第四十九話 セカンドマスターシーフ
「よお、フラビオ。久しぶりだな」
朝、いつものようにフラビオが冒険者ギルドの掲示板を見ていると、隣から声を掛けてきた男がいた。
「ああ、ガレスか。確かに久しぶりだな」
ガレスは王都のギルドでも数少ないセカンドマスター、つまりレベル三十を超えた歴戦の冒険者である。レベルは三十三。年もフラビオより一歳年長の三十三才。職業はシーフである。
「最近の調子はどうだい」
「マスターレベルの手伝いとか、そんなのが多いな。おかげで楽に稼げてる。そっちはどうなんだ」
「相変わらず、ソロで細々とやってるよ。後はたまにシーフのいないパーティの手伝いかな。まあ、お前さんと似たようなもんだ」
そう言ってガレスが苦笑する。フラビオも苦笑を返した。二人は王都のギルドでも長いので、気心の知れた顔なじみなのである。
「どうだい、たまには一緒に潜ってみないか」
ふと思いついたように、ガレスの方から誘ってきた。ちょうどいい依頼もなかったところである。フラビオも悪くないとばかりにうなずいた。
「ガレスと一緒か。悪くないな。いいだろう。一緒に行くか」
「俺もフラビオが一緒だと楽ができていい」
「ぬかせ。ガレスの方こそ腕は鈍ってないだろうな」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。レベル三十三は伊達じゃないって」
長い付き合いなだけに、互いに遠慮がない。
こうしてこの日、フラビオは久しぶりにガレスと一緒に二人で魔物の討伐に向かったのだった。
「地下二十階でいいか」
ダンジョンに入ると、ガレスがそう声を掛けてきた。彼らほどの強さになると、全三十階層のうちでもかなり奥の方まで行くことができる。
「その辺が妥当なところだろうな。じゃあ、まずは昇降機か」
二人は十何年とこのダンジョンに潜り続けている。隅々まで知っていると言っても過言ではない。地下十階にある昇降機を使えば、地下三十階までは楽に行くことができるのだ。
地下一階から地下十階までの最短ルートも良く知っている。
二人は雑魚に構うことなく、一気に最短距離を進み、地下十階の昇降機まで進んでいった。
ダンジョンは不思議な物がいろいろある。壁面は発光する材質でできていて、松明などの必要がない。どんな素材で作られているのか謎である。この昇降機も同じように、操作は簡単で自由に好きな階に行くことはできるが、どのような原理で動いているのかは謎である。
そして二人は地下二十階へと下りた。
そしてガレスが探知魔法を使う。
「サーチ」
魔物の所在や種別を探知する魔法だ。シーフには必須の魔法である。フラビオも使えるが、ここは専門職のガレスに任せていた。
「俺もソロだともっと上で狩ってるからな。地下二十階は久しぶりだ。おかげでかなり歯ごたえがありそうだぞ。グレイトキメラ、フロストジャイアント、アークデーモンと揃い踏みだ」
それを聞いて、確かに中々手強い魔物が揃っているなとフラビオは思った。並の冒険者なら避けるべき相手ばかりだ。そう、並であるならば、だ。
「まあ、順番に当たっていこうか。それにしても、ガレス、何でお前さん、わざわざ俺を誘ってまで深い階層に来たんだ?」
最初から不自然だったのだ。普段のガレスなら、よお、久しぶり、の後は、じゃあまたな、である。シーフなので小物を数多く仕留めて稼ぐのが、彼本来のスタイルだ。深い階層で強敵を狙うことは滅多にない。
「やっぱ分かるか。何か理由があるって」
「まあな。ガレスと知り合ってもう十何年も経つからな。それほど一緒に行動したことはないが、何となく妙だなと思ったんだ」
フラビオがそう言うと、ガレスが肩をすくめた。
「まあ、バレバレだよな。実は依頼があってな。フラビオをダンジョンの深い階層に連れ出して、密かに消して欲しいっていうのがな」
少し前にも似たようなことを考えた連中がいたなと、フラビオは思い出した。その時はステラに思いを寄せていた若者達の仕業で、しかも彼らはフラビオの強さを知らずにキメラと戦わせたのである。結果はフラビオが一撃でキメラを仕留め、彼らの目論見はご破算となったのだった。
