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悪女が生まれるまで、あと300日  作者: サモト


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2話 腹心ルシアンの裏切り

 朝は遅く起きて、湯あみのあとに念入りに身支度をする。

 踊って、歌って、お菓子をつまんで。

 新しいドレスのことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちる。


 義務も労働もない、高貴な者だけに許される生活。


 ……なら、わたくしより偉いお母様が忙しいのは、おかしい気がするけれど。


「女王陛下は国を背負っておられるので、特別なのです。

 第二王女であるエリザ様のお役目は、美しさを保ち、気品ある生活を送ることですよ」


 以前、ルシアンがそう言っていた。

 だから、こういうものなのだろう。


「……」


 心地よい午睡から目を覚まし、わたくしは静まり返った室内を見回した。

 侍女たちは控えの間に下がっていて、広い部屋には誰もいない。

 急に、その空っぽさに耐えられなくなった。


 ソファから降りて、外へ出る。


 大広間の出入り口が見える廊下。

 磨き上げられた窓からは、春の日差しが差し込んでいる。

 壁際の長椅子へ向かおうとした、その時だった。


「エリザ!」


 振り向かなくても、誰だか分かる。


「……ごきげんよう、お姉様」


 形ばかりのカーテシーをして立ち去ろうとすると、手首をつかまれた。


「待って、言いたいことが――」

「触らないでよ!」


 怒鳴ると、お姉様はびくりと肩を震わせ、あわてて手を離した。

 おどおどとわたくしの顔色をうかがってくる。

 

