第八話 王都でデート
翌日、フラビオは目を覚ますと、まずは顔を洗いに井戸端へと向かった。
そういや、今日はステラさんに誘われてたんだっけ。それを思い出しながら外へ出て顔を洗い、ついでに水を飲む。ダンジョンに潜らない日はとても少ないので、新鮮な気分である。
「気分転換ってやつだな。たまにはそういう日があってもいいよな」
またも独り言をつぶやいて、部屋に戻って着替えなど身支度を整える。
それからギルドを出て、近所の料理屋へ。ギルドでは食事の提供はないので、朝食も店で取る必要があった。
パンとウィンナー、ベーコンエッグにサラダとスープという、ごく普通の朝食を頂き、腹を満たす。これで銅貨八枚。銅貨五十枚が銀貨一枚だから、フラビオの稼ぎからすれば微々たるものである。
それから時間まで軽く読書をして過ごす。ここ何年かは歴史書の類を好んで読んでいた。そのため、オルクレイド王国の勃興と隆盛について、ずいぶん詳しくなっていた。
そして九時の鐘が鳴る。時計は非常に高価なため、備えている場所は少ない。冒険者ギルドは時計のある数少ない場所の一つだ。多くの街の住人にとっては、時計を所持している教会が、八時から二十時まで一時間おきに鳴らす鐘の音が、時間を知る手段であった。
フラビオがギルド前に行くと、ちょうどステラも待ち合わせにやってくるところだった。
「おはようございます、フラビオさん。今日はよろしくお願いしますね」
ステラは、白いブラウスにカーディガン、紺地のスカートと若々しく清楚な服装をしていた。髪型も上手に後ろでまとめてあって、白く美しい顔立ちに良く似合う。きれいな娘だなと、十人中九人は振り向きそうな感じだ。
「私服が良く似合うねえ。さすがステラさんだ」
そう言って褒めたフラビオの方は、私服などろくに持っていないので、いつもの平凡な服装のままである。釣り合わないこと甚だしいと、フラビオ自身も思うほどであった。
そんな話をしていると、ギルドの中から四人パーティが出てきた。昨日フラビオが助けた面々である。
「おはようございます、ステラさん、フラビオさん」
「今日もダンジョンか。頑張るなあ」
フラビオがそう言うと、四人がみなうれしそうな表情を浮かべた。
「はい。せっかくパーティ組めましたので」
「それより、お二人はデートですか。いいですね」
「お二人の方こそ、今日は楽しくお過ごしくださいね」
そんな言葉を残して、彼らは立ち去っていった。
「良かった。ちゃんとデートに見えるのね」
ステラがほっとした表情で言った。
そこは気にするところなのだろうか。そんな疑問を感じ、フラビオが苦笑してそれに答える。
「いいのか? 親子かって言われても、俺は納得できるけどな」
「意地が悪いですよ。とにかく、今日は一緒に楽しく出かけましょう」
ステラがフラビオの肩を叩く。
「そうだな。それで、どこか行きたい場所はあるのか」
「そうですね、最初は観光地巡りで。王宮を見に行きましょう」
「王宮か。そういや、王女の指南、二日後だったな」
フラビオがふうとため息をつく。
「王宮なんて立派な建物、外から眺めるだけで十分だよなあ」
堅苦しいのは嫌いなフラビオである。王女殿下に魔法の指南役をするというのは、結構気が重いものだった。
「フラビオさんなら大丈夫。だって実力が段違いに高いんですから。それより、そろそろ行きましょう」
「分かった。まずは王宮見物だな」
こうして二人は初デートに出かけるのであった。
王宮は、それは見事な建物だった。白く輝く壁面が美しい。尖塔がいくつも並び立ち、屋根や窓が独特の形状をしていて、それが建物の装飾の一部になっている。大きさも並の建物が二十ないし三十は並んだほどもある。きちんと城壁に囲まれ、正門も立派な石造りである。さすがに門扉は鉄枠に木製のものだが、分厚く頑丈な作りだった。万一、魔物が襲来しても防衛できるような造りになっていた。今はその門扉は開かれ、大勢の客に王宮の威容を見せつけていた。
二人は王宮の正門前の広場から、見事な王宮の造りを眺めていた。
「いつ見ても立派な建物ですね。格好のいい建物って言い方、おかしいですけど、一言で言うとそんな感じです」
「ステラさんは、たまに王宮を見に来ることがあるのかい?」
「いえ、前回は友達と一緒に、二年ほど前でしょうか」
フラビオがなるほどとうなずく。
