最終決戦はプロローグ
のんびり始めました。
「あれ?久しぶりだな」
思いがけない場所で再会した知人の声に、グレンは赤い目を瞬かせた。
「あ…どうも。君もこっちに来ていたんですか、偶然ですね」
場所が場所だしタイミングも最悪だが、グレンは久しぶりに再会した知り合いとの会話に声を弾ませる。
相手は一見同年代の若者だ。
黒髪に碧がかった黒い瞳、百八十半ばの体躯は細身ながらよく鍛えられている。
その手に神聖剣フォルトゥーナが握られてなかったら、駆け寄ってお茶でも勧めたいところだった。
「こっちの世界では二百年ぶりだけどな」
「あ~、そうですね」
端正な顔に苦笑を浮かべる若者に、グレンは白銀の髪を掻いた。その顔は禍々しいほど美しい。
そろそろ周りの視線が痛い。
むしろ、突き刺さるようだ。
「勇者様、馴れ合っている場合ではありませんわ。早く止めを!」
勇者と呼ばれた若者の背後で、モルデア国の年若い女騎士が魔法を練り上げながら叫ぶ。
「はいはい。何度も言うが、俺は神子なんだよ。そこのところ解っているのか?」
若者はブツブツ文句を言いながらも剣を構えた。
「悪いな。そういう訳で、またもや俺が引導を渡してやるぞ」
やっぱり、そうですよねと、グレンは吊りあがった眉をしょんぼり下げた。
仕方がない。
ここはイーレディアと呼ばれる世界の魔界で、グレンはその頂点に君臨する魔王なのだ。
ついでに言えば、二百年ぶりに誕生した魔王に狂喜乱舞した魔族が、いい気になって人間界で大暴れしたせいで、こうして勇者(仮)が遠路遥々魔王城まで討伐にやってきたのである。
グレンは自分が座る玉座を見た。邪気を放つ魔鋼で作られ、背もたれには何万人もの人間の血を吸った紅魔石がはめ込まれている。
まだ、座って二十年も経っていない玉座だ。別段、未練などないが、立場は崩せない。グレンは諦めて不適な笑みを浮かべると、長い爪の生えた指を勇者に突きつけた。
「わざわざ殺されにやってきたか、愚かな勇者よ!」
「勇者ではなくて、神子だ」
即座に言い返され、グレンはペコリと頭を下げた。
「すみません、ええと…愚かな神子よ。…でも、なんで神子が討伐に来るんですか?今回、勇者は現れなかったんですか?」
ふと疑問を覚えて魔王は聞いてみた。
「召喚した勇者がハーレム厨で、狙われた王女や聖女、猫耳メイドも泣いて拒絶したから、速攻送還したらしい。で、こっちにお呼びが掛かったってわけだ」
神子もなかなか大変なようだ。
「最近そういう勘違い系多いですよね。僕も二つ前の異界で、なんで魔王が美幼女じゃないんだって、ちょっとキモい勇者さんに怒鳴られましたよ」
グレンは気を取り直して玉座から立ちあがると、闇で造られたマントを翻し、アペルピスィア(絶望)という銘の魔剣を召喚する。なぜ、ギリシャ語なのか、彼にも謎である。
魔剣は黒々とした炎を上げ、獣のように唸っている。
いつ見ても気味が悪い。
「アペルピスィアの絶望の炎に焼かれ、永劫の闇に落ちるがよい!」
ここからはお互いに奥儀である大魔法を放ちつつ剣を交え、最期は惜しくも討たれてしまう…というセオリーに乗っとらなくてはいけない。
この場に居合わせた騎士や魔道士が、後世に語り継ぐほどの戦いを演じるのは、ちょっとしたサービスだ。
閑話休題
長い死闘ののち、神子の神聖剣フォルトゥーナが魔王グレンの心臓に突きたてられた。
「勇者様!」
「やりましたわ、ついに魔王を倒しましたわ!」
神子の仲間の美少女達から喜びの声が上がり、生き残っていた魔族たちは花が萎れるように、その場に倒れていく。
「愚かな人間どもめ。闇を統べる余が滅すれば、枷を失った暗黒は瞬く間に世界に広がり、此方らの背後に迫っていくであろう。せいぜいその絶望の時を楽しみにするがよい」
グレンは血反吐と一緒に呪詛の言葉を吐き、それから神子に向かって小声で言った。
「光輝君、あとお願いなんですけど…。明日午前中の授業休みますから、蜂須先生に伝えて下さい」
「了解した。お疲れさん」
フォルトゥーナを鞘に収めながら神子が頷くのを確認し、グレンは高笑いを残しながら霧のように消えていった。
こうして、異世界の勇者(仮)によって、イーレディアの平和は守られた。イーレス神に愛された勇者(仮)コウキの伝説は、後々の世まで人々の間に語り継がれていくのだった。