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風紀委員長は炎の魔人

修正しました。ご指摘、ありがとうございました。

×イベントリ

○インベントリ

 曽祖父とのやり取りで更に疲労が増した紅蓮は、もう一度ベッドに潜り込み、昼前まで眠り込んだ。次に目覚めた時には心身ともにだいぶスッキリしていた。

 部屋に付いているシャワールームでお湯を浴びた彼は、ブレザー型の制服に着替えて右手の中指にリングを嵌める。これは人外の生徒に義務付けられた人化の魔道具である。

 

 紅蓮の白銀の髪が黒く、赤い目が濃い茶色に変わる。ついでに他者に圧迫感を与える巨大な魔力が消えて、そこには背が高いだけの大人しそうな生徒が誕生する。

 魔王を演じる際には後ろに流している前髪が鬱陶しいほど顔に垂れ、少しばかり不気味な雰囲気を作っている。鏡の前でネクタイを締めると、紅蓮は満足げに頷いた。

 

「う~ん、落ち着く。やっぱ顔の半分隠れてないとね」

 

 学校での彼の評価は、背が高いだけのネクラ系である。

 陽気な魔王とか、熱血魔族とか、むしろ恥ずかしいので、ネクラで結構だと紅蓮は思う。

 友人もアニオタの吸血鬼やハンクラ部のドワーフ兄弟など、地味系ばかりだが問題ない。どうせ女の子一人いない空間なのだ。

 

 彼らが在籍する神渡学園は、中高一貫の全寮制の男子校である。世間には偏差値の高い金持ちの坊ちゃん校として知られている。が、それは学園の仮の姿だ。

 真の神渡学園は、召喚神子の祖である渡会斎明が創立した、異世界に召喚される神子を育成する教育組織であり、異世界からの『客』の受け皿である。

『客』と一言で片付けたが、その事情も種族も様々だ。

 崩壊寸前の世界から避難してきたり、ジェノサイドされた貴種の最後の一匹だったり、追放された神族や住処を追われた精霊、神獣。謀反の罪を着せられた温厚な吸血鬼の難民まで、多種多様な異界からの客が、この学園の中に住んでいるのだ。

 

 人型が取れる『客』は人化の魔道具でより学園に馴染みやすい姿になり、最長六年でこちらの世界の勉強をする。その後、渡会家の封魔師に能力を封じられた状態で帰化するか、紅蓮の曽祖父の会社の伝手で異世界に移住か、神渡大学の教育学部を経て教師として学園に戻ってくる『客』もいる。

 なお、人型を取れない『客』は、学園の広大な敷地のあちこちに住処を作って、のんびり暮らしていた。

 

 しかし、人であれ、人外であれ、この学園に属する生徒は男であることが限定されていた。これは単に異性との不純な交際を禁じるという理由だけではない。渡会学園の広大な敷地の中には、穢れを嫌う神域が点在しているため、設立当初から女人禁制とされているのである。

 とはいえ、隔離された山奥の学園で、右を見ても左を見ても男ばかり、健全な男子校生たちには拷問のような日々に違いなかった。

 

「お昼ご飯に間に合って良かったな」

 

 スマホで時間を確認してから、紅蓮はスクールバッグを肩に掛けた。このまま真っ直ぐ学食に向かう予定だった。

 ふと彼はベッドの上に置きっぱなしにした魔石を見た。このまま部屋に放置するのは危険だ。たまに厳重な監視を掻い潜って、魔石を噛じりに小鬼がやってくる。あれは小さいが掴まえるのが大変だ。一度、誰かが寮でこっそり飼おうとしたら、一日で百匹に増えたという怖い伝説がある。

 

 それを思い出した紅蓮は皮袋を掴み上げると、自分専用のインベントリに魔石を収納した。同時に脳裏にインベントリの内容が浮かんでくる。袋の魔石は、自動的に種類と等級ごとに分別されて収納庫に収まっている。

 このインベントリは魔力を使う術ではないので、規制に引っかからない。鞄を持っている人間が、咎められることはないのと同じだ。

 便利な空間魔法だが開発されたのは最近のことである。テレビゲームを見て感銘を受けた黒エルフの魔道士が、理論を構築して実現化し、亜門魔道・魔道具商会を通じて販売されたのだ。

 日本円で50万円と少し高い値段だが、紅蓮は仕事に使う目的で、曽祖父に一番収納量のあるインベントリを買ってもらった。倉庫リストをざっと見ると、9割くらい埋まっている。

 

「そろそろ倉庫の中も整理しないとなぁ」

 

 紅蓮は呟いた。

 一種に付き99個、全999種まで収納できるインベントリである。その大半はハンドクラフト用の素材と、回復薬や武器防具、特殊アイテムなど、異界で手に入れたものだ。

 ちなみに呻き続ける気味の悪いアペルピスィアはここには入っていない。あれは厄介なモノばかりに棲む異界にいてもらっている。

 

 たくさん収納できるからといって、何でもかんでも放り込みすぎていたと、紅蓮は反省する。気に入って大量に買い漁ったお菓子や苦手な具のオニギリ、異世界から帰る時に土産に貰った高級肉とか、インベントリの中では腐ることはないとはいえ、気になっていた。

 今日の放課後はハンクラ部の部室に顔を出して、魔石の研磨をしながらインベントリの整理もしようと、紅蓮は心に決めた。

 

 寮から校舎まで学園の敷地を十分ほど歩いて校門まで行くと、紅蓮より更に上背のある強面風紀委員長が待ち構えていた。

 

「亜門紅蓮、放課後に風紀室で反省文10枚書いてもらうからな」

 

「はっ、なんで?午前の休みの件は、光輝君に伝言頼んであるよ」

 

 有無を言わさぬ命令に紅蓮は抗議の声をあげた。わざわざ風紀室に呼び出される理由が分からない。

 

「そっちは関係ない。お前、寮内で結界を張っただろ。しかも、許可なく生徒以外のにんげ…いや魔族を寮室に入れた。これで二つの校則破りだ」

 

 風紀委員長の豪火焔は小声で理由を告げた。

 

「いや、そ、それはひい爺ちゃんが勝手にやってきて…」

 

「ああ、お前のひい爺様、強烈だからな。さすが悪役斡旋商会の大魔王様だ」

 

 うむと重々しく頷く筋肉質の風紀委員長は、炎の魔神の末裔である。しかし、悪役斡旋とは酷いと紅蓮はムッとする。

 

「ま、魔族差別だ。こ、抗議する」

 

「差別している訳ではないぞ。渡会が神子の派遣専門のように、亜門は魔王やその眷属の要請に応えているだけだろう。だが、それと規則違反の件は別だ。きっちり反省文を書いてもらおうか」

 

 凄みのある笑顔で言い切られ、紅蓮は諦めて肩を落とした。大魔王のひ孫とはいえ、紅蓮の中味はごく普通の高校生であり、自他とも認めるネクラ草食系だ。

 喧嘩は嫌いだし、彼女は欲しくても積極的に動くのは面倒臭い。適当に漫画やラノベも読めば、新しいゲームが出れば一応デモ画面くらいは見に行く。唯一の特技はハンクラだ。

 そんな紅蓮が、燃え盛るような正義感に溢れた風紀委員長に勝てるはずがない。これ以上何か言ったら燃やすぞとばかりに「解ったな?」とダメ押しされれば、涙目で頷くしかなかった。


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