第九話 デートにはトラブルがつきもの
「しかし、こう人が多いと、母親探すのも難しいですね」
女の子をあやしながら、ステラがフラビオに話しかける。大勢の人が行き交う露店市の雑踏、この中から一人の人間を探すのは確かに至難の業だ。
「フラビオさんの探知魔法で何とかなったりは?」
「ここにいる全ての人間が反応として返るだけだな」
さすがに魔法も万能ではない。人間か魔物か、魔物ならどの程度の相手か程度の判別はつくが、人間の大小は分かってもそれだけである。
「ん、でも待てよ。もしこの子の母親が、この子を探し回ってるなら、不自然な動きをする反応を追えば、もしかすると出会えるかも、だな」
少し考えて、やらないよりはましだろうという結論に達した。
「おじさんがお母さんを探してみる。心配するな」
フラビオは女の子に声を掛け、探知魔法を発動させた。
「サーチ」
魔法の反応がびっしりと返ってくる。ここにいる人間全てが探知対象になってしまうからだ。そこまでは予想通りで、その反応の中から不自然な動きをしている者がいないかを探っていく。予想以上にこれが骨の折れる作業で、とにかく人がごちゃごちゃと動き回る反応が返るので、どれもが怪しく感じてしまう。しかし、よくよく反応をたどっていくと、ふらつくように不自然な進路を取りながら歩く人間の反応を見つけた。今の通りより、一本先の通りからだった。
「妙な動きの反応があった。人を探している感じにも見える動きだった。まずはそこを当たってみよう。違ったらすまん」
フラビオが先に行き、反応があった場所へと急ぐ。その後ろを女の子の手を引いてステラがついて行く。人が多いので避けながら進むのも面倒だ。それでも着実に目的地周辺へと近づいていく。
すると、子供の名前を呼ばわる女性の声が聞こえてきた。
「アイナちゃーん、アイナちゃん、どこー」
「あ、お母さんだ」
女の子にも母親の声が聞こえたようだ。三人でその声のする方へ向かう。
やがて、あちこち見回しながら、繰り返し子供を呼ぶ女性を見つけた。
「お母さん!」
「あ、アイナちゃん」
女の子が母親の元に走り寄り、ぎゅっと抱き着く。不安だったせいで、再び泣き出してしまった。
「良かった、お母さん、見つかった」
「ごめんね、ちょっと手を離したばっかりに」
二人で抱きしめ合って、無事に合流できたことを喜ぶ。
「このおじさんとお姉さんが助けてくれたの」
女の子がフラビオとステラを指し示す。母親が立ち上がって、二人に深々と頭を下げた。
「それは何とお礼を申し上げて良いやら。とにかく、ありがとうございました。本当に助かりました」
こういう時は愛想のいい方、つまりステラが返事をするのが良いだろう。フラビオが目線でそれを促すと、ステラが返事をした。
「いいんですよ。困った時は助け合いです。それより、この後は気を付けて下さいね。アイナちゃんもお母さんと離れないようにね」
「うん、分かった。ありがとう、お姉ちゃん」
「はい、気を付けます。本当にありがとうございました」
二人が手を振って立ち去る。ともあれ一件落着である。
ステラが笑顔でそれを見送った後、ふうと息をつくと、不機嫌な表情になった。
「どうした、何で急に機嫌が悪くなったんだ。良かったじゃないか、無事に迷子の母親が見つかって」
フラビオがそう言うと、ステラは首を振った。
「それは良かったんだけど、何気にフラビオさんはおじちゃんで、私はお姉さん呼びだったでしょ。なんか納得いかない」
そこに引っかかるのか。内心でおかしくなり、フラビオは危うく吹き出しそうになった。でも、もし笑えば、余計にステラが怒るだろうと、普通に返事をした。
「まあまあ。俺がおじさんなのは事実だからさ。俺も自分であの子にそう言ったしさ。でも、代わりに怒ってくれてありがとうな」
「そんな事言わないの。フラビオさん、まだ三十二才でしょ。十分お兄さんで通用するわよ。それもこれも自分次第だから、頑張って」
励まされてるのか責められてるのか微妙なところだ。まあ、言いたいことは分かったので、ここは一つ納得したことにしておく。
「そうだな。気の持ちようは大事だな。分かった。気を付ける」
なんか会話が妙な方向に行ってしまったが、ステラもこれ以上話題を広げる気はなく、話を切り替えた。
