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その魔術師はがめついだけじゃない  作者: たわしまつわ


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第四十七話 王女の工房視察に同行

「フラビオ先生、おはようございます」

 朝、フラビオが冒険者ギルドのロビーで待っていると、明るい女性の声で名を呼ばれた。昨日の約束通り、第二王女カタリナが迎えに来たのである。私服姿の女性護衛騎士が二名同行していた。

 ステラが黙ってフラビオをじっと見る。さすがに無視はできずに、フラビオが受付に行って簡単に事情を説明する。

「カタリナ様の頼みでな、今日は街中の視察に同行することになったんだ」

「そうですか。それは良かったですね」

 言葉とは裏腹に視線は冷たい。フラビオは苦笑しながら言った。

「分かってる。ステラさんとも近いうちに一緒に出かける約束しような。それじゃあ行ってくる」

 そしてそそくさとその場を離れる。何となく申し訳なさを感じてしまい、そんな反応になってしまったのだった。

「構いませんよ。楽しくお過ごし下さい」

 懐の深いステラの言葉が背中から掛かった。フラビオが軽く右手を上げてそれに応える。

「お待たせしました、カタリナ様」

「いえ、構いません」

 そう言って王女は、ぶつぶつと独り言をつぶやいた。

「やっぱりステラさんは強敵ですね。間違いなく一歩リードしていることを自覚しての発言なのでしょう。これは今日は頑張らないと」

「あの、カタリナ様?」

「いえ、何でもないんです。それでは参りましょう」

「はい。分かりました。行きましょう」

 そして二人は王都の視察に護衛付きで出かけるのだった。


「最初は工房街から視察します」

 王女がそう言って進路を西へと向けた。

 王都の西側には大きな工房街がある。魔石から取り出した魔法の力を動力として、様々な産業が発達していて、大きな建物が地の果てまで連なっているようにみえるほど、数多くの建物が並んでいる。

 紡績、紡織、被服、木工、金属加工、ガラス加工、製紙、醸造、陶器、魔石加工など、数え上げればきりがない。魔石を使った魔道具の工房もある。主要な製造業の多くがこの王都で行われていて、王国のあちこちへと運ばれていくのである。

 最初に王女は紡績工房へと足を向けた。そしてそこの工房長と会う。

「これは王女殿下、良く参られました」

 たまに視察に来るので、工房長も王女の顔を見知っていた。

「最近、工房の様子はいかがですか?」

「最近ですか。特に困ったこともなく、順調に仕事できてますね。生産量も安定してますし、従業員達もよく働いてくれますので」

 工房長の返事を聞き、それは良かったと王女がうなずく。

「では、少し仕事の様子を視察させて頂きます」

「分かりました。ご案内致します」

 工房長に連れられ、四人は間近に作業の様子を眺めた。

 まずは原料の綿をほぐし、ゴミや異物を取り除き、異なる綿を混ぜ合わせて品質を均一にする工程があった。その隣では、針布で繊維をバラバラにして解きほぐし、方向を平行に揃えて太い紐状にしていた。その次には、櫛で短い繊維や微細な節を取り除き、より高品質な糸にする工程があった。次に糸を重ねて引き伸ばし、太さを均一にしている工程。その次の工程でその糸をさらに細く伸ばし、軽く撚りをかけて粗糸にする。そして精紡機で、粗糸を規定の太さまで引き伸ばし、最終的な撚りをかけて単糸にする。最後にできた糸をコーンなどに巻き返し、残った小さなゴミなどを除去して綺麗な糸に仕上げ、出荷できる形にする。それらの一つ一つの工程が、魔石を使った動力を用いた機械と、それを操作する人間とで、連携して作業が行われるのである。

「相変わらず見事な仕事ですね。素晴らしいと思います」

 王女が褒めると、工房長が頭を下げた。

「これも王国からの魔石の供給あってこそです。こちらこそ、いつもありがとうございます」

 十分に視察をして、四人は工房の外に出た。

「いかがでしたか、先生」

 フラビオは心底感心していた。

「糸一本作るのに、これほど大変な作業があるとは驚きでした。機械を作った人間もすごいし、その機械を使って糸を作る方もすごい。カタリナ様は、時々こうやって工房を視察して、問題がないか確認しているんですよね。その視察も立派な仕事だと良く分かりましたよ」