「実は俺は学院時代に遠くから見てた程度でね。こんな間近に見るのは実は初めてなんだ。わざわざ見に来るものなのかと思ったけど、思った以上に迫力があるな。何て言うか、建築技術の粋を集めたって感じで、凄みを感じるよ。だから、こんなに美しい建物なんだろうな、とも思う」
思った以上に観光客は多かった。前庭まで開放されているので、思い思いに門をくぐって中に入り、くつろぎながら庭や建物を眺めていた。フラビオ達もそれに倣い、門をくぐる。
庭も手入れを欠かさないことが分かる立派なものだった。樹木が適切な間隔で植えられ、花壇には色とりどりの花が植えられている。きれいに掃き清められた石畳の広場。のんびり見物できるよう、所々に長椅子まで用意されている。
観光客達もくつろぎながら、建物を見上げたり花壇を眺めたりと、あちこちを見て回っている。フラビオとステラもその人々の流れに乗って、見物して回った。
「どうですか、たまにはダンジョンでなく、空の下でこうしてきれいな庭や建物を見て回るのも悪くないでしょう」
ステラがフラビオの心情を思いやるように聞いてくる。
ああ、この娘はそういう気分転換も含めて、俺にのんびりさせようと誘ってくれたんだなと、ありがたみが増した。フラビオが素直に答える。
「そうだなあ、すごくのんびりできていい気分だ。今日は誘ってくれてありがとう、ステラさん」
「それは良かったです。次は工房街でも見に行きましょう」
王都オルクレイドの城下町の中で、西側に工房街はあった。魔石から取り出した魔法の力を動力として、様々な産業が発達していた。
工房街では、大きな建物が地の果てまで連なっているようにみえるほど、数多くの建物が並んでいた。
紡績、紡織、被服、木工、金属加工、ガラス加工、製紙、醸造、陶器、魔石加工など、数え上げればきりがない。魔石を使った魔道具の工房もある。主要な製造業の多くがこの王都で行われていて、王国のあちこちへと運ばれていくのである。
手始めに、近くにあった紡織の工房、つまり布を作る工場を見てみる。
布織機は縦糸が何本も並んでいて、そこに機械が横糸を通し、細い板でそれを打ち付けていく。それをひたすら繰り返していく。人はその様子を見守るのが仕事だ。具合が悪くなったら機械を止めて調整し、織り終わったところで機械を止め、布を切り取って新たに織るために機械をセットする。魔石を使った動力は、人々の生活を維持するのに欠かせないものなのだ。
服飾工房では、布同士を縫い合わせるのにやはり機械が使われている。作業の効率が良いわけである。さすがに細かい部分は人の手で縫って仕上げるが、それでもやはり機械の力で次々と服が縫われていく様は圧巻だ。
それから金属加工の工房を巡った。金属加工にもいろいろな種類があり、板を作る工房、釘などを作る工房、管を作る工房、鍋などを作る工房、剣などを作る工房、どれも専門化していて、製品によって機械も特化していた。どこも高熱を必要とする設備が必要なので、その炉と呼ばれる肝心の部分に、魔石の力を利用していた。
剣を作る工房では、一旦鋳造して出来上がった物を、職人が一本ずつ手で打ち直していた。鋳造品は脆いので、武器としての強度を上げるためにわざわざ手作業を行っているのである。打ち直しの具合によって、威力が変わってくるのである。
「この辺を見るのは学院時代以来だ。あの当時は興味もなくて通り過ぎるだけだったんだが、こんなにすごかったのか。いや、物を作るってのは大事なことだって改めて分かったよ。連れてきてもらって良かった」
フラビオにしては殊勝な感想だが、やはり大勢の人達の働いている姿を見ると、そのありがたみが良く分かるというものだ。
「冒険者のみなさんが取ってきた魔石が、こうやって役に立っているんですよ。いつも頑張って魔物を倒してくれているおかげなんです。だけど、魔石も万能じゃなくて、残念ながら量が取れないので値段が高く、基本的にこういう大きな機械に使うことがほとんどですね」
「普通の生活で魔石を使うには、値段が高すぎるよな。弱い魔物の魔石でも銀貨の一枚や二枚は、俺達冒険者がもらってるわけだし」
「そうなんです。ですが、産業を大きく進歩させただけでも、魔石の活用方法が発見されたことは大きかったですね。おかげでいろいろな製品の値が下がり、質も素晴らしく向上しましたから」
なるほどとフラビオがうなずく。若いのにステラは博識だ。ギルドの事務処理でも有能だというし、見た目の美しさに加え、優れた知性もある素敵な女性だなと、改めて感心していた。
