1話 孤独な少女
1話 孤独な少女
寮生活の一夜が明けた。寝起きはそんなに良くは無い。二段ベットの上には幸平が寝ている。
話を聞けば幸平は今日までずっと家に帰宅していたらしく寮で寝泊りはしてないらしい。ここから幸平の家までは時間がかかる方だが、幸平が言うにはこんなところで寝るなら家の方がマシということで毎晩帰っていたみたいだ。さらに休日はほとんど家で過ごしていたらしく、休日中の学校の様子はまったくわからにという。
まぁそりゃそうだよなぁ。僕だって帰りたくもなる。
そして僕がここに来たことにより幸平も寮生活を始めることとなった。
朝食は購買で何か買って食べるか、食堂を利用して食べるかだ、もちろん場所には制限無く寮室で食べても食堂で食べても問題は無い。学校内でもOKだ。
それでも食堂にはまったく元気が無い。ただただフォークなどが皿にあたる音が響いているだけで一切会話が存在しなかった。
「幸平、部屋で食べようか」
「ああ、そうだな」
会話少なく僕たちはそれぞれ食堂で料理を頼んで部屋へ向かった。
食堂の空気が怖かった。
「なんでこの学校こんなんなっちまったんだ」
幸平が部屋にたどり着いた瞬間に声を張り上げる。どうやら今まで我慢していたみたいだ。僕だって我慢してた。
「3年もいる幸平がそれは知っているはずの問題じゃないの?」
「そんなんわかるかよ。あ、でもお前に話していないことがあった」
「ん?」
「俺達のクラスも一年の時はここまで暗かったわけじゃない。希望に満ち溢れてそうな生徒もいたもんだ。だけど、とある生徒が一人いなくなった」
「えっ?」
その時の僕の顔はどんな顔だっただろうか。
「それから俺のクラスは今みたいに暗闇に包まれた」
「それって、僕のクラスと同じようなことおきてない?」
幸平のクラスは一人いなくなった。消えたと言っている。それはもうこの世界には存在していないのか、誰にも知らされず転校でもさせられたのかは分からない。しかし一人がいなくなったという事実は確かだった。
そして僕のクラスも一人の生徒が自殺した。詳しいことはまったく知らないが一人、消えたと言うのはたしかだった。
やっぱり、この学校には幸せになってはいけないみたいな呪いがかかっているような気がする。
「そうだな。この学校はどこかおかしい」
「んで、消えてしまった子と言うのは誰?」
「そんなんお前は知らない人だろう?」
「そうだけど、一応」
「・・・」
幸平は黙り込んだ。もしかして入ってはいけない領域にでも踏み込んでしまっただろうか。もしかして彼女とかだったりしたらそれは誤らないといけない。
「ご」
ごめんと言いかけた時に幸平の口が開いた。
「思い出せないんだ」
「・・・はっ?」
「本当なんだ。顔も名前も思い出せない。確かに話したりしたことがなかったからしょうがないのかもしれないけど」
消えてしまった人を忘れることがあるだろうか?普通は無い。やっぱり僕は踏み入れてはいけない質問をしてしまったんだ。幸平なりにそれはごまかしているつもりなのだろう。そのことを察してしまったからこそ、それ以上追求することは止めにした。
「・・・」
幸平は顎に手を添えて考えている。いや考えているフリをしているんだ。本当に思い出せないようなフリをしているんだろう。
「まぁまぁ、朝食済ませて学校に行こう。もういいよ」
「あぁ、悪いね」
それから僕たちはくだらない話をしながら朝食を済まして学校へ向かった。そのくだらない話で少しでも笑えたのは良かった。
ガラガラガラ
扉を開ける。相変わらず重苦しい雰囲気は消えてはいなかった。誰もが喋らない。誰もがおはようと挨拶をしない。誰も席を移動していない暗い教室。
僕は教室の電気をつけて自分の席へと向かう。勝手に電気をつけたが誰も視線をうごかさない。反抗されてもいいから何か言われてほしかった。
自分の席へと向かう途中に、あの女の子の席を通る。まだ名前も聞いていない・・・聞くのを忘れただけだけど。今は何もしていなくただただ人形のように前を向いているだけである。わずかに聞こえる呼吸の音。そしてまばたきだけでしか彼女の生きている証拠は確認できなかった。
「お、おはよう」
あっ、向こう向かれた。
