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学食は紛争地帯 後編

 匠田兄が弟にワイポットを渡そうとした瞬間、横から手が伸びてきてひょいとそれを取り上げた。

 

「よお、オタク部。な~に持ってるんだ?」

 

 制服を着崩した今風の雰囲気イケメン三人組が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。

 

「おい、返せ!ゴリラ」

 

 匠田兄弟が魔道具を取り返そうと、奪い取った強面の生徒に向かっていく。

 

「だれがゴリラだ。俺は香田だ、香田!」

 

 そう言いながら香田は魔道具を仲間に投げて渡す。小柄な双子が手を伸ばしても届かないことを解っていて、三人は笑っている。

 

「なんだ、この変なオモチャは…アニメの道具か?オタク臭え」

 

 キャッチしたのは髪を金髪に染めたボクシング部幽霊部員の大東だ。偽イケメン三人組の中で一番短気で、『殺されてぇのか』と凄むのが癖だが、本当に怖い人間の前では借りてきた猫になる。

 

「江戸川君、あれ大丈夫かな。もし、ボタンに触ったら…」

 

 大東の手に渡った魔道具をハラハラしながら見つめ、紅蓮は友人に話し掛けた。

 

「平気だよ、あれは魔力が無ければ反応しないようになっているからね」

 

「それならいいんだけど…」

 

 その答えに安堵しながらも、紅蓮がワイポッドが壊されないか心配している。そこへ三人目の雰囲気イケメンが大東からワイポッドを受け取って言った。

 

「へえ、俺にも見せろよ。オモチャにしては綺麗な石を使ってるな」

 

 日向は三人組のリーダー格で、紅蓮には及ばないがそこそこ長身だ。顔立ちも悪くは無いが、性格に問題があった。日向は無類の女好きで、中学校での不埒な振る舞いを親に咎められて、全寮制の男子校に放り込まれていた。

 それだけならいいのだが、リア充を自称して周りを見下し、朝から晩まで女の話ばかりしている。そのため、山奥の学校でどこがリア充だと周囲の失笑を買っていた。あまりにオンナオンナと五月蝿いので、リア充どころか童貞疑惑まで影で囁かれている。

 

「こんな意味解らないモノに使わずにアクセにしろよ。あ、俺のオンナの一人が来週誕生日だ。この赤い石で指輪かブレス作れ。俺が貰ってやるからよ」

 

 ニヤニヤ笑いながら日向がワイポッドの赤い石に触れる。次の瞬間、有名な宇宙ロボットアニメの主題歌が大音量で流れ出す。

 

「は?」

 

 紅蓮は驚いて立ち上がった。

 

「なんで反応したんだ?」

 

 岩田兄が愕然と呟き、「え、壊れている?」と江戸川が首を傾げる。流れ出した音楽に、ボタンに触れた日向も学食にいる生徒たちも驚いていた。

 

「でも、なんだろ。何かこう…血が滾ってくるような?」

 

 紅蓮は戸惑った。急に何かを殴りたいような、暴れたいような、そんな闘争心が湧き上がってくる。草食系で暴力嫌いの自分に沸き起こった衝動に、紅蓮は困惑する。

 

「いい加減返せよ。クソ野郎が!」

 

 突然、匠田弟が怒鳴りながら日向に向かっていった。それを阻止しようとゴリラに似た香田が岩男の襟首を掴むが、岩男はその腕を逆に掴まえると、そのまま一本背負いで二メートル先に投げ飛ばした。

 がしゃーん。

 派手な音とともに、香田の筋肉質の体がウドンを食べていた生徒たちのテーブルに直撃した。野太い悲鳴と怒声が上がる。

 

「やりやがったな、チビ」

 

 金髪の大東が岩男に殴り掛かるのを見て、ようやく我に返った紅蓮はその腕を掴んで止めた。

 

「ちょっ…やめなよ。ここで暴れたら危な…」

 

「るせー!」

 

 力任せに腕を振り払われ、ついでにその大東の拳が鼻に当たる。

 

「あ、いてて…」

 

 鼻を押さえて蹲る紅蓮の目の前で、昼食を台無しにされた生徒たちが参戦していく。

 

「ふざけんな、俺のスタミナウドン返せ!」

「から揚げ全部食ってなかったんだぞ!」

「カツカレー、弁償しろ!」

 

 食い物の恨みは恐ろしい。飛び掛っていった生徒を大東が蹴り返し、その生徒が周囲のテーブルを巻き込んで倒れていく。

 

「ふざけんな!」

「俺たちは関係ないだろうが!」

 

 巻き込まれた生徒たちも戦列に加わり戦火は広がり、学食は一気に紛争地帯に変わっていった。あちこちで殴り合い、どつきあいが開まり、洒落にならない流血騒ぎになっている。

 

「なんだよ、この状況…ヤバくないか?」

 

 蹲って避難していた紅蓮は呆気に取られて呻いた。みんな、我を忘れているように見える。

 

(魔法でバーサーカーと化した騎士団が、丁度こんな様子だった)

