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第23話 炎を掲げる者、書を抱く者

都貴族学校の門は、戦場の門によく似ていた。


白い石造りのアーチ。

その上部には、交差する剣と古びた紋章が刻まれている。


かつては勝利の記録だったもの。

だが今は――磨かれた装飾にすぎない。


意味は、削ぎ落とされている。


その前に、アイリスは立っていた。


十四歳。

細身の身体を包む制服は、きちんと整えられている。

だが、その佇まいは「従順」ではない。


長く伸びた髪が、背中をなめるように流れている。

風に揺れても、視線は揺れない。


(ここは、守られる場所じゃない)


足元の石畳に、わずかに視線を落とす。


前世の記憶が、静かに重なる。


学校とは、本来――

選別された後に入る、安全な場所。


だが、この世界では違う。


ここは。


選別の「途中」にある場所だ。


つまり――ふるいだ。


アイリスは一歩、門をくぐった。


空気が変わる。


建物の内部は広く、天井は高い。

だが、その開放感とは裏腹に、視線が絡みつく。


教室に入った瞬間、それは確信に変わった。


剣を帯びた貴族の子弟。

魔力をわざと漏らしている者。

そして――教会系の、感情を削いだような視線。


評価。

測定。

序列化。


この空間は、すでに戦場だった。


火薬のない世界では、

力とは「身体」と「魔力」に還元される。


剣を振る腕。

魔法を放つ素質。


それがすべてだ。


――知は、数えられていない。


少なくとも、ここでは。


アイリスは静かに席についた。


背筋を伸ばし、呼吸を一定に保つ。

視線は低く、しかし周囲を逃さない。


観察ではない。


構造把握。


最初の授業が始まる。


教壇に立った教師は、無駄のない声で言った。


「戦争とは、魔力資源の奪い合いだ」


黒板に、四つの記号が描かれる。


火。

水。

風。

土。


「火は攻勢。

水は制圧。

風は機動。

土は防御」


チョークの音が、乾いた線を刻む。


「この四系統以外は、軍事的価値を持たない」


教室の空気が、そこで安定する。


理解ではない。

同調だ。


アイリスは、うなずかなかった。


その時、前列の少年が立ち上がる。


ジェームス王子。


金の髪は光を受け、わずかに輝いている。

背筋は真っ直ぐで、迷いがない。


その右手が、ゆっくりと持ち上がる。


次の瞬間――


炎が灯った。


指先に宿る、小さな火。

だが温度は確かにある。


空気が揺らぎ、熱が教室に広がる。


「王権とは、火である」


声は若い。

だが、その言葉には確信があった。


「敵を焼き、味方を守り、恐怖を示す。

火を操れぬ者に、国を守る資格はない」


炎が、わずかに強くなる。


生徒たちの視線が集中する。


畏怖。

憧れ。

そして、服従の予兆。


アイリスは、その炎を見ていた。


感情ではなく。


計測として。


(温度は高い)


(だが――持続が短い)


炎は、強い。

だが、消える。


教師が満足げに頷き、問いを投げる。


「では問う。“知”とは何だ」


沈黙。


誰も動かない。


それは危険な問いだ。

答えた瞬間、立場が決まる。


だが。


アイリスの手が、静かに上がった。


「――知は、武器ではありません」


ざわめきが走る。


視線が集まる。


教師が、わずかに目を細める。


「続けなさい」


アイリスは立ち上がった。


動作は滑らかで、無駄がない。


「知は、戦争を起こさないための装置です」


声は高すぎず、低すぎない。

だが、よく通る。


「剣と魔法は結果を決めます。

ですが、知は――構造を変えます」


空気が変わる。


ジェームス王子の視線が、鋭く刺さる。


「構造だと?」


「はい」


アイリスは一歩も引かない。


「剣と魔法だけの世界では、戦争は終わりません。

勝者が、同じ方法で支配を再生産するからです」


教師の表情が、わずかに硬くなる。


それでも、彼女は続けた。


「知は共有されて初めて意味を持ちます。

独占された知は――剣より危険です」


その一言で、教室の温度が下がる。


教会の思想に、触れた。


沈黙。


だが、もう引き返せない。


休憩時間。


アイリスは廊下の窓に寄り、王都を見下ろしていた。


石畳の街路。

巡回する兵士。

魔法灯の淡い光。


遠くでは、工房の煙がゆっくりと上がっている。


産業はある。


だが、火薬はない。


すべては魔法に依存し、

魔法を持たぬ者は、危険な労働に押し込まれる。


(平等じゃない)


思考は、冷静だった。


ロイドの顔が浮かぶ。

そして、マルクス。


力を持たない者たちが、

言葉で世界を切り裂こうとする姿。


背後から、柔らかな声。


「あなた、怖くないの?」


振り返る。


リル王女が、そこに立っていた。


淡い金の髪。

整った姿勢。


だが、その目には好奇心があった。


「怖いわよ」


アイリスは、迷わず答える。


「でも、黙るほうがもっと怖い」


リルの口元が、わずかに緩む。


「炎を持つ人たちは、あなたを嫌うでしょうね」


「ええ」


「それでも?」


アイリスは、ほんの一瞬だけ空を見た。


「ええ」


短い沈黙。


その間に――理解が成立する。


言葉ではなく。


選択として。


二人の間に、小さな同盟が生まれた。


夜。


寮の部屋。


ベッドに腰掛け、アイリスは静かに目を閉じた。


胸の奥に、かすかな振動。


怒りではない。

恐怖でもない。


方向を持った感覚。


意志。


(私は、燃やさない)


燃やせば、終わる。

だが同時に、何も残らない。


その時。


意識の奥に、空間が開いた。


暗く、静かな場所。


そこに――


一冊分の余白がある。


まだ、何も書かれていない。

だが、確かに存在している。


本の居場所。


図書館魔法《一冊》。


剣でもない。

炎でもない。


だが――


世界を書き換える余地。


静かに、それは目を覚ました。

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