僕はショックを受けた。精神的に一撃必殺の大ダメージだ。まぁこうなることは僕自身予想していたけれどやっぱり辛い。
挨拶を無視したことを注意したい気持ちもあったが、なによりこのクラスの雰囲気に耐えながら堂々と喋れるほど僕の心臓はタフじゃないので自分の席へとしぶしぶ向かった。
はぁ~。
ため息が出ていた。
一時間目の授業はが始まる。言わずもがな誰も指名されない。指名されないので誰も喋らない。誰も発言しようとしない。沈黙の時間が50分と続いた。
だめだ!鬱になる。
そう思った。
このままだと自分もお先真っ暗ダメダメしょぼしょぼダーク人間になってしまう。それだけは嫌だ。
「よおっ、どうした悩める少年」
一つ上の会からロープを伝って降りてくる変な先輩がいた。いや、今となってはその変な先輩がとてもありがたかった。
「とりあえず廊下で話そうよ」
「そうするか」
僕と幸平は廊下に移動する。廊下に行ってもほとんど変わらない静けさ。ただクラスメイトからの冷たい視線から逃れられるだけだった。
「で?何のよう?」
僕から口を開く。
「特に用は無い。話したいから来ただけだけど何か問題はあるかな」
「特にはないけど、なんでロープなんて使って登場するのさ?」
「移動時間がもったいないだろう」
とんでもない人だった。きっと自分でやるって決めたらとことんやる人なのだろうと思った。
二時間目。沈黙の授業。
結局午前中の授業は教師以外は誰も一言も喋らない授業となってしまった。
いやそもそも授業中に私語がないことはとてもいいことだ。そう考えると教師側としてはなんと理想的なクラスだろうか、ただ私語がないのは素晴らしいがそれ以上に何か負のオーラが充満しているのは問題だ。
昼食の時間。教室でのお昼は遠慮したいので僕と幸平は食堂へと向かった。
食堂は・・・以外に人で込んでいた。暗い雰囲気の中きっちりと列を作って並んでいる。僕としてはかなり重苦しい人たちだったので教室でとぼとぼ食べているのかと想像していたが違ったみたいだ。
僕たちもトレイを持って列に並ぶ。
「ん?」
僕の目の前の人。後姿に見覚えがあった。この人は・・・
そうだ、今日挨拶してスルーされた女の子だ。
彼女も僕のことに気がついたのかこちらを振り向いた。がすぐに前を向いてしまった。
「ちょ、ちょっと」
僕はすぐに声をかける。誰も喋っている人がいなかったので僕の声は回りに響いた。かなり恥ずかしい。
「・・・」
彼女は再び振り返る。なんか目つきが怖い。
「あ、あの」
「すいません、話があるなら昼休みに廊下にでも」
「あ、いや別に話ってほどの・・・」
名前を聞きたいだけなのに、なんでこう疲れるんだろう。しかももう前を向いちゃってるし。
彼女はそれ以上喋る気はないようだった。声をかけてもつついても振り向いてくれるような感じはしない。
僕は昼休みに廊下に向かうことにした。
「なんですか?」
相変わらず何の表情ももたない仮面でも被っているかのようなぶっちょうずらで喋りかけてくる。中学時代ぜったいコイツ友達いなかったな。と勝手に思った。
「いや、その名前聞いてなかったから教えてもらおうと思って」
「はぁー」
彼女がため息をついた。
「そんなことのために私に話しかけたの?」
「そんなことって」
「じゃああなたは名前を聞いてどうするんですの?」
「どうって・・・ねぇ。これから呼ばせてもらおうかなと」
名前聞くだけでなんでこんなに時間がかかるんだろう。実は恥ずかしいのかな?彼女の顔を見る。全然そんな表情は見せていなかった。
「そんなことで時間を無駄に使わせないでください」
「あっ、ちょっと」
彼女は廊下をまっすぐ歩いていった。
「ん?」
足元に紙が一枚落ちている。それをゆっくりと拾い上げるとそこには『和仁志美耶と書かれていた。丁寧にふりがな付で。
これは!!
・・・
どう見ても名前だ。
なんて漫画みたいなことして行くんだろう。
自分の口で言えばいいのに。
恥ずかしがりやさんなのか。
だけど、僕にはそうとは思えなかった。なんでだろう?なんとなくなのかな。
*
「和仁志さんっ」
僕は無理やり巻を出しながらも、クラスの暗い雰囲気をぶち壊すようにして元気よく呼んだ。
「・・・」
相当驚いているのだろうか、瞬きしないで目を大きく広げている。
そんな不思議なことを僕はしただろうか?
