第四十五話 王女殿下への指南の日
明日は、フラビオが王女と約束した日だった。王女も公務などの所用があるので、指南のできる日は限られている。そのため毎回約束をして日を決めて、カルスのダンジョンに行くことになっていた。一緒にダンジョンに行くのも、これで四回目である。
「何だかんだと楽しみにしているのか、俺は」
最初は頼みこまれて仕方なく指南していたのだが、王女の真っ直ぐな向上心に感心し、その成長を見届けたくなったのである。後進の育成がこれほどやりがいがあるものとは思ってもいなかった。今は、いろいろなパーティへの指南も含め、意義のあることだと思ってかなり積極的にやっている。
「とにかく、王女の成長がみられるのは楽しみだな」
そんな風に思いながら、フラビオは眠りに就いたのだった。
翌朝、朝食と支度を済ませると、フラビオは早々にダンジョンに向かう。約束は九時だが、それより前に到着しておく必要があった。いくら指南役でも、王族を待たせるわけにはいかない。毎回それは守っていた。
そして王族専用の馬車がやってくる。相変わらず見事な装飾がなされた見事な馬車である。それが目の前で止まり、護衛の手によって扉が開かれる。
中から一人の年若い女性が出てくる。豪華な金髪は肩甲骨までの長さで、陽光にきらめき、きれいに透き通っている。青い宝石を思わせる瞳に真っ白な美しい肌。顔の造作も整っていて、若々しく瑞々しい。服装は動きやすさを重視して騎士服のような格好だったが、それでも誰が見ても美しいと思うだろう女性だった。それがオルクレイド王国第二王女カタリナ殿下その人であった。
「フラビオ先生、お久しぶりです!」
前回からまだ六日しか経っていないが、王女の感覚では久しぶりだったのだろう。うれしそうにフラビオの元へ駆け寄ってくる。その背後には護衛の騎士が二名。最初は四名だったが、前回のダンジョン行で、二名で十分なことが分かり、人数を減らしていた。
「相変わらずお元気そうで何よりです」
フラビオも礼を取ってそう挨拶する。配下達の手前、雑な口調はさすがにできない。
「ありがとうございます」
王女は礼を返すと、目を輝かせて言った。
「私、今日の日をとても楽しみにしていたんですよ。また先生からご指南頂き、魔物と戦えることが待ち遠しくてなりませんでした」
「そうですか。相変わらずの向上心、素晴らしいと思います」
王女が魔物と戦うのが楽しみというのは発言としてどうなのかとも思いつつ、フラビオはそれも受け入れ、褒め言葉で返した。
「では、行きましょう、先生」
「はい、分かりました。早速参りましょう」
そして二人は、護衛二名と共にダンジョンへと入っていった。
馬車は一度王宮へ戻る。帰りの時間、また迎えに来ることになっていた。
さて、王女殿下が満足すればいいが、と思いつつ、フラビオは一行を先導していった。
そしてまずは地下一階へと下りる。
そこでフラビオが探知魔法を使う。
「サーチ」
魔物がいるかどうかを調べる魔法だ。すると、いつも通り反応が返ってきた。浅い階では厄介な魔物はいなかった。
「ジャイアントバット三体、ジャイアントスネーク三体、ジャイアントスパイダー一体、そんなところです。カタリナ様の腕なら、もう一撃で倒せる相手ばかりです。いつも通りに戦えば、余裕で勝てると思います」
「ジャイアントスパイダーは初めてですね。どんな魔物ですか」
「七年前、俺がカタリナ様の乗った馬車をお助けした時に出た魔物です。蜘蛛型で八本足、体長四メートルと大きくはありますが、初級魔法の二、三発かフレイムピラーくらいで片付く相手ですよ」
「ああ、あの時の魔物ですか。それはちょうどいいですね」
王女が笑みを浮かべる。あの時は怖れるばかりで何もできなかったが、今は違う。魔法という強力な武器が自分にはある。違う個体だが、雪辱を果たすには良い機会だと思っていた。
「では、せっかくの機会なので、遠慮なく戦ってみましょうか」
「分かりました。では、ジャイアントバットから順に倒しましょう」
しばらく歩いて、目的の魔物がいる場所へと到着する。
ジャイアントバットは体長一メートルくらいのコウモリの形をした魔物である。不規則に飛び回るので、攻撃を当てるのが難しい相手だ。
