第三話 弘美の失恋
矢崎が弘美と高田の恋のキューピット役を勤めようとしたが、せっかくのダブル・デートはなかなかうまくいかなかった。
瑤子の親友、弘美がデートの場所に選んだのは、彼らがいつも行く居酒屋だった。夜の7時、もう既にお店は人が結構入っていた。弘美は、入り口の近くのなるべくわかりやすい所に席を取り、二人を待っていた。
「やあ、遅れてごめん。」
そう言いながら暖簾をくぐって入ってきたのは、お目当ての彼、総務の高田だった。
「あれ?きみひとり?」
「ううん、あとからくるよ・・・」
弘美が言い終わるや否や、矢崎が暖簾をくぐり、店に入ってきた。
「何だ、矢崎さん、こんばんは。いつもお世話になって・・・一緒って言うのは矢崎さんのことだったの。」
「あら、二人とも知り合いなの?」
「そりゃあそうだろ、あんな小さな会社なんだから、なあ、高田。」
「そうですよ、矢崎さんならよかった、よく知ってる人で。あれ?・・・じゃ、瑤子さんももしかしてくる?」
テーブルには、最初に注文した生ビールがおとうしと一緒に運ばれてきた。
「瑤子は来れなくなっちゃったのよ。」
乾杯したあと、生ビールを一口飲むと、弘美が言った。
「そうか、残念だな。せっかく瑤子さんに会えるかなってちょっと期待しちゃったのに。」
「あら〜高田君、瑤子はもう矢崎さんの彼女なのよ。」
ちょっとふざけた調子で弘美が言った。
「そんなの知ってますよ、でも、俺結構あこがれてたんですよ、彼女に。矢崎さんの彼女じゃなかったら、俺もアプローチするんだけどな。」
そう言いながら笑うと、弘美の目の前に座っている高田は生ビールをおいしそうに飲んだ。弘美は内心穏やかではなかったが、平静を装って、何とか話題を変えようとした。
「ねえねえ、高田君、お酒はいけるほうなの?」
「結構いけますよ、大体ビールが多いですけど、日本酒も好きですよ。」
「そう、じゃよかった。ね、なにがいい?食べ物。」
そういうと、メニューを見せながら、料理を選び始めた。それぞれが何品かを注文すると、また高田が矢崎に話しかけた。
「矢崎さん、瑤子さんってどんな人ですか?優しそうですよね。」
「あ、まあな・・」
矢崎は困った顔で弘美を見た。
弘美は何事もないような顔をして
「瑤子って、誰にでも優しいのよ。ね、矢崎さん。私は5年も付き合ってるけど、彼女って本当おとなしいのよ。いつも人の話の聞き役。」
「そうだな、瑤子ってそういうタイプだな。」
矢崎も答えた。
「いいなあ、今度俺も話聞いてもらおっかな。」
「おいおい。」
そう言いながら矢崎は笑った。チラッと横目で見た弘美の顔には、笑顔はなかった。矢崎は、このまずい雲行きを何とかしなくては、と思いながら、どうすることもできなくなっていた。高田の飲み方は、結構ピッチが早かった。
生ビールをお替りしながら、また高田は口を開いた。
「弘美さん、弘美さんは彼氏いないんですか?」
「あら、いないわよ。どうして?」
「や、ちょっと噂で聞いたんですけど、結構いろんな人と付き合ってるって。」
「やだな、そんなことないわよ。」
矢崎は口を挟んだ。
「弘美は結構派手に見えるけど、内面は割と女らしいんだよな。」
「ええ、そうよ。あはは!」
「そうなんですか、あれ?矢崎さん、何でそんなこと知ってるんですか?」
「ああ、俺も弘美とは結構付き合い長いからな。」
「あ、あやしいな〜二人、結構できてたりしてね。」
とうとう弘美が我慢しきれなくて言った。
「ちょっと待ってよ、そんなわけないでしょ、矢崎さんに失礼よ。」
「あ、いえいえ冗談ですよ、冗談。さ、今日は楽しく飲みましょう。」
矢崎と弘美は顔を見合わせた。
おいしそうにビールを飲みながら、悪びれた素振りもなく、会社の事、好きなアイドルの事、趣味のつりの事などを話す高田は、明るくあっさりとした性格のようだった。根は悪い人ではなさそうだった。弘美はその明るさに好感を持ったわけだし、一緒に飲んでいて楽しい人ではあった。ただ、彼の中に弘美は特別な存在としては映っていないようだった。
「なあ、高田。」
「え?何ですか、改まって矢崎さん。」
「お前さ、弘美の事どう思う?」
「ちょ、ちょっと矢崎さん、いきなり何を言うの。」
あわてて弘美が話をはぐらかそうとした。
「弘美さんですか?明るくていい人ですよ、ね。あれ、もしかして矢崎さん、俺と弘美さん、くっつけようとしてる?」
「あはっ、そんなわけないでしょ?ねえ?」
弘美がどぎまぎしながら矢崎にふった。
「え?あ、ああ。いや、別にそういうつもりじゃないんだけどさ・・。でも、どうかな、って思って・・・さ。いや、俺から見たらお似合いじゃないかなって思ったもんだから・・」
急に高田がかしこまって頭を下げた。
「申し訳ないです。俺、実は彼女いるんですよ。でも・・」
「でも?」
「最近うまくいってないんですよね・・」
なぜか高田と彼女のいろんな話になり、いつのまにか二人が聞き役の、身の上相談になってしまっていた。二人は一生懸命恋のアドバイスをした。二人とも何だか高田を応援したくなっていたのだった。時計はもう8時半を回っていた。
突然電話が鳴ったので、高田が席をはずした。
「ふ〜何だか変な展開になっちゃったな。」
「本当ね。」
「彼女いるって知ってたの?」
「ううん、全然。・・あーあ・・・この前みんなで飲んだときはそんなこと言ってなかったんだけどな・・。」
高田がそそくさと戻ってきた。
「すみません、ちょっと例の彼女からの電話で。お先に失礼します。お金、これで、お願いします。」
「あ、そう、わかった、じゃあ気をつけてな。」
またもや二人は顔を見合わせた。
意外な展開になってしまったダブル・デート。果たして弘美の恋の行く末は?