第一話 日常
ピンポ~ン。
朝6時頃に坂本 京間の住むアパートの呼び鈴が鳴った。
季節は春をちょうど過ぎたぐらいなのだろうか、外はまだ少し暗く感じる時間帯だ。
「う~ん。」
部屋の主はまだ眠たいのか、起きる気配がなかった。
起きてこない事を見越していたのか2、3回続けて呼び鈴を鳴らしたようだ。
「……」
まだ出てこない事に苛立ったのか今度はスマートフォンに電話をかけて来た。
近隣住民に迷惑がかからない以上いつまでも鳴らすことができる。
さすがに耳元で鳴り続けられたら迷惑だ。
こうなっては起きて出なければ止まることはないだろう。
「……おはよう」
仕方なく電話に出る。
まだ布団からは出れていない。
完全に目を覚ましたわけではない。
『もしもし。起きたなら出てほしい……』
「そして、お休み」
相手がまだ何かを言っている最中だったのだが、すぐに切る。
二度寝に決め込もうともう一度寝ようとしたのだが相手もこちらの事も理解しているらしくすぐさまかけ直してきた。
「はぁ……」
頭を掻きながら起き上がる。
この相手は京間の事をよく知っているのだ。
二度寝を決め込むことも予測済みであるのだろう。
いくら足掻こうとしても同じことの繰り返しになる。
それはそれで面倒事になる。
それだったら大人しく出て行ったほうがまだマシだ。
寝癖など直している時間はない。
大人しく玄関を開ける。
「おはようございます。朝早くからお勤めご苦労様です」
「おはよう。京間も相変わらずだね」
玄関を開けたところに同い年の青年が立っていた。
こんな朝早くに来たことに対しての嫌味も含めて敬語で言っているのだが青年はどこと吹く風みたいに笑顔が崩れない。
朝早くに起こしに来た青年は神代 ユウだ。
ユウはわざわざこの部屋の主、京間を起こしに来る。
それはもはや日課になっているほどだ。
京間にとってはいい迷惑なのだがいくら言っても止めようとはしなかった。
京間は降参して大人しく起こされている。
「玄関で立ち話もなんだし、ともかく入れよ。そのつもりだったろう」
「ははは」
責めるような目線で訴えるがユウは乾いた笑い声をあげるだけである。
起こしに来るくせに朝ごはんは京間の家でご馳走になって登校するのだ。
何故かというと以前朝ごはんを食べていないとのことで作ってあげたことがあった。
それからというもの不本意であるが京間の家で食べることになってしまったのだ。
欠伸を噛み殺してユウを中に入れる。
適当に座るよう促し、起きたばかりの京間は洗面所へ向かう。
「とりあえず着替えるからな。散らかすなよ」
「分かっているよ。今日は僕が作っていいかな?」
「かまわない。そのかわり俺の分もよろしく頼む」
寝癖と着替えるために洗面所に入る。
いつもだったら、出る前にすませるのだがユウが来るようになってから先に出てから着替える習慣になってしまった。
こんな時間に来るユウが悪いと思うのだが出なかったら鳴らし続けるだろう。
起きて出れるよう準備を行っているのに続けられるとさすがに腹が立つが二度寝などよくする身である以上何にも言えない。
洗顔や着替えを済ませていると台所から良い匂いがしてきた。
「出来たか?」
「あともう少しだよ」
着替えも終わり登校する準備が終わったので適当に座る。
ユウも1人暮らしをしているためか頻繁に料理を作る事がある。
京間の所で料理をするのも初めてでない為、道具の位置もかなり知っている。
任せても問題はなかった。
材料費等は京間持ちである以上、ローテーション制でユウの方が多いようにしている。
「相変わらず和食なんだな」
「まぁ、朝の基本だしね」
ユウの作っている朝食は焼き魚とご飯だった。
京間としてはかまわないのだが凝っている料理でなくてかまわなかった。
作ってくれた以上食べるのだが。
「ユウはあんまりパンとか食べないよな」
「う~ん。嫌いってわけではないんだけど、食べたと感じがないからかな」
何気ない質問だったが京間の勘違いが一つあった。
ユウがパンを食べないのはあまり満腹とは言えないから食べないようだ。
