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第13話 玉座の前で

王城からの使者が来たのは、昼下がりだった。


重い扉がノックされる音は、屋敷のどこにいても聞こえた。

それほどまでに、はっきりした音だった。


アイリスは、無意識のうちに本を閉じていた。


——呼ばれる。


理由は分かっている。

分かっているからこそ、心が静かになっていく。


恐怖がないわけではない。

だが、それは叫ぶようなものではなく、整理棚の奥にしまわれた冷たい感覚だった。


父レイモンは、使者の前で深く頭を下げた。


「承知しました。すぐに」


その声は落ち着いていたが、背中は硬かった。


アイリスは、その背中を見て思う。


(……父上は、ここまでだ)


これ以上、庇うことはできない。

庇えば、家が壊れる。


父は知っている。

そして自分も知っている。


だから、二人とも何も言わない。


王城へ向かう馬車の中は、静かだった。


窓から見える王都の街並みは整然としている。

道は広く、建物は白く、衛兵の動きは規則正しい。


——秩序。


それは安心を与えると同時に、逃げ場のなさを示す。


馬車の揺れに合わせて、アイリスの記憶が前世へと滑っていく。


前世でも、面接は苦手だった。


地方自治体の会議室。

長机。

名札。

無表情な面々。


「あなたの強みは?」


その問いに、正解は分かっていた。


だが、正直に答えた瞬間、空気が変わる。


「制度の不備を指摘するのではなく、協調性を——」


——ああ、まただ。


正しいことを言うと、場が凍る。

考えていることを言うと、評価が下がる。


前世で何度も経験した。


“分かりすぎている者は、扱いにくい”


王城は違う。

だが、構造は似ている。


アイリスは膝の上で、指を静かに組んだ。


(今回は、逃げられない)


父レイモンが、ぽつりと言った。


「怖いか」


アイリスは一瞬考え、正直に答える。


「……少し」


嘘は言わない。

だが、膨らませもしない。


レイモンは小さく息を吐いた。


「すまないな」


それは謝罪だった。

同時に、限界の宣言でもあった。


父は文部卿として有能だ。

だが、王の前では臣下でしかない。


そして、娘を“守る対象”として扱うには、

アイリスは賢すぎた。


(……父上も、選ばされている)


家か。

娘か。


この国では、両立しない。


王城の門が見えてきた。


白い石の城壁。

高く掲げられた王旗。


アイリスの胸が、静かに締めつけられる。


そのとき、ふと脳裏に浮かんだのは、

王宮の廊下で一瞬だけ目が合った、同い年の王女だった。


言葉はなかった。

名前も知らない。


ただ、互いに「分かってしまった」感覚。


(……彼女も、逃げられない)


自分だけではない。

それが、少しだけ心を軽くした。


画像

玉座の間へ向かう回廊は、長かった。


一歩ごとに、靴音が反響する。


ここは、試験会場ではない。

だが、評価の場だ。


しかも、結果は本人の努力では覆らない。


アイリスは理解していた。


今日の面談は、

能力を見るためではない。


「管理できるか」を測る場だ。


前世で何度も見た構図。


優秀かどうかではない。

従うかどうか。


整理棚の中で、結論が出る。


(……私は、従わない)


