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その魔術師はがめついだけじゃない  作者: たわしまつわ


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第四十話 デートの午後

「この後の予定は?」

 食後のお茶もなくなるころ、フラビオが尋ねた。今日はどこでもナタリーに付き合うつもりだった。

「露店市はどうですか。賑やかで、品物も多くて、楽しいと思いますよ」

 露店市は文字通り、店を構えるのではなく、露店の集まった場所である。 デートにしては色気のない場所だが、独特の雰囲気が良い。ナタリーは二人で楽しめるのではないかと思っての提案だった。

 王都の南側一帯は、本来は軍が展開するための開けた場所だった。しかし、平和が続き、軍事に利用されなくなってから、少しずつこの場所に露店が開かれるようになった。この百年ほどの間に、元々の用途は忘れ去られ、今では露店がひしめき合う場所になっていた。雑貨屋、乾物屋、果物屋、装飾品屋、道具屋など雑多な種類の露店が所狭しと乱立している。しかも混在していて、八百屋の隣が茶葉の店といった具合に整然さとは程遠い。しかし、商店街で買うより値段が安いことが多く、掘り出し物もあることから、常に猥雑なほどに賑やかである。

 以前、ステラと一緒に訪れたことがあった。その時もいろいろな店や品揃えを見るのは楽しかったのだが、次々とトラブルが起こった。迷子にスリに絡んできた男達。それはそれで良い思い出である。

「悪くないな。たまには賑やかなところもいいだろう」

「じゃあ、それで決まりですね」

 そして二人は店を出た。勘定の銅貨二十六枚はフラビオが支払った。

「ごちそうさまでした。ありがとう、フラビオさん」

「このくらい、お安い御用だ」

 二人は揃って王都の南側へと向かっていった。


 露店市は大勢の人で賑わっていた。細い通路は人の往来が多くて、すり抜けるようにしないと進めないほどだった。

「相変わらず賑やかだな」

「フラビオさんは、たまに露店市に来るんですか」

「いや、前回も人に連れられてきたくらいで、自分一人では来ないな」

「私はたまにお茶とか乾物とか買い出しに来るんですよ。やっぱり安いですからね。たまに掘り出し物もありますし」

 ナタリーもなかなか逞しい生活力があるようだった。ここは一人で買い出しに来るには猥雑すぎる。それでもこの中で買い出しできるのだから大したものだと、フラビオは思わずナタリーを見直してしまった。

「装飾品、見てもいいですか」

「もちろん。欲しかったら俺が金を出してもいいぞ」

「いえ、見るだけでいいです。こういう品は商売の邪魔になるので、滅多なことでは身に付けないんですよ」

 きれいな顔立ちをしているのだから、飾りくらいつけてもいいだろうにとフラビオは思ったが、そこはナタリーとしても商売優先という価値観を優先しているようだ。

「でも、見るのは好きなんです。品ごとの美しさとか、加工の大変さとか、見ていて感心するんですよ」

「なるほど。そういうのもありだよな」

 そして二人は装飾品の露店の前で止まる。

「例えば、このかんざしとか、先の飾りがとても凝ってますよね。手作りでこういうのを作れるのはすごいなあ、とか思いませんか」

 ナタリーが目を輝かせて品物を見ていた。こういう姿を見ると、フラビオも良かったと思う。そして一緒にその品の良さに感心する。

「確かに見事な細工だな。そういうのに感心するのも分かるな」

「でしょう。このネックレスとかも、見事な金属細工の土台に宝石をはめ込んでいるでしょう。綺麗だなあって思ったりとか」

「なるほど。ナタリーはこういうのを見るのが好きなんだな」

「そうなんです。あ、ごめんなさい。私ばっかり楽しんでしまって」

 ナタリーは謝罪をしてきたが、フラビオは気にしていなかった。どちらかというと、むしろ好ましいと思っていたくらいだ。

「いや、連れが楽しんでくれると、俺も楽しいから構わない。むしろたくさん楽しんで欲しいと思うくらいだ。遠慮しなくていい」

「やっぱりフラビオさんは器が大きいですね。こんないい人と友達になれて良かったです。じゃあ、遠慮なく楽しみますね」


 それからも二人はいろいろな店を見て回った。

 雑貨屋でいろいろな品物を見る。小物を収納するケースや携帯用のポーチなど、中々便利そうな物もあった。財布やタオルなどの日用品もある。

「この布袋、ダンジョンでも便利そうだな。魔石を入れておくのにいいかもしれない」

「魔石ってあれですよね、工房街で動力源に使ってるっていう。ダンジョンで取れるものなんですか」

「ああ。ダンジョンで魔物を倒すと落とすんだよ。ただまあ、魔物が倒せるようになるには、かなりの訓練が必要なんだ。冒険者関連の学院、魔法を学ぶ魔法学院とか、戦士を育成する武術学院とか、そういう場所で三年間みっちり修練を積む必要があるんだよ」