「お褒め頂いてありがとうございます。私も王家の一員ですから、時にはこうして工房の具合を確かめるために、視察を行っているのです」

「なるほど。良く分かりました。ですけど、それでしたら俺が一緒に行く意味って、あるんでしょうかね」

 王女が突然平手でフラビオの背中を叩いた。結構な力で、少しだが痛い。

「いいじゃないですか。先生と視察すれば、何か新たな発見があるかもしれないと、そう思っただけですから」

 これはせっかく一緒に視察を楽しんでいるのだから、細かいことは言わないようにという意味だろう。フラビオはそう考えて、追及するのを止めた。

「そうですね、ご一緒させて頂いて光栄です」

「そうですよ、先生。では、他の場所も視察していきましょう」

 王女が美しい顔に微笑を浮かべた。まあ、これはこれで楽しめるからいいかと、フラビオも思ったのだった。


 それから他の紡績工房や紡織工房、被服工房などを回り、王女が仕事の様子を確認する。どの工房にも働く人が大勢いて、そして見事な機械が稼働している様子が見られた。それだけでも、十分に見て行く価値のあるものだとフラビオは思った。

「同じ公務でも、やっぱり先生と一緒だと楽しいです。来て頂いて、私、とてもうれしいです」

 あ、また楽しいって言ったな。結局、公務とは名ばかりのデートじゃないか。まあ、護衛の二人も一緒だけど。フラビオはそんな風に思ったが、自分も楽しんでいるので文句のつけようがない。

「俺もいろいろな物作りの様子が見られて、とてもためになります。お誘い頂き、ありがとうございました」

 そう答えるのが精々であった。

 次にガラス工房へとやってきた。食器類なども作っているが、一番大変なのは板ガラスを作る工程だった。

 まず、高温に加熱したガラス球に空気を吹き込み、円筒形のガラスを作る。その上下を切り取り、縦に二つに割る。それを再度過熱し、金属板の上で広げることで平らなガラスができる。そのガラスは表面に凹凸が残っているため、綺麗な平面を出すために研磨する。そうしてようやく板ガラスが完成するのである。

 それらの工程を一つ一つ見て回り、フラビオはとても感心していた。なるほど、これだけの手間暇をかけて作るのだから、板ガラスが高価なはずである。王都の中でも富裕な階層でなければ、窓にガラスを使えないのも納得がいく。ガラス職人の大変さを初めて知ったのであった。

「先生はとても熱心に見ていますね」

「いや、これほどガラス作りが大変だとは思ってなかったんです。これは技術と労力の粋というものですね」

 そして王女が工房長と言葉を交わす。

「相変わらず素晴らしい仕事ですね」

「ありがとうございます。当工房では、職人達の健康に気を付けながら、良質のガラスを作るため、日頃から鋭意努力しておりますので」

「ええ、見ていればわかります。ご苦労様と申し上げておきます」

「光栄です。今後も当工房をよろしくお願いします」

 王女はあくまで視察という公務を果たしていた。デートはあくまでおまけのようだった。一緒に行こうと誘われて来たものの、結局自分は物珍しい作業を見物しているだけだなあと、フラビオは思っていた。

 とは言え、見事なものは見事である。工房長に見送られ、工房を後にしながら、感心しっぱなしのフラビオなのだった。


 そして次に醸造工房へとやってきた。まずは酢などの調味料を作る工房から視察する。

 大きな醸造樽の中で、一度酒になった原料をさらに発酵させて酢にする工房だった。

 ここでも工房長と面会し、具合を尋ねる。

「殿下にはいつもこうして視察頂き、ありがとうございます。うちの工房は順調ですよ。ちょうど出荷直前の出来立てがありますので、ぜひ味見をお願いします」

「ありがとうございます」

 ここで護衛の出番である。王女が口にするものを毒見し、安全を確認するのである。護衛の一人が差し出された小さな器の酢を軽く飲む。異状がないことを確認し、王女に伝える。

