第四十八話 おいしい昼食と街中の視察
商店街の一角、料理屋が立ち並ぶ通りの外れにその店はあった。周囲の店より、店構えが二回りくらい大きい。かなり有名な店である。
「百年以上の歴史があるとかいう評判の高級料理店じゃないですか。俺も来るのは初めてです」
王女が公務で食事をするだけに、普通の料理屋というわけにもいかないのだろう。それにしても一食いくらするのだろう。普通の料理屋なら銅貨十枚程度だが、ここではその四、五倍くらいしそうである。
店内に入ると、給仕が丁寧に一礼してきた。
「カタリナ第二王女殿下ご一行、四名様ですね。こちらのお席になります」
予約済みだったので、上等な席がすでにしつらえてあった。
店主も顔を見せ、王女に丁寧な挨拶をしてきた。
「王女殿下にはご機嫌麗しく存じます。当店の誇る料理人が腕によりをかけて食事を提供させて頂きますので、どうか最後までお楽しみください」
「ありがとう。世話をかけます」
店主が立ち去ると、四人が座席に着いた。フォークやナイフ、ナフキンはすでに置かれていた。王女がナフキンを二つ折りにして膝の上に置く。他の三人もそれに倣う。
まだ昼間なので食前酒はなしで、代わりに水が一杯提供された。ただの水ではなく、花の香りを移した特製の水だった。さすがに老舗の料理屋では毒見の必要もなく、護衛達も王女に口出しする必要もなかった。
口に含むと爽やかな香りが広がる。水なのにうまい。この先、どんな高級素材の料理が出てくるかと思うと、かなり緊張するフラビオだった。
「先生、気を楽にして下さい。どんなに素晴らしい料理でも、人が食べてこそ真価を発揮するというものです。ですから、じっくり味わっておいしく食べて頂くことが大切かと思いますよ」
王女がそう言ってくれた。確かにその通りである。フラビオもそれを聞いて、肩の力を抜いた。
まずは前菜の盛り合わせから。生ハム、キノコと野菜のサラダ、トマトとチーズのサラダといった料理が彩り良く美しく皿に盛られている。
早速一口食べてみる。
「……!」
さすがに普通の店とは味が違う。あまりのおいしさにフラビオは言葉を失ってしまった。これはすぐに食べつくしてはもったいないと、少しずつ口に運び、じっくりと味わっていく。
ふと王女を見ると、とても上品に食器を扱って食べている。なるほど、そういう所作も大事かと思い、フラビオもまねをすることにした。
「そのお顔、どうやら先生もお気に召したようですね。良かったです」
王女がそう言うと、フラビオは苦笑して答える。
「おいしすぎて、驚きですよ。ダンジョンで食べるパンとは比べ物にならないですね」
「そうですね。さすがはおいしさを提供するためのお店です。見事な仕事だと私も感心しています」
続いて第一の皿が運ばれてきた。ベーコンと干しトマトを使ったトマトソースのパスタで、上に細く削られたチーズが乗っている。これはスプーンとフォークの両方を使っていただく。
「見た目は普通なのに、他の料理屋の物とは味が違いますね。香りも一段上だし、味わい深いです」
フラビオがそう言うと、そうだろうとばかり王女がうなずく。
「厳選された素材に良い調味料を使い、見事な技術で仕上げた物だからでしょう。ここの料理人の腕前は相当のものですね」
食事は楽しみながらするものである。こうした会話は、よりおいしく食事をするのに意味のあることだった。護衛二人も小声で話をしていた。
「これほどの物を食べてしまうと、普通の料理では物足りなくなるかもしれませんね」
「そうでもないですよ。味が多少落ちても、作った人の心が籠っていれば、何でもおいしく食べられるものです」
「なるほど。確かにカタリナ様の言われる通りですね」
四人はじっくりと味わって、パスタの皿を空にした。
給仕が空いた皿を下げ、厨房から第二の皿を持ってきた。
第二の皿はシンプルに牛肉のステーキだった。それにゆで野菜が添えられている。同じ部位から選び抜かれた上質の肉なのだろう。その肉の味だけで勝負するメニューであった。
「ただ焼いただけの肉が、これほどおいしいとは驚きです」