「じゃあ、フラビオさんも魔法学院の出身なんですね」

「もちろんそうだ。ナタリーが商業学院で学んだのと似たような感じだな。おっと話が横道にそれたな」

「いえ、それはそれで興味ありますから。フラビオさんがどんな風に魔物と戦ってるかとかも興味あります」

「そうなんだ。でも、言うほど面白いものでもないけどな。俺はメイジだから、魔法でドカンと一発。それで大概終わりだ」

「はあ、そうなんですね。ちょっと想像つきません。でも、やっぱり一発で倒せるんですね。すごいです」

 そんな雑談をするのも楽しい。誰かと一緒にのんびり見たり話したりするのも良いものだとフラビオは思っていた。

 隣の露店では木彫り細工が売られていた。

「これ、熊ですね。よくできてますね」

「そうだな。猫も犬も、とてもいい出来だと思う」

 人の手によって一つ一つ丁寧に彫られているのが分かる。小さな物では銅貨三十枚、大きな物は銀貨三枚ほどする。さすがの露店でも、手作り品をそれほど安くはできないようだった。

「こういうのを家に飾るのもいいですね。温かみがあって」

「そういう人のために売られているんだろうなあ。俺は冒険者ギルドで間借りの身だから、こういうのは置けないんだ」

「一人暮らしなんですね」

「まあ、そうだ。ただ、同じギルドに多くの冒険者が寝泊まりしてるから、そういう意味では共同生活かもな」

 その隣は古着屋だった。

「大きな声では言えませんが、安いだけあって、かなり着古された品が多いですね」

「確かにそうみたいだな」

「でも、部屋着とかで使い潰すのには、これで十分でしょうね。そういう客層を狙った品揃えなんでしょうね」

「でも、ちょっと見ただけじゃ、それほど気にもならないけど。気にする人は気にするのかな」

「丁寧に繕ってあるからですね。布地の痛みが目立たないよう、洗濯もしてあります。すごい手間がかかってますね。仕入れ値より人件費の方が高くつくんじゃないかなあ」

「さすが商人の娘。ナタリーの目利きは大したもんだな」

 そんな風にして、いろいろな露店を見て歩いていた時、ナタリーが通行人とぶつかってしまった。

「あ、すみません」

 反射的にナタリーは謝ったが、今回は相手が悪かった。厳つい顔つきをした、筋骨逞しい男二人組だったのである。それでも性格が良ければ何事もなかっただろうが、質の悪い輩であった。

