第三十九話 商人の娘とデート
「それでですね、フラビオさん。明日、良ければ一日お付き合いいただけませんか」
サルジオ一家との楽しい夕食も終わり、食後のお茶をのんびり味わっていたところで、娘のナタリーが急に頼み込んできた。
「今回は本当にお世話になりましたから、そのお礼もしたいので、ぜひ。それに、せっかくの知り合えたのに、今日一日でお別れというのも寂しいじゃないですか。ご都合の方はいかがですか」
かなり強いお願いだった。ナタリーの表情も真剣である。
「うーん、冒険者だからって、毎日必ずダンジョンに行くわけじゃないからなあ。休みにしてもいいんだけど。どうするかな」
誘われるのは決して嫌ではない。今日一日でナタリーの人柄も分かった。話好きで、明るく素直な性格は好ましい。何より人に頼まれたことを断るのは何となく気が引ける。
「お願いします。お礼をさせて下さい。一緒に王都を観光して回って、食事もご一緒に。もちろん私がもちますから。私、フラビオさんと一日楽しく過ごせたらいいなって思って」
そう、嫌では決してない。これだけの美人に強く頼まれたら、断る口実を探す方が大変だ。しかし、フラビオは頭の隅でステラと王女の姿を思い返していた。うーん、あの二人に知られたら何か言われそうだなあ。そんな風にも思う。とは言え、ナタリーを見捨てるのも忍びない。
結局、一日くらいいいかと決心した。ナタリーの言う通り、せっかく知り合えたのだし、友好を深めておくのも良いことだろう。何かの機会にナタリーを頼ることもあるかもしれない。
「分かった。こうして知り合って、俺達、もう友達になったんだしな。友人としては頼みを断れないし、一日ナタリーに付き合うよ」
フラビオがそう言うと、ナタリーが満面の笑みを浮かべて答えた。
「本当ですか。うれしいです。じゃあ、明日、朝九時に冒険者ギルドまで迎えに行きます。それでいいですか」
「分かった。じゃあ、明日一日よろしく頼むな」
そうして約束をしたところで、お茶も飲み終え、夕食もお開きとなった。
フラビオは冒険者ギルドに戻る。それを一家四人が見送ってくれた。
フラビオが立ち去った後、ナタリーの家族が、この機会にしっかり仲良くなっておいでと、ナタリーを応援していたのは、フラビオの預かり知らぬことであった。
その日ギルドに戻ってから、夜も遅いが公衆浴場で一風呂浴びて、フラビオはゆっくりと就寝した。
そして次の日、いつもの時間に目を覚まし、井戸端で顔を洗う。
「今日はナタリーとお出かけか」
ついいつもの癖で早起きしてしまったが、約束の時間まではまだ結構余裕がある。むしろ暇を持て余しそうなくらいだ。
とりあえず、空腹を満たそうと近所の料理屋へ。最近、ステラとよく一緒になるのだが、この日も例外ではなかった。
「おはよう、ステラさん」
「おはようございます、フラビオさん」
挨拶を交わしてステラの向かいの席に座る。
いつものベーコンスクランブルと野菜スープ、パンのセットを頼み、一緒に食事を取る。
すると、ステラが早速とばかり話し掛けてきた。
「昨日の護衛はどうでしたか」
「ああ。小旅行って感じで楽しかったよ。たまにはダンジョン以外に行くのもいいもんだな」
「五人組の強盗が捕まったって、街の中で噂になってましたけど、もしかして、それってフラビオさんが捕まえたんじゃないかって」
噂というのは伝わるのが早いもんだ。妙なことに感心しつつ、フラビオは出来事をありのままに伝えた。
「やっぱりそうだったんですね。さすがフラビオさんですね」
「それで護衛してた商人の娘さんと仲良くなって、友達になったんだ。護衛のお礼をしたいってことで、今日はその娘さんと街に出かけることになったんだよ」
それを聞いて、ステラがすっと目を細めた。
「やっぱり。結構きれいな女性でしたからね。仕方ないですね」
