組織間抗争ーその2ー
遊園地の前には何台ものパトカーや救急車で埋め尽くされていた。
「避難状況は?」
「ほぼ完了しています」
「園内に入るのは特殊班のみだ。他のものは避難してきた一般人と係員の誘導に当たれ」
「はっ!」
若い警察官は敬礼をすると足早に去っていった。
「ふぅ……」
指示を出していた警官はため息をつく。黒ぶち眼鏡に黒い髪をワックスでオールバックに撫でつけている。スーツ姿からして刑事だろう。
「真君」
「!」
そこへ1人の老人が声をかけた。グレーのスーツに赤い蝶ネクタイをつけた白髪の老人――園神舞の祖父、園神玄造である。
「玄さん……」
「息子がここに遊びに来ていたんだろう?無事は確認できたのか?」
「いえ、まだ……。連絡も取れていません」
そう言って心配そうに顔を歪めた刑事は麻川真。拓斗の父親である。
「実はね、わしの孫、舞も今日ここへ来ていてね」
「何ですって?!」
真が驚きの声を上げる。
「すまんね。今回の件、こちら側の問題だ。まさかこんな大胆な手を使ってくるとは思わなんだ……」
「……」
真は玄造の横顔をじっと見つめる。
「玄さん。こんな時にする話ではなのかもしれませんが、お伺いしたいことがあります」
「なんだね?」
玄造は細い目をわずかに開いて真を見る。
「一度家に拓斗の友達だと言って、園神舞という女の子が来たと妻から聞きました。同じ名前なだけかと思っていましたが…」
「わしの孫の舞で間違いないよ」
「――2人を引き合わせたのはあなたですね?」
玄造はにこりと笑う。
「まあ、否定はせんよ」
「困ります! 拓斗はこの世界のことを何も知らない!」
真は声を荒げる。
「すまんね。舞のことを想うと手段を選んでいられなかった。舞に他の世界を知ってもらいたかったんだ。君の息子なら大丈夫だと思ってね」
「玄さん……」
真は頭を抱える。
「実際、拓斗君は舞を受け入れてくれた」
「受け入れただなんてとんでもない……。何も知らないだけです」
「そんなことはない。ちゃんと舞の話を聞いて理解しておる」
「ですが、拓斗は見たことがないはずです。舞さんが人を殺すところを――」
真は玄造に鋭い視線を向ける。
「……」
「話を聞いて知っているのと、実際に見るのとでは話が違う。あいつに背負いきれません」
「随分息子を過小評価しておるな」
「玄さん!!」
ブー……ブー……
「失礼」
玄造の携帯が鳴り、会話が途絶える。
「……ふむ。ご苦労」
ピッ
必要最低限で通話が終了する。
「拓斗君たちは皆無事だよ。部下から連絡があった。もうすぐ出口から出てくるだろう」
「そうですか……」
真は安堵の息をつく。
「先程の話はここまでにしよう。時が来れば、すべてを話す時がくるだろう」
「玄さん……」
「では、わしは失礼するよ。今回の組織はわしらが責任もって君たち警察に届けよう。うちの幹部が先行しておるのでな。そう時間はかかるまい」
「はい、お願いします……」
真は頭を下げる。そして、頭を上げた時には玄造の姿はどこにもなかった。
「ふんのおおおお!!」
元太は狙撃により動きの止まった黒服の男2人の首根っこを掴むと、残り2人の黒服の男に向かって投げ飛ばした。
「うわああああ!」
「あああああ!!」
「うぐ!」
「ぐあ!」
投げ飛ばされた男はそれぞれ仲間を巻き込んで2人折り重なるようにして壁に激突する。壁に蜘蛛の巣状のヒビが入った。
ドサリ……!
地面に倒れた黒服の男4人はそのままピクリとも動かなくなった。
「チッ!」
スキンヘッドの男が舌打ちをする。
「こんなバカな真似をしておいて、逃げられるとは思ってなかろう」
元太が拳をゴキゴキと鳴らす。
「フッ。あんたみたいな大きな組織の人間に俺たちみたいな小さな組織の苦労は分からないさ」
スキンヘッドの男は両手にメリケンサックを装着する。
「そういう話はわしではなく、警察でするんだなっ!!」
元太が地を蹴り、スキンヘッドの男との距離を一気に詰める。
怒涛の殴り合いが始まる。
ガッ! ゴッ! ドッ!