「おい姉ちゃん、どこ見て歩いてやがるんだ。ちょっとこっちへ来い」

 ナタリーは少し怖がったが、隣にフラビオがいるのを思い出し、まずはフラビオに声を掛けた。

「どうしましょうか」

「この人混みの中で騒ぎにはしたくないな。一旦、大人しく言うことを聞こうか」

 それにしても、この種の輩はどこにでもいるものだなと、フラビオは表情に出さず、内心で苦笑した。腕自慢なのだろうが、とんだ迷惑である。

「俺達から逃げようだなんて思うなよ」

 そう言って男達は、フラビオとナタリーを挟み込むようにして進んでいく。しばらく歩いて露店市を抜け、城壁に近い空き地へと出た。

「さて、それじゃあぶつかった詫びをしてもらおうか」

 指を鳴らして威嚇しながら男が言う。

「詫びって、もう謝りましたけど」

 ナタリーも隣にフラビオがいるので気が強くなっていた。強盗をあっという間に片付けたフラビオの強さを信じていたのである。

「言葉だけじゃ足りねえな。きちんと誠意をもって払ってもらうぜ」

「そうそう。あんたいい女じゃねえか。体で払うのが筋ってもんだろ」

 二人組の男がにやにやしながらそんなことを言ってきた。

「お断りしたらどうなるんですか」

 ナタリーはまだ強気である。

「決まってんだろ。そっちのおっさんが痛い目見るんだよ」

「その後でたっぷり楽しませてもらうことにするさ」

 品性が下品なのは仕方ないのかもしれないが、聞くに堪えない言葉だった。フラビオも内心で結構頭に来ていた。

「そうか。俺が痛い目に遭うのか」

「そうだぜ、おっさん。今頃怖くなったのか」

「いや、あんたらには無理だろ。とっとと失せた方が身のためだぞ」

 ここで思い切り挑発する。人間相手でも、こういう輩には遠慮は無用だろうと思ったのである。

「何だと、生意気言うんじゃねえ」

 そして男が殴り掛かってきた。この種の連中は、やはりやることがみな同じだ。腕力にものを言わせて、相手に言うことを聞かせようとする。

 並の相手にはそれも通じるだろう。しかし、フラビオには通じない。拳を軽く叩いて逸らすと、男の頬を平手で叩いた。

「うぶぇっ」

 男が奇声を上げてのけぞる。それでも十分に手加減をした一撃だった。

「痛い目を見るって、こういうことでいいのか」

 フラビオが冷たく言い放つ。

「痛えじゃねえか。何しやがる」

 頬を打たれた男が怒り出した。そして再び拳を振るった。

 フラビオは軽く下がってそれを避けると、今度は反対側の頬を叩いた。

 今度は一撃でなく、右から左、左から右へと、五回連続で男の頬を打つ。その度にパーンと高らかな音がしたが、もちろん手加減していた。

「い、痛い。な、何なんだこいつ」

 頬を打たれた男が半分泣き顔になった。

 もう一人の男がため息をつき、代わりに前に出てきた。

「だらしねえなあ。俺がやっつけてやるよ」

 そしてその男も拳を振りかぶる。

 フラビオはその拳が放たれる前に一歩間合いを詰め、その男の頬を叩いた。それも先程の男と同じように連続で五回。高らかな音がして、男が痛みに後ずさる。

「い、痛え。何なんだ、こいつ」

 男がさすがに怯えた表情になった。

 フラビオが容赦なく言い放つ。平然とした様子が返って恐ろしい。

「まだ痛い目を見たいなら言ってくれ。俺も遠慮はしないから」

 腕力が通じない相手だと、さすがにこの二人にも分かったらしい。

「ち、ちくしょう。覚えてやがれ」

 そう言って、二人は走り去っていった。

「ナタリー、怖くなかったか。大丈夫か」

 フラビオが心配して聞いてみると、当の本人は涼しい顔だった。

「全然。だって、フラビオさんが一緒でしたから。これほど強い人がいるのに、怖がる理由なんてないですよ」

 フラビオが安堵の息をつく。そして、怒った口調で言った。

「にしても、下品な言い草だったな。ああいうのはどうにも許せなくて、かなり本気で怒ってしまったよ」

「そうですね。私だって、大切な人にじゃないと、体を許すようなことはしないです。あんな下品な男達なんて絶対に嫌です」

 そうだろうなあ。女性の体は決してもてあそんで良いものではない。大切にするべきだと、フラビオも当然のようにそう思っていた。

 すると、そこからナタリーがちょっと推してきた。

「大切な人になら、いいかなって思う時もあるんですよ、フラビオさん」

 おっと、これは話が飛び火したな。フラビオは少し焦って話題を変えた。

「気分転換に、甘いものでも食べないか」

「それで誤魔化したつもりなんですか」

 それは通用せず、ナタリーに追及されてしまった。しかし、友人になったとは言え、知り合って二日しか経っていない。さすがに踏み込んだ関係になるつもりはない。

「その辺で勘弁してくれ。でも、何か食べるのもいいだろ」

 さすがに困って降参するフラビオだった。


 露店市の外れの方に、小さな広場があって、そこは飲食のできる場所になっていた。長椅子がいくつも置かれ、近くの店で買った物をそこで飲み食いするのである。

 フラビオとナタリーは、いろいろな料理の露店を覗いて回った。軽い食事から甘味、飲み物までいろいろな種類がある。

