1話 性悪王女エリザ
お姉様のドレスをずたずたに裂いて堀に捨てたら、お母様に離宮へ閉じこめられた。
理不尽だ。
何よ、ドレスくらいで。
本人を傷つけたわけではないのだし、いいじゃない!
元はといえば、お姉様が悪いのだ。
赤はわたくしの色なのに、それを選ぶから。
いつものように、おとなしく青を選べばいいものを。
姉は次期女王なのだから譲りなさい、ですって?
双子なのに。生まれる時間が、ほんの数分違っただけなのに。
たったそれだけのことで、どうしてわたくしばかり譲らなければならないの?
むしろ、生まれる順を譲歩してやったのだから、あとはお姉様が譲るべきよ。
ああ、気に入らない。
何もかも気に入らない。
離宮の部屋は広く、がらんとしていて寒々しい。
暖炉に火が入っていても温まらず、ベッドから出られない。
呼んでも、召使はこないし。
これも含めて罰という訳なのだろう。なんて意地が悪いの。
小さいころ、わたくしは王宮の寵児だった。
聡明で人懐っこいわたくしは、誰からも愛された。もちろんお姉様よりも。
ちょっといたずらしても、誰も怒らなかった。
むしろ笑った。かわいい妖精のいたずらだと。
でも、今では誰もかれもがわたくしから目をそらす。
わがままで横暴な姫だ、と。
どこがよ。
侍女を次々追い出す?
あいつらが悪いのよ。わたくしの前でお姉様のことを褒めるから。
お茶会に犬を乱入させた?
生意気な新参者が、いつまでたってもわたくしをお茶会に招かないものだから。
宮廷の礼儀を教えて差し上げただけよ。
わたくしは悪くないわ。
お母様は、お姉様に謝りなさいという。
そうでなければ、わたくしを蛮族に嫁がせるという。
本気でするとは思えない。
けれど……分からない。
国王であるお母様がそう決めたら、本当にそうなってしまう。
蛮族に嫁がされるなんて嫌だ。
でも、謝るのも嫌。
わたくしは苛立ちまぎれに、爪をきりきりと噛んだ。
「――そんなに爪を噛んで。せっかくの美しい指先が台無しですよ」
ノックもなしに入ってきたのは、美しい男。
月光を溶かしこんだような銀色の髪に、アメジスト色の瞳。
すらりと脚は長く、仕立ての良い服を隙なく着こなしている。
いつも柔らかな微笑を浮かべているけれど、本心は見えない。
謎めいた雰囲気がたまらない――と王宮の女たちは、こぞって見惚れる。
わたくしの教育係、ルシアンだ。
「遅いわよ、ルシアン!」
わたくしは枕を投げつけた。
おっと、とルシアンは危なげなくそれを受け止める。
「わたくしの窮地に、どこで油を売っていたのよ!」
「申し訳ございません、私の妖精姫。陛下に拝謁しておりました」
「お母様に?」
声が弾んだ。
ルシアンがお母様に会っていた用件なんて、すぐに察しがつく。
「わたくしは悪くないと説明してくれていたのね?」
「ええ。私はあなたの味方ですから」
ルシアンの両腕が、優しくわたくしを抱く。
王族に触れていい男など、本来いるはずがない。
でも、ルシアンだけは許している。
特別だもの。七つの頃からずっと側にいる、一番の腹心。
わたくしは口元に笑みを浮かべて、その胸にもたれかかった。
「どう? お母様は分かってくださった?」
申し訳なさそうに、紫色の目が伏せられる。
むっとして、ルシアンの胸から頬を離した。
「説得できなかったというの?」
「なにぶん今回のことは、王位継承者たる姉君の名誉に関わることですから」
たかがドレス一着のことなのに。
わたくしは口をへの字に曲げた。
「役立たず! わたくしが蛮族へ嫁がされても良いのね?」
「それは困ります。私が丹精込めてお育てした姫君が、汚らわしい蛮族の手になど」
「なら」
「ですので、条件を緩和していただきました」
「緩和?」
「先にお尋ねしますが、アレクシア様に謝罪なさる気は――」
「ないわよ。絶対」
わたくしはぷいと顔を背けた。
「おまえだって、あのドレスを褒めたではないの。
あれが良いといったじゃない。
あれは嘘?」
矢継ぎ早の反論に、ルシアンが苦笑する。
「いいえ。失礼いたしました」
「分かれば良いのよ」
ルシアンはむくれているわたくしの頬に、そっと触れた。
「で、どう条件を緩和したの。早く話しなさい」
「謝罪しない場合は、蛮族ではないところへ嫁ぐということに」
なるほど。少しはマシだわ。
でも、
「わたくしに見合わないような醜男は嫌よ。
顔立ちが人並み以上で、身分と財産があって、頭が悪くなくて、わたくしに逆らわない男。それが最低条件よ」
「私は、貴女の条件に合いますか?」
わたくしは目をしばたかせた。
「……なんですって?」
「侯爵家当主。背丈は人並み以上、財もございます。あなたに王宮暮らしに劣らない生活をお約束できますし、頭の出来も悪くはないつもりですが」
ルシアンの指が、わたくしの額にかかった髪をそっとのける。
「女王陛下は、私に貴女との結婚をお命じになりました。
それでは、いかがでしょう? ご不満ですか?」
不満なんて――。
本心とは裏腹に、わたくしはそっけない態度を取った。
「……まあ、いいわ。年が離れているのは不満だけれど」
十も年上だけれど、ルシアンは若々しい。
気持ちとは反対に、わざと離れた。
ベッドの上に座り直し、澄まし顔をつくる。
「あなたで妥協してあげるわ」
「光栄です。我が姫君」
ルシアンはわたくしの手に口づけた。
物欲しそうに、じっとこちらを見つめてくる。
「――あなたに口づけても?」
長い指が唇に触れる。
かあっと頬が熱くなった。
「……気が早いのね」
「この日を待ちわびておりましたので」
飾らない率直な言葉に、さらに身体が熱くなった。
「おまえ。不相応にも、わたくしとの婚姻を望んでいたというの」
「立場はわきまえておりましたよ。――願うことも、許されませんか?」
澄まし顔は、長続きしなかった。
破顔して、自分からルシアンに口づける。
「いいわ。許してあげる」
白状しよう。
わたくしはルシアンのことが好きだ。昔から。
他の女たちと同じように、ルシアンに惚れていた。
でも、彼は他人に対してどこか関心の薄いところがあるから。
愛想は良くても、本心はどうか分からない。そういう人。
だからずっと、好きだという本心をさらけ出すのが怖かった。
わたくしには特別優しかったけど、それが仕事だからという可能性は捨てきれない。
今や、わたくしに優しいのはルシアンだけだ。
もし本気の想いを伝えて、冷たくされたら――きっと、生きていけない。
「……浮気をしたら、許さないわよ」
ぼそっと釘を刺す。
結婚は家と家の取り決めで、やきもちなんて野暮なことだ。
でも、言わずにはいられなかった。
「しませんよ。愛しいエリザ。あなたは私の妖精、私の心臓、私のすべて」
二度目は、彼の方から口づけてくれた。
幸せだった。
諦めていた初恋が、そのまま実ったのだから。
彼に抱きかかえられて、離宮を出る。
――でも、その数か月後。
その幸せは砕かれた。
彼は裏切り者だった。
わたくしを王宮一の嫌われ者にしたのは、彼だったのだ。