スキンヘッドの男の拳が元太の顔面に入れば、元太の拳が男の脇腹に入る。片方が蹴りを放てばもう片方も蹴りを放ち、拳を突き出せば拳で受け止める。
重い打撃音が両者の間で鳴り響く。
「ぬああああ!」
「らああああ!」
ベキッ!!
「ぐあっ!!」
元太の拳がメリケンサックごとスキンヘッドの男の拳を砕く。堪らず男が後方へ下がる。男のメリケンサックは歪み、手からは血が滴っていた。
「素手で……こいつを壊すなんて……」
「ふん! そんなもんに頼っとるから拳が弱くなる! わしの拳は鉄でも砕くぞおおお!!」
元太は男を追って地を蹴り、スピードを乗せた拳を男の顎に叩きこみそのままアッパーを決めた。
「ぐおっ!」
スキンヘッドの男は放物線を描きながら宙を飛び、受け身も取れずに地面へと叩きつけられた。
ドシャ!!
スキンヘッドの男はもう立ち上がることはなかった。
「まだなだ若いもんには負けられんな!」
元太は無傷の拳をゴキゴキと鳴らした。
「ふー」
愛華は煙草の煙を吐きながらスマホの通話を切った。ちょうど今、舞の友人たちの無事を玄造に伝えたところだ。
そう、拓斗たちを追おうとしていた黒服の男を狙撃で食い止めたのは、この駿河愛華だったのだ。
愛華の足元には狙撃銃――ファルコンが置いてある。
愛華は煙草を落とすと、ヒールでぐりぐりと踏みつけて火を消す。
「ったく、狙撃ポイントの割り出しが遅すぎんだよ。ウチに居たら死ぬほど説教コースだぞ?」
愛華はゆっくりと振り返りながら、愛銃――H&KUSPをカチャリと鳴らす。
そこには銃を構えた黒服、覆面の男が10人余り立っていた。
「ハッ! 私を相手に雑魚だけとは舐められたもんだ!!」
パァンパァン!!
容赦なく先制攻撃。放った2発は2人の男の太ももにヒットした。
「おらぁ!」
足をやられた2人に一瞬で近づくと、横っ面に蹴りを入れて2人まとめて吹き飛ばす。
残りの黒服の男たちが慌てて左右に展開する。
「ちょこまかちょこまかゴキブリみてえに動いてんじゃねえぞ! ぶっ殺したくなるだろうがっ!」
愛華は一番近くにいた男の顔面に膝を叩きこむ。
バキッ!
鼻の骨の折れる音が響く。よろめいたところに銃身で首筋に一撃。昏倒させる。
「くそっ!!」
黒服の男の1人が機関銃を構えて引き金を引いた。
ダダダダダダダッ!!
「適当に撃っても当たんねえんだよ!」
愛華は射線に入らないルートを風のように走り抜け、H&KUSPを構える。地を蹴り、宙へふわりと舞いながら一回転。
パパパパパパパァン!!
耳で捉えきれないほどの早撃ち。残りの黒服の男の手から銃が弾き飛ばされる。
「今回はてめえらを殺さずにサツに届けねえとならねえからな」
スタッと地面に着地すると、愛華は懐から手榴弾のようなものを取り出した。
「ほれ」
無造作にそれを投げると、もうもうと煙が立ち込める。
「催眠ガスだ。そんな覆面程度じゃ防げねえ」
ちゃっかり風上に立っていた愛華は唇の端をつり上げて笑う。
「お寝んねしてな」
(はやくこいつら倒して拓斗たちのところへ行かないと!!)
舞の中に焦りが生まれる。
舞は長髪の男と金髪の女に向かってFNハイパワーをめちゃくちゃに撃つ。
しかし、男も女もそれぞれ左右に避け当たらない。標的を失った弾が地面を穿った。
「チッ!」
「焦っていては当たるものも当たらない」
男が革ジャンの中に手を入れる。そして、手を引き抜くと指の間には小さなナイフが3本挟んであった。
(投げナイフ!!)
「はっ!!」
男がナイフを投げる。
「!」
舞はバックステップでナイフを交わす。
「はいはいこっちよぉ」
「!」
女の声に舞は反射的に上に飛ぶ。
ヒュン!!
女の放った弾が軽く舞の足にかする。
「終わりだ」
空中で身動きの取れない舞に向かって男が投げナイフを再び投げた。
「―っ!」
舞は背中に忍ばせていたナイフを抜いた。しかし――。
キィンキィンキィン!!
