最後のワイン
「……陛下」
「うむ」
オルフェリアの皇、ダクトレスは副首都であるヒグレシアの都の別邸にて老齢の騎士から報告を受けた。
「ベクアール様の軍は壊滅し、ディフェルナ様率いるスイレース軍に捕らわれたようです……」
「そうか」
「散り散りになった兵士を集めてはいますが逃亡する者も多く、今では三万ほどだと計測されております……」
ダクトレスはその報告をまったくの無表情で聞き、焦りも苛立ちも何も感じているようには思えない。
そのことが老騎士には理解できなかった。
「……なぜ陛下はそう落ち着いていられるのですか?」
「私は、戦うことしか知らない。我が父から受け継いだ戦争も終わりが見えてきたことに、安堵に似た何かを感じている」
「陛下……」
ダクトレスが幼い頃より支えてきた老騎士は思った。
もしや、陛下は戦争が嫌いだったのではないかと。
父王から期待され、我々も覇王だと大いに祭り上げた。
そのことが重荷になっていたと……
「陛下……申し訳ありません……」
「なにも謝る必要はない。私が歩んだ道だ」
ですが、その道は我々が勝手に舗装した道。
陛下が歩みたかった道は、違う道だったはず……
こんな歳になり、追い詰められて初めて陛下の気持ちがわかるとは……どれだけ愚か者だったのだろうか……
老騎士は涙を流す。
「ベクアールには悪いことをした。皇子だからと愛国心を叩き込まれ、あれほどオルフェリア至上主義となってしまうとはな。もう少し気遣って話すべきだった」
皇王と言って実権はほとんどなかった。
決められたことを承認するのみ。
そんな中で唯一といっていいほどに決めたことは、ディフェルナの教師。
穏健派であるドレシュに教育させてやってほしいと求めたことだ。
それは意外にもあっさりと通った。
姫であるディフェルナにはそれほどの重要性を見出せなかったのだろう。
「ディフェルナは、母に似たのだろうな。容姿も性格も強さ、よく似ている。お前たちにとっては邪魔な存在であっただろうがな」
「……そうですな。姫様の存在は頭の痛いものでした」
一部では暗殺を考えるほどに……
「だからさっさと外にやったのだ。あれが私ができる唯一ディフェルナを守る手段だった。それがまさか軍を率いてやってくるとは思わなんだぞ」
「陛下、楽しそうですな……そのようなお顔、何十年ぶりでしょうか」
「ああ、楽しいぞ。それに婿の顔を見ることができそうだ。じっくりとな」
その言葉で老騎士は悟った。
陛下はもはや戦うつもりはないということに。
「さて、じいよ?一緒に飲まないか?」
「ええ……どこまでもご一緒させていただきます……」
トクトクトク……
二つ用意されたグラスに、老騎士がワインを注ぐ。
「それでは、乾杯」
チン。
グラスのぶつかり合う音が、静かに響いた。
「ああ……美味い」
ワインを口にしたダクトレスの顔には、晴れ晴れとした表情が浮かんでいるのだった。




