逃亡者ベクアール
「ようやく見つけたわ!のろま共め!」
ベクアールが夜通し馬を飛ばし、日が周囲をゆっくりと照らし出そうとする。
そんな時に彼の視線の先には大勢の歩兵が見えた。
ようやく味方と合流できる。
その安心が彼の目を曇らせていたことで不用意に近づいてしまった。
「なっ!?兵士の装いが違う!?」
油断しきっていた彼が気づいた時にはもう遅かった。
「リアス様!前方にオルフェリアの騎兵が一騎現れました!」
「そうか、捕らえよ。情報を吐かせる必要がある」
「はっ!」
ベクアールに向けて十数の騎兵がやってくる。
「たかが十数騎くらいで止められると思っているのか!」
ベクアールは加護を発動させた。
だが、高揚するような万能感が湧いてこない。
「な、なぜだ!?」
発動しない理由がわからない。
考えられる原因は疲労、魔力不足、もしくは心が折れているのか。
しかし、ベクアールにはわからない。
自分が加護の発動条件や限界などを調べていなかったから。
そして彼が動揺している間に、スイレースの騎兵に包囲される。
「この私が貴様ら如き雑兵にやられてたまるか!」
ベクアールは大振りに上段から剣を振るった。
キィン!
だが渾身の力を込めた一撃は軽々と受け止められてしまう。
そして、
「ふんっ!」
ベクアールの剣は打ち払われていった。
そのことで彼は呆然とする。
なぜこんなことに……私は最強だったはず……
「よし。縄で捕縛するぞ」
その間に彼はあっという間に縄で縛られ、スイレースの捕虜となった。
そうしてベクアールがリアスとルヴィアの前に引き出される。
「貴様は誰だ?どうしてここにいる?」
草原に立つリアスが問うが、座ったままのベクアールは答えない。
「これはライゼン殿をお連れした方が早そうね?」
「ああ、ルヴィア。連れて来てくれるか?」
「ええ」
ルヴィアが離れた後も、ベクアールは何事も喋らない。
ただひたすらに呆然と空を眺めていた。
私はなぜこのような無様な姿で縛られている?
なぜだ……?
なぜ……?
なぜ……?
いくら考えてもベクアールは理解できなかった。
「なぜ……私が……」
ぐるぐると思考が堂々巡りをする中で、つい口から溢れてしまう言葉があった。
「貴様は負けたんだよ」
その呟きにリアスが応じる。
「負けた?……負け……?どういう意味だ?」
「そのままの意味だが?」
「バカなこと言うな。誰だ?貴様は?」
「そう問うのなら貴様がまず名乗れ」
「私は……」
ベクアールはこの状況で自分の名前を名乗ることなどできなかった。
皇子である自分が雑草の上で縛られて名乗るなどできるか!
その思いで、ひたすらに唇を噛んでいた。
「お待たせしました」
「いいえ、ライゼン殿。ご足労ありがとうございます」
「この人物なのですが、誰かわかりますか?」
リアス、ルヴィア、ライゼンが並びベクアールを見下ろす。
「……ベクアール殿下ですね」
「なんと!この方がオルフェリアの皇子だったのですか!?」
「ええ、間違いありません」
「貴様!確かディフェルナの護衛だな!?オルフェリアを裏切ったのか!」
「私はオルフェリアの騎士である前にディフェルナ様の騎士。裏切ってなどいませんが?」
「そのディフェルナがオルフェリアを裏切ったのだ!スイレースを操ってな!この侵略国家が!」
「あなた、本気で言っているの?散々侵略していたのはあなたの国じゃない」
「女如きは黙って家で飯でも作っていろ!」
「いやいや、一国の皇子がこの有様ですか。ディフェルナ様が命を賭してスイレースに直談判をするわけですね。あなたみたいな方と話し合いができると思っていた我々は、平和ボケしていたと言われても仕方ありませんな」
「黙れ!侵略者どもが!それに我が軍はどうした!まだ来ないのか!」
「ああ、あなたの軍ですか?とっくに討伐済みです。一部は反抗しましたが、ほとんどの兵士はライゼン殿の説得に応じてくれましたので」
「オルフェリアの精強なる騎士たちがスイレースに負けただと……?」
「精強とはいえ、背後から追撃を受けている中で我々と戦えば壊滅するに決まっているでしょう?」
ここに来てベクアールの希望は完全に絶たれた。
「さて、オルフェリアの皇都へ向かいましょうか?ディフェルナ様が待っていますよ」
「ディフェルナ……」
「ディフェルナディフェルナディフェルナディフェルナディフェルナディフェルナディフェルナディフェルナディフェルナァァァァァァ!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!」
ドゴッ。
リアスは剣の鞘でベクアールの頭を殴った。
「そんな無駄口は叩かないでくださいね。これからは長い旅になりますよ?あなたにとってはね?」
「一応、皇子だぞ?もう少し丁寧に扱った方がいいのではないか?」
「ルヴィアに下劣なことを言う輩に敬意を表する必要はないでしょう?」
「そうか、ありがとう」
「いえいえ、お気になさらずに」
リアスとルヴィアが微笑み合う中で、ライゼンはにこやかに笑った。
「なにやら良い雰囲気ですな。若いとは羨ましいことです」
「か、からかわないでいただきたい!」
「そ、そうですよ!」
慌てるリアスとルヴィアを見て、ライゼンはさらに笑うのだった。




