人ということ
どれくらいお父様と話をしたのだろう?
これほど話をしたのは私が生まれて初めてかもしれない。
そう思えるほどの長くもあり短くもある時間に、私はオルフェリアの今後を語った。
オルフェリアは滅亡させないこと。
スイレースと同盟を結び、一緒に繁栄していくこと。
周辺国とは盟約を結んで新しく国交を育むこと。
主戦派だったものたちは官位を下げることはするけど、粗末な扱いはしないこと。
そのようなことをお父様は静かに聞いてくれた。
「ディフェルナは、それらを達成できると思うのか?」
「はい」
「そうか……ならば私に異論はない。スイレースに降るとしよう」
お父様からは一切の反論もなく、あっさりと頷いた。
「そのように簡単に決めていいのですか?ここには十分な兵力があり、まだまだ継戦も可能だと思います。それなのに……」
「何を言う?ディフェルナは私を説得しにきたのだろう?これで達成ではないか」
「そうなのですが……」
私はここで自分でも知らない気持ちに気づいてしまった。
父に生きていてほしいのだと。
母を愛し、兄と私を愛してくれた父にもって生きていてほしい。
その思いが思考と相反してしまうのだろう。
「ふふっ、ディフェルナは優しいな。母とよく似ている」
「お父様……」
「さて、皆のものに告げるとしよう。私はスイレースに降る、と。爺よ、準備を頼む」
「はっ……」
どこか吹っ切れた様子のお父様と悲しげな老騎士。
「……どうしてお父様は戦い続けたのですか?」
思わず言葉が出てしまった。
「戦いを終わらせることは始めることよりも難しい。だから簡単な方へと流されていっただけだ。オルフェリアか敵対国。どちらかが滅びれば、戦争は自然と終わるのだから」
お父様はそう言った後に、頭を掻きながら言葉を続けた。
「なんていうのはただの理由付けだ。私の考えはもっと単純だ。若かりし頃の私は生きたかったのだよ。まだ幼いお前たちと妻と」
そうだった。
和睦の条件として首を求められるのは十分に考えられる。
実際、私たちもそれが終戦の条件だと思っている。
父も受け継いだ戦争で死にたくなかったんだ。
「酷い皇だろう?民には税と死を強要しておいて、自分は死にたくないなどと言っているのだからな」
生きたい。
ただそれだけの想いを否定なんかできるわけがない。
「いいのですよ、お父様。それが人というものです」
「……フェリス」
お父様から溢れた名前はお母様のものだった。
「ふふっ……まさか同じ言葉をもらうことになるとはな」
「お母様が私と同じことを?」
「ああ、泣く私を抱きしめて言ってくれた言葉だ。誰にも言うでないぞ?」
「ええ、もちろんです。約束です」
「……ははは!ああ、約束だ!」
お父様は手で顔を押さえる。
その隙間からは涙が溢れていくのが見て取れた。
覇王と呼ばれていても、ただの人なのね……
「陛下、準備ができました」
「そうか。それではなディフェルナ。また後で会おう」
「はい、お父様」
こうして私たちの面会は終わった。
その後、私はすぐにヒグレシアを出てアシュ様の元へと戻っていく。
兄であるベクアールとの面会とは違い、重い足取りで。
「アシュ様、ただいま戻りました」
「フェルナ!よくぞ帰ってきたな!」
アシュ様は私の手を両手で取り、明るい表情を見せてくれた。
それに対し私は上手く笑顔を返せない。
「交渉が上手くいかなかったのか?」
そのことを機敏に察したアシュ様が問いかけてくる。
「いえ、交渉は上手く行きました。後ほどお父様は兵を率いずにやってくるでしょう」
「ならば良かったではないか」
その何でもない答えが、私の心に鋭く刺さった。
「ええ。これで父が死に平和が訪れるのですね」
「あっ、いや……そういうつもりではなかったのだが……」
「いえ……私も覚悟してきたつもりでした……でも……」
幼い頃の記憶が今更になって蘇ってくる。
父がいて、母がいて、兄がいて、私がいる。
そこには笑顔しかなかった。
「やっぱり……悲しいです……」
私の頬に伝うものがある。
「すまない……フェルナ……すまない……」
アシュ様の言葉はとても弱々しく、そして私を抱きしめてくれるその腕も、そっと触れるように優しいものだった。