「前回と同じく、三体までなら、私一人で十分です」
確かに見事な回避と攻撃で、前回は三体を見事に倒し切っていた。
「分かりました。では、お任せします」
フラビオも王女を信用して後に下がる。護衛二人も王女の邪魔にならないよう後方で待機していた。
「では、参ります」
王女が一人で前進する。ジャイアントバット達がその動きに反応し、接近してきた。
そして襲い掛かってきたバットに向けて、王女が早々に魔法を放つ。
「ウィンドカッター!」
接近してくるときは動きが単調だし、的も大きくなる。そこを逃さず、真空の刃の魔法で見事に斬り裂いていた。バットの一体が霧状になって消えていく。
しかし、勝利の余韻に浸ることなく、王女は油断なく回避運動に移る。不規則な軌道ゆえに、攻撃が読みにくい、それでも鍵爪が接近してきたのを落ち着いて見切り、右に左にと回避する。メイジ一人で戦っているので、わずかな傷でも戦闘力が格段に落ちる。絶対に回避する必要があった。
「見事な回避ですね。前回もそうでしたが、今回も良く動けています。カタリナ様はさすがですね」
護衛二人を安心させるように、フラビオはつぶやいた。レベル十でこれだけの回避ができるのは、本当に見事な技なのである。
「ウィンドカッター!」
二発目の魔法が放たれた。先程と同じく、バットが接近して攻撃してくるところをカウンターで狙い撃ったのである。見事にその一撃でバットを両断し、倒していた。その一体も霧状になって消えていく。
残りの一体はもう余裕である。
あっさりとバットの攻撃をかわした王女は、先程までと同じ要領で真空の刃の魔法を放つ。
「ウィンドカッター!」
ジャイアントバットが真っ二つに斬り裂かれ、地上に落ちる。そして霧状になって消えていった。ここまでわずか三分ほど。王女の圧勝だった。
そしてきちんと自分の状態を把握する。
「私は無事、先生も護衛も無事。魔法が残り三十七回、異状はなし、と」
戦闘後のこの確認もフラビオに教わったことだった。それを忠実に王女も守っていた。
「お見事です。修練を欠かしていないことが良く分かる回避でした。一撃必中もとても良かった。さすがでしたよ」
フラビオが王女を絶賛した。
「ありがとうございます。私も良く戦えたと思います。フラビオ先生とダンジョンに潜ると、やっぱり充実した戦いができてうれしいです」
護衛二人が顔を見合わせた。城にいる時より、王女が生き生きとしていると思ったのだ。この二人、王女のダンジョン行に付き合うのは初めてだったのである。
そんな心情を見て取り、王女が護衛二人に声を掛けた。
「二人にも心配を掛けますね。ですが、並の魔物に負けるほど私は弱くありません。それに危険があれば、フラビオ先生が必ず助けてくれますので、どうか安心して見ていて下さい」
「承知しました、王女殿下」
二人が一礼してそれに答えた。王女が言うからにはその通りなのだろうと信じ切っていた。
「では、次に参りましょうか」
王女がフラビオを促す。フラビオもうなずいて、先へと進むのだった。
探知した場所の近くに来ると、遠くに三体の魔物が見える。
「ジャイアントスネーク三体、お任せしますよ」
先手でフラビオがそう言った。前回も、一体につき初級魔法の一発で倒していた相手だ。今の王女なら何の心配もいらない。
「お任せ下さい。必ず勝ちます」
行く手に全長三メートルほどの蛇型の魔物が三体いる。噛みつきや尻尾攻撃、締め付けなどが恐ろしい相手だが、その攻撃をかわすことができるなら何の問題もない。
「では、行きます」
またも王女が一人で前進する。フラビオと護衛は後方で待機だ。
無造作に接近してくる人間を感知し、ジャイアントスネークが動き出す。繰り返すが魔物に知性はないはずである。それでも三方向から迫ってきて、一斉に襲い掛かるような動きだった。
そこで王女も動きを変えた。まずは右手から迫ってくるスネークに的を絞ったのだ。必然的に、その方向のスネークとの距離が縮まる。
そのスネークが飛んだ。飛びついて一気に噛みつこうとする動きだった。
王女は冷静にその動きに備えていた。