 王女がうなずき、味見をする。フラビオももちろん相伴に預かった。ただ酸っぱいだけでなく、きちんと旨味も出ていて、飲んでもおいしいくらいの見事な酢であった。

「いいですね。見事な出来だと思います」

 王女が褒めると、工房長がうれしそうに礼を言った。

「そう言って頂けるとうれしいですね。今回もよく売れることでしょう」

「ええ。きっと良い評判を頂ける商品になるでしょう」

 そして、今度は隣の酒の醸造工房へと足を運ぶ。ここはエールを作る工房であった。酢の工房と同様に、巨大な醸造樽がいくつも並んでいる。

「王女殿下、良くお越し下さいました」

「調子はどうですか」

「はい。うちはいつでも順調ですよ。その証拠をぜひ味見していって下さいませ」

 工房長の言葉に合わせて、工房の職人が味見用の小さなグラスを持ってきた。そして味見用のエールを注ぎ、差し出してくる。

 ここでもまた護衛二人が先に毒見をする。異状がないことを確認し、王女にうなずいて見せた。

「ありがたく頂きます」

 王女とフラビオもエールに口を付ける。気泡の刺激が舌を刺した後、まったりとしたコクが口の中に広がる。飲み下すと、爽やかなのどごしがして、後には麦のもつ旨味が残る。確かに見事な出来であった。

「とてもおいしいですね。実に素晴らしい品質です」

「お褒め頂きありがとうございます。良いものが提供できるよう、我が工房でも細心の注意を払って製造しておりますので」

 工房長がうれしそうに答えた。

「では、私達は他の工房へと参ります」

 王女の言葉で四人が移動する。工房長がそれを見送って、深々と頭を下げた。

 次は蒸留酒の工房だった。いわゆるウイスキーの工房である。

 広い空間に巨大な発酵樽があり、そこで原酒が作られる。その隣の部屋には蒸留器が並んでいる。原酒を蒸留し、樽に保存する。最低でも三年、良いものでは十二年以上樽で熟成させるのである。

 蒸留したての物を味見させてもらったが、酒になったばかりという感じの味で、それほど旨味はない。しかし、それで蒸留の出来栄えを見極め、良ければ熟成を、今一つの物は再度蒸留に掛けて修正するのである。熟練の職人でないと難しい酒造りであった。

 十二年熟成し、調整を済ませて出荷直前になっている品も味見させてもらった。こちらはうまさも香りも全く違う。

「素晴らしい味と香りですね。これこそ正に本物の酒という感じがします」

 フラビオも味見したが、まず舌を焼くような強いアルコールを感じた後、素晴らしい芳香が口の中に広がり、舌の上には旨味の花が咲くような感じがする。飲み下すと、喉を焼くような感覚の後、良い酒のもつ特有の味と香りが口の中に残る。胃が温まる感触と共にその余韻に浸ると、良い酒を飲んだという満足感が体に残る。

「これが本物のウイスキーですか。実は俺も初めてです。こんなにおいしい酒がこの世にあるとは、初めて知りました」

 フラビオが王女にそう話すと、王女はうれしそうにうなずいた。

「それは良い経験になりましたね。先生にご満足頂けて、今回の視察に来て頂けた甲斐がありました」

 そして王女が工房長に向き直る。

「とても良い品でした。今後もこのような良い品が提供できるよう、工房のみなさんに期待したいと思います」

「ありがとうございます。職人一同、今後も精進致します」

 王女が軽く一礼して工房を立ち去る。ここでも工房長が深々と頭を下げて見送ってくれた。

「カタリナ様は、いつもこうやって視察をされているんですか」

 何気にフラビオが尋ねると、王女がうなずいた。

「視察自体はこんな感じです。工房長の話を聞き、作業の様子を確認して、異常や不具合などがないかを見ているんです」

「視察は頻繁にするものなんですか」

 これも当然の疑問だった。

「いえ、さすがにそんなに頻繁には工房視察は行いませんよ。作業の邪魔になってもいけませんし。年に数回というところです。今日の視察は前もって決まっていたことだったので、フラビオ先生にも貴重な機会になるかと思い、お誘いしたんです」

