1-2話 休日の出来事
1-2話 休日の出来事
「おはよう。幸平」
「ああ、おはよう」
今日も一日が始まる。部屋は男の部屋と言うだけあってそこまで綺麗と言うわけではない。でも掃除もまったくしていないというわけではないから拒絶されるほど汚くはないだろう。
物入れの中には、非常食用に買っておいたカップラーメンやら焼きそばなどが数個入っている。飲み物は冷蔵庫に。この部屋には冷凍庫がないのでアイスは買ったらすぐに食べなくてはいけない。
ベッドは二段で後はテーブルが中心に一つ。そのテーブルが勉強用の机となっている・・・がテスト前以外はめったに使用されない。
こんな感じの寮室となっている。
就寝時間に規則はないが、あまりうるさくすると寮長が来るという仕組みになっている。
食堂。
うん食堂。
いつもどおりの無言の食事風景が一面に広がっていた。食器の当たる音だけを聞いてくるとなぜか食欲を無くす。
よくみんなこんなところで食べられるなぁ。
食堂の端には新聞紙がおかれている。テレビは寮室に一個ずつ配置されているので食堂にはない。まあ食堂にテレビがあったとしてもこの無言風景は変わらないだろう。
「幸平、部屋に行こうか」
「だな」
僕はサンドイッチを片手に寮へと戻った。
教室のドアを開ける。
もうこの雰囲気には慣れてしまった。
「おはよー」
和仁志さんの横を通り過ぎる前に挨拶をする。
「・・・おはよう」
蚊の鳴くようなめちゃめちゃ小さな声だったけど聞こえた。ん?なんて言ったの?なんて意地悪だって出来たけど無視された昨日に比べれば大きすぎる進歩だ。そう思って僕は自分の席へとついた。
隣には俯いているだけの女の子。名前を確認したいのだがクラスには名前の札など貼られてはいない。自分から聞くしか分かる方法はない。
かと言って今話しかけるのはものすごく気まずい。きっと何を言っても無視されることだろう。
なんだかやりきれない感があった。
いつもどおりの授業風景。これももう慣れた。多分この学校に授業参観なんてないのだろう。
僕は休み時間に年間予定表を見てみた。案の定授業参観という項目は一切入っていない。というより予定表に書かれていることが少なすぎる。小テストはもちろんなし。間に中間テストと期末テストがあって後は僕たちには関係のない職員会議やら何やらが入っている。
「お」
僕は2学期の10月に書かれている一項目を見た。
『2年。修学旅行』
「マジか」
本来なら嬉しいはずの修学旅行。だがこのままの雰囲気だったら行く気は無くしてしまう。もうすでにその状態なのだ。場所は書いてはいないが沖縄とか北海道とかその辺だろう。
それ以外は僕たちにかかわる行事は何もなかった。
「ちょっと来て」
僕は次の時間和仁志さんに話しかけられた。そして廊下に呼び出される。いつも話しかける役は僕だったので和仁志さんから来てくれたのは非常に驚きだった。
「何?」
「あのね。そ、そのね。えーと」
何やらもじもじしている。いやもじもじはしていないのだが言葉がもじもじしている。
「なんで、さっきは・・・なんだ」
「ん?ん?なんか間の言葉が聞こえなかったんだけど」
「だから、来なかった?」
「はい?」
まずい話の脈絡がない。文脈が繋がっていない。もしかして和仁志さん国語めっちゃ苦手なんじゃないかな。
「分かれ!バカ」
そう言ってから和仁志さんはまた、しまったと言うような表情をしてすぐに普段どおりの表情に戻る。そんな和仁志さんをよく見る。
さあ僕考えろ。
さっきは・・・なんだ?だから来なかった?
どういうことだろう。
その時僕の頭に二本線が出てきて、その線が繋がった。
さっきは来なかったなんだ。なんでさっきは来なかったんだ。だ!
