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学食は紛争地帯 前編

 肩を落として学食に行くと、窓から一番遠い柱の影に見知った顔があった。紅蓮と同様に顔の大半が隠れる長髪の友人だ。チキンカレーを手に紅蓮が席に向かえば、友人は同情するように言った。

 

「災難だったね、紅蓮君」

 

「ハヨー、江戸川君。さっきの見てた?」

 

「いや、寮で魔力の波動を感じた途端に、風紀委員長がシャーペン燃やしていたから、登校したらすぐに捕まるだろうと思っていた」

 

 トマトジュースをストローで啜っている江戸川刃留斗、本名エドガー・バートリー七世は異世界の支配者階級に属していた吸血鬼だ。そして、革命軍に城と一族郎党を焼かれ、身一つでこちらの世界に逃げてきた亡命者でもある。

 現在は、深夜アニメとギャルゲーにはまり、座右の銘に「次、生まれる時は日本人」を掲げているが、不死に近い彼の野望は当分叶うことはないだろう。

 

「うん、放課後に風紀室に呼ばれたよ」

 

 せっかく今日は部活に行けると楽しみにしていたのに、がっかりだった。この世界では金曜日に部活に行ったばかりになるが、紅蓮の体感では20年ぶりの部活なのだ。

 

「お、亜門じゃねーか。無事戻ったんだな」

 

 ドンと背中を勢いよく叩かれて、紅蓮はゲホゲホとむせる。カレーが気管に入ったらしい。

 

「よう、亜門。なんか珍しい素材手に入ったか?」

 

 今度は脇腹を小突かれ、咳き込みながら紅蓮は振り返った。

 小柄でガッチリとした体格の匠田鋼造と岩男の兄弟が、山盛りの生姜焼き定食を持って立っていた。

 

「ごほっ…匠田君たちか、久しぶりだね」

 

 こちらの世界では三日ぶりだというのに、おかしな感覚だと紅蓮は苦笑いを浮かべる。

 ドワーフの双子は、紅蓮と江戸川の隣の椅子にそれぞれ座ると、「いただきます」と手を合わせた。すっかり日本の習慣に馴染んでいるが、彼らはこちらの世界の技術を学ぶために異世界の神に遣わされた留学生であり、ハンクラ部の仲間でもある。

 ちなみに、紅蓮たちが身に付けている指輪は、一般生徒の認識補正を促す効果もある。人外の生徒たちが異世界の話をしていても、人間の耳にはごく普通の会話に聞こえるようになっている。

 

「それはそうと、この間渡したゲームの感想聞かせてくれよ」

 

「あっちでどれくらいの年数、使えた?」

 

 そっくりな兄弟が生姜焼きを食べながら畳み込むように聞いてくる。紅蓮はインベントリに仕舞いこんだままの魔道具を思い出す。イーレディアに向かう前日に、双子ドワーフから預かったお手製のゲームだ。

 こちらの世界の技術を自分たちの世界に持ち帰るために、彼らは最新テクノロジーを魔道具で再現する研究を続けている。その一つが携帯ゲーム機を模した魔道具『GEME-TAKUMI』略してGTの試作品だった。

 紅蓮が渡された理由は、異世界での動作確認と耐用年数を調べて欲しいという理由からだった。実際、何の娯楽もない異世界では、時間を潰せるものがあるのはありがたかった。

 

「あれね!あれ、すごく役に立ったよ」

 

 福神漬けをスプーンですくいながら紅蓮は答えた。匠田兄弟が作った魔道具に内蔵されていたゲーム『魔王城アモン』…ゲーム名が有名ゲームのパクリ風だが、気にしてはいけない。

 それは魔王城に侵攻してくる勇者や討伐隊を、あの手この手で撃退するというゲームだった。侵入者のレベルに合わせて、罠を巡らせ、城の防衛システムを変え、魔族を鍛えて迎え撃つという内容だ。


 魔道具に魔力を通すと、壁に映像が投影できるシステムで、大昔の家庭用ゲーム並みの単純なドット絵だが、シミュレーションとアクションの両方で楽しめた。ただし、このゲームの本領は別にある。

 魔法のある世界では、ライフラインを魔石に頼る傾向にある。そのため、城や貴族の屋敷などでは大きな魔石を礎石として使用し、建物全体の魔素を底上げして、生活魔法や防御に役立てている。

 

 当然、イーレディアの魔王城の地下にも、巨大な魔石が礎石として使われていた。その魔礎石に、GTのシステムを書き込んだ魔石を埋め込むことで、魔王城と『魔王城アモン』をリンクすることができる。

 一旦リンクしてしまえば、ゲームの画面はそのまま彼らの魔王城になり、ゲームを通じて外敵から城を守る訓練が出来るのだ。

 

 例えば城門を抜けてすぐに迎え撃つゴーレム衛兵、魔狼警邏部隊は、ゲームを通して連係プレイを身に付け、城内を守るスケルトン兵は各々のレベルを上げてスケルトンナイトに進化し、隊長クラスに至っては、ハイスケルトンと呼ばれる最高位にまで上り詰めることができた。

 攻め込んでくる敵のレベルも、最大99まで設定することが可能で、紅蓮が玉座に就いて数年後には、臣下たちの努力で城の防御レベルも99まで上がっていた。ゲームの上で鉄壁になったのだ。