 ああ、みっともない。

 紺一色のドレスに、きっちり結い上げた髪。まるで若い未亡人だわ。

 自分とそっくりの顔立ちだから、なおさら腹が立つ。


「何。早く言って」


「ドレスのこと……一言、謝りたくて。

 あなたがそんなに赤色が好きだなんて思わなかったの。

 わたくしはお祝いだから華やかな色にしようと思って選んだだけで……」


「……それで?」

「わたくしは別の色を着るから。あなたは赤を着てね」


 ぽかんとした。呆れた。


「あなたにそんな許可を出されなくても、わたくしは着たい色を着るわ」


 だいたい、何を謝っているのかしら。

 悪いのは同じ色を許さない周囲であって、お姉様じゃない。

 本当に、馬鹿みたい。


 これみよがしにため息をついてやったら、お姉様の背後から声が飛んできた。


「――それが、謝罪に対する態度ですか」


 出た。うるさい姉の護衛。忠犬が。


「自分はアレクシア様のドレスをめちゃくちゃにしておきながら、ひと言も謝らないで――」

「ロラン! そのことはもういいのよ。わたくしがいけなかったのよ」

「アレクシア様が怒らないからといって、つけあがるのも大概にしろ」


 わめく犬と、なだめる飼い主。

 仲良し主従ごっこなんて、他でやってくれないかしら。


 廊下を行き交う者たちが足を止める。

 顔ぶれを見て、ああ、と納得したような顔になった。


 ――またエリザ王女が何か問題を起こしたのか。


 わたくしはぎゅっと手を握った。


「あのね、ロラン。小さな脳みそに刻みつけておきなさい。

 謝罪をするのは自由だけど、許すか許さないかも相手の自由よ」


「頭が小さいのはどっちだ、この性悪王女」

「侮辱罪よ」


「何もせずただ遊び呆けて。少しはアレクシア様を見習ったらどうだ」

「失礼ね! わたくしはお姉様より賢いわよ。ロセル建国叙事詩だって、六歳の時に暗唱できたんだから」

「今は?」


 ロランがせせら笑ってくる。


「アレクシア様は『君主徳義論』だって諳んじられるぞ」


 かっと頬が熱くなった。思わず手を振り上げる。


「――エリザ様。そんなことをなさっては、お手を痛めますよ」


 ルシアンだ。


「だって、このバカ犬が吠えてくるから」

「バカ犬とはなんだ」

「いくら幼馴染だからといって、王女にその口の利き方はいかがなものかと思いますよ? ベルナール君」


 ルシアンに見下ろされ、ロランの気勢が弱まる。


「……エリザ様の口の利き方だって」

「今は貴方の話をしています。論点をずらすのは感心しませんね」


 ロランは口をつぐんだ。


 胸のすく思いだった。

 ルシアンは頭がいいだけでなく、弁も立つ。

 王宮でこの男に口で勝てる者なんてほとんどいない。


 わたくしは頼りになる腹心に抱きついた。


「すごい、静かになったわ。ルシアンはしつけが上手ね」

「エリザ様、今日はお部屋で過ごされる予定だったのでは?」


 ルシアンが困った顔をする。


「勝手に出歩くことはお控えくださるよう、お願いしたはずですが」

「……今日は広間で会議をしていると聞いたから」


「ひょっとして、わざわざ私に会いに?」

「おまえのせいよ。こんな不愉快な目にあうなんて」


 わたくしは姉たちを睨み、こちらを見ている人々も睨んだ。

 ここは、楽しくない。わたくしの居場所がない。


「そんなに寂しい思いをさせていたとは知りませんでした。申し訳ありません」


 ルシアンはわたくしの額に口づけ、それなら、と提案していた。


「いっそ、今から私の屋敷に住まわれますか? 朝晩は必ず顔を合わせられますから」

「それはいいわね!」


 わたくしは手を叩いた。

 王宮を出てしまえば、不愉快な視線を浴びずに済む。


「待って」


 横やりを入れてきたのは、お姉様。


「婚約している仲とはいえ、それはいけません」


 お母様に似た口調が、癇に障った。


「おまえに指図されるいわれなんてないわよ!」


 わたくしはお姉様を突き飛ばし、その場を去った。



 イヤリングを落としたと気づいたのは、すぐだった。

 バカ犬――もといロランを打とうとした時に、手が当たった気がする。


 来た道を引き返したけれど、途中で足を止めた。

 お姉様とルシアンが、さっきの場所でまだ話していたのだ。

 わたくしはしぶしぶ柱の陰に身を隠し、会話が終わるのを待った。


「――ノワイエ侯。次期女王として、一言言わせていただきます」


 お姉様は胸を張った。

 珍しく威厳ある立ち姿だわ。


「エ、エリザのこと、教育係として、きちんと指導なさってください!」


 ……どもった。虚勢だったのね。

 対してルシアンは、流れるような仕草で頭を下げた。


「申し訳ございません、アレクシア王女殿下。

 至らぬ点をお詫び申し上げます」


「エリザの評判は、あなたの耳にも届いているはずです。

 なぜ改めさせようとなさらないの?」

「もちろん、憂慮しておりますよ」


 ルシアンは胸を押さえ、心が痛そうにする。


「ですが、殿下は繊細なお方です。頭ごなしに叱れば、かえって意固地になってしまわれる」

「なら、諭してください」

「ええ、折に触れて」

「その結果が、今なのですか?」

「人の気質というものは、一朝一夕には変えられませんから」


 のらくらかわすばかりの、実のない会話。

 お姉様は悔しそうに唇を引き結ぶ。

 馬鹿ね。ルシアンに口で勝とうなんて、百年早いわよ。


「改めないのなら、わたくしは陛下に願い出ますから。婚約の解消と、教育係の罷免を」


 ちょっと! 余計なことをしないでよ!


「だ、だいたい、おかしいのよ。

 エリザはわたくしよりずっと賢いのよ。人懐こくて、誰にでも愛される。

 なのに、こんな悪評が立っているなんて」


 お姉様は毅然とした目で、わたくしの教育係を睨みつけた。


「あなた、エリザに何をしたの?」


 さあっと、春に似合わない冷たい風が廊下を吹き抜けた。

 ルシアンの表情が、ほんのわずかに強張った気がした。


「――何もしておりませんよ。ただ、心のままに可愛がり、甘やかしているだけです」

「きょ、教育係なのに。それは職務怠慢です! やはり陛下に訴えます!」


 キャンキャン吠える姉に、冷ややかな声が落ちる。


「ご自由に。――でも、よくお考えになった方が良いのでは?」


 ルシアンは身をかがめ、囁くように言う。


「エリザ様があなたより賢く、魅力的になって、再び人々の心をつかんだら。

 困るのは、いったいどなたでしょうね?」


「誰って……」


「子どもの頃のエリザ様は、王宮の中心でした。

 王位継承者であるはずの貴女よりも」


 お姉様の肩がこわばった。

 ルシアンの顔は、ふたたび穏やかな微笑みを取り戻す。


「ですから私は、エリザ様を甘やかしているのですよ」


 血の気が引いた。

 わたくしに甘いのは、好きだからじゃなくて――お姉様のため?


 足元が崩れていくようだった。

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