「アイシクルランス!」
スネークの口が迫ってきたところで、氷の槍の魔法をそこに放った。槍がスネークの口を貫き、体を引き裂く。倒れたスネークが霧状になって消えていく。フラビオが最初に言った通り、王女の腕前ならこの程度の魔物は一撃で倒せるのだ。
それから王女は右回りにスネークへと接近した。さすがに二体同時に襲われる危険は避ける必要があったのだ。
そして口を開けて迫ってくるもう一体のスネークに、同じように氷の槍の魔法を放つ。
「アイシクルランス!」
二発目も、狙い通り見事に口の中に突き刺さっていた。口から体まで引き裂き、そのスネークを倒した。そしてスネークが霧状になって消えていく。
ジャイアントバット戦でもそうだったが、魔法を確実に命中させ、一撃で倒すために、王女はあえてカウンターで魔法を撃ち込む戦い方を選択していた。大した相手でもないので、余計な体力や魔法力を消費しないためにも、最善の選択であった。
そして最後の一体。やはり知性のない魔物ゆえに、他の二体と同じように正面から噛みつきに来た。それでも王女は油断なく間合いを見切り、迫ってきた口に向けて魔法を放った。
「アイシクルランス!」
氷の槍がジャイアントスネークの口に突き刺さり、同じように体まで引き裂く。スネークが倒れ、霧状になって消えていった。
「先生と護衛、私、みんな無事。魔法が残り三十四回、異状なし」
いつもの基本行動をこなすと、ふうと一息ついてゆっくりと戻る。
「先生の言われた通り、全て一撃で倒せました」
そして戦いの後だが、王女は穏やかな笑みを浮かべた。
「先生とこうして魔物と戦えるのは、やはりうれしいことです。王宮での公務もやりがいはありますが、実戦の方がはるかに充実感があります。先生と七年前に出会って、強くなろうと思うようになってから、私はこれをずっと待ち望んでいたのかもしれません」
第二王女は本物のメイジだった。それが本領なのだと彼女自身が望み、実現していたのである。フラビオはこの不思議な王女が、以前からの冒険者仲間であるようにさえ感じていた。
「俺もカタリナ様とダンジョンに潜るのを気に入っています。一人で魔物を倒している時より、カタリナ様の成長を見る方が気分がいいんですよ。カタリナ様に誘ってもらえて良かった」
それはフラビオの本音だった。そうと知って、王女もうれしそうな表情を浮かべる。敬愛する師に喜ばれていることが誇らしいのだ。
「さて、次に行きましょう、先生」
「次はジャイアントスパイダーですね。じゃあ行きましょうか」
ジャイアントスパイダーは、体長四メートルを超える大型で蜘蛛の形をした魔物である。体高も二メートルはあるだろう。長い足を使って突き刺すような攻撃をしてくるが、他の魔物より脅威度は低い。
「見るからに大きいですね。七年前、護衛の騎士達が敵わなかったのが良く分かります」
王女が納得したように言う。これほど大きな蜘蛛の足が、自在に動いて襲ってくるのだから、対処は確かに難しいだろう。
「ですが、メイジにとってはただの大きな的です。遠慮なく倒して下さい」
フラビオが真剣な表情で、王女をけしかけるようなことを言う。七年前、王女の乗った馬車を襲ったジャイアントスパイダーを、フラビオは魔法の一撃で倒し切った過去がある。それを王女も再現できるだろうと思っていたのである。
「分かりました。最大火力で一撃必殺を狙います」
王女もその言葉に乗って、やる気を高めていた。
「では、参ります」
王女が一人で前進していく。例によってフラビオと護衛は後方で待機だ。
ジャイアントスパイダーが近づいてくる人間に反応した。そして、思った以上に素早い動きで王女に接近し、二本の前足を同時に振るってきた。
「なるほど、蜘蛛型、速いですね」
王女にはそんなことを考える余裕があった。
前足の攻撃を軽くステップを踏んで回避すると、即座に反撃の魔法を発動させた。
「先生のように一撃で! フレイムピラー!」
炎の中級魔法だった。炎の柱が巻き起こり、ジャイアントスパイダーの全身を包み込む。高熱に焼かれて、ジャイアントスパイダーの動きが止まる。