 王女は厚意でフラビオを誘ってくれたのだった。その話を聞いた時はどうかと思ったが、実際に一緒に来て良かったとフラビオは思っていた。

「そうでしたか。お誘い頂きありたく思います。以前にも見物に来たことはありましたが、ここまで詳細には見られなかったので、今回はとても勉強になりましたよ」

「そうですか。お誘いした甲斐がありましたね。では、もう少し見て回りましょう」

 そして一行はまた次の工房へと足を運んだ。


 次に製紙工房を視察した。

 最初に、原料となる木材やぼろ布、古紙などを細かく粉砕するのに、魔石を用いた動力が使われていた。それを水に溶かし、平らな網ですくい取ることで紙ができる。その濡れた紙を網から外し、平らなところで乾燥させると完成である。それらの作業は人力だった。大勢の職人が紙漉きや乾燥のために忙しく立ち回っている。

 完成した紙は、また別の工房で本を作るのに使われたり、定形に裁断されて帳面などに用いられる。とにかく、ひたすらに紙を量産していく作業は、見ていても大変なものであった。

「普段、何気なく使っている紙も、これだけ苦労して作られるんですね」

「そうですね。せっかく苦労して作られた物ですから、紙でも何でも、王宮でも無駄遣いしないよう十分に気を付けているんですよ」

「なるほど。良く分かります。俺も気を付けるようにしますよ」

 そこの工房長と王女が言葉を交わし、工房の具合を確認したところで次の場所へと移動する。

 木工や金属加工の工房を見て回ったところで、工房街の視察も一区切りである。

 最後に、工房街の中にある食堂街を視察した。工房街で働く人々が食事を取るための施設である。各工房より運営費が一部提供されているので、一般の料理屋よりも安い値段で食事を取れるのである。

「この食堂街には気が付きませんでした。なるほど、値段も安いし、大勢の人達が一斉に食事が取れるようになってますね。こういうところまでよくできているのですね」

 フラビオが感心した。働く人の食事について考える必要があるのは、考えてみれば当然だが、それをしっかり形にしているところが見事だと思っていたのである。

「しっかりした食事がなければ、働く人達も満足に動けないでしょうから、とても重要なことなんですよ」

 ダンジョンでも腹が減っては戦えない。それと同じことである。

 そして食堂街を一通り回ったところで、十二時の鐘が鳴った。

 それぞれの工房から大勢の人々があふれるように出てくる。昼食休憩の時間なのである。

「こんなに大勢の人が働いていたんですね」

「そうですよ。工房街全体で二万人ほどは働いているはずです」

 すっかり師弟の立場が逆転している。王女にいろいろと教わって、フラビオも感心してばかりであった。

「工房街の視察はこれで終わりです。私達も昼食に致しましょう」

 王女がそう言って、商店街へと足を向ける。

「食事を取る店は予約済みです。さあ、参りましょう」

 王女に連れられて、フラビオと護衛二人も一緒に移動する。

「いかがでしたか、先生」

「ありがとうございました、カタリナ様。とてもためになる視察でした」

「そうですか。それは良かったです」

「カタリナ様も、工房長の話をよく聞き、しっかりと働く人の様子を見られていましたね。良く公務を果たされているものだと感心しました。やはり王族の一員なのだと、改めて感銘を受けました」

 フラビオに褒められて、王女がうれしそうに笑みを浮かべた。

「お褒め頂き、ありがとうございます」

 そして王女は胸を張って答えた。

「これでも王家の一員ですからね。王都の住人のためにきちんと公務を果たすのは当然のことです。ただ、この仕事もやりがいはありますけど、前にも言いましたが、ダンジョンで魔物と戦う方が性に合ってるとは思っていますけどね」

 前半はともかく、後半は胸を張って言うようなことなのだろうかと思わずにはいられない。それにしても、美しい外見に加えて、見た目以上に胸が大きい。ちょっと目のやり場に困るフラビオであった。

「昼食は評判の良い店ですので、楽しみにして下さいね」

 笑顔が素敵な王女だった。ダンジョンの中とは違った魅力がある。この王女に付き合うのも案外楽しいと思いつつ、雑談をしながら一緒に歩いていくフラビオであった。

 オルクレイド王国の産業紹介編です。前にステラと一緒に少し回った工房街が舞台です。調べて驚いたのが、やはりガラス産業でした。板ガラス製造の大変さを知り、ぜひ描こうと思った次第です。酒造りもいいですよね。

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