第六話 厄介なのは嫉妬心
その日、さすがのフラビオも気分が乗らず、ダンジョンで魔物を三体ほど狩って引き上げてきた。王女の指南を本当にする羽目になったことだけでなく、ギルドの受付嬢ステラに夕食に誘われ、そこで話を聞かせて欲しいとせがまれたからである。
「いや、だからって、俺何も悪いことしてないけどなあ」
恐らくは、あの美貌の王女がフラビオをなれなれしく先生と呼んでいたのが、ステラの気に触ったのだろうということは分かる。
「ステラさんも俺なんかのどこがいいのやら」
はあ、と大きなため息をついて、ギルドに魔石を換金しに戻るのだった。
その後フラビオは、公衆浴場に行って、洗濯を済ませて部屋の中に干し、ロビーに下りて、夜が来るのを待った。さすがに夜は緊急時の人員を除いて、ギルドの職員も勤務が終わりになる。
ステラも勤務が終わり、私服に着替えてロビーにやってきた。
「ステラさん、風呂とかの用事は?」
「昼間の休憩の時に済ませたから大丈夫。気に掛けてくれてありがとう」
そうなのだ。この女性、美しいだけでなく、さりげない気遣いができ、しかもそれを上手に言葉で表現できる。だから、とても信頼できる。彼女の側からも、フラビオの強さを知っていて信頼してもらえていた。相互に信頼関係が成り立っている相手なのである。
「じゃあ、行きつけの店で。ごめんね、おごりって言いながら、結局普通の食事になっちゃうんだけど。でも、フラビオさんは、あまり上品なのは好きじゃないだろうと思って」
ステラの行きつけの店は、フラビオも時々利用する料理屋だ。いろんな種類の料理が提供できる、値段の割に味の良い店だ。
「構わない。というか、そこまで考えてくれてありがとうな」
「いえいえ。さ、行きましょう」
二人で料理屋までの道を歩く。二人きりだからと言って、手をつないだり腕を組んだりということはない。互いに信頼関係は築いているが、さすがに男女の間柄ではないからだ。
料理屋に入ると、席に案内され、向かい合わせで座る。
そして、それぞれポークソテーだのサラダの盛り合わせだのと適当に料理を注文する。さらに、ステラが赤ワインを一瓶頼んだ。
「一瓶? そんなに飲むのか?」
「フラビオさんも、たまには羽目を外して一緒に飲みましょ」
「まあ、二人で一瓶なら、十分片付くか」
フラビオは普段酒を飲まない。若い頃の修業時代に至っては、一切酒を飲むことはなかった。それでも人並みに飲むことはできる。むしろ、ステラがこの若さで飲み慣れている方が、ちょっとした驚きである。
「あ、来た来た」
最初の一杯目は店員が注いでくれた。二人でグラスを持ち、軽く合わせる。
「今夜はたくさんお話ししましょうね。じゃあ、乾杯」
「乾杯」
それぞれグラスに口をつける。赤ワイン独特のコクのある味わいと豊かな香りが口の中に広がる。フラビオは久々に飲んだが、うまいと感じた。
「それで、王女殿下のダンジョンのご案内、何があったんですか」
早速ステラが口火を切る。相当気にしているようだった。それはそうだろう。まさか王女直々にギルドを訪れ、先生呼ばわりした挙句に指南の約束である。普通はあり得ないことの連続だったのだ。
「うーん、俺としては、普通に案内しただけだったんだがなあ」
地下一階をいろいろ巡って、リビングデッドを王女自ら一体倒し、残り二体を護衛の騎士達が倒したこと。いろいろな罠の種類を実際に見せて回ったこと。転移の罠にわざと入り、その先にマンティコアがいたこと。マンティコアを倒したら、王女が急に先生呼ばわりしてきたこと。そして指南を頼まれたこと。
話の途中で料理も来たので、フラビオは食べながらゆっくりと一つ一つ説明していった。
聞いているステラも、料理を口にしながら、時に相槌を打ち、しっかりと話を聞いてくれていた。というか、相当気になっていて、細かな所まで聞きたがったくらいである。
説明が終わると、ステラが大きなため息をついた。
「それ、王女殿下から見れば、見た目はちょっとあれだけど、素敵な男性が格好良く自分を助けてくれたって構図じゃないの。そりゃ、指南を口実に、仲良くなりたいって思うのも当然だと思うわ」
「俺みたいなおっさん相手でも、そういうもんなのか?」
「そういうものです。いいなあ、王女殿下。フラビオさんにいろいろ教われるなんて、うらやましい」
「でも、俺だって、ステラさんには色々助けられてるし、ステラさんの依頼もいろいろ受けてるじゃないか。俺とステラさんも、十分信頼し合ってるし、いい関係だと思うけどなあ」