「俺を魔物に倒させるなんてのは無理だってこと、依頼した奴は知らなかったのか」
「もちろん教えてやったんだが、深い階層の魔物なら、強い冒険者でも倒せるだろうって思い込んでやがったよ」
ガレスが深いため息をついた。
「依頼主はな、冒険者仲間に手を出すのはご法度だと言っても聞きやしねえ。魔物と戦って負けさせるだけだと言い張ってな。いや、フラビオはそんなことじゃくたばらねえから無駄だと言っても、いいから構わずダンジョンの奥まで連れていけの一点張りだ。挙句に金貨を五枚も押し付けようとしやがって。フラビオのことだから絶対無事に戻ってくるぞと言ったんだが、それでもどうしてもってしつこくてな。仕方なく、金は要らないから、二人で地下二十階まで行ってくると答えて、今に至るってわけだ」
「何だそりゃあ」
フラビオは呆れてものが言えなかった。金貨五枚とは安く見られたものだし、ガレスの言う通り、ダンジョンのどこへ行こうが、魔物に負けることはよほどでない限りあり得ない。
「依頼主も無駄なことを。そういや、依頼主って誰なんだ?」
「ラティオっていう伯爵様だよ。何でも息子の嫁に第二王女を狙っているってもっぱらの評判でな。その王女に先生って呼ばれて慕われてるお前さんが邪魔だと思ったみたいだな」
「はあ、貴族ってのもめんどくさいもんだな」
フラビオが大きくため息をついた。ただ、これに関しては態度をはっきりさせていないフラビオにも多少の責任はありそうだ。あくまで師弟関係であることを明確にしておくべきだっただろう。王女から寄せられる好意を断り切れなかった優柔不断なところが、今回の事態を招いたとも言える。
「分かった。なんか面倒かけたみたいで、済まなかったな」
別にフラビオが悪いわけではないのだが、面倒事に巻き込んだのも確かなので、素直に謝った。
「まあ、いいってことよ。たまにフラビオと狩るのも悪くないと思ったから、伯爵様には深い階層に行ってくるって答えたわけだしな」
「しかし、こんなこと、俺に話しても大丈夫なのか?」
フラビオが尋ねると、ガレスが肩をすくめて答えた。
「そこはそれ、相手が貴族様だからな。俺にそんな依頼をしたなんてこと、俺やフラビオが言っても、知らぬ存ぜぬで押し通せるって寸法だよ。その第二王女なら話せば信じるかもしれないけどな。他のお偉いさん達はお貴族様の言うことを信じるだろうから、俺も口止めされてないくらいだ」
なるほどねえ。身分が高いってのはそういうことなのかと、フラビオは再度呆れ果てた。
いずれにせよ、いつも通り適当に戦って、いつも通り稼いで帰るだけだなと思い直し、ガレスに声を掛けた。
「事情は分かった。でもまあ、俺達はいつも通りいこう。とりあえず三体片付けようぜ」
「ああ、そうだな。で、深い階層に潜ったけど、無事に帰ってきちゃいましたって伯爵様にお伝えして、呆気にとられた顔を拝んでやるさ」
さすがに付き合いの長い二人である。そんな言葉を交わして和解すると、拳を突き合わせて互いにニヤリと笑ったのだった。
「最初がグレイトキメラだっけか」
「そうだ。俺が囮やるから、魔法ぶち込んでくれ」
「任せとけ」
グレイトキメラはキメラの上位種である。キメラは様々な魔物の合体した姿を持っている。いろいろな種類がいるが、このグレイトキメラは全長は五メートルを超す大型で、狼の頭に獅子の胴体、蛇の尻尾に羽の生えた形態の魔物だった。
二人は問答無用で接近する。ガレスが前で、フラビオが後ろを行く。
グレイトキメラがそれを感知して、まずは炎を吹き出してきた。通常のキメラに比べ、威力も範囲も上回る炎だった。少しでも浴びれば大やけど間違いなしの攻撃である。
しかし、ガレスは素早く動いてそれをかわしていた。フラビオもその後に続いて炎を避ける。
そしてガレスが一気に間合いに入り、短剣を抜いて斬撃を顔面に浴びせた。キメラの鼻面をしたたかに斬り裂き、深い傷を与える。さすがはセカンドマスターレベルのシーフである。
反撃してきたキメラの前足をガレスはさっと避ける。加えて尻尾の攻撃も飛んできたが、それも難なくかわしている。シーフだけに回避能力の高さは一級品であった。
そしてグレイトキメラが再び炎を吐こうと口を開いた。
その瞬間を狙っていたのがフラビオだ。