「同じ牛肉でも、リブロースと言って、脂の甘味ときめの細かな味わいが特徴のおいしい部位です。その中でも特に美味しい部分を切り出したもののようです。あとは肉質を引き立てる焼き方も重要ですね。このステーキは肉質も焼き方も申し分なく、見事な仕事です」
工房街と同様、ここでも師弟の関係が逆転していた。王女の方が高級料理に対して詳しいのは当然のことである。
一口、二口と食べていくにつれ、王女の言葉通り、油の甘味と肉質のきめの細やかさ、肉汁の旨味が混然となって、おいしさが口いっぱいに広がっていく。それは感動的なまでのおいしさだった。
間に野菜を食べることで、野菜の素朴な旨味によって舌の味覚がリセットされる。そしてまた肉を食べると、一層味わい深く感じられる。
「カタリナ様もおいしそうに食べますね」
「先生と同じく、これはとてもおいしく仕上がってますから当然です。私もこの技術には敬意を払いますよ」
相伴に預かっている護衛の騎士達も、役得だとばかりにおいしそうに味わって食べていた。それだけ価値のあるステーキだった。
それが終わると、今度はデザートである。ドライフルーツを使ったケーキで、絶妙な造形がなされた逸品だった。見た目にも鮮やかで食欲をそそる。飲み物は紅茶である。オルクレイド王国ではコーヒーは産しない。南方の遠国から輸入しているので流通量は少なく、飲める場所もあるのだが、非常に高価である。茶葉は王国でも作っているので容易に入手できる。
「最後まで見事な料理が続きますね。さすがは高級店です」
フラビオが感心しながら、ゆっくりと味わいながら食べていく。
「そうですね。このケーキも見事な仕事です」
王女もこれまでの料理の余韻を確かめるようにして、フラビオと同じようにじっくりと味わう。
「料理店は見るだけでなく、味わってこそ価値が分かるというものです。これも立派な視察なのですよ」
「それはその通りですね。お誘い頂いたおかげで、俺もこんなおいしい料理をご相伴できたわけですから、カタリナ様には感謝しかありません。ありがとうございました」
「それは良かったです。先生にはいつもダンジョンでお世話になってますから、少しでもそのお返しができたのなら幸いです」
そして四人はじっくりとデザートまで味わい、料理を楽しんだ。
店を出るとき、店主が挨拶に顔を見せた。
「お食事はお口に合いましたでしょうか」
「ええ。とても美味でした。良い仕事だったと料理人にもお伝え下さい」
「ありがたいお言葉、ありがたく存じます。当店も殿下のご厚情に報いられるよう、今後も一層良い料理を提供して参ります」
そして店を出ると、フラビオがため息をついた。
「さすが高級店、店主の挨拶も堂々としてましたね」
「そうですね。評判と値段に驕ることなく、より高みを目指そうとする姿勢が素晴らしいと思います。こういう人達に接すると、私ももっと頑張ろうと思いますね」
王女が軽く笑みを浮かべる。すっきりとした良い表情だった。向上心を大切にする心情こそが、王女の一番の長所ではないかとフラビオは思った。
「では、市街地の視察に参りましょう」
カタリナの先導で、一行は次の目的地へと向かっていった。
王国の市街地の多くは住宅街である。一戸建ての家が立ち並ぶ地域もあれば、三階建ての集合住宅が立ち並ぶ地域もある。成人した居住者のほとんどが王都の中で何かしらの仕事に就いていた。就学期にある子供達は、学舎や学院で学ぶか、見習いとして仕事をしていた。ちなみに学舎で学ぶのは八才から十二才、学院で学ぶのは十二才から十五才、学院に進学しなかった十二才以上の少年少女は見習いとして何かの仕事をするのが普通だった。
住宅街の間には所々に公園がある。これは火事の時、延焼を防ぐ目的で作られたもので、非常時には避難場所としてもつかわれる。普段は住民達の憩いの場や子供達の遊び場所として利用されている。計画的な都市設計がなされた街なのである。
昼食後の時間ということもあって、学舎や学院で学んでいた子供達も、勉強を終えて街路や公園で遊んでいる姿が見受けられた。大人は主夫や主婦など家事を専門に行っている者以外はみな仕事中で、大人の姿は高齢の者を除いてはあまり見受けられない。
そんな街中を歩くのだから、王女一行は実によく目立っていた。周囲の者の視線が自然と集まってくる。
