恩師
───オルフェリア皇国、内務大臣室内───
内政官のトップである宰相、ドレシュ・ダ・フェイルークは頭を抱えていた。
度重なる出費に物資の要請。
その書類の山が彼のテーブルに積まれている。
御年、六十になる彼は真っ白に染まったロングヘアーが特徴で、皺が刻まれた顔には苦労のせいか自然なものか白い眉が垂れ下がっていた。
「まいったのぉ……」
彼は誰もいない室内で静かにつぶやいた。
周囲を見ても彼に反応するものはおらず、背後の窓からフワッカーテンを揺らすのみだ。
そして老人は今のこの国の現状を嘆いていく。
「姫様がいらっしゃればここまでのことはなかったのじゃがな……」
オルフェリアの中では反戦派の旗頭であった姫様がいなくなり、主戦派が大手を振り始めた。
このことにより日和見主義だった者も参戦を表明し、反戦派も参戦をしなくてはならない様相となってしまっている。
「陛下はああ見えて姫様を愛していらっしゃいましたからな。姫様を追放することで覚悟を決めなさったのじゃろう」
それにしても頭が痛いのは王子派じゃ。
彼らは若い集団で派閥を組み、陛下の意向を無視して残虐な行いが目立つ。
陛下もそれには頭を悩ませているのじゃが、戦果は素晴らしいもので深く釘を刺すことはできないでいらっしゃる。
姫様が抑えとなっていらっしゃったが、これで殿下も思う存分に前線へと赴くじゃろう。
そうなれば相手国の民や兵にどのようなことをなさるかわからない。
そうはならないようにしてほしいが、負けろとも思えん。
オルフェリアの兵たちが傷つくことも辛いのじゃ。
「姫様……わしはどうすればよいかのぉ……」
わしは瞳を閉じると、姫様の小さな頃を思い出す。
あれは、姫様の部屋で歴史の勉強を教えているときだったかのう?
まだ内務大臣の職をいただいておらず、姫様の家庭教師という立場じゃった。
「ドレシュ。私、侵略戦争はいけないことだと思うの」
わしは目を丸くした。
まさか十歳にもならない姫様がこのような意見をおっしゃるとは思わなかったから。
「姫様、そうおっしゃいますが侵略という行為ではございません。あくまでも大陸統一という救済を果たし、平和の為に行っていることであります」
自分が詭弁を言っていることはわかっている。
それでもわしにはこの国を否定することはできんかった。
「平和を求めるというのなら現状で満足するべきです。いたずらに他国の領土を侵し、両方の民を疲弊させるのはただの詭弁よ」
矛盾を躊躇なく指摘されたわしは、涙をこぼした。
「ド、ドレシュ?どうしたの?」
「いえ……何でもありませんよ、姫様」
「なら、いいけど……私はこの国を止めてみせるわ!そのためにもいっぱい勉強しないといけないから、よろしくね!」
「もちろんです」
それからわしはいろいろなことを教えてゆくことになるのじゃが、姫様はすさまじいほどの吸収力を見せた。
一を教えれば十を知る。
まるで圧倒的な知識の土台があるように思えた。
その中でも一番の興味を抱かれたのは魔法お呼び魔法工学についてじゃった。
この国では未だに研究がスイレースに追いついていない魔法工学に興味を持った姫様はご自身でもいくつかの発明を行った。
それらはスイレースの画期的な品と同等以上なもの。
わしや周囲の人間は大いに驚かせられたのぉ……
姫様……スイレースでは無事に過ごせていらっしゃるじゃろうか?
無理はなさっておらぬといいのじゃが……
出来ればオルフェリアの脅威を知らしめ、防戦に力を込めるように働きかけてくれると嬉しく思いますぞ。
このドレシュ、できうる限り戦争を食い止める為に力を尽くします。
いずれまた、お会いできることを祈って。