「うーん、こんな素晴らしい女性と、俺みたいなおっさんがこうやってデートしてるのって、なんか罪深く感じてきた」
ステラがぷっと吹き出した。
「今さらですか? 釣り合うとか何とかじゃなくて、私がフラビオさんと一緒に楽しみたかっただけなんです。変な気の回し方はしないで下さいね」
「俺なんかと一緒で楽しいのか?」
笑顔のまま、ステラが答える。
「もちろんですよ。フラビオさんと一緒だと、気分が安らぎます」
嘘偽りのない表情だった。
普段、ダンジョンで魔物退治にいそしんでいて、ろくに人とかかわりのない俺なのにな。そう言ってくれるのはうれしいことだなと、フラビオは改めて感じた。
「そろそろ昼食にしませんか。いい頃合いですし」
二人は並んで食堂街へと戻っていった。
「昼食くらいは俺がおごるよ」
「いいんですか?」
「ステラさんだって、俺の稼ぎは知ってるだろ」
フラビオの稼ぎは、並の冒険者よりはるかに上だ。何せパーティでなくソロで魔物を狩る事が多いので、仲間と分配する必要がないからだ。
「そうでしたね。じゃあ、ありがたくご馳走になります」
「たまにはどっかいい店で食べたいな」
「フラビオさんでもそういうことあるんですね。なら、コース料理の店とかはどうですか?」
「入ったことないなあ。何事も挑戦が大事か。行ってみよう」
そして二人はコース料理を提供する店へと入った。値段は銅貨三十枚。普通の食事では精々銅貨十枚なので、三倍以上の値段である。しかし、その程度ならフラビオにとって痛い出費ではない。
窓際の丸いテーブルに案内された。テーブルクロスも敷いてあり、椅子も高級なのが分かる。フォークやスプーンはすでに並べてあった。
給仕が椅子を引いてくれて、二人が順番に腰掛けた。ステラの機嫌が目に見えて良い。こんな高級店、さすがのステラでも滅多なことでは入れないからだ。
グラスに水が注がれた。今日は酒はナシにしてもらっている。
早速前菜が運ばれてきた。小さく切ったパンと豆の入ったサラダだった。
「では、いただきます」
「いただきます」
二人が唱和して、料理を口にする。
「手間のかかった料理ですね。この後が楽しみです」
ステラが率直な感想を言った。
「それは良かった。せっかくの料理だし、存分に楽しめるといいな」
「ところでフラビオさんには、謝らなければならないことがあります」
ステラが不意に話題を変えた。
「木犀園のこと、私知っていたんです。そのことをずっと黙っていました。本当にごめんなさい」
何事だろうかと訝しがっていたフラビオは、それを聞いて納得した。自分が親切で優しいと思ってくれているのも、それが理由だったのか。それをこうして謝ってくるのだから、ステラはとても気遣いのできる娘だと思った。
「謝ることじゃない。俺も別に隠しているわけじゃないしな。だから、気にしなくていい」
「そうですか? それならいいんですけど」
「ただ、人にはあまり知られたくはないかな。他の人には黙ってもらえるとありがたい」
「はい、それはもちろんです。今までだって誰にも話してませんよ」
話をしている間に、第一の皿が置かれた。干しトマトとベーコンのパスタだった。普通の店と違うのは、バジルなどの香草や胡椒などの香辛料が多いことで、それだけ材料費が高くなるわけだ。
「シンプルだけどおいしいですね。麺の茹で加減も見事ですし」
ステラが感想を言う。パスタはよく食べるが、ここまで見事な一皿にはなかなか出会うことはない。フラビオも感心して、良く味わっていた。
「うん、これはうまいな。伊達に値段が高いわけじゃないんだな」
「本当ですね。……で、フラビオさん、本当に気にしなくていいんですか。何か悪いことをしてる気がしてたんです、私」
「いやいや、本当に気にしなくていい。木犀園は単なる俺の実家。そこに稼いだ金を贈るのも俺のわがままだ。ステラさんはそれを知っていただけで、何も悪いことはしてないんだから」
「分かりました。人に内緒というのは守ります。それでいいんですね」
「ああ。ありがとう、ステラさん」
そうこうしている間にも食事は進む。第二の皿はローストビーフとチキンのデミグラスソースかけで、ゆで野菜とパンが付け合わせてあった。
「豊かな味。すごくおいしいですね」
「ああ。旨味がすごいな。実にうまい」
二人も話題を中断して、料理を味わうことに集中し始めた。
デザートの前にチーズが出てきた。食休みの意味があるらしい。
続いてデザートにドライフルーツのケーキ。一緒に紅茶が出てきた。