「エクスプロード」
口の中を起点に爆発魔法を発動させる。その威力は凄まじく、顔面を一撃で粉々に粉砕していた。
「よっしゃ、とどめだ。乱撃剣」
ガレスが短剣を縦横無尽に振るう。一撃ごとにキメラの上半身を斬り裂き、七撃目で上半身が真っ二つになっていた。さすがのグレイトキメラもあっさりと倒れた。そして霧状になって消えていく。
「初級の爆発魔法かよ。手を抜いてるんじゃないだろうな」
ガレスが少し文句を言った。
フラビオは軽く首を振り、その言葉に答えた。
「いや。ガレスも出番が欲しいだろうと思っただけだ」
裏を返せば、魔法の一撃で仕留めることもできたということである。ガレスもその配慮に一応の感謝をしていた。でなければ、自分の見せ場もなく、グレイトキメラは倒されていたのだから。
「まあ、悪くない感触だった。一応礼を言っとく」
「次、フロストジャイアントだろ。今度は出番ないかもな」
フラビオがそう言うと、ガレスが渋い顔をした。確かに強敵であり、物理攻撃があまり効かない頑丈な相手である。
「まあ、いいや。フラビオに任せる」
「そうか。ま、とりあえず行こうか」
二人は魔石を回収すると、次の魔物の出現場所へと向かった。
フロストジャイアントは属性こそ違うが、ファイアージャイアントと似た種類の魔物である。ファイアージャイアントより一回り大きい体長五メートルを超える氷の巨人で、力も強く、金属楯でさえ変形させるほどの力がある。当然耐久力も高く、少々の傷ではびくともしない。
「久しぶりに見たが、でけえな」
「そうだな。俺も久しぶりだ」
ガレスとフラビオは強敵を前に、そんなのんきな話をしていた。
とりあえず接近していくと、またも二人の人間を感知して、魔物が動き始めた。
口から吹雪のブレスが吐かれる。猛烈な冷気が襲い掛かってきたところで、二人がさっと動いてそれをかわした。
そこでガレスが動いた。狙いはフロストジャイアントの左足である。一気に突撃して、短剣を横薙ぎに振るう。
硬い感触がして、左足の一部にわずかな傷がついていた。ゴーレムと比べても頑丈さでは上回るかもしれない。
ジャイアントの腕が振るわれ、拳がガレスめがけて飛んできた。巨大な拳の圧力は凄まじい。ガレスもその迫力に押されて、大きく回避していた。
「おい、フラビオ、魔法は?」
ガレスがフラビオをせっつくと、少し遅れて返事があった。
「一撃で倒してもいいか?」
会話をしている間にも、ジャイアントの攻撃は続いている。ガレスはそれを避けながら返事をした。
「任せる。シーフの俺にはちと荷が重いわ」
「了解だ。じゃあ任された」
フラビオの返答と共に、フロストジャイアントが再び吹雪を吐いてきた。猛烈な冷気がフラビオとガレスに襲い掛かる。
ガレスがそれを避けるが、フラビオは動かなかった。吹雪に構わず魔法を発動させる。
「フレイムフェニックス」
フラビオの眼前に巨大な炎の塊が出現し、それが鳥の姿へと変形する。それがこの魔法の名前の由来である。正に炎の不死鳥。炎の最上級魔法なのである。
その炎の鳥が凄まじい勢いでフロストジャイアントめがけて飛んでいく。吐かれた吹雪が一瞬にして蒸発し、それを斬り裂くようにして進んでいく。ごく短い時間飛んでいた炎の鳥は、そのままの勢いでフロストジャイアントの上半身を直撃した。
ぶつかった瞬間、フロストジャイアントの上半身が燃えた。炎の中心部の当たった場所から体が溶けだしていく。そして瞬く間にジャイアントの上半身を溶かし切っていた。あっさりとジャイアントが霧状になって消えていく。言葉通りの一撃必殺であった。
「ふええ、久々に見たが、やっぱフラビオの魔法はすげえな」
ガレスが感嘆した。彼もフラビオと一緒に戦うのは初めてではなく、最上級魔法も何度か見たことがある。それでもなお、この巨体を一撃で倒し切る魔法の威力には感心せずにはいられなかったのだ。
「ありがとよ。さて、魔石を回収するか」
フラビオはいつものことなので全く動じていない。ジャイアントのいた場所へと歩いていくと、魔石を拾って腰のポーチに収めた。
そしてあっさりとした口調で言う。
「次行こうか、ガレス」
「ああ、そうだな。行こうか」
