第十三話 浮気の調査??
瑤子は探偵の岡崎に車で送ってもらうことになった。その途中で、思いがけず、瑤子は恋人の浮気調査を依頼することになる。
「車・・・?」
「そうだよ。さ、プリーズ」
岡崎は、助手席のドアを開けながら、瑤子に向かって微笑んだ。自慢の愛車は、モス・グリーンのアルファロメオだった。
瑤子は少し戸惑いながら、スポーツタイプの輸入車の助手席に座った。見た目よりも室内は広く、快適だった。それにしても、車で送ってもらうとは思ってもみなかった。
「いつも車?」
「そう、ほとんどね。」
エンジンをかけると、カーステレオからはお気に入りの曲が流れた。とても良い音色だった。
「これ、ラリーの『サファイア・ブルー』ね。」
「そうだよ、お気に入りのCD 。」
岡崎はそう言うと、静かに車を走らせた。
「この前会ったときから思ってたんだけど・・」
「え?」
「君って、寂しそうだよね、何だか。」
「・・そうなのかな・・。」
瑤子は、なぜか心が癒されるのを感じた。
「君って、きっといつもひとりなんじゃない?」
「どうして?」
「強がりなんだよ、多分。」
図星だった。瑤子は強がりだった。きっと、誰にも弱みを見せることが出来ないタイプだった。でも本当は、とても弱いのだ。何も答えない瑤子に向かって、岡崎は言葉を続けた。
「君は、本当はもっと弱いんだと思うよ。」
「どうして・・・わかる・・の?」
「なんとなく、さ。」
「私は・・弱くなんかないわ!」
そう言いながら、なぜか隣の岡崎に寄りかかりたい瑤子だった。
「ねえ、探偵さん、ちょっと聞きたいんだけど。」
「なに?」
瑤子はちょっとドキドキしたが、思い切ってたずねた。
「不倫、とかの調査もやってる?」
「もちろん。」
「そうなの、じゃ、恋人同士の足取りなんかもだいたいわかる?」
「もちろん。」
「・・・・」
「君の恋人・・・探す?」
瑤子が、運転席の岡崎の横顔を見ると、彼も自然と瑤子の方を向いた。ウインクすると、
「まかせて。」
と一言言った。何だか面白くなってきた。
瑤子は、弘美と矢崎が一緒に行ってるはずの居酒屋と、弘美の家との位置関係を、岡崎に丁寧に説明した。岡崎は、車を止めると室内灯をつけて、地図を広げた。随分詳しい地図だった。
『探偵ごっこ』なんてテレビでしか見たことがない、と言うと、『ごっこではない』と岡崎に叱られた。確かに彼はプロだった。でも、瑤子からしたら、今回の事は『ごっこ』に過ぎない。弘美と矢崎の浮気現場を見つけたとしたって、それは、別にそれほど瑤子の知りたいことではなかったし、まさかそんなことがあるはずもなかった。瑤子は、矢崎がそんなことをするはずがないと信じたいのだ。でも、本当にそんなことはどうでも良いことだった。
数分地図とにらめっこしていた岡崎は、室内灯を消し、シートベルトをすると、無言で車を走らせた。とにかく車を走らせた。夜のドライブに『サファイア・ブルー』が似合っていた。ナビをセットしながら、運転する岡崎の横顔は真剣そのものだった。
かなりスピードを出しているようだったが、瑤子はそれほど速く感じなかった。ただ、わくわくしていた。2人を乗せたアルファロメオは、裏道をどんどん走っていく。
「道、詳しいのね。」
「仕事柄、裏道は得意さ。」
「なるほどね。」
「あらら、そんなところで感心されても困るんだけど。」
2人は顔を見合わせて笑った。
「俺のタイプだよ。」
「え?なにが?」
「君のように強がりは俺のタイプだって事。でも、その遠くを見る寂しそうな目を、何だか俺はほおっておけない。」
(一体何を言ってるのよ)瑤子は、思わず無言で、助手席側の窓から暗い町並みを眺めた。ネオンの光と一緒に、暗がりの景色が後ろに飛んでいく。
「もうそろそろだよ。」
瑤子はドキッとした。(どこ?ここ)そう聞こうと思っても、声が出なかった。岡崎はゆっくりとエンジンを止めた。一体今どこにいるのか、瑤子にはさっぱりわからなかった。
「俺のプロの目はどうかな?」
そう言いながら、瑤子のほうを向いた。そして、シートベルトをはずしてやった。
「それにしても、こんなに情報の少ない調査もなかなかないよ。」
運転席のドアを開けると、岡崎は車から降りた。瑤子も真似して降りた。(公園なの?)
「恋人たちって、大体こういうところにくるものなんだよ。」
瑤子は怖かった。でも、ここまできたら、岡崎を信じてついていく以外になかった。公園の周りは、入り口までずっとフェンスと木々で覆われていた。その入り口から、車は遠くに止めたのだ。
「どうしてこんなに遠くに止めたの?」
暗闇の怖い瑤子は、そう岡崎に尋ねた。
「それ、本気で聞いてる?」
そう言いながら、瑤子の肩を抱いた。
「いや!何をするの?」
「馬鹿だな、カモフラージュだ。これも捜査の基本。わかってないね。」
岡崎はニコリともせずに小声で言った。(捜査って・・・なんだ、そうか)
瑤子は息を呑んだ。そして思った。(こんな事態になるのなら、初めから『ごっこ』はするべきではなかった・・・)そんな彼女の気持ちをよそに、岡崎は大胆に、かつ、周りにアンテナを張り巡らせながら、瑤子の肩を抱いたまま、どんどん先へ進んでいくのだった。
プロの探偵を名乗る岡崎は、依頼人の瑤子を連れて、とある公園に着いた。いよいよクライマックスです。