「何?おかしい?」
その言葉の意味がわかって僕はにやけてしまったのだろう。怒られてしまった。
「おかしくはないよ。そうだね、さっきはちょっと考え事してて」
「べ、別に寂しかったわけじゃないからね。なにかあったのかなとか思っただけだから」
「そ、そう。あはは、心配してくれてありがとう」
なんか、ものすごい典型的なツンデレなんですけど和仁志さん。
「ほ、ほら授業始まるわよ。私は戻るから」
「う、うん」
和仁志さん、何のために僕を呼び出したんだろう。そのことは謎だった。
つまらない授業が終わり休み時間。今度は起こられないようにすぐさま和仁志さんのところへ行くことにした。それに気づいてくれたのかアイコンタクトらしきものを済ました後廊下へ移動した。
「で?なんのよう」
「えええ?何の用って言われても」
「何もないのに呼び出したの?」
「それすっごい和仁志さんに言われたくないんだけど。じゃあさっきは和仁志さんは何のために呼び出したの?」
僕も少し反撃してみた。女の子をいじめるのは最悪だって言うけど、こういうのはスキンシップだね。和仁志さんも起こっている様子はないしむしろ困った顔をしている。
「そ、それはねっ!」
クレッシェンド口調で話し始める。
「苗字・・・嫌いだから名前で呼んで?」
「えっ、何で苗字嫌いなの?」
そう聴いた瞬間、和仁志さんの額部分に怒りマークが付いたような気がした。
「うるさいわねっ、嫌いって言ったら嫌いなの!嫌いじゃなくても嫌いなの。素直に言うこと聞いておいて」
「う、うん。わかったよ」
和仁志さんって結構強引な人なんだな。
「でもなんて呼ぶの?美耶ちゃんでいいの」
「うっ、なんかそう言われると気持ち悪いな」
「どっちだよ」
何を考えてこうしているのか僕の頭の中では理解不能です。
「ごめんね。それでいいよ、うん。そうよんで」
「わかった」
とりあえず話を終了すると和仁志・・・いや美也ちゃんは教室へ入っていってしまった。この休み時間は結局名前がどうだこうだの話だけになってしまった。
いや本当に休み時間を有効活用してないね僕は。
*
週末。この学校の週末はやけに静か過ぎる。みんな自分の部屋で過ごしているからだろうか。学校内にもちろん人影はなく、寮内でも食事時以外はほとんど人を見かけない。外に出かける生徒もいないそんな休日だった。
とりあえず僕は幸平と外に出ていた。休日は外出許可も要らないので安心して外に出られる。
僕も外のことはよく知らなかったし、いい機会なので幸平にいろいろと教えてもらうことにした。
「幸平っていつも休日は何をしてたの」
「家で漫画読んでたりゲームしてたさ」
「うわっ、なにそれニート生活じゃないか」
「そんなこと言うなぁ。俺だって好きでそんなことしているわけじゃないぞ。それにほらお前が来てからはこうやって外に出て遊んでいるんだ」
「あはは、そうだよね」
たしか幸平は中学時代のとき運動神経はかなり良いほうだったと記憶している。
僕たちは喫茶店に入った。
「どうだ?なかなかイケてる店だろ。デートにはもってこいの場所だな」
幸平が自慢げに話してくる。たしかに雰囲気も暖かい感じに包まれおり静かでいい場所だ。デートのことは考えなかったけど休憩場所にはうってつけかもしれない。
「食べ物も美味いしな」
そういって幸平はパフェを一つ注文した。
「お前はいいのか?」
「僕はいいよ」
「そうか」
それから僕たちはゲーセン、本屋、デパート等一通り街を回った。大体のものはここで揃えられるし遊ぶ場所にも困らないと言うことがわかった。アリエルト学園は結構いい場所に建てられていたのだ。
今日はぐるっと回っただけなのでお昼前に帰ってこれた。
「あちゃ、コンビニでなんか買って帰ればよかったなあー」
「お金無駄じゃない?」
「そうケチケチすんな。逃亡生活とかにならない限りはケチケチしてたらキリないぜ」
「それもそうかもね。まあとりあえず学食行こうか」
「あ~あ。学食も騒がしかったらいいんだけどね」
幸平が皮肉交じりでドアを開けた。
「うおおっ」
「きゃあっ」
幸平が誰かと鉢合わせしたらしい。
僕が財布を捜している間に、幸平と鉢合わせした子が喋っている。きゃあって聞こえたから女の子だと思うけど・・・それに聞き覚えがあるような・・・いやある。うん。
「優介?お前さんに用事だった」
「うん。わかった」
美耶ちゃんか。どうしたんだろ。
僕は顔も見てないけど人物を特定してドアの前まで歩いていった。
まぁ案の定そこには美耶ちゃんが立っていて、なんか不機嫌そうな顔をしている。僕は特に悪いことをしたような覚えはないんだけど。
「どうしたの美・・・!?」
僕は口を手でふさがれて引きずられるようにして連れ出された。
幸平がポカンとして立っている姿を確認できた。
ごめん幸平。
僕はとりあえず寮の門前までつれてこられた。
「どうしたんだよいきなり?」
「誰かいるのに名前で呼ばないでっ」
「なんで?名前で呼んでって行ったの美耶ちゃんだよ」
「そうだけど・・・恥ずかしいのっ」
いや別に恥ずかしくはないと思うけどね。
「まぁわかったよ。それで今日は何のようがあって来たの?」
そういうと、美耶ちゃんは下を向いてモジモジしている。僕も大体分かってきた。こういうときは何か言いたいことがあるんだけど恥ずかしいから言えないパターンだ。
「僕が当ててみようか。一緒にお昼食べようでしょ」
