優しいひととき
私たちが皇都へ帰ってきてからはあっという間に、時が過ぎていった。
お父様が敗戦を受け入れたことで、主戦派だった貴族は実権を喪い私を支持してくれていた穏健派たちが政治の中枢へと戻ってきた。
そしてドレシュ先生が筆頭になって政治を、ライゼンが軍を再編していく。
「ふぅ……」
私は自室で思いっきり深呼吸をした。
主要な王族が二人に実権がなくなったおかげで私が事実上の最高責任者となり、決裁の判子を押しているの。
ドレシュ先生とライゼンの持ってくるものだからいちいち読まずに印を押しているのだけど、それでも量が量であり私の机は書類で埋まっている。
まったくもって大変な目に遭っているのだけど、これは私がすべきこと。
愚痴なんて言っていられない。
コンコン。
そんな時にノックの音が聞こえた。
「姫様、少々お待ちくださいませ」
「ええ、お願い」
待機していたメイドが対応に入る。
「姫様、アスタロス殿下がお越しです」
「通してちょうだい。その間外で待機してくれる?」
「かしこまりました」
再び、扉が開けられるとメイドと入れ替わるようにアシュ様がやってきた。
「どうだいフェルナ?……とはいえ相変わらず忙しそうだね」
「ええ、見ての通りです」
ちらりと机を見たアシュ様は私の苦労を察してくれたようで、それだけで嬉しく思える。
「父や兄の様子はどうですか?」
「お父上は大人しく自室で幽閉されてくれているが、兄君は暴れてくれてね。仕方なく牢に入ってもらっているよ」
「……兄が迷惑をかけて申し訳ありません」
「君が謝ることではないさ。それでだ」
アシュ様は微笑みから表情を一変させて、真剣な表情を浮かべた。
「とりあえずだが、周辺国と締結したことを君に報告しにきた」
「はい」
今は外交の主権はスイレースに預けてあり、長はアシュ様だ。
そこで決まったことに不服は申し入れられない。
どれほどの悪条件であろうとも。
「まずは領土の返還。以前までは周辺国のものであった領土は無償で返還される」
これは当然のこと。
何も問題ない。
「そして賠償金だが、各国への支払いはオルフェリアに代わりスイレースが支払うことにした」
「えっ……?」
「結構な金額になったよ。スイレースの五年ほどの収入がまるまる飛んでいくくらいね。それでもまあ妥当と言える金額なのだろうけどね」
「しかしそれではスイレースに負担が大き過ぎではありませんか?」
「当然だが、無償ではない。一年単位で返還してもらうつもりだ」
「それは当然です。どのくらいの期間でお返しすればよろしいでしょうか?」
「それも父上と相談した。その結果……」
私は息を呑んだ。
例えそれが十年だったとしてもかなりの国庫の疲弊を意味するから。
「千年以内に返してくれればいい。当然無利息だ」
アシュ様はにこりと微笑んだ。
「……えっ?」
私はその言葉を理解することに時間がかかった。
千年以内ってほとんど期限無しと同意じゃない。
それも無利息だなんて。
「家族となる皇家に対してそれくらいはさせてほしい。それとも足りなかったかな?」
アシュ様はいたずらっぽく笑う。
「そんなことあるわけないじゃないですか……」
「そう言ってくれると嬉しいよ。これで領土、賠償金の件は片付いた」
「しかし、よく納得してくれましたね?私が思うにかなりの好条件ですよ?」
「ああ、そこは私が強権を使った。貴殿たちを救ったのはスイレースであること。そこを十分に考慮していただきたいと言ったら各国ともに納得してくれたよ」
「それは少しやり過ぎなような気もしますが、オルフェリアの為にそこまでしてくださってありがとうございます」
「オルフェリアの為にやった理由ではない」
「……それでは何の為に?」
「もちろん、君の為だ。そこは察してほしいところなのだが……」
「も、申し訳ありません……」
「いや、構わない。ただ、そのかわりと言ってはなんだが、ほしいものがある」
「何でもおっしゃってください。ただ、私があげられるものであればですが」
「それでは……」
アシュ様は私の近くまでやってくる。
一歩、また一歩と近づいてきて、身体が触れそうなほどまで。
端正な顔立ちのアシュ様が、こんなに間近で感じられるなんて……
かなり気恥ずかしい。
「……もらってもいいかな?」
ここまできて察せられない私ではない。
「はい……」
その言葉と同時に、アシュ様は私の身体を引き寄せた。
私もアシュ様の腰に手を回す。
そして……
お互いの唇同士が、触れ合った。
触れ合うだけの優しいキス。
「……もっと欲張りたいところだが、ここまでにしておくよ」
私も本音を言えばもう少し、アシュ様を感じたかったけど全てが終わったわけではない。
「いずれその時がくれば、君の全てをもらい受けたい」
「……はい。お約束します」
「ありがとう。私にとって何よりの言葉だ」
アシュ様はそう言うとそっと私を抱きしめてくれた。
私はその優しさに包まれ、温もりを感じる。
ありがとうございます。
アシュ様。




