第四話 浮気心
失恋した弘美を慰める矢崎。果たして、これからの二人の関係は・・・
「ひ・ろ・み・ちゃ・ん・・・残念だったね。」
ビールのジョッキを持ちながら、矢沢は、弘美の隣の席から向かい側の席に移動しながら、そっと声をかけた。
「ほんとね、あーあ・・。つかれる〜。」
「でもさ、高田は弘美には似合わないよ、全然。」
「そうかもね・・彼女がいたんじゃ仕方ないよね。私としたことが、何やってんだろね、全く。」
「あはは!今までの弘美の恋は、大体うまくいってたかもな。」
「そうよ、そうなのよ、でも今回は大失敗だわ。」
「でもさ、よかったよ、高田に彼女がいるって、もっと後で知ったら、結構ショック大きいと思うし。あいつ、ああ見えて結構正直でいいやつだったな。」
「あら、そうかな、何だか私、高田君の意外な面を見ちゃった気がするな。」
「ま、そうともいえるか。さ、飲みなおそう。」
弘美は矢崎の優しさが嬉しかった。
「ありがとう、矢崎さん。」
「何の何の。ま、元気出してよね。」
「そうね。ほんと、瑤子は幸せね、矢崎さんみたいな恋人がいて。」
「いや、どうかな、それは。」
「え?」
瞬間に矢沢の顔が曇ったように見えた。でも、弘美はその先、声をかけづらかった。瑤子とのことには触れてはいけないような、そんな気がした。
弘美が見事に失恋したその夜、結構ショックだった彼女の心を、矢崎の存在が慰めてくれた。
「送っていくよ。」
「はい、お願いします。」
そう言いながら弘美は、矢崎の右腕に自分の左腕をかけると、ふふっと笑った。矢崎は一瞬ドキッとしたが、でも、ただのおふざけだとすぐに思い直して言った。
「しょうがないな、弘美ちゃん。今日のところは、付き合ってあげよう。」
弘美は、嬉しそうに笑った。
「今日は矢崎さんを借りますよ、瑤子さ〜ん。」
空に向かって弘美が叫んだ。矢崎は、そんな弘美をかわいいと思った。
夜風が、酔った二人には心地よかった。
「じゃ、この辺で。今日はありがとう。」
「大丈夫?帰れる?」
「大丈夫大丈夫。ここまで送ってくれたら、もう帰れるから。」
「そうか、じゃ、またね。」
「うん、ありがとうね。」
そう言うと弘美は、大通りをひとり歩いて帰って行った。この先の角を曲がると、弘美の住むアパートがある。その後姿を見送りながら、矢崎は、右腕に残った弘美のぬくもりを感じていた。時計を見ると、10時を回っていた。
手を上げてタクシーを停めると、矢崎もひとり、自宅のマンションに向かった。弘美のぬくもりを感じる・・そんな自分の浮気心に気づき、矢崎は少し自己嫌悪に陥っていた。
矢崎の心にふっと入り込んできた弘美。瑤子とはこの先、一体どうなっていくのか・・・