第十五話 言葉はいらない
公園で抱き合う弘美と矢崎を見てショックを受けた瑤子。そんな瑤子の心を感じて、岡崎はただ黙って、車を走らせる。
「悪かったな・・」
岡崎の言葉に、瑤子は何も答えなかった。ただ黙って車の窓から暗い外をぼんやり眺めていた。静かなバラードが遠くに聞こえる。瑤子は涙も出なかった。ただただ、ボーっとしていた。岡崎の運転する車は、環七を抜けて、細い路地を走っていた。
こんなときに言葉はいらない。慰めもいらない。ただ、自分の気持ちに正直に過ごせる時間と空間が、今の瑤子には必要だった。
少し行ったところのコンビニに車を停めると、コーヒーを買って戻ってきた。黙って瑤子に手渡すと、また車を走らせた。
しばらく走ると、岡崎は自分のマンションの駐車場に車を停めた。
助手席に回ってドアを開けると、瑤子に降りるように促した。岡崎は、そのままゆっくり歩いて駐車場を出ると、向かいのカフェバーに向かった。瑤子は黙ってついていった。
「今日のラリーは最高だったな。」
向かい合って座ると、岡崎が口を開いた。
「あ、そうだったね。そういえば、私たち、ライブ行ってたのよね。」
「そうですよ、瑤子さん(笑)」
「横浜でもまた会ったのが運のつきって訳だな。」
「本当。とんでもない探偵に出会っちゃったものだわ。」
「まったくだな、あはは!」
「あら、笑い事じゃないわよ、もう。」
「そうだな、ごめんごめん。」
注文したビールが二つ運ばれてくると、二人は軽く乾杯をした。
「瑤子さんの事だから、どうせ強がっちゃうんでしょ。」
「あら、悪い?」
「悪くはないよ。それでいいんじゃない?」
(それでいいんじゃない?・・・か)妙に心に響く言葉だった。自分に正直に生きれる言葉だった。
「ありがとう。」
「いや、別にその、お礼言われなくてもいいんだよ、でも、ここは驕るよ。ついでに宿も提供するよ。」
「やだな、何言ってるの?(笑)」
岡崎はビールを一気に飲み干すと、瑤子に向かってしみじみ言った。
「無理しなくていいよ。使ってない部屋があるんだ。そこに寝ればいい。シャワーだってあるし。」
戸惑いながらも、なぜか断れない瑤子だった。
「ね・・・」
「・・・なに?」
岡崎はちょっと緊張しながら答えた。
瑤子は爽やかに笑みながら言った。
「パジャマがほしいんだけど。どこかに売ってないかしら。ついでにハブラシも。」
岡崎は笑った。
「まかせといて!」
そう言うと、伝票を握り締めてレジに向かった。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよ、まだビール飲み終わってないのに〜」
瑤子は残ったビールを一気に飲み干すと、慌てて席を立って、岡崎の後を追った。会計をカードでさっと支払い終えた彼は、早歩きで、また駐車場に向かっていた。瑤子も、横切る車を2台待ってから、慌てて追いかけた。
「待ってよ〜」
そう叫びながら、心地よい夜の風を身体に受け、瑤子の心はなぜか開放感に浸っていた。
瑤子の心に、そっと寄り添う岡崎。弘美と矢崎は?・・そして、瑤子と岡崎は?新しい展開に、『戸惑い』いよいよ最終回です。