「とにかく良かったわ。私達も露店巡りに戻りましょ」
そうして二人は露店巡りに戻るのだった。
乾物は人間の英知の一つだ。干すことで保存性が増すだけでなく、味が濃くなったり旨味が増したり、いろいろな変化がある。二人が立ち止まっていたのはちょうどその乾物を扱っている露店の目の前だった。
「干したキノコ、干した果物、干した野菜、うーん何でもあるな」
「ダンジョンの携帯食にも使ってるんですよね」
「ああ、かさばらない割に栄養はあるらしいからな。ただ、腹が膨れないのが難点だけどな」
「フラビオさんは、連続で何日くらい、ダンジョンに潜ったことがあるんですか」
「三日だな。食料はともかく、水が不足する。水は何だかんだとかさばるから、そんなに大量には持ち歩けないんだ」
「なるほど。フラビオさんはそんな苦労もしてたんですね」
そんな風に、ちょっとしたことで会話を楽しんでいた。
古着屋では、工房での服飾生産を見てきたこともあり、服を作る大変さを実感していたので、それを再利用することの利点も改めて実感できた。
古物商では、何に使った物なのか分からないような、不思議な物まで置いてあった。何より目を引いたのは時計で、結構大きな柱時計が金貨五枚で売っていた。時計は精巧な部品を組み合わせて作るので、新品は金貨十枚以上と高額なのが相場だ。これでもかなりの値打ち品である。
「こんな露店市で、時計が買えるような人、いるのかな」
「どうだろ。案外、金持ちが道楽で遊びに来て、買ったりするのかもな」
売り物を冷やかしていたかと思えば、焼き菓子の店で買い食いもした。
「いいですね、焼き菓子。サクッとしてほんのり甘くて」
「これも携帯食に便利なんだ。たまにだけど持ち歩くことがあるな」
「確かに便利ですね。私達だとお茶菓子のイメージですけど」
ドスン。
その話の途中で、一人の少年がステラにぶつかった。
「あ、ごめんなさい、大丈夫?」
ステラはすぐに反応し、ぶつかってきた相手に声を掛けた。
するとその少年も、申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
「僕の方こそごめんなさい。お姉さん、どこか痛くしてませんか」
素直そうな十一、二才の少年だった。本当に不注意だったのだろうと、ステラは少年に優しく声を掛けた。
「ううん、大丈夫。君も気を付けてね。ここは人が多いから」
少年が再び頭を下げる。
「ありがとう。気を付けるよ。それじゃあ」
少年がそう言って立ち去ろうとする。その襟首をフラビオが捕まえた。
「そうはいかない。ちゃんと返せ」
フラビオが冷たく言う。
少年が固まっていると、追い打ちをかけるように言った。
「だから、取った財布を返せって言ってるんだ」
え、とステラが驚く。肩から下げたポーチを見ると、確かに閉めたはずのふたが開いていて、財布がなくなっていた。
「……」
少年が無言で懐にしまった財布を差し出す。確かにステラの物であった。
「さて、どうするかな。騎士隊に突き出そうかな」
フラビオが冷たく言い放つと、さすがの少年も慌て出した。
「ご、ごめんなさい。悪気はなかったんです。つい出来心で」
「出来心で、こんなに手際良く財布は取れないだろ。いつからやってるんだ、こんなこと」
「い、一年くらい前から、です」
「そうか。そんなに長くやってるのか。じゃあ、そろそろ罰を受けるべきかもしれないな。騎士隊に行こうか」
少年には厳しい言葉だった。厳罰を受けることを怖れ、少年の顔色が真っ青になる。悪事は必ず罰せられるのだと、改めて気付いた様子だった。
ステラも少年が哀れになり、かばおうと言葉を発した。
「フラビオさん、それはちょっと……」
「罰を受けるべき時に受けない方が、この少年にとっては不幸でしょう。心を入れ替える機会を失えば、そのまま悪の道に入るだけです」
フラビオの言葉は厳しいが、一理あるとステラも思わざるを得なかった。少年も首をうなだれて表情が後悔で一杯になっていた。
「後悔しているようだな。なら、もし二度と盗みはしないと誓うなら、今回に限り許してやってもいい」
「ほ、本当ですか」
「言っておくが俺は魔術師だ。お前が約束を破って、またこんなことをするようなら、必ず捕まえに来るぞ」