「どうしたの?」
「それはこっちのセリフです。あっ」
しまったとでも言うような顔。和仁志さんは手を口に当てて焦った顔をしている。
「廊下へ・・・来て」
そう言うと和仁志さんは廊下へと去ってしまう。
彼女は廊下が好きなわけじゃない。
最初声をかけられた時、こう言われた。
「なんでって?そんなのこのクラスの状況をみればわかるでしょ?」
クラスの雰囲気に耐えられなくて喋りたくなかった、と言うのももちろんあるだろう。だけどそれ以上に和仁志さんはそのクラスの雰囲気をありがたそうにしているというか、このままの雰囲気の方がいいみたいな感じがしてならない。
そう、誰とも喋りたくないと言っているように。
「何のよう?」
この通り返事はそっけない。やはり人との会話を拒んでいるように思えた。
「ねえ、なんで和仁志さんは廊下で喋ろうとするの?」
「なんでって、またなの?あんな雰囲気の中で喋ってたら冷たい目で見られるわよ」
「でも、和仁志さんは、実はそれを望んでいるよね?誰とも喋らない生活を。違う?」
和仁志さんの表情が変わった。それは見る見るうちに酷く沈んでいき冷や汗がうっすらと出てきていた。図星だったか、それとも。
「何言ってるの?」
搾り出すようにして出てきた言葉。
「僕には君が人との交流を拒んでいるようにしか思えないんだ。一体どうして?」
「・・・」
沈黙の時間が続く。和仁志さんはこういう時間が好きなのだろうか?僕には到底理解できない。それも可愛いしスタイルだってよい。実はモテモテなんじゃないかって思えてくる。
「・・・でしょ」
「えっ?」
何か聞こえた。でもよく聞き取れなかった。
「あなたには関係ない。あなたには関係の無い話よ」
怒鳴るわけでもなく、俯いた間沈んだ声で彼女はそういった。
たしかに過去のことに何かあったとしたら僕には本当に関係の無い話なのかもしれない。そんな話に僕が首を突っ込んであれやこれや言うのは嫌な奴と思われてもしょうがないくらいだ。
だけど、どんなに嫌な奴でも困っている人がいるなら助けてあげたい。手を差し伸べてあげたい。そんなの自己満足かもしれないけどしてみたい。
彼女は喋りたくない。人との会話、交流を拒んでいるのはたしかだ。だけど僕とはちゃんと受け答えしている。わずかな時間でもそれは立派に交流をもった時間だ。
和仁志さんは心から拒んでいるわけではない。そう思う。
「たしかに僕は関係ないね。転校してきたばっかだしいろいろとごめん」
「・・・私も転校してきたのよ」
和仁志さんはそう言った。
「詳しく聞かせてくれる?」
「・・・」
彼女は無言で首を横に振った。どうしてあんなこと喋っちゃったのだろうとか思っているんだろうか。でも、そう思っていたとしても、僕はそれがうれしかった。少し心を開いてくれたみたいで。
「そうか、無理に言わなくてもいいよ。ごめんね」
「謝らなくてもいいよ。じゃあ」
そういうと彼女は自分の席へと向かっていった。
*
~和仁志美耶~
私は自分の席へ戻った。
なんであんなことを喋ってしまったんだろう。言うつもりなんかなかった。喋るつもりもなかった。だけど口だけが勝手に動くような感じで、今までの辛い私を全部知ってもらいたいと思ってしまって、口がすべった。
私が転校を聞かされたのは中3の2学期。進路決定も近くに迫ってきた時のことだった。誰も友達のいなかった私に救いの手が差し伸べられたのである。
アリエルト学園。
そんな学校を私は聞いたこともなかった。そしてこの学校の生徒誰もが知らない学校名だ。先生はこういった。あなたのことを一人も知らない高校に行けば再スタートが切れるかもしれない。だからこの高校に言ってみない?そういわれた。
私は詳しくも調べないでその学校に転校したいと思っていた。私は楽しい学校生活を送りたかった。友達を作って、ただただ楽しい学校生活を送りたかったのだ。
そして私は転校した。中学3年の2学期にそう言われたので転校とは言えない特別な感じだった。
そして私は新しい自分の、楽しい学校生活が待っているかと思っていた。
だけどそれは違かった。