それには構わず、王女達は堂々と街を歩き、様子を見ていた。
「当然ですが、特に何事もないですね。住民達もみな分別をもって行動しているようで何よりです」
「何事かある時はどうするんですか」
「必要なら騎士団の詰所に報告します。でもこの時間だと……」
街路の一角で幼い子供の泣き声がした。どうやら遊んでいてトラブルになったようだ。
「あったとしても、子供のケンカくらいですね」
王女はその場へ近づくと、泣いている子に声を掛けた。
「どうして泣いているの?」
綺麗なお姉さんに優しく声を掛けられ、その子が泣き止んだ。そしてたどたどしい口調で事情を話す。
「友達がみんなでぼくのこと馬鹿にしたんだ」
すると周囲の子供達から反論が出た。
「違うよ。そいつがのろまだったから、そう言っただけなんだ」
王女が微笑を浮かべて、諭すように言った。
「そうなんだね。だけど、それは悪口になるから止めた方がいいわよ。それに、誰か泣いてたら遊びの時間が減って損しちゃう。だから、みんなで仲良く遊んだ方がいいと思わない?」
穏やかに諭されて、子供達がみなうなずいた。
「分かったよ、お姉さん。俺達が悪かった。ごめんな」
謝罪を聞いて、泣いていた子も立ち直った。
「うん、分かった。もう言わないでね」
「さあ、続きをして遊ぼうぜ」
「うん。ありがとう、みんな」
そして子供達は遊びに戻っていった。王女が手を振ってそれを見送る。
「お優しいですね。さすがカタリナ様」
フラビオが温かな目で王女を見ていた。護衛二人も同様である。自分達の主君の優しい振る舞いに感心していたのである。
「相手は子供ですから、このくらいは当然ですよ」
そして一行は視察を続けた。
市街地の外れ、フラビオが良くなじんでいる場所にも来た。彼が幼少のころ世話になった養護施設木犀園である。
「あ、フラビオおじちゃんだ」
園庭で遊んでいた子供達が集まってきた。この優しく親切なおじちゃんは子供達に大人気なのである。
「先生、園の子供達と知り合いなんですか」
王女が不思議に思って尋ねると、フラビオがそうだとうなずいた。
「俺はここの出身なんです。冒険者になって、七年くらい前から稼ぎを園に寄付するようになりまして、そのついでに一緒に遊んでやったら、ご覧の通り懐かれるようになったというわけです」
そして子供達にも事情を説明する。
「今、このお姉さんと一緒に街の見回りをしてるんだ。仕事中だから、今日は一緒に遊べない。また今度来た時はたくさん相手してやるから、勘弁な」
「そっかあ。残念だなあ」
子供達が集まっている様子をみていた園長のエルサも姿を現した。
「これはフラビオさん。それと、あなたは第二王女殿下ではないですか。これは大変失礼を致しました」
園長が深々と頭を下げて、礼を施す。
「ご挨拶ありがとうございます。視察の途中で立ち寄ったものですから、お気遣いは無用です。それより、園の運営は順調ですか。何かお困りのことなどありましたら、遠慮なくおっしゃって下さい」
王女が優しく尋ねる。
「王家の皆様のご支援を頂き、またこのフラビオさんなどからもご寄付を頂いておりまして、おかげさまでとても順調です」
「そうですか。それは良かったです」
「それで王女殿下、フラビオさんとはどのようなご関係なのですか」
園長が疑問を口にすると、言い方がちょっと誤解を生むような表現で、王女が少し恥ずかしそうに返答をした。
「そんな、まだそんな関係ではなくてですね。これから良い仲になれたらとは思っているのですが」
「はあ、そうでございますか」
王女が照れながら言った言葉に、園長も目を丸くしている。
「園長、俺が王女に魔法を教えているんですよ。要するに師弟の関係で、今日はその一環として街中の視察に同行しているんです」
フラビオが苦笑しつつ端的に説明すると、園長も納得したようだった。
「ではカタリナ様、次の場所へ参りましょう」
話は途中だが、それを遮ってフラビオが王女を促した。
「そうですね。先生の出身施設の運営が順調で何よりでした」
「フラビオおじちゃん、またね」
「今度は一緒に遊んでね」
子供達の見送りを受けて、一行はまた市街地を巡るのだった。