「上等なお酒で香りづけをしてますね。生地の味わいも深くしながら、ドライフルーツにもよく合ってます。紅茶もすごく良い茶葉ですね。淹れ方も丁寧です。最後まで素晴らしい料理でした」
「お、さすがステラさん、見事な分析だねえ」
「からかわないで下さい。おいしい物のおいしさを言葉にしただけなんですから。フラビオさんはどうでしたか?」
「うん、俺もすごくおいしかった。たまにはこういうのもいいな」
「すっかり満足しましたね。そしたら次はどこ行きますか」
「特に希望はないな。そうだな、たまには露店市でも覗いてみるか」
「いいですね。じゃあ、そうしましょう」
デザートを平らげたところで、二人は次の場所へと向かった。
王都の南側一帯は、本来は軍が展開するための開けた場所だった。しかし、平和が続き、軍事に利用されなくなってから、少しずつこの場所に露店が開かれるようになった。この百年ほどの間に、元々の用途は忘れ去られ、今では露店がひしめき合う場所になっていた。
雑貨屋、乾物屋、果物屋、装飾品屋、道具屋など雑多な種類の露店が所狭しと乱立している。しかも混在していて、八百屋の隣が茶葉の店といった具合に整然さとは程遠い。しかし、商店街で買うより値段が安いことが多く、掘り出し物もあることから、常に猥雑なほどに賑やかである。
「ここには時々息抜きに来るんだが、相変わらず盛況だな」
フラビオが目を細め、楽しそうに露店市を眺める。
「私は久しぶりですね。商店街は時々回るんですけど」
ステラが相槌を打つ。彼女もこの賑やかさは嫌いではなかった。
「いろいろ見て回りましょう」
「ああ。せっかくのお出かけだ。楽しく行こう」
二人は露店市の中へと入っていった。
最初に装飾品の店を見る。フラビオには珍しく、ステラが気に入る物があるのではないかと、気を回したのだった。
「お気遣い、ありがとうございます。相変わらず優しいですね。でも、何を見ていても楽しいですから、安心して下さいね」
ステラにはお見通しだった。フラビオが頭をかいた。
「でも、さすがに安いですね。商店街の宝石店に比べて半額以下です。その分、訳ありなんでしょうけど」
「そうなのか。さすがに俺も物の相場は分からないからなあ」
そう言って、一つの琥珀を手に取る。
「これなんか、ステラさんの瞳の色と同じで、良く似合いそうだけどな」
ステラがにこりと笑う。フラビオの気遣いがうれしいのである。
笑顔になるとかわいさが倍増するように見える。さすがのフラビオも木石ではないから、きれいな女性の笑顔を見ると顔を赤らめるのだった。彼女に憧れていた三人組の気持ちが良く分かる。
「それにしても、いろんな宝石があるもんだ。良くは知らないが、やはりこういうのを好む人が多いからなんだろうな」
フラビオが誤魔化すように話題を変える。その辺もステラにはお見通しである。だが、あえてそれには触れず、話題に乗るのが彼女の優しさだった。
「そうですよ。私はそれほど興味ないんですけど、同僚の中にはこういうのを集めるのが趣味だって人もいるくらいですし」
「そうなんだ」
「ええ。さて、隣も見てみましょう」
隣は道具屋だった。木工用の物だけでなく、文房具に属する物も置いてあった。本当に雑多な品揃えだ。
「このペンとか、一見安くて良さそうに見えるけど、癖が強くてあまり長持ちしないんです。でも、定規はいいものが置いてありますね」
事務仕事もこなすので、ステラは文房具に詳しかった。
「うーん、こうやって道具見てると、物珍しさが先に立つな。普段ダンジョンに潜ってばかりだからなあ」
「いろんな物が見られて良かったですね」
「そうだな。……ん、なあ、子供の泣き声がしないか?」
フラビオがそう言って耳を澄ます。ステラもそれに倣った。
「あ、ちょっと先のところ、女の子が泣いてますね」
二人は顔を見合わせて、その泣き声のところへと向かった。
確かに五才くらいの女の子が泣いている。
「どうしたの、迷子?」
ステラがしゃがんで女の子に目線を合わせて尋ねる。
「うん。お母さんがいなくなっちゃった」
女の子が泣きながら訴えてくる。
さすがにこれは放置できないと、二人はうなずき合った。
デート編、というか王都観光というのを題材に、舞台である王都の解説をする回になってますね。近世くらいの文明レベルを想定してるので、結構いろいろと豊かな暮らしぶりになってます。それでも水道や交通機関は未発達という設定です。




