第十六話 エピローグ
岡崎は瑤子の心を感じた。瑤子の本当の気持ちがとてもよくわかった。ただ黙って、そっと瑤子の心に寄り添う岡崎の優しさに、瑤子は・・・
「おはよう!」
「・・あ、瑤子・・・おはよう・・」
月曜日。何事もなかったかのように、会社で瑤子が弘美に声をかけた。弘美は、ちょっと戸惑っていた。あの夜、そう、あの金曜日から、2日がたった。そしてその間、瑤子は弘美と何も話していない。
「ねえ、瑤子。」
「なに?」
「ごめんね・・」
瑤子は一瞬顔が曇ったが、そんな素振りを弘美に悟られたくなくて、ポーカーフェイスで話を続けた。
「いいのよ、なんとも思ってないから。」
そう言いながら微笑む瑤子に、弘美の顔は戸惑いの色を隠せなかった。(なんとも思ってない、ですって・・・?)弘美は思った。瑤子と矢崎の関係は、本当に冷めていたのだろうか。それとも、瑤子の強がりなのだろうか。まるで弘美にはわからなかった。あの日別れてから、矢崎と弘美は一言も話をしていないのだ。一体矢崎は、瑤子の事をどう思っているのだろうか。
『瑤子、ごめん。その・・・誤解なんだ。弘美とはなんでもないんだよ。』
あの夜、矢崎からメールが届いた。『私は大丈夫よ。気にしないで。弘美の事よろしくね。弘美、ああ見えても弱いんだから。泣かしちゃだめよ。』岡崎のマンションで、ラリーカールトンのライブのDVDを見ながら、そう返信した。岡崎が入れてくれたワインを飲みながら、ブラウン管の中のラリーを見て、瑤子は言った。
「ラリーさん、若いね。でも、本物のほうが素敵だった。大人の男の魅力ね。」
岡崎は笑った。
「本当だな。ラリーもあの命に及ぶ事故のあと、良く復活したよな。」
「そうそう。本当にね。人生っていろいろあるものだわ・・・」
ワインを一口飲むと、瑤子は微笑んだ。買ったばかりのパジャマは、少し大きかった。ブルーのストライプが、いかにもパジャマという感じだった。紳士用しかなかったので、それでもなるべく小さいのを選んだ。それにしても、下ろしたてのパジャマはとても心地よかった。
あれから2日。矢崎からの返信メールは来なかった。きっと怒っているのだろう。でも、瑤子にとってそれは好都合だった。弘美にも自分の気持ちえをはっきり伝えることができたし、何ももうなかった。
「瑤子さん、あなたっていう人は、どこまで自分を殺して生きていくんですか?」
「いいえ、探偵さん。私は、正直よ。自分の心に正直なの。」
「でも、周りは気づいてないんじゃないかな?」
「周り・・?いいの、別に。誰に気づいてもらえなくても・・・。」
「ほらほら・・・またそうやって、遠くを見てる。」
「え?」
静かに時間が過ぎていった。瑤子はとても穏やかだった。隣りにいるのは、なぜか矢崎ではなく岡崎だ。何も多くは語らない。ただ、ラリー・カールトンのギターの響きと、おいしいワインが、瑤子の心と体に染み入っていた。
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。」
瑤子の頬を、一筋の涙が伝わった。岡崎は見て見ぬふりをした。
「ね、瑤子さん。」
「なんですか?」
「良かったら、来年もラリーのステージ、一緒に見ませんか?」
「東京?」
「東京も、横浜も。」
そう言いながら、岡崎は優しく微笑んだ。
本当の自分に気づいてくれる人が、あなたのそばにはいらっしゃいますか?そんな出会いがあったなら、きっと人生は大きく変わっていくことでしょう・・。
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。