てっきり嫌いだからと思っていたのだがこれは予想外であった。
「……もしかして嫌いだから食べないとでも思っていた?」
どうも顔に出ていたらしく読まれてしまった。
こういう時の勘は結構鋭いのだがどうせなら別の場面でも発揮してほしいところだ。
「まぁ、食べているところを見た事がなければ思っても仕方ないだろう?」
苦笑いで答えるしかなかった。
見た事がないのは事実だから間違っていない。
ユウも分かっていての事なのだろう。
「別にパンが嫌いと言うわけではないよ」
姿勢を少し崩しながらユウは答えているが少し不機嫌そうにしている。
自分に好き嫌いは無いのにそう見られたのが不服のようだ。
「たまにでも見ていればな。ユウは全く食べないし、仕方ないと思うぞ」
ユウはパンが嫌いと言う話がクラスの中で広まっている。
京間と違ってユウはそれなりの人気者だから聞きに来る人も少なからず存在する。
朝食が終わった2人は後片づけを済ませる。
「そろそろいい時間だな。」
「うん。行きますか。」
終わった後に時計を見てみると針がちょうど7時を指したところだった。
戸締りの確認をしてから2人は登校を始めた。
2人が通う冬青学園は京間のアパートから徒歩20分ぐらいの位置にある。
寮もあるのだが京間は断ってアパートにしている。
道に迷うということもなく普段通りに登校することが出来た。
だが、
「あら。おはよう」
「おはようございます。副会長」
「……おはようございます」
京間はげんなりした様子で挨拶をする。
校門に立っていたのは学園の生徒会副会長の音無 響子だった。
京間たちより一学年上の女性で生徒会の副会長をしている。
美人で人もそれなりに良いと評判なのだが京間にとっては鬼のような人にしか見えなかった。
会う度に何かしらの頼まれごとを押し付けて、京間の返事を聞かずに決定してしまう。
それでもこなしてしまう京間も理由の一つだろう。
ともかく今まで響子に散々な事を押し付けられてきた以上、今回も何かあるだろうと考えても仕方ないだろう。
「……京間、今失礼な事を考えていない?」
疑っているような目で見て来ている。
どうも決めつけているようだ。
「そんなことはありません」
「……そう、ならいいけど」
響子はこう言っているが中では確信を持っているのだろう。
何故か勘が鋭いのだ。
即答しておいたから変に踏み込んできていないが少しでも間が空けば追い打ちをかけてきただろう。
何だかんだ言ってそれなりの付き合いがある相手だ。それなりに理解している。
下手に話を続けると何を頼まれるか分からない。
ここは話題を変更した方がいいだろう。
「それよりも副会長がなぜ朝から立っているのでしょうか?」
そう考えていた矢先にユウが聞いてくれたのだ。
京間は頭を抱えたかった。
確かに気になるのだが、下手をしたら京間を待っていたと言われかねない。
そうなれば必然的に押し付けられる事になる。
それだけは勘弁してほしいところだ。
大人しく返答を待つことにした。
「ちょっと人を待っていて……」
「もしかして彼氏か?」
「そんなわけないでしょう!」
強引にでも変えるべく訊いてしまったのだが、顔を真っ赤にして怒鳴られた。
だが、これは面白そうである。
「へぇ、違うんだ。」
「違うわよ!私に彼氏はいないわ!」
自分でも笑っていると自覚していた。
いつも手伝わされてきた仕返しは機会があれば返す。
まぁ、反応を見て楽しむ、というわけだ。
はっきりと断言をする響子だがその事に気が付いていないようだ。
だが、これだけ大きな声を出していれば周りの視線を集めることになる。
「2人とも、朝から口喧嘩をしない。まるで付き合っているようにも見えるよ」
「付き合っているか!」
「そうよ!」
そもそも今の光景を見て誰が付き合っているように見えるのだろうか。
だが、顔が赤くなっているのは分かる。
「でも、朝からそんな風に仲良くしていたらそう見られても仕方ないと思うよ。それに2人とも真っ赤になっていたら何言っても説得力に欠けているから。」
確かにそう思われても仕方ないだろう。
だからと言ってそれを認めたくもない!