「これは迷いますね。そう言えば、露店市で何か食べるのは、ずいぶん久しぶりですね」

 さすがのナタリーも即決できなかったようだった。

「軽くうまい物を食べるか、何か甘いものにするか、そこら辺の希望は?」

「そうですね。今は甘いものっていう気分でしょうか」

 そしてしばらく悩んだ末に、ナタリーはクレープを選んだ。

「クレープね。俺はほとんど食べたことがないな。ちょっと楽しみだ」

 そう言うと、二人で品物を注文する。

「イチゴと生クリームのクレープを二つ」

「はい。少々お待ち下さい」

 注文を受けてから生地を焼く店だった。それほど焼くのに時間はかからない。それに具材を乗せて三角に折り畳み、包み込む。そして持って食べられるように丈夫な紙にくるむ。

「お待たせ致しました」

 ここの代金もフラビオが出した。合わせて銅貨十枚。

「え、そんな、昼食もご馳走になったのに」

 遠慮するナタリーにフラビオは明るく答えた。

「こういうのは格好も大事だろう。俺が出さないと格好がつかないからな」

 そんな返事が予測の外だったらしく、ナタリーが目を丸くした。そして、ふっと笑みを浮かべる。やはり美人には笑顔が良く似合う。

「ありがとうございます。では、遠慮なく」

「じゃあ、その辺に座って一緒に食べようか」

 空いている長椅子に二人で並んで座る。

「いただきます。……うん、おいしい」

「じゃあ、俺も。……なるほど、甘い物が食べたい時にはいいな、これ」

 二人でかぶりついていく。

「イチゴの甘酸っぱさに甘いクリームがよく合うな。それにこのほんのり甘い生地が調和して、食べ応えが出てくる感じだ。うん、うまい」

「フラビオさんは甘い物もお好きなんですね」

「そうだなあ。嫌いではないな。普段食べないってだけで。たまに食べるととてもうまく感じるな」

 フラビオはそう言って、うまそうにクレープを食べていった。ナタリーはそんなフラビオを見て、また笑みを浮かべつつ、自分の分を食べていった。

「私、フラビオさんと知り合えて良かったです。一緒にこうして楽しく観光できるのも、相手がフラビオさんだからです。王宮を一緒に見て、昼食を食べて、露店を冷やかして、こうしておやつも一緒に食べて。一人じゃこうはいかないですね。フラビオさん、ありがとうございます」

 ナタリーが笑顔でそう言ってくれた。やはり美しい女性だなと、フラビオが見とれるほどだった。

「こちらこそ、ありがとう。俺もとても気分が良かったよ。この後ももう少し、一緒に楽しく回ろう」

「そうですね。夕方までご一緒させて下さいね。それから」

 ナタリーはここで言葉を区切ると、真剣な表情で訴えた。

「次の機会もぜひ作りたいです。構いませんか」

 フラビオは一瞬目を丸くしたが、仲良くなった友人のせっかくの頼みである。これも真剣に聞き入れた。

「分かった。新たな友人ナタリーのために、またご一緒させてもらうよ」

「ありがとう。またよろしくお願いしますね」

 それから二人はクレープを食べ終えると、また露店を冷やかして回った。

 それはとても楽しい時間だった。


 帰りはナタリーをサルジオ商会まで送り、フラビオはギルドへと戻った。

「おかえりなさい、フラビオさん」

 いつものようにステラが出迎えてくれた。

「ただいま。いつもありがとう、ステラさん」

 ステラがじっとフラビオを見つめる。

「その様子だと、どうやら次回もあるみたいですね」

 そう言って、ふうとため息をつく。

「何で分かるんだ」

 フラビオが驚いてステラを見つめ返した。

「表情見ればわかりますよ。満足そうな顔してますから。あの人と一緒で楽しかったんでしょう」

「ナタリーはとてもいい人物だったからな。一緒にいて、いろんな所を見て回って、いろんな話をして、確かに楽しかったんだよ。それで次の機会もと言われて、ご一緒しようと答えたんだ」

「またライバルが増えるのかあ。フラビオさんは、見た目はともかく、中身はすごくいい人だし、すごく強いし、そのナタリーさんの気持ちも分かりますけど。でもちょっと癪に障ります」

 そこまで言って、ステラが表情を改めた。

「まあ、フラビオさんの本当の姿を知って、仲良くなりたいって思う人に悪い人はいませんからね。そのナタリーさんとは、私も友達になってみたいですね」

 そして一言付け加えた。

「でも、フラビオさん、私のこともちゃんと考えて下さいね。私だってフラビオさんと一緒に楽しく過ごしたいって思ってますから」

 それを言われるとフラビオも弱い。ステラには普段世話になっているし、その好意はありがたく思っているのだ。

「分かってる。時間のある時、また一緒にどこか出かけような」

「はい。よろしくお願いしますね、フラビオさん」

 デート回、後半です。定番のコースですが、フラビオも久々に羽を伸ばして楽しんでいます。余計な輩に絡まれるますが、今回はフラビオも珍しくかなり怒っています。とはいえ、もちろん手加減はしています。

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