ガレスも我に返ると、フラビオと一緒に歩きだした。
次の相手はアークデーモンである。レベル三十のパーティ赤い牙が単独で撃破できず、フラビオの手を借りたほどの強敵だ。体長五メートルを超える巨体に角の生えた悪魔の顔。そして人型の体に赤紫色の表皮。上級までの魔法も使える。遠距離からの魔法を無効化する能力もある。その威圧感は並の魔物にはないものだった。
「フラビオがいなかったら倒すの無理だわ、これ」
遠目に眺めていたガレスがつぶやいた。
「伯爵様は、こんな強敵がダンジョンにいるなら、フラビオも倒せるだろうって思ったんだろうなあ。その気持ちは分かるけどな。でも」
そして傍らにいるフラビオを見る。
「こいつが負けるわけがないんだよな」
フラビオがニヤリと笑った。アークデーモンと戦った経験はそう多くはないが、何度も倒してきた相手なのである。
「任せろ。後ろで見てていいぞ」
そう豪語するほどの余裕がフラビオにはあった。
「いや、戦闘経験は俺も欲しいからな。先に斬り込ませてもらう」
ガレスにも参戦の意思はあった。確かに戦闘に参加しなければ経験は得られず、見ているだけではレベルアップにはつながらない。
「分かった。無理すんなよ」
「了解だ。行くぞ」
そして二人はアークデーモンめがけて突っ込んでいく。
アークデーモンが反応した。即座に魔法を発動させてきた。炎の壁の魔法、ファイアウォールである。それが二人の行く手を阻んだ。
「マジックシールド」
範囲魔法は回避が難しい。フラビオはあえて回避をせず、魔法の楯を発動させる。そして炎の壁を魔法の楯で防いで、構わず突進した。ガレスがその後に続く。
至近距離まで来たところで、アークデーモンが蹴りを放ってきた。それも魔法の楯で見事に防ぐ。その隙にガレスが飛び出し、アークデーモンの足に斬りつけていた。
「硬い。だが、一応ダメージは通るな」
ガレスの攻撃は、少しだがデーモンの足に傷をつけていた。それをうるさがるかのように、デーモンが火球の魔法を五発放ってきた。ガレスが丁寧にそれを避ける。
続いてデーモンの拳が飛んできた。ガレスがそれを避ける。
フラビオはその瞬間を狙っていた。空振りして地面に当たった拳に飛び乗ると、そのままデーモンの腕の上を駆け上がる。高レベルメイジであるフラビオの身体能力は異様なほどに高い。レベル九十を超えるということはそういうことなのである。
フラビオはそのままアークデーモンの肩まで駆け上がり、そして頭の上に飛び上がり、着地と同時に空中に飛んだ。この至近距離ではデーモンも魔法をレジストすることはできない。
「バーストエンド」
フラビオの必殺魔法である、爆発の最上級魔法が炸裂した。
その威力は一瞬でアークデーモンの頭部を吹き飛ばし、上半身を粉微塵に打ち砕いた。
そしてアークデーモンが倒れる。フラビオは残った下半身を踏み台にして、軽々と飛び降りていた。そしてデーモンが霧状になって消えていく。またしてもフラビオの一撃必殺であった。
「久々に見たな、バーストエンド。さすがの威力だな」
再びガレスが感嘆する。
「これがフラビオの実力か。俺なんか足元にも及ばねえな」
魔石を拾いながら、フラビオがガレスと合流する。
「まあ、レベル差があるからな。ガレスだって、マスターレベルの連中に比べれば、はるかに強いシーフじゃないか。並のシーフじゃアークデーモンに傷をつけるのは無理だぞ」
「褒めてくれてありがとよ。んじゃ、もう少し魔物を狩って帰るか」
そして二人は、その後も適当に魔物を討伐し、ギルドへと帰還した。
その日の夕方、ガレスは自分で言った通りに、ラティオ伯爵の元に出向き、事の次第を報告した。それを聞いた伯爵はガレスの言葉を疑ったが、アークデーモンの魔石という証拠を見せられて、納得せざるを得なかった。
伯爵は最後に呆れたように言った。
「本当にそんな強い魔物を一撃とは、フラビオってのは化け物なのか」
ガレスはそれにこう答えた。
「強さだけならな。でも、中身はただの気のいいおっさんだよ」
久々にフラビオ無双の回です。高レベルシーフと一緒に強敵と戦いに行きます。深めの階層に潜るのですが、それには事情があったのです。フラビオ無双は描いていて気分がいいです。




