまり俺は、お化け屋敷から気絶した状態でお前に運ばれて出てきたのか?!」
「そうだな」
俺はその通りだと頷く。
「なんだそれ! 俺、周りの人からお化け屋敷でビビって気絶した人みたいに見えるんじゃねえか?!」
「あー」
たしかに見ようによってはそう見える。一体誰が幽霊にビビった女子に昏倒させられたと思うだろうか。
「ぐああああ!! かっこ悪すぎだろ! 死ねる!!」
狩野は頭をぐしゃぐしゃに掻き毟って悶える。そっとしておいてやろう……。
「とりあえず狩野も大丈夫そうだし、なにかアトラクションでも乗るか?」
静かに成り行きを見守っていた園神と井伊島に話を振る。
「もう怖いのは嫌よ」
園神が一言。
「舞。あの程度で怖がっていたらアルデラの生き物は倒せない」
「それはそれ! これはこれよ!」
「……」
俺はツッコまないぞ……。
俺は頭を切り替える。園神の好きそうなアトラクションか……。
「じゃあ、シューティングゲームでもやるか?」
「シューティングゲーム?」
園神が首を傾げる。
「レーザーの出る銃で的を撃って得点を競うアトラクションだ」
「それ、やってみたいわ!」
俺の簡単な説明に園神が興味を示す。少し顔色もよくなったみたいだ。良かった。
「じゃあ行ってみるか」
俺は未だに悶えている狩野を引っ掴んで歩き出した。
3分ほど歩くと、アトラクションが見えてきた。待ち時間は40分。けっこうあるが仕方ない。
俺たちは先程のお化け屋敷の園神と狩野をネタにしたりして、くだらない話で盛り上がった。途中から井伊島のアルデラ談議に狩野が犠牲になったが助けなかった。俺はわが身が大事だ。
狩野が井伊島に捕まったため、2人1組で乗るシューティングゲームには俺と園神がペアになった。
「これで的を撃てばいいのね」
園神は固定されている銃を持ってワクワクした様子で聞いてくる。
「ああ。それで赤く光ってるところを撃つんだ。的が遠かったり、動いてたりすると得点が高い」
「分かったわ」
俺はこのとき、所詮ゲームだしほどほどに楽しむだろうと油断していた。
バキューンバキューンバキューン!
いかにも作られた音声が園神が引き金を引く度に流れる。
「……」
園神のスコアがどんどん跳ね上がっていく。
いや、ちょっと待て! 本気出しすぎだろ!!
「園神! お前ほどほどにしとけよ! 遊園地初体験の奴がそんな玄人みたいなスコア叩き出したら不自然だろうが!! 高スコアは最後画面に表示されるんだぞ!」
「何か言った!?」
「……」
ダメだ。聞こえてねえ……。
俺は諦めて狩野と井伊島への言い訳を考える。まぐれじゃきついよなあ、このスコアは。
すると――。
バァン!!
「!」
「!!」
突然電源が落ちた。アトラクションも停止する。
しばらくして非常用の灯りがうっすらと辺りを照らした。
「何?」
「停電?」
「故障?」
周囲から困惑の声が聞こえてくる。
「拓斗……せっかく高スコアだったのに……消えちゃったわ……」
隣のバカは放って置くとして一体何事だ?
すると、非常口が開いて係員さんが入ってきた。
「緊急事態です! みなさん、乗り物から降りて避難してください!」
ひどく焦った様子の係員さんは大きな声でそう言った。
「近くの非常口から外へ! 順番に避難してください!!」
「……どういうことだよ」
俺は戸惑いながらも未だに落ち込んでいる園神の手を掴んで乗り物から降りた。
とにかく今は指示に従うべきだ。
アトラクションの外に出てみるとなるほど緊急事態というのがよく分かった。
遊園地の各所から黒煙が上がっていたのだ。
ボンッ!! ――きゃあああああ!!うわあああああ!
近くで爆発音と悲鳴。
「みなさん、落ち着いて! 出口はこちらです!」
避難指示を出す声。
『お客様にお伝えいたします。近くにいる係員の指示に従って避難してください――』
緊迫した園内アナウンス。
遊園地の出口に向かって人が波のように移動している。
まるで世界滅亡を前にした映画のワンシーンのようで、すべてが異常だった。
「なんだよこれ……テロか……戦争か……」
俺は思わず呟く。
一体誰が身近でこんなことが起こると予測しただろうか。
「園神……」
「……」
園神は俺の隣で険しい顔をしたまま動かない。
ピリリリ……ピリリリ……
「!」
園神のスマホが鳴る。
「はい、舞です!愛華さん!?」
園神はスマホの画面を確認すると、すぐに電話を取った。
『――――!』
話相手の声はよく聞こえない。
「大丈夫ですか?!愛華さん!!」
『――、――――!』
「はい、園内で爆発が起こっています!」
一体誰と話してるんだ?
『――――!』
「!」
『――、――――!』
「アタシを餌にしてG2を引きずり出すつもりですね?」
「!?」
今なんて?園神が餌?G2?一体何なんだ?
『――――!』
「どうしますか?」
『――――!』
「ふふっ、そうですね」
園神がぞっとするような凶悪な笑みを浮かべる。
『――――!』
「分かりました」
ピッ
園神が通話を終了する。
「園神?」
俺は名前を呼ぶことしかできない。
「拓斗、蓮司と奈緒子と合流して避難して」
「お前はどうするつもりだよ!!」
「アタシは大丈夫」
答えになってねえだろうが!
園神は遊園地の出口とは反対のほうに向かって走り出す。
「おい園神! ちょっとは説明していけよ!!」
園神が立ち止まり、振り返る。園神の黒髪が風に煽られて舞う。
周りの喧騒が遠くなる。園神の声がやけにクリアに聞こえた。
「ちょっと戦争してくるわ」
「!!??」
園神はそれだけ言うと再び走り出した。
「なんだよ、それ……」
俺は何もすることができない。