視察の最後は商店街である。日も傾き始め、徐々に買い物客も増え始める時間帯である。
王女は、視察という口実で、商店街には時々遊びに来ていた。毎度のことなので足取りも軽く、楽しそうにいろいろな店の商品を見て回っていた。ここでは身分は隠して、お忍びという形になる。
「やっぱり商店街はいいですね。ほら先生、新鮮でおいしそうな野菜が並んでいますよ」
そう言って青果店の品揃えを見ていく。
「カタリナ様は、料理ができるんですか」
「もちろんです。幼少の頃から学んできておりましたから」
王女も幼少の頃より、王家の者であっても一通りのことはこなせるようにと、家事なども一通り学んできている。なので料理もできるし、素材の良し悪しも分かるのだった。
「そうですか。それなら野菜を見るのだけも楽しいですね」
「そうなんですよ。例えばこの青菜でソテー作るとおいしそうだな、とかそんな風に考えたりして、とても楽しいですよ」
王女がそう言って朗らかに笑う。やはり美人には笑顔が良く似合う。フラビオも見ていて良い気分になる表情だった。
そして次は雑貨屋に立ち寄る。日用品の他、小物やアクセサリー類もいろいろと陳列してある。
「いつもながら、かわいい品物ばっかり」
王女がうれしそうに商品を見ていく。
「カタリナ様も、こういう商品はお好きなのですか」
「もちろんです。自分で使おうとは思いませんが、女の子が喜びそうな品ばかりで、見ていて飽きないですね」
「俺はその点ダメですね。そういう女の子が喜ぶような物は良く分かりませんので」
「先生も肩の力を抜いて、よく見て下さい。造形のかわいらしさは何となく伝わってくるでしょう。それでいいんですよ」
「なるほど。カタリナ様が言うと、説得力ありますね」
そんな具合で、商店街でもフラビオの方が王女に教わることが多かった。
その後も道具屋を見て、文具店を見て、肉屋を見て、被服店を見てと、いろいろな店を見て回った。完全に視察という名の冷やかしなので、王女も店に迷惑を掛けないように気を遣っていて、他の客の邪魔にならないようにしていた。店の者達も、この女性は身分の高い者だろうと薄々察しているようで、特に何を言ってくることもなかった。それに、この種の冷やかし客は他にも大勢いたのである。
商店街の締めくくりに、一行は喫茶店へと立ち寄った。オルクレイド王国では、喫茶で商売が成り立つほど、住民達にも経済的な余裕があるのだ。
紅茶とケーキを味わいながら、王女がうれしそうな声を上げた。
「ああ、楽しかった。やっぱり先生と一緒だと、いろいろと話もできて、一人の時よりずっと楽しいですね。先生はいかがでしたか」
期待に満ちた目で王女がフラビオを見てきた。
「それはもちろん、すごく良かったですよ。カタリナ様にいろいろ教われましたし、滅多に見られないものも見られましたし」
フラビオも思ったままを答えた。その返事が良かったのだろう。王女がさらにうれしそうな表情になった。
「普段、王宮で作法や学問の勉強したり、書類仕事したり、そういう公務も大事でしっかりやっているつもりなんですけど、やっぱりこうしてのびのびと時間を過ごせるのはうれしいですね。それも今回は先生が一緒で、お付き合いしているみたいだったのもうれしかったんですよ」
そうして喜んだ後、急に気真面目な顔になる。
「先生、またご指南頂ける日を決めておきたいのですが。五日後とかはご都合いかがですか」
次の約束を取り付けるのも忘れない。その辺、王女もしたたかだ。
「五日後ですね。大丈夫ですよ。予定しておきます」
フラビオも王女の成長を見るのが楽しみになっているので、とても乗り気であった。二つ返事で承諾していた。
「良かったです。またダンジョンで頑張りますね、私」
それから二人は、しばらく視察の中でいろいろと思ったことを話していた。そうして雑談を楽しんである間にも時間は過ぎていく。
結局、夕方になるまで話し込み、フラビオも王女も楽しい一日を過ごしたのだった。
前半はグルメ回。コースの構成が見知ったものなのはご容赦下さい。おいしい料理の描写をしたかったのです。後半は視察の続き。フラビオの出身施設も出てきます。二人にはとても充実した一日でした。