そう言ってフラビオは指先に火を灯して見せた。紛れもない本物の魔法を見て、少年が心の底から震え上がった。
「分かりました。もう盗みはしないと誓います」
「いいだろう。なら、これはお前が真っ正直な人間になる記念に、祝いとしてこれを贈ろう。これからは真面目に働けよ、少年」
フラビオは銀貨一枚を取り出すと、少年の手に握らせた。
「もらっていいんですか?」
「二度と悪事をしない祝いだ。遠慮なく受け取れ。真っ当に働いて、良い人間になることを信じてるぞ」
フラビオは始終厳つい表情のままだった。わざとである。少年が心を入れ替えられるよう演技していたのだった。
「ありがとうございます。約束は必ず守ります」
そう言って、深々と礼をすると、少年は立ち去っていった。
少年の姿が見えなくなってから、フラビオは表情を緩めた。
「俺も甘いですかね。でも自力で更生して欲しいのは確かですよ」
「なかなか名演技でしたね。私もすっかり騙されました。最初から騎士隊に突き出すつもりはなかったんですね」
「ええ。まだやり直せる年でしょう。あとは信じるだけです」
我ながらお人好しなことだとフラビオはそう思う。だが、あの少年も、きっとよりよい未来をつかみ取るだろうとも思っていたのだった。
それからしばらくの間、二人は露店市を見て回ったが、たくさん歩き回ったところで一休みしようという話になった。
「商店街に戻って、喫茶店でのんびりお茶でも飲もうか」
今回は珍しくフラビオの側から提案した。さすがに全てステラ任せというのも情けなさ過ぎる。
「いいですね。フラビオさんも気が利くじゃないですか」
「うーん、言うと思った。でもまあ、お茶休憩くらい、俺でも思いつくよ」
「やっぱりフラビオさんっていいですね。その人柄、私は好きですよ」
ステラにそう言われたフラビオは、さすがに少し驚いた。軽い意味のようだが、それでも好意の対象になるのは少し気恥しかった。
「ありがとう。俺も、そうやって率直に自分の考えを話してくれるステラさんのこと、好きですよ」
さすがに少し緊張しながら、口調も硬くなりながらだったが、フラビオも正直な思いを伝えることができた。内心冷や汗ものではあったが。
ステラが笑顔を見せた。
「うれしいです。これからも仲良くしてくださいね」
「もちろん。こちらこそ、よろしく」
そんな甘い会話をしていると、またもトラブルが起こった。
今度は三人組の男が近づいてくるなり、絡んできたのである。
「よおよお、昼間から見せつけてくれるじゃねえか」
「こんな美人連れて、うらやましいねえ」
「俺達もあやかりたいもんだな」
この種の輩はどこにでもいるものだなと、フラビオは心の中でため息をついた。無視して通り過ぎようとしたが、三人が行く手を阻んだ。
「何だよ、俺達を無視するんじゃねえよ」
「なあ、おっさん、そのお嬢さん置いてどっかに失せなよ」
「代わりに俺達がお嬢さんの相手をしてやるからさあ」
男達がにやにや笑いながら、二人にしつこく絡んでくる。
ステラが先に腹を立てて、男達に言い放った。
「邪魔しないで。失せるのはあんた達の方よ。この人はね、こんな見た目でも、王国で一番強い人なんだから」
こんな見た目とか、余計な一言もあったが、明らかな挑発である。おいおい、そんなこと言っていいのかとフラビオも思ったが、どの道穏便には済みそうにないので、これはこれで良かったのかもしれない。
男達が余計に笑った。
「この男が王国一? 笑わせるなよ。そんなわけないだろう」
「そうだぜ。嘘をつくなら、もっとましな事言えよ」
「何なら、その王国一の強さっての、腕ずくで証明してみせろよ」
フラビオは大きくため息をつくと、遠慮を捨てて言い返した。
「腕ずくで証明ね。お前達みたいな弱い連中が相手じゃ、証明にはならないが、何だったら試してみるか。どうだ?」
挑発を返されて、男達が鼻で笑った。
「いいだろう。じゃあ、試してやるぜ」
商店街に向かう道の途中である。他にも通行人は何人もいたが、男達は構わず殴り掛かってきた。
一人目の拳をフラビオが簡単に避ける。続く二人目の拳を軽く手で打ち払い、軌道を変えて逸らす。三人目の拳を叩き落す。そして三人の額に、指でちょんちょんちょんと触って見せた。
