第十四話 抱擁、そして・・・
何となく浮気の調査をすることになってしまった瑤子は、探偵の岡崎の後について、とある公園にやってきた。そこで見たものは・・・?
少しライトアップされた夜の公園は、とても静かだった。ここまで手を繋いで歩いてきた二人は、まるで本物の恋人同士のようだった。矢崎の心臓の鼓動は、もしかしたら隣りにいる弘美にも聞こえるのではないかと思うくらいだったし、弘美のほうも、当然同じように、胸が高鳴っていた。
「こうしてると、本当の恋人同士みたいで嬉しい・・」
ベンチに座ると、弘美が囁いた。矢崎は無言だった。
『もしかしたら瑤子、誰かと一緒にコンサート行ってるのかもしれないわよ。』
矢崎は、さっき居酒屋で弘美が言ったことが、頭から離れなかった。そんなわけないだろう、と言い返したかったが、なぜか、できなかった。それは、弘美の思ったとおり、このところ二人の間がしっくりいってなかったからだった。
弘美は、矢崎の右手を、両方の掌でそっと包んだ。
「大きな手ね。」
そうつぶやくと、その手を静かに持ち上げて、そっと口づけした。
「・・弘美・・・」
矢崎は、弘美をいとおしいと思った。どんどん弘美の存在が自分の中で大きくなってくる。このままいっそ・・・そう思う反面、理性が働いて、それ以上身動きが取れなかった。
公園の柵の向こうに、人影が見えた。
(うそ・・・)弘美は目を疑った。(瑤子・・?)弘美は、肩を抱き合うカップルを、ずっと目で追った。信じられないが、女性のほうは瑤子に似ていた。(まさか・・)男性は、弘美の全く知らない人だった。(うそでしょ・・)どう見ても、確かに瑤子だった。しかも、弘美から見える二人の影は、矢崎の角度からは丁度見えないらしかった。そして、まだ柵の向こう側にいる瑤子も、弘美たちの存在に気づいていないらしかった。(もしかして、こっちに来るのかも・・)弘美は息を呑んだ。そして、急に立ち上がった。
「どうしたの?」
矢崎が驚いて声を出した。弘美はだまったまま矢崎の肩をつかんで、自分のほうに向けた。(やっぱり瑤子だわ)左の方の公園の入り口から、瑤子と見知らぬ男性が、そーっとこっちの方をうかがっているらしかった。
咄嗟に弘美は矢崎の首に腕を回した。自然と矢崎も弘美の腰に手を回す形になった。(なんて幸運なのかしら)弘美は呟いた。
「ね、矢崎さん・・・」
「なに?」
「キスしてくれない?」
「え?」
矢崎は一瞬戸惑った。しかし、背伸びをする弘美の唇の誘惑に、矢崎はつい負けてしまった。少し震えながら弘美の肩を抱き、優しくキスをすると、弘美は矢崎に身をゆだねた。
岡崎は、公園のベンチに恋人同士を見つけると、目配せして瑤子に知らせた。そして耳元で囁いた。
「どう?あのふたり」
瑤子は足を止めて、じっと目を凝らして抱き合う恋人同士を見つめた。木の陰からそっとのぞくように見たので、あまり良く見えなかった。
抱き合う二人は、何度もキスを交わした。そして、少しずつ二人の体が動いた。弘美が足を動かし、瑤子に見えるように、わざと二人の角度を変えたのだ。完全に後ろ向きだった男性の横顔が、瞬間にライトに照らされ、それが矢崎だとはっきり確認された。
「バサッ!」
瑤子は手に持っていたバッグを地面に落とした。その音に気づいた矢崎は、弘美から体を離し、音の方に振り返った。
「よう・・こ・・?うそだろ・・」
矢崎は心臓が止まりそうだった。
岡崎は、急いで瑤子を抱きかかえ、公園から出ようとしたが、彼女の足は動かなかった。
「どうして・・どういうことなの・・」
瑤子の目からは、涙が零れ落ちていた。
弘美は冷静だった。
「ね、矢崎さん、やっぱりひとりじゃなかったでしょ?」
矢崎は信じられなかった。(俺は瑤子に騙されていたのか)弘美の言うとおり、瑤子は一人でコンサートに行ってたのではなかったのだ。(ね?だから言ったでしょ?)弘美は心の中で呟いた。
「違うんだ、瑤子!」
矢崎は叫んだ。でも、もう遅かった。瑤子は泣きながら、後ろを振り返ると、公園から走り去った。慌てて岡崎が追いかけた。その二人の後姿を見ながらも、矢崎はなぜか瑤子の後を追いかけることをしなかった。それどころか、だんだんと怒りがこみ上げてきた。(あの男はいったいだれなんだ!・・・)
弘美は、この意外な展開に、一人微笑んだ。(本当に、何という幸運なのかしら・・・)
夜の公園で、抱き合い、キスを交わす矢崎と弘美。それを見た瑤子と岡崎。それぞれの運命は・・・?