その炎はスパイダーを焼き尽くし、見事に一撃で倒し切っていた。魔物が霧状になって消えていく。一瞬の戦いで、王女は七年前の雪辱を果たしたのだった。
「全員無事、魔法残り三十二回、異状なし」
王女がいつもの確認をして、フラビオ達の所へと戻る。
「これが魔法なんですね。魔物を一撃で倒す力。私もようやくここまでたどり着きました」
雪辱を果たし、感慨深く思っているようだった。あの時のフラビオと同じように、ジャイアントスパイダーを一撃で倒せたのだ。王女は一つの目標を達成したのである。それは長い時間、魔法の修練を重ねてきた結果で、努力の結晶だった。
「お見事でした。中級魔法の使いこなしがしっかりしていますね。十分以上の威力が出ていましたよ。これもカタリナ様の努力が実った結果ですね」
王女が微笑を浮かべて、フラビオの褒め言葉に答えた。
「ありがとうございます。思い返せば、七年前、これと同じようにして先生は魔法を使って、私達を救ってくれたのでしたね。私にもそれができたことがとてもうれしく思います。私ももちろん努力していますが、それ以上に先生と再会し、ご指南頂いたことが成果につながったのだと思います。これからも私のこと、よろしくご指南下さい」
「もちろんです」
フラビオも微笑を浮かべて王女に答えた。これだけ頼りにされ、成長を見られるのはかなりうれしい。
王女がふうと一息ついて言った。
「先生、少し早いのですが、昼食休憩にしませんか」
「そうですね。キリがいいので一休みしましょうか」
そして護衛の二人も入れて、その場で座り込む。
昼食と言っても、精々パンが二つだけである。それと水筒の水。各自持参しているそれを取り出し、みなで食べ始めた。
「ところで先生、ダンジョンではいつも丁寧な口調なんですね」
パンをかじりながら、王女がそんなことを聞いてきた。
「まあ、それは、護衛のお二人の手前、雑な言葉では申し訳ないだろうと。こんな俺でも配慮はするんですよ」
ふーん、という感じで王女がフラビオを見据える。
「前から思っていたのですが、先生に丁寧な口調をされると、少し距離があるように感じてしまうのです。以前、レッサーデーモンと戦った時のように、普通の口調で話してもらえた方が気が楽なのです」
なるほど、確かにそうかもしれないとフラビオは思った。丁寧な言葉を使うと距離を感じるということはあるかもしれない。気心の知れた相手なら、ぞんざいな口調で話すのが普通だろう。
「そうですねえ。カタリナ様が言われるのも分かりますが、やっぱり王族に不敬な言葉は使えないですね。前の時はギリギリの戦闘でしたから、ついいつもの口調になってしまいましたが、普段はこれでご容赦下さい」
それは王女も分かっているので、これまで指摘しないでいたのである。しかし、王女には王女なりの理由があった。
「だって、先生に丁寧な言葉を使われると、ステラさんやナタリーさんには勝てないような気がするんです」
「勝てないって、あの二人と何か勝負をしているんですか」
「そうです。先生と一番親しくなれるのは誰かという競争なんです」
フラビオが目を丸くした。思わず手に持ったパンを取り落としそうになる。そう言えば、好意を寄せているとか何とか、以前にも王女は言っていたが、それはまだ続いているようだった。
「そ、そうなんですね。それは光栄です」
フラビオの答えが正しかったのかは分からない。しかし、好意を否定されなかったことで、王女は気分を良くしたようだった。
「先生みたいな素晴らしい方に出会えて、私はとてもうれしいのです。これからはダンジョンだけでなく、どこかへご一緒できると、なおうれしいと思っているんですよ」
「ありがとうございます。……うーん、なんか違うような気もするなあ」
「ふふ、やっぱり先生はいいです。大好きですよ」
王女が笑顔を浮かべて真っ直ぐに好きだと言ってきた。
それはそれでどうなんだろうと思いつつ、王女の気持ちを否定することのできないフラビオなのだった。
王女殿下とダンジョンに潜るのも四回目です。毎回着実に成長している姿を見て、指南しているフラビオもやりがいを感じているのです。でも、王女の側からすると、尊敬と敬愛の他に、好意も混じっているのでした。