「な、こんななりだが、俺はお前達より強い。分かったか」
「そ、そんなはずはねえ。まぐれだ。今度こそ叩きのめしてやる!」
三人の攻撃はしつこかった。避けられても叩き落されても、繰り返し拳を振るってくる。ただ、速度も威力もない。魔物の攻撃に比べれば、何ということもなかった。
フラビオは何十発もの攻撃を、全て避けるか叩き落すかしていた。いつも間にやら、周囲では野次馬が遠巻きに眺めていた。
男達の方が逆に疲れて、息を切らせていた。
「こ、こいつ、バケモンだ」
今さらのように、男達がフラビオの強さを実感し、怖れた。
そこへ街中を巡回していた騎士が二人、駆けつけてきた。通行人の通報があったのだろう。
さすがの男達も、自分達だけが殴り掛かって全て防がれました、などという言い訳が通じないことは分かっている。
「覚えてろよ」
これまた定番の台詞を残して、男達が逃げ去っていった。
騎士達はそれを追うことはなく、代わりに二人の安否を尋ねた。
「ご無事ですか。何があったんです?」
ステラがフラビオに代わりに応対した。
「ええ、大丈夫です。何ともありません。質の悪い三人組に絡まれたんですが、私の連れが見事に追い払ってくれました」
「そうですか。来るのが遅くなり、申し訳ありません」
「いえ、騎士様方もお仕事ご苦労様です。面倒な輩って、どこにでもいるものですね」
「そうですね。ともあれ無事で良かった。では、私達は巡回に戻ります。失礼します」
騎士達が立ち去ると、ステラが笑顔でフラビオを労った。
「お疲れ様。っていうほどでもなかったですね。フラビオさん、強いし」
「まあね。でも、ステラさん、王国一って、ずいぶん派手に吹いたなあ」
「だって事実でしょ。こういうのは遠慮してもしょうがないですよ」
フラビオが苦笑した。確かにメイジとしては王国一かもしれないという自負が彼にもある。しかし、他人に言いふらすことでもないだろう。
「さ、お茶にしましょ。ケーキも頼んでいい?」
「もちろんだ。俺もたまにはそういうの食べようかな」
こんな小さなトラブルには全く動じない二人であった。
それから二人は一軒の喫茶店に入り、ケーキと紅茶を注文した。
「楽しいデートでしたね。いろんなことが起きて、新鮮でした」
席に着くなり、ステラがそう言ってきた。本気でそう思っているようで、確かに楽しそうな表情をしていた。迷子にスリに絡んできた男達。トラブルの連続だったのに、それが楽しいと言えるステラは、見た目以上に肝の据わった女性だった。
「まあ、結局、全部無事に解決したしな。ダンジョンでは味わえないトラブルばかりで、面白いと言えば面白かったかもな」
フラビオもそんな言葉を返した。その余裕のあるところ、器が大きいところを、ステラは一番気に入っているのだった。
しばらくして、紅茶とケーキが運ばれてきた。
まずは紅茶を一口。香り高く、ほんのり旨味のするおいしいお茶だ。ケーキの方も、しっとりした生地にクリームとフルーツが調和して、甘くてうまいが甘すぎない、ちょうどいい塩梅であった。
「デートの締めにちょうどいいですね。二人きりでおいしいお茶とケーキ、とても幸せです」
「満足してくれてるみたいで良かった。というか、俺みたいなおっさん相手でも楽しめるんだから、ステラさんも器の大きな人だよな」
ステラがまた笑った。今日一日、この娘の笑顔がたくさん見られたと、フラビオは思い返した。本当に楽しんでくれたんだなと思う。木犀園でもそうだが、他人が喜んでくれると自分もうれしいのだと、再確認していた。
「器は関係ないですよ。フラビオさんと一緒だから楽しいんです」
ステラが真っ直ぐに思うところを伝えてきた。本気なのは十分に伝わり、フラビオもうなずいた。
「今日はありがとう。俺もステラさんと一緒なのは、本当に楽しいよ」
「また、時間がある時、こうしてご一緒しましょうね」
「分かった。またこうやって楽しく過ごそうな」
フラビオも大真面目で答えて、無事にデートも終わりになるのだった。
街中でのトラブル編です。普段はダンジョンで戦闘ばかりで、あまり世慣れていないフラビオですが、特に問題もなく解決できています。人間相手のトラブルくらいじゃ動じないフラビオです。そんな器の大きさに、ステラは惚れたということなのです。