美耶ちゃんの目がぱっと見開かれる。
「図星みたいだね。じゃあせっかくだから外にでも食べに行こうか」
そして再び美耶ちゃんが俯いた。
が、それはいつものじゃなかった。
今回はないか深く考えこんでいるような、そんな感じ。
「ごめん。外はあんまり行きたくないの」
ゆっくりと重たい口が開かれて、美耶ちゃんはそう言った。暗く寂しく、どこかおびえた声で。
「そ、そっか。じゃあ食堂行こうか?」
そういうと美耶ちゃんは顔を上げて。
「う、うん。ごめんね」
笑顔はないけど、先ほどの表情は消え去っていた。
そこに一つの足音が近づいてきて僕たち二人を呼び止めた。
「新橋と和仁志。すまんがコレをコンビニでコピーしてくれないか?」
「先生・・・学校のコピー機はどうしたんですか?」
「壊れた。これ300枚だ。一人じゃ重たいから二人で頼む。俺もすることがあるんでな」
そう言うと先生はそのまま通り過ぎて行ってしまった。
完全なパシリである。
「まぁ仕方ないな。ぱっと行って来ちゃおうか。あっ」
僕は美耶ちゃんが外に出たがらないのをさっき知ったばかりであった。顔を見るとそれだけでも調子が悪そうに見える。
300枚。かなりの量だけど、何とかなるか。
「いいよ。僕一人で行ってくるから、美耶ちゃんはお昼食べてて」
「えっ、それは悪いよ。私も行くから」
「でも、その・・・あんまり外出たくないんでしょ?それに幸平だっているから」
「だ、大丈夫だよ。優介君に悪いし、我慢するから大丈夫」
そういって、美耶ちゃんは笑顔を作る。
それは、どう見てもつくり笑いでしかなかったのを僕は気づいていた。だけど言わないままでいた。
*
コンビニまでの道のりは少し遠いが、さっき幸平と行ったばかりなので道はしっかり覚えている。交通量は多めで近くにはアリエルト学園以外にも学校がいくつかあるので、学生も見かけることがある。僕たちはコンビニの前までたどり着いた。美耶ちゃんは終始下を俯いたままなので気になったが、しっかりと付いてきてくれた。
「あっ、先生お金も払わせる気かな。後で催促しないと」
僕は財布からお金を取り出してコピー機に神を置いた。
コピーといっても300枚だ。それなりに時間がかかる。その時間はかなり暇だったってくだらない話でもして時間をつぶした。くだらない話をするにつれて美耶ちゃんの元気が少しずつ戻っていって安心した。
「あーそれでねー」
「そうそうー」
コンビニに二人の女子高生が入ってきた。今時って感じの二人でバッグには大量のキーホルダなどを身に着けている。
「それであいつキモッとか思っちゃってさー」
「んーんー。ウチもキモイって思ってたんだよー」
「んでイジメが発生しちゃってねー。あいつなんて死んじゃえばいいのにって」
「うわー。それ酷すぎじゃないー」
なんて奴らだ。僕にはまったく関係ない話なんだけど、そういう話を聞いていると腹が立ってくる。僕にはどこの学校かも知らないのでやっぱりどうする事にも出来ないが。
コピー用紙はまだ時間がかかりそうだ。
「それでね美耶ちゃん」
僕は話の続きをしようとした。
「やめて」
「えっ?どうしたの」
「やめて」
「美耶ちゃん?」
「やめてやめてやめて」
美耶ちゃんが耳をふさぎこんで座り込んでしまった。
「それで相変わらずキモクってさぁー」
「へぇー。それはキモイねー」
相変わらず二人はそんな会話をしている。原因は多分あの二人だ。あの二人と美耶ちゃんがどんな関係があるのかわからないが、とりあえずどうにかしないといけない。
あの二人に注意するのは簡単なことだが、取り合えず僕は美耶ちゃんをコンビニの外に連れ出そうとした。幸いコンビニのコピー機は隅っこにあるため注目の的にはなっていない。
僕はとりあえず美耶ちゃんの腕をつかむ。
「やめてお願いやめて。一人がいい。一人がいい」
美耶ちゃんは小さな声で呪文のように呟いている。
僕には何がなんだかわからない。一人にしてあげたいのはやまやまだが、ここではさすがにまずい。コピーのこよはどうでもいいとして何とかして美耶ちゃんを移動させたかった。
「一人がいい。友達いらない。一人でいいだからやめて。もうやめて」
しばらく小さな声で呟いていた美耶ちゃんは、何かを言い終わるとぱったりと倒れこんだ。
「・・・っ」
僕は美耶ちゃんをとりあえず抱きかかえてコンビニを出た。
そこでさすがに他の人に目撃されたが、気にしないことにした。
美耶ちゃんは眠っているだけだった。とりあえず幸平に連絡を入れてコピー用紙を持ってってもらうことにした。幸平だったら300枚でもいけるだろう。
僕は美耶ちゃんをおんぶする形になって学校まで運んで言った。背中から寝言でも同じようなことを言っていた。
「一人でいい、やめてお願い、もういやだ、孤独でいるから、だからやめて」
と起きているのかと思えるくらいに。
美耶ちゃんはうなされていた。
*
とりあえず美耶ちゃんを学校の保健室へと連れて行った。美耶ちゃんはまだうなされているらしく、顔色も表情も悪かった。
美耶ちゃんに何があったのかはわからない。あの二人と関係があるのかもしれないし、何もないのかもしれない。だけどこのまま放ってはおけない。
何があったのかなんて、美耶ちゃんの辛い思いでも掘り返すことになってしまうかもしれない。だけどそのまま見過ごすなんて出来ない。出来ることなら助けてあげたいから。
とりあえず僕は保健室で起きるのを待つことにした。