 

 だが、最後にやってきた勇者(仮)は桁が違っていた。最大レベルの設定自体が異なっていたのだ。レベル999の無敵状態の勇者(仮)が城門を破った瞬間に、ゲームのセキュリティがアラームを鳴らして警告してきた。

 そのお陰で勇者(仮)一行が玉座に辿りつく前に、大半の魔族を緊急離脱させることが出来た。玉座の間に残っていた魔族は、アモンスタッフの派遣員ばかりで、紅蓮が倒された瞬間にこちらの世界に戻ってくるメンバーだった。

 

 イーレディアでの紅蓮の任務は、魔界を活性化し魔族や魔物の数を増やすことだった。魔王城から逃がした魔族の中には、次の魔王候補である子供たちが数名いた。彼らが無事に逃げ延びれば、魔界の未来も安泰である。

 魔王グレンが滅ぼされ、勇者(仮)一行が帰還魔法を使った直後に、魔界の門は全て閉ざされ、次の魔王が玉座に就くまで、魔界にも静かな日々が続くに違いなかった。

 

 昼食を食べながら紅蓮は友人たちに聞かれるまま、ゲームの感想やイーレディアでの体験を話すと、ドワーフ兄弟は大喜びだった。

 

「予想以上の成果だな、兄よ」

 

 岩男が兄の鋼造の肩を掴んだ。

 

「おうよ、弟よ。わいらはやっぱり天才だ」

 

 鋼造も弟の肩を掴み返す。間にテーブルがあるので、小柄な二人は腰を浮かせていた。

 

「そうだ。今朝、ひい爺ちゃんにイーレディアの魔石を沢山貰ったから、あとでお裾分けするよ。属性が付いているから用途は選ばなくちゃいけないけどね」

 

『魔王城アモン』の礼に、手に入れたばかりの魔石を渡そうと考えて、紅蓮は言った。

 

「おお!ありがたい。丁度、新しい音楽プレイヤーの開発で魔石を使いきったところだった」

 

 兄のほうが嬉しそうに身を乗り出す。

 

「今度は音楽プレイヤーなのか。試作品はもう完成してるの?」

 

 また、暇つぶしの魔道具が手に入ると、紅蓮は期待に目を輝かせる。

 

「今回は僕も手伝ったんだよ、紅蓮君」

 

 食後のお茶を飲んでいた江戸川が、おっとりとした口調で言う。吸血鬼貴族はハンクラ部の中では唯一造形専門で活動していた。しかも、美少女アニメが好きなのに、元々育った環境の美的センスのせいで、絵を描いても、フィギュアを作っても、ダ・ビンチ並みの芸術品になってしまう。

 頑張ってアニメキャラに似せようとすればするほど、デッサンが破壊されていき、我流で描けば完璧な人物画に仕上がるという不幸な才能の持ち主だ。

 そのため、部活ではもっぱらドールハウスを作り、内装や家具、調理器具など凝りに凝って作っている。

 本当は市販の人形に血を与えて眷族にし、ドールハウスの中で暮らさせてみたいらしいが、風紀に見つかったらただでは済まないことは必至だ。

 その江戸川が手伝ったというのだから、さぞかし芸術的な造形の魔道具なのだろうと、紅蓮は期待した。

 

「見るか?お前が次に仕事に行くまでに微調整するつもりだけど…」

 

 匠田弟が内ポケットに手を入れて、片手に乗るサイズの長方形の魔道具を取り出す。厚さ2ミリほどの黒い金属で、四角く削った四色の属性魔石がボタンとして嵌めこまれている。

 ボタンに使われた魔石の宝石のような美しさが目立つものの、それ以外特に目立つ意匠ではない。とても凝り性の江戸川が関わったとは思えない。

 

「江戸川君は、どこを手伝ったんだ?デザインじゃないよね」

 

「うん、僕はその魔道具にダウンロードする曲を選んだんだよ。今は各二曲ずつだけど、そのうちもっと増やせるらしいよ」

 

「各二曲?どういうことだ」

 

 紅蓮は首を傾げて魔道具に手を伸ばした。

 

「どうだ?わいらが作ったから、名付けてワイポッドだ」

 

 匠田兄が自慢するように胸を反らす。

 

「う、うん、またギリギリセーフなネーミングを…本体が魔鋼で、複数の魔法陣が組み込まれている。この魔石の属性に合わせて何か仕掛けがしてあるのかな」

 

 二曲ずつというからには、炎、水、土、風の四つの属性に合わせてそれぞれ選曲できるのだろうか。しかし、それだけではないような気がした。ただ、音楽を再生するだけにしては、複雑すぎる。

 組み込まれた魔法陣を解析したくて、紅蓮は魔石のボタンに触れようとする。

 

「あほ、触んな。ここで触ったら風紀の魔人が飛んでくるぞ」

 

 横から魔道具を奪い取って鋼造が叱責する。

 

「あ、ごめん。うっかりしてたよ」

 

 紅蓮は素直に謝った。夢中になって、ここが学食であることを忘れていた。心残りだが、詳しいことは部室に行ってからだ。学校の許可を取って、部室には魔力漏れを防ぐ結界が施されているのだ。


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