フラビオは気真面目に答えた。だが、ステラはグラスに口をつけ、軽くあおってからじっと睨んできた。
「ギルド職員と冒険者としてはでしょ。だから、今回は個人的に誘ったの。こういうのは、まずは友達からって言うでしょ」
ステラは少し酔いが回っている感じだった。酔うと絡むのか、この娘。フラビオは、これはこれで面白いなと思っている自分を感じた。
「うんうん、友達友達。俺達、こうやって一緒に飯食ってるし、十分友達」
「何よ、そのいい加減な返事」
「そんなことないって。ほら、俺がめついけど、嘘はつかないからさ」
すると今度は、ステラが上目遣いでフラビオを見つめてきた。
「じゃあ、また私とこうやって食事とかしてくれる?」
「もちろん、するする。というか、俺の方こそ、ステラさんとは仲良くさせてもらってありがたく思ってます、はい」
「分かった。じゃあ、許す」
そんな感じで、結局ステラも機嫌を直してくれたようだった。
その後は、ギルドでの苦労話を肴に、のんびりと飲みながら、結構長い時間話し込んでいた二人だった。
翌日。フラビオがいつものようにギルドの掲示板を眺めていると、自分を名指しで指名するパーティがあることに気付いた。
その張り紙を取ると、フラビオはステラの元へ行った。
「これ、俺に指名入ってるんだけど。依頼主って誰?」
昨日の今日であるが、ステラは仕事中の表情で、普通に答えた。
「ああ、そこにいる三人パーティよ。声掛けますね」
ステラがロビーへと足を運び、男三人のパーティに声を掛けた。いくつかのやり取りの後、三人を連れて受付に戻ってきた。
「こちらリーダーで戦士のニコルさんに、同じく戦士のパスカルさん、ヒーラーのクレマンさん。この三人がフラビオさんへの依頼人です」
フラビオが値踏みするように三人を見る。軽装で回避型の戦士が二人に標準的な回復役が一人。それなりに鍛えているようだが、レベル的にはマスターレベル、つまりレベル十三よりは少し上、といった感じに見えた。この三人だけでは、カルスのダンジョンに潜るには、明らかに戦力不足である。
「またメイジのいないパーティか。最近はメイジ不足らしいな。で、俺を名指しで同行依頼ってことは、報酬が高いのも承知してるんだろうな」
「もちろん承知しています。ですが、俺達も冒険者です。ダンジョンで稼ぐのが筋ってものです。それでフラビオさんに依頼を出しました」
ニコルという男は戦士らしく筋骨逞しく、若々しくすっきりした顔立ちだった。それなりに女性には人気があるのではなかろうか。そんな余計なことをフラビオは考えていた。
それはさておき。がめついことで評判のフラビオだ。ここはきっちり報酬を請求した。
「前金で金貨一枚。魔石を換金した分は、前金の分を抜いて均等割りだ。それで良ければ同行するぞ」
前に同行したパーティと条件は同じだ。ただ、何となく胡散臭さを感じたので、報酬の前払いを求めたのだった。それで断ってくれれば、ゴタゴタが減るからそれでいい。
ニコルは前金と言われても、気にした風もなくにこやかに返答した。
「もちろん承知してます。クレマン、報酬をお支払いして」
「分かった。では、フラビオさん、こちらをお受け取り下さい」
意外なことに、すでに報酬は用意してあった。手回しの良い事だと感心しつつ、逆に良すぎて裏があるのではと疑ってしまう。
まあ、いいか。ダンジョンでは何が起こるか分からない、それを口実に何かがあったとしても、単独でどんなことでも切り抜ける自信があった。
「確かに受け取った。今日すぐに出発か?」
「はい。懐具合も不安なので、できればすぐにでも」
「分かった。少し待ってろ。すぐ支度する」
そして言葉通り、一旦部屋に向かったフラビオは、三分ほどで支度を終えて戻ってきた。
「じゃあ、行こうか。それじゃステラさん、いってきます」
「分かりました。では、みなさんお気を付けて」
かくしてフラビオは、またもパーティの欠員の穴埋めを担うことになった。
「一つだけお願いがあるのですが、よろしいですか」
ダンジョンに入る直前、ニコルが声を掛けてきた。
「俺にできることなら要望は聞こう」
そこで三人が顔を見合わせてうなずき合った。
「俺達、まだキメラを倒したことがないんです。もし、キメラと遭遇できるようなら、ぜひ戦わせて下さい」
前回一緒だったパーティでは戦力不足で、キメラには歯が立たないと思われたので、フラビオが一人で倒したのだ。このパーティも同じような編成なので、キメラを倒すのは難しそうに思える。本気なのだろうかとフラビオは疑った。