普段からいろいろと迷惑をかけられているのだ。
これぐらいの仕返しぐらい行ってもいいはずだろう!
別に面倒事を増やすわけでもないから問題もないはずだ。
「朝から仲が良いですね。京間さん。」
朝から響子に会って気が付かなかったが別の人物、出雲 七海がいた。
七海は京間の従妹ということもあってか髪の色が同じ銀色に近い白色だ。
ただ違うところがあるとしたら瞳の色だろう。
ある事情から京間と同じく両親がいない。
京間はアパートを借りて暮らしているが七海は保護者の所で暮らしている。
たまに様子を見に京間の所に来るようになっていて、その度ご飯を作っている。
七海はいつの間にかユウと挨拶をかわしていたようだ。
「……見てたのか?」
「ええ、最初から」
来た時にはすでにいたようだ。
顔が引き攣るのを感じる。
七海は口が軽い。
先ほどのユウの付き合っている発言がある。
ユウの方を見てみると良い笑顔を浮かべていた。
どうやら気がついていて言ったらしい。
「ユウ~」
怨嗟を込めた声で話しかける。
七海は分からないというように頭を傾げている。
こんな事でユウの笑顔が崩れない事を知っている。
だが何もこんな事をしなくても良いはずだ!
「恨み買うようなことをしたか⁉」
「いや~。いつまで2人で話しているつもりかな~と思って。それに……」
「それに?」
響子も気になっているようで続きを促した。
まだまだ顔が赤いところ見るとどうやら響子もユウに文句を言いたいのだろう。
このままでは周りの人間に付き合っているという認識が生まれてしまうかもしれない。
また散々な目には会いたくはない。
それは避けたいところだ。
ユウは校門の近くにある時計の方に顔を向けた。
「……そろそろ行かないとホームルームに間に合わなくなりそうだから」
思わず時計の方を見る。
が、まだ三十分近くの余裕があった。
「まだ時間があるじゃねか!」
「京間さん、確かにそうなんですけど」
「先生から手伝ってほしいと頼まれている僕に、やることのある七海ちゃんは早く行かないといけないんだ。」
どうも用事があったからみたいだ。
それでもなんとか誤解を解いておかなければ……。
「七海、ユウの言ったことは誤解だからな。せめて……」
言いかけたのだ。
だが、七海がそれに重ねるように言った。
「はい。分かっています!お2人は付き合っていられるのですね!もちろん、黙っておきます!頑張ってください!」
「……」
言葉が続かない。
そもそも頬を赤く染めて大きな声で言わないでほしい。
さっき分かっていますと言っていたがやはり何も分かっていないようだ。
「あのな……」
言いかけたときにはすでに教室に向かって行った後だった。
「……ユウ。責任取って誤解を解いといてくれ」
「……さすがにやり過ぎてしまったかもしれない。ごめん。あとで解いておくよ。」
全く話を聞かない七海に頭を抱えた。
「京間」
いきなり呼ばれたのでビクッと後ろに振り向く。
そこにはいい笑顔で響子が立っていた。
ただ目が雄弁に語っていた。
よくもやってくれたなと、相当ご立腹であると分かる。
これは逃げたら何をされるのやら。
取りあえず話を聞くことにする。
「放課後、手伝ってもらいたいことがあるのだけども暇?」
逃げられるとは思えない雰囲気を出していた。
冷や汗が流れる。
「いや、放課後はちょっと用事があって……」
「あれ、何かあったけ?」
余計な事を言うな!
憎々しげにユウを睨むがどこと吹く風みたいに受け流していた。
「そう。なら問題ないよね。ぜっっったいに来るように!」
もしこれで行かなかったらどうなるのだろうな。
できれば行きたくないと思わずにはいられなかった。