人との交流を持たないで転校してきた私に話しかけてきてくれる人は誰もいなかった。またクラス内でも喋っている人は誰もいない。暗闇に包まれた教室だった。
私から話しかければいい。たったそれだけのことが出来ない。たったそれだけのことなのに、私から話しかける・・・それが一番怖いことだったから。
私が完全に人と接したくないと思い始めた頃、一人の男子が転入してきた。
私にはまったく興味がなかったが、転入してきた子はいつの間にか出てきた上級生と仲良く喋っている。その光景が目に入ってしまった。
とても楽しそうに喋っている。これが理想の形なんじゃないかって気がしてきた。だから私は声をかけた。羨ましくて嫉ましかったから。
自分から声をかけるなんて一番嫌いなことだけど、そんなの転入してきたばかりの子だ。それにコノクラスに私の友達は一人もいない。嫌われて何ぼだと声をかけた。
「ちょっとあなた」
驚くほど恐ろしい声を出してしまった。第一印象は最悪だ。でも、もう気にすることもない。
「僕?」
向こうはそれほど気にかけている様子もなかった。私の冷たい言葉を受けても嫌そうな顔をしていない。こんなこと初めてだった。
それから私はどれだけ冷たい言葉を言っただろうか。もう自分の声が嫌でしょうがない。何を言ったのかも忘れてしまった。
もう話しかけるのは止めよう。そう決めた。
それでもあいつはしつこく話しかけてきた。話しかけてもらえればそれ相当の・・・と言ってもやっぱり他人から比べれば変だけど、少しだけ変われているように思える。でもそう思うたび私が自分自身を締め付ける。そんなに長く話しちゃいけない。自分から話しかけたくなってしまう。でも話したい。
もう私の頭はいっぱいいっぱいだった。
だから口がすべってしまったのかもしれない。
でも・・・言ってしまえば少しだけ楽になれた、かも。
*
僕はただただ授業を受けていた。
「私も転校してきたの」
その言葉を聞いた。少なくとも和仁志さんが喋ってくれた。今まで僕から話しかけていたのだが、あの時は口を開いてくれた。
これは大きな進歩だ。
体育際優勝はともかく、元気なクラスは目指せるんじゃないか。誰もが自分自身で心を閉ざしているわけではないはずだ。このクラスの雰囲気に呑まれてそうなっているに違いない。
その原因がどこかにある。その一つとして考えられるのは自殺事件のことだ。
和仁志さんは自殺事件のことについてもまだ何か知っていそうだし、何より自殺した子と仲が良かったという僕の隣の席の子。その子に話を聞くのが一番だ。
そして僕が考えたことだが、和仁志さんは自殺事件が起きるまでは、少なからずとも僕の隣のことは喋れる関係だったのではないだろうか。だから和仁志さんを元気にして彼女にも元気になってもらうとい作戦だ。
われながらいいかもしれない。
何か人の心を材料にしているみたいで罪悪感があるが仕方ない。
僕は次の休み時間も和仁志さんに話しかえることにした。
僕は授業終了と同時に廊下で待機した。相変わらず誰もいない廊下。喋り声も無く人も通らないがそれが今は助かっている。
和仁志さんは僕のことに気がついたのか、しぶしぶと言った感じで廊下に出てきてくれた。転校のことについてはあえて喋らないことにする。
「和仁志さんは、好きな食べ物は何?」
あーそうだよ。僕はダメダメですよー。
「急にどうしたの?」
「それくらいいいじゃない」
う~ん。と和仁志さんは考えている。考えるほど好きな食べ物は決まっていないのだろうか。僕ならすぐさまハンバーグ和風ソースで。って答えるけど。
あーそうだよ。僕はお子ちゃまですよー。こうこうせいになってもハンバーグ大好き人間ですよーだ。
誰に言っているのだろうか?自分にだろう。
「これと言うのは無いけど、カレー甘口・・・かな。なっ、何よ」
「ああ、ごめん。何か子供っぽいんだね」
「なっ!んん」
反論できないらしい。
初めてかもしれない。いや初めてだ。
和仁志さんがこんなにも感情を持って話したところを見るのは。
「あんたの好きな食べ物は何よ」
ハンバーグと言ったら笑われた。
笑顔もすごく可愛かった。
しばらくはこのままでいいのかもしれない。
今気づけば体育祭優勝は来年でも出来るじゃないか。