 

 イーレディアでの体験を思い出している彼の頭に、どこからか飛んできたトレイがガコンと音を立ててぶつかる。不意に堪えようの無い殺意が沸き起こってくる。

 

(ちょっと待て!落ち着け、落ち着け)

 

 それでも理性が勝って、紅蓮は必死に自分に言い聞かせた。その間にも、ワイポッドからは戦闘意欲を駆り立てる歌が流れている。それに耳を傾けるとさらに心拍数が上がっていくような気がして、ようやく紅蓮は気付いた。

 

「え、江戸川君、この騒ぎってひょっとして…あの音楽のせいなのか?」

 

 近くのテーブルの下で膝を抱えて隠れている吸血鬼は「うん、そうだよ」と簡単に肯定した。

 

「赤い魔石は属性が炎で、感情を昂ぶらせる効果があるんだ。士気を上げて、攻撃力もアップさせる曲になっているよ。うん、効果抜群だね」

 

 食器や椅子が飛び交う食堂を見回して、江戸川は暢気に頷いている。士気を上げるどころではない。あちこちで血飛沫が飛び散る惨状だ。

 

「そんなこと言ってる場合じゃ…」

 

 ますますヒートアップするこの状況を放置したら、不味いんじゃないかと紅蓮は青褪めていく。

 

「でも、今の僕らじゃ、あの日向君は止められないよ」

 

 江戸川の言葉に紅蓮は座ったまま、首だけ伸ばして様子を窺う。

 興奮した日向はワイポット片手に、近付こうとする匠田兄弟に向かって椅子を振り回している。確かにあれには近付きたくない。まさしくバーサク状態だ。

 

 その時、誰かが悠々と学食を横切って行くのが見えた。アッシュシルバーの髪に冷徹な目の、学園の異端児だ。その生徒は日向を睨み付けながら正面から迫ると、気圧されたその手からワイポットを楽々と奪い取った。

 

「るせぇんだよ、お前」

 

 低い声で呟き、彼は日向の腹に一発蹴りを入れる。

 日向の体が乱闘の最中に飛ばされた直後、眩い光が学食に広がっていった。紅蓮は思わず目を瞑って顔を背けた。温かな何かが全身を駆け抜けていき、打ちつけた鼻や頭からズキズキとした痛みが薄れていく。

 やがて光が消えると学生や職員たちが呆然としていた。倒れたテーブルや床に落ちた食器はそのままだが、あれほど酷い殴り合いをしていたはずなのに、怪我人どころか血飛沫の痕跡も消えていた。

 

「あれ…俺、どうしたんだ?」

「なんでテーブルが倒れているんだ」

「誰かに殴られたような気が…おかしいな」

 

 不思議そうな顔で首を傾げる生徒たちは、音楽を聴いてからの記憶が曖昧になっているようだ。そこにようやく風紀委員たちが駆けつけて来た。

 

「貴様ら、何をしている。ぼんやりしてないでテーブルを起こして、皿を拾え。昼休みが終わる前に片付けろ!」

 

 風紀委員長に怒鳴るように命令されて、呆けていた生徒たちが慌てて動き出す。アッシュシルバーの髪の生徒は、その声を無視して紅蓮たちへと歩み寄ってきた。

 

「これ、しまっておけ。風紀に見つかると五月蝿いぞ」

 

 そう言って差し出されたワイポットを紅蓮は片手で受け取る。

 

「ありがとう、利人君」

 

 礼を言って紅蓮は取り合えずインベントリに収納しておく。利人と呼ばれた生徒は、紅蓮を凝視したあとに彫刻のような顔に戸惑いを浮かべた。

 

「いや…悪い。お前、精霊石持っているだろ」

 

 何を謝っているのか不思議に思いながら、紅蓮は頷く。

 

「元精霊石だよ。今朝、曽祖父から貰った時に、もう魔石として使えるって言われたから…」

 

 イーレディアの精霊石は精霊の卵のようなものだ。時が満ちれば、石の中から精霊が生れ落ち、再び精霊を孕む。それの繰り返しだ。ただし、精霊石自体の寿命が尽きれば、核が消滅して、ただの魔石に戻るのだ。

 

「それだけどな、さっきのアレで幾つか核が出来たと思う」

 

 言いにくそうに利人は説明し、紅蓮は長い前髪の下で目を見開いた。さっきのアレとは、あの眩い癒しの光のことだろう。しかし…

 

「はっ?魔石が精霊石に戻ったってこと?マジで?」

 

 と、いうことは、インベントリの中に精霊の卵が幾つも入っているというになる。

 

「早いうちに元の世界に戻せ。多分、高位の精霊になる…かもしれない」

 

 それだけ言うと利人は風紀から逃げるようにスタスタと去っていってしまった。

 

「え、ええええ!それってどういうこと?ちょっと、待ってくれよ。どうしてくれちゃうんだよぉぉ!」

 

 呆然とそれを見送った紅蓮は、一瞬遅れて悲鳴のような声を学食に響かせた。


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