「!?」
ナイフは舞ではなく、別の人間の手によって弾かれた。
「ユキさん!!」
舞は地面に着地しながらその人物の名前を呼んだ。現れたのは清灯幸正だった。
幸正はその手に持つ刀ですべての投げナイフを払いのけたのである。
「お待たせしました。舞さん」
幸正は舞に向かってにこりと笑ってみせる。
「ご友人なら大丈夫ですよ。おやっさんと愛華が無事に逃がしましたから」
「そうですか……。良かった……」
幸正の報告に舞はほっと息を付いた。
「やだぁ、あの子たち逃げられちゃったのぉ? せっかく利用しようと思ったのにぃ」
女が頬を膨らませながら呟く。
「うっさいわよ!」
舞が怒りの目を女に向ける。
「あとはあなた方を片付ければこの騒動は終わりです」
幸正が静かに刀を構え、地を蹴る。
男までの距離を一瞬で詰めると、幸正は刀を上から下へ振り下ろした。
ギィイン!!
男は懐から出した2本のナイフでそれを受け止め弾く。
そして、後方へ大きく飛んで距離をとると、姿勢を低くし左右に手にしたナイフを逆手に持ち直した。
対する幸正は正眼に刀を構えて立つ。
2人が同時に動く。
キィン……ギィン、ヒュンガガ……!
長髪の男の動きは型に嵌らずトリッキーだ。上、下、斜めの斬り込みから回転を加えた連続斬り。
幸正はそれを必要最低限の動きで捌く。刃がぶつかり合う度にチリッと火花が散る。
「はぁあああああ!」
「……」
長髪の男がナイフをクロスさせ、幸正の手を狙って突っ込む。
ガキィン!!
幸正はクロスされたナイフの下に刀の切っ先を入れて弾き上げる。
2本のナイフが宙を舞う。
幸正は素早く刀を男の首へ沿わせる。男の首からツーっと血が一筋流れた。
「終わりです」
一方、舞と金髪の女はーーそれぞれ建物の影に入りながら激しい撃ち合いをしていた。
互いに弾切れまで撃ち尽くしては弾倉をリロード。再び撃ち合う。
パァンパンパンパン!
タァンタンタンタン!
互いの発砲音が響き合う。
しかし、顔が険しくなっていくのは金髪の女の方だ。
「生意気なのよっ! 餓鬼のくせにぃ!」
イラついた金髪の女が建物から飛び出し、舞の隠れる場所へ走り出す。
バサッ!
舞の羽織っていたベージュのポンチョが建物の影から飛び出す。
「!」
女は反射的にポンチョに銃を向けたーー否、向けてしまった。
ポンチョに向かって引き金を引くが、そこに舞の姿はない。
ポンチョを視線誘導に使った舞は、女がポンチョに気を取られた隙に建物の影から滑り出し、女の背後を取った。
カチャ……。
「!」
女の後頭部にFNハイパワーの銃口を押し付ける。
「勝負あったわね」
「そうみたいねぇ」
女はホールドアップした。
「どうしてこんな真似をしたんですか?」
長髪の男と金髪の女を連れて元太の下へ向かいながら、幸正が問いかける。
「ふん。お前たちのように安定した大きな組織にいる者に我々の気持ちなど分かるまい」
長髪の男が静かに言う。
「アタシたちはいろんなものに見捨てられて殺し屋なんて仕事を始めたのよ?それが同じ殺し屋なのにそっちは大学生なんて始めちゃうんだから、気に入らないわよねぇ」
金髪の女が舞を見ながら言った。
「そんな理由でこんなことを?」
舞は驚きの声を上げる。
「アタシたちにとっては重大なことだったのよ」
「これは一種の反乱だ。君たちのあり方は同じ殺し屋として不愉快だ。警察の一部と繋がり、一般人と関わりを持った」
「なるほど」
女と男の言い分に幸正が口を開く。
「ですが、組織のあり方や個人の生き方についてあなた方にとやかく言われる筋合いはありませんね」
「そうよ。アタシはアタシの生きたい生き方を選んでるだけよ。自分がそうできなかったからって八つ当たりしないで」
舞は冷たく言い放つ。
「殺し屋でもちゃんとトモダチはできるのよ」
「うそ?そのお友達、あなたのこと本当に知ってるの?」
「知ってるわ」
女の小馬鹿にした言い方に舞はムキになって返す。
「お姉さんから教えてあげるわぁ。現実って残酷なのよぉ」
女は口元だけで笑った。
この後、舞と幸正は元太と合流し、警察の特殊部隊に殺し屋組織クロコダイルを渡した。
愛華の方にも警察が向かっている。
こうして前代未聞の殺し屋組織の反乱は呆気なく終息していくのだった。