表情でそれが伝わったようで、ニコルが繰り返し訴えてきた。
「俺達なら大丈夫です。フラビオさんの援護があれば、きっと倒せます」
「そうかい。じゃあ承知した。キメラがいたら知らせる」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そして四人はダンジョンの中へと入っていった。
「今日は外れだな。地下二階まで潜るか」
地下一階では、昆虫型が三体にガーゴイル一体と交戦した。戦士二人はこの程度の魔物はものともせず、ごくあっさりと倒している。銀貨換算で九枚というところだ。これでは稼ぎとしては不十分だ。
一つ下の階では、急に魔物が強くなるはずなのだが、ここでも空振りだった。ロックゴーレムとジャイアントサーペントを仕留めたところで、一旦昼食休憩となった。昼食は各自持参のパンである。
「フラビオさん、強い敵はいませんか」
ニコルが食べながら聞いてきたが、フラビオは首を振って否定した。
「今日は弱いのばかりみたいだな。もう少し奥まで進むか」
パンだけなので早々に食べ終えると、パーティ四人はさらに奥へと進んでいった。
フラビオが探知魔法を使う。効率良く魔物を見つけるには必須の魔法だ。
「お、お待ちかねのキメラがいるな。中型一体。狩りに行こうか」
「本当ですか。楽しみです」
ニコル達三人は、やったとばかり拳を突き合わせている。
それほど戦ってみたかったのかと、フラビオもそのやる気には感心した。
そして反応があった場所へと向かった。
少し開けた場所に、確かにキメラがいた。獅子の顔に山羊の胴体、蛇の尻尾。大きさは三メートル程度。標準的なキメラである。
「よし、じゃあ戦おうか。吐いてくる炎に気を付けろよ」
フラビオがそう言って、ニコル達三人に声を掛け、キメラの方へと向かっていく。ところが、ニコル達はその場を動こうとはしない。
「おい、どうした。まさか、この場に来て、ビビったんじゃないだろうな」
するとニコルがニヤリと笑った。
「こいつはおっさん一人で相手するんだよ」
「な、どういうことだ。お前達が戦いたいんじゃなかったのか」
「そいつはな、フラビオさん、あんたを始末するための口実だったのさ」
さすがのフラビオもこれには驚いた。
「キメラに俺を倒させるってことか。何でそんなまねをする」
すると、三人が口々に文句を言ってきた。
「俺達の憧れのステラさんと馴れ馴れしくしやがって。前から許せなかったんだ。だからだよ」
「そうだそうだ。お前みたいなおっさんと一緒に食事するとか。あの人に思いを寄せている奴は大勢いるってのに、何でお前なんかと」
「あの美しく優しいステラさん、俺達には普通の応対しかしてくれないけど、それでも大切なあの人に、あんたは邪魔なんだよ」
何とステラ絡みだったか。フラビオは納得できるようなできないような、微妙な心情になった。嫉妬心というのは厄介なものである。
「だからって、わざわざこんなことするか?」
「うるせえ。おっさんにはここで消えてもらう。ステラさんには不幸な事故だったって伝えてやるさ。遠慮なく、くたばりな」
はあ、とフラビオは大きくため息をついた。そして無造作にキメラに近づいていく。
どうやら観念したらしいと三人が思い、ニヤリと笑った。キメラが激しい炎を吹き出す。いよいよその瞬間が訪れるのかと、三人が喜びの表情を浮かべた。
しかし、事は三人が思ったようにはいかなかった。
フラビオは炎を避けると、少しずつ後ろに下がった。キメラがその後を追ってついてくる。三人が事の意外さに目を丸くした頃には、キメラの間合いに入っていたのだった。
そこへ猛烈な炎が吹き付ける。三人は慌てて避けた。間一髪、何とか炎をかわすことができた。
「何しやがる、危ないじゃねえか」
「俺達を殺す気か」
「そいつはお前の獲物だろ」
三人が口々に文句を言ったが、フラビオは涼しい顔で言い放った。
「何を言う。依頼通りだろ。お前達がキメラと戦いたいって言ったんだぞ。だから、頑張って倒せよ」
そして三人の背後から魔法を放つ。
「アイシクルランス」
氷の槍がキメラの胴体に突き刺さる。それなりのダメージが入ったようで、キメラが悶え苦しんだ。魔物に痛覚はあるのだろうかと、常々思っていた疑問を感じつつ、フラビオは三人に追い打ちをかけた。
「約束通り、援護はしたぞ。後は頑張って倒してみな」
