上臈姉小路・壱
だれが言いだしっぺなのかは不明ですが、幕末三美男政治家というのがありまして、われらのアイドル(?)阿部正弘公もそのひとり。
ほかふたりは誰かというと、『義経さま』の異名をもつ幕府外交官、おなじみ岩瀬忠震と、『坂下門外の変』の被害者、老中・安藤信正だそうです。
ということで今回は、イケメン老中阿部伊勢守と、大奥のドン・上臈姉小路のお話。
(出典は、『名家談叢』31~33号(証言者・大槻如電))
二十五歳という、当時としては異例のスピード出世で老中に就任した阿部ちゃん。
若さプラス、男雛のようなそのあまいマスクは、当然、奥女中たちのハートをわしづかみにしました。
「節約!」「緊縮!」「ぜいたくは敵!」とさけんで大奥から総スカンをくらった老中・水野忠邦が失脚したあと、弱冠二十七歳にしてその後釜にすわった塩大福。
水野先輩の失敗から、大奥の支持なくしては、表のオシゴトもうまく回らないと悟ったかしこい大福。
ラスボス・姉小路さまに、せっせとワイロ&リップサービス攻勢の結果、ついに徳川最大勢力をバックにつけることに成功!
アネゴの口利きで、将軍家慶の信頼もゲットでき、イイ感じで幕政をキリモリしていきました。
そして、自分をヨイショしてくれるかわいいイケメンのファンとなった大奥最高実力者・姉小路さまは、大福老中があまりに好きすぎて、とうとう世界にひとつだけの正弘ちゃん人形を作成しました。
「これで、いつもいっしょにいられるわ。うふ♡」……です。
しかもこの人形、けっこう細部にもこだわって作られた、なかなかの逸品で、阿部家の家紋(斑入りちがい鷹の羽紋)つき羽織姿……相当、凝ってます。
アネゴは、このフィギュアを自室に飾り、朝な夕な、これでお戯れになられていたとか。
うす暗い室内で、マーくん人形の着せ替えごっこに興じる、白塗り眉なしお歯黒オバチャン……想像するとちょっとコワイかも……。
とにもかくにも、アネゴのねっとりした視線を感じながらも、適当にあしらいつつオシゴトにまい進する塩大福くん。
政権運営は、前任者にくらべ、そこそこ順調に進んでおりました。
そう、あの黒船がくるまでは。
運命の嘉永六年、ペリー初来航。
ときを同じゅうして、十二代将軍家慶が急逝。
家慶正室の輿入れに随行して京より下向し、ヨッシー時代の大奥を仕切ってきた姉小路さまは、将軍代替わりに際し、上臈御年寄職からの引退が決まりました。
すると、なんと、塩大福はいきなりの手のひら返し!
「トップの座をおりたアネゴには、もう利用価値なし!」と完全シカト。
「ヒドイ!冷たい!薄情者ぉーーーっ!」
陰で悔し涙にくれながら、吠えまくるアネゴ。
「は~、やれやれ、やっとあの妖怪ババアを厄介払いできた~♡」なご老中。
さすが、幕末一の名宰相・阿部正弘公。
使えるものはなんでも使う。
でも、用なしになったら、迷わずポイ。
ひところ流行った『断捨離』を、百六十年前にすでに実践していたのでした。