正確には、

従うふりをしながら、考え続ける。


それしか、生き残る道はない。


扉の前で、衛兵が立ち止まった。


「陛下がお待ちです」


父が深く一礼する。


アイリスも、それに倣う。


扉が開く。


玉座の間の空気が、流れ込んでくる。

玉座の間は、静かすぎるほど静かだった。


赤い絨毯。

高い天井。

壁一面に並ぶ歴代国王の肖像画。


どの顔も、感情を削ぎ落としたような目をしている。


アイリスは父レイモンの隣に立った。

深紅のドレスの裾が、絨毯に沈む。


正面、段差の上に国王が座している。

柔らかな微笑を浮かべてはいるが、その視線は鋭かった。

人を見る目だ。


「近う」


衛兵に促され、二人は数歩進む。

レイモンが深く頭を下げた。


「エンゲルス侯爵、ならびに娘アイリスにございます」


国王は軽く手を上げた。


「形式はよい。今日は“話”がしたい」


アイリスの心拍が、わずかに早まる。


これは尋問ではない。

面接だ。


国王は少女のほうへ視線を移した。


「君が、“図書館魔法”だそうだね」


アイリスは小さく頷いた。


「はい」


「図書館とは、何かな?」


問いは軽く投げられた。

だが、試す響きがあった。


アイリスは一瞬考え、静かに答える。


「情報の集積場所ではありません。

“世界の整理装置”です」


玉座の間に、小さな沈黙が落ちた。


国王は眉を上げる。


「ほう」


「人は混乱すると、力に頼ります。

ですが、整理されていれば暴力は必要ありません」


王の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「ずいぶん大きな話だ」


アイリスは続けた。


「図書館魔法は攻撃のための魔法ではありません。

記録し、分類し、接続します。

誰が何を知り、どこにアクセスできるかを設計する魔法です」


王室魔法顧問が小さく息を呑んだ。


「つまり?」


「社会の回路を整える魔法です」


レイモンの背中が、はっきりと強張る。


国王は興味深そうに身を乗り出した。


「それは、国にとって役に立つかな?」


アイリスは正直に答えた。


「はい。ですが同時に、危険でもあります」


「なぜ?」


「知識は、支配にも解放にも使えるからです」


国王の視線が鋭くなる。


「では、君はどちらを望む?」


アイリスは迷わなかった。


「解放です」


その瞬間、空気が変わった。


「理由は?」


国王の声は穏やかだった。

だが、その奥には硬さがあった。


アイリスは深く息を吸う。


「人には、自分で考える権利があります。

思想や信条は、本来、誰にも強制されるものではありません」


――言ってしまった。


レイモンの身体がはっきりと強張る。


これは、この国では危険思想だ。

教会が嫌い、統治者が警戒する概念。


国王はしばし沈黙した後、背もたれに身を預けた。


「……思想信条の自由、か」


その声音には、感心と警戒が同時に混ざっていた。


王室魔法顧問が小声で何かを囁く。

国王は手で制した。


「よい。続けさせよ」


アイリスは言葉を選びながら話す。


「人が考えることを禁じれば、表面は静かになります。

ですが内側は腐ります。

腐った社会は、いずれ暴力として噴き出します」


哲学書で学んだ理屈。

前世で見てきた現実。


国王はしばらく黙っていた。


やがて低く言う。


「……君は、賢すぎる」


レイモンが慌てて口を挟もうとする。


「陛下、娘はまだ幼く――」


王は手を上げた。


「分かっている」


再びアイリスを見る。


「だが、その賢さは刃だ」


玉座の間の空気が冷える。


「教養が深く、思考が独立している。

しかも管理系魔法」


王は淡々と結論を述べた。


「このまま自由に育てれば、国の枠を超える」


レイモンの顔色が変わる。


「陛下……」


国王は続ける。


「王都侯爵邸で予定していたお披露目は中止する」


レイモンは息を呑んだ。


「代わりに、この子は王都に留める」


アイリスの胸が、静かに沈む。


幽閉。


その言葉が浮かぶ。


「家庭教師を付け、再教育する。

行動範囲は制限。

教会と王国魔法団の監督下に置く」


レイモンは必死に頭を下げた。


「……承知いたしました」


国王は最後に条件を付け加える。


「十二歳での貴族学校入学は認める。

ただし条件がある」


アイリスはまっすぐ王を見る。


「王室への無条件の奉仕。

教会および王国魔法団の命令に逆らわないこと」


それは許可という名の拘束だった。


「守れるなら、学びは与えよう」


沈黙。


レイモンは震える声で答えた。


「……ありがたき幸せにございます」


アイリスも小さく頭を下げた。


選択肢はない。


玉座の間を出た後、レイモンは廊下で立ち止まり、額に手を当てた。


「……すまない、アイリス」


父の声はかすれていた。


「お前を守れなかった」


アイリスは首を振る。


「父上のせいではありません」


本当だ。

これは構造だ。


王は敵ではない。

ただの管理者。


アイリスは理解していた。


自分は今、“国家資源”として分類された。


自由ではない。

だが、学びは奪われなかった。


それだけで十分だ。


小さな司書は胸の奥で整理する。


幽閉に近い王都生活。

再教育。

条件付きの未来。


それでも――


図書館魔法は、まだ自分の中にある。


それが消されない限り、負けではない。

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