三人が怒りに顔を真っ赤にしつつ、もう逃げられないと観念して剣を抜いた。そして突撃していく。
「ストレングス! プロテクション!」
ヒーラーが強化魔法、防御魔法を三人に掛ける。後はひたすら攻撃するだけだ。
尻尾を避け、前足の攻撃を避け、二人の戦士が剣で斬り込む。少しずつだが傷を負わせていく。ヒーラーが下がって回復のために待機する。二人の戦士は二手に分かれ、必死で攻撃を繰り返した。
しかし、数分の戦いの後、ある程度ダメージを与えたところで、二人共キメラの攻撃を食らってしまった。
戦士ニコルは尻尾の攻撃を受けて吹き飛ばされた。
戦士パスカルは後足で蹴り飛ばされた。
ヒーラーのクレマンが必死で回復魔法を二人に掛けるが、キメラの追撃の方が早そうだった。このままでは、三人まとめて炎で焼かれてしまう。
「ま、ここまでだな。三人共、よくやったよ」
フラビオが出てきて、三人をかばった。さすがのフラビオも、三人を見殺しにするつもりはなかったのだ。
「エクスプロード」
前回と同様、爆発の中級魔法を発動させ、キメラの体内を起点に大きな爆発を発生させる。その威力は相変わらず凄まじく、一撃でキメラの体を爆散させていた。そしてキメラが霧状になって消えていく。
三人が束になっても勝てない魔物を、一撃で葬った凄まじさを見て、三人が度肝を抜かれた。これが高レベルメイジかと心底恐ろしく思った。
「クレマン、回復できそうか?」
フラビオが親切心で尋ねた。無理なら手を貸すつもりだったのだ。
「は、はい。打撃と落下の衝撃だけなので、十分回復できます」
「分かった。じゃあ、頼むぞ」
「分かりました。助けて頂いて、ありがとうございました」
さっきは嫉妬心から雑言を吐いていたが、一介の冒険者に戻れば、最善の行動と最善の言動を取れる人物だった。その程度のことができなければ、このカルスのダンジョンに挑むことは無理である。レベルの低いパーティでは挑めないほどの高難度なのだ。
二人が回復したところで、フラビオが無事を尋ねた。
「ニコル、パスカル、まだ戦闘はできるか」
「は、はい。まだ戦えます」
「おかげで助かりました。ありがとうございます」
「そいつは良かった。全員無事に戻らないと、ステラさんが悲しむからな。お前達もそう思うだろ」
回復したのを確認して、フラビオが遠慮なく畳みかける。三人は苦り切った表情で詫びを言ってきた。
「もう勘弁して下さい。フラビオさんがこんなに強いと思ってなかったんです。もう二度とこんなこと考えませんから」
フラビオがニヤリと笑った。どう見てもニヤリだった。
「いや、許せんな。まだ稼ぎが銀貨二十枚しかない。せめて倍は欲しいところだ。小物を狩って、稼ぎを補充するぞ。キリキリ戦えよ」
「うへえ……」
だが、まあその程度で許してもらえるなら安いものだ。三人は苦笑しながら顔を見合わせ、分かりましたとうなずいた。
そして四人は次々と弱い魔物を倒し、ギルドへと引き上げたのだった。
ギルドで銀貨を分配して、フラビオは三人と別れた。三人もさすがに懲りたらしく、繰り返し礼を言いながら立ち去っていった。
ステラがそんな様子を見て、首を傾げていた。
「ねえフラビオさん、ダンジョンで何があったんです?」
「ん? ああ、厄介なのは嫉妬心だってことを勉強してたのさ」
ステラにはさっぱりだ。さすがに今日このパーティが、自分が原因でひと悶着あったと知れば、さすがに傷つくだろう。
「なに、あの三人がキメラと戦いたいって頑張ったんだよ。残念ながら、それなりに戦ったところで負けちまったけどな。なかなかガッツのある連中だったな。俺はその三人を助けてやっただけさ。いいメイジが見つかって、連携を深められれば、いいパーティになれるな」
ステラは優しく笑みを浮かべて言った。
「そうですか。三人を助けてくれてありがとうございました。さすがはフラビオさんですね。頼もしいです」
配慮はしたものの、どうやらお見通しようだった。さすがはステラだな、とフラビオは感心した。
「ありがとう、ステラさん」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」
そう言い合って、二人で笑い合うのだった。
こういう感じの話を描くのもずいぶん久しぶりです。嫉妬心から凶行に及び大失敗という展開。いや、自分で描きながらフラビオの強さは反則だと思いました。最後にはオチもついて無事生還。ここでほのぼの終わるのが筆者の作風です。期待と違ったと思われた方、平にご容赦を。