いやいや、何が仕方ないんだか。焦ってフラビオが言い訳する。
「決してそういう意味じゃなくて、一日とは言え、一緒に旅して友達になったんだよ。俺がその友達からお礼にって誘われただけだから」
ステラがじっとフラビオを見つめてくる。そしてパンをかじってもぐもぐと咀嚼した。その間もうらやましそうな視線を送ってきていた。
「分かったから。ステラさんも大事な友達だし、今度また一緒に出かけよう。だから、その目は勘弁してくれ」
フラビオにそう言われて、ステラも機嫌を直した。ふふっと軽く笑みを浮かべると、優しい言葉で謝ってきた。
「ごめんなさいね。ちょっと意地悪してみたくなっただけです。フラビオさんほどの人が気に入られるのは当たり前ですから、今日は楽しく出かけてきてくださいね」
「そう言ってもらえると助かる。ありがとう」
「でも、私ともまたご一緒して下さいね」
結局、ステラには弱いフラビオなのだった。
朝食後、フラビオは自室で時間を潰し、約束の九時頃にギルドのロビーに下りてきた。
「あ、フラビオさん」
慣れない場所で一人きょろきょろと周囲を見渡していたナタリーが、フラビオを見つけて声を掛けてきた。それはうれしそうな表情だった。
「待たせたみたいだな。遅れてすまない」
「いえ、私が早く来過ぎたんですよ」
ナタリーはご機嫌だった。ギルドのロビーにはほとんど人がおらず、他の冒険者達に見られずに幸いであった。特に若い連中になど見られようものなら、何でフラビオがまたこんな美人と待ち合わせしているんだと、やっかまれるに違いない。
「それじゃあ、行こうか。では、ステラさん、また」
フラビオもステラにだけは声を掛けた。機嫌は直してくれたものの、やはり視線が痛く感じたからである。
「いってらっしゃい、フラビオさん」
柔らかな笑みでステラが答える。決してやっかむような真似をしないのが彼女の人柄の良さだった。
ナタリーが何かに勘付いたようにフラビオを見る。
「そう言えば、フラビオさん、友人として大切な人はいるって言ってましたよね。あの人がそうなんですね。私と同年代で、綺麗な人でしたね」
図星を刺され、誤魔化しようもなく、フラビオも正直に答える。
「良く分かるな。確かにそうだ。いつも世話になってる人なんだ」
「そうですか。素敵な人みたいでしたから、分かります。でも、私も負けていられません。今日は私のいいところもたくさん見つけて下さいね」
相手がいると分かっても、ナタリーは遠慮なくぐいぐい推してくる。性格がとても陽気だし、自分に自信もあるのだろう。フラビオもそういう人物は嫌いではない。
「そうだな。なるべく頑張って見つけてみるよ」
そして二人は、王都の観光へと出かけていった。
王都の観光の目玉と言えば、まずは王宮である。
まずは二人も定番の王宮巡りに来ていた。
白く輝く壁面が美しい見事な建築物である。尖塔がいくつも並び立ち、屋根や窓が独特の形状をしていて、それが建物の装飾の一部になっている。大きさも並の建物が二十ないし三十は並んだほどもある。きちんと城壁に囲まれ、正門も立派な石造りである。さすがに門扉は鉄枠に木製のものだが、分厚く頑丈な作りで、万一、魔物が襲来しても防衛できるような造りになっていた。今はその門扉は開かれ、大勢の客に王宮の威容を見せつけていた。
二人は門をくぐって前庭へと入る。
目の前に王宮がそびえ立ち、圧倒される光景だった。
「王宮に来るのも久しぶり。いつ見ても立派で、素晴らしいです。フラビオさんはどうですか」
「本当に見事な建物だ。建てるのが大変だっただろうなって思う」
「そうですね。それこそ何百人と働いて造ったものなんでしょうね」
そして二人で建物をゆっくりと見て回った。
「フラビオさんみたいな人と一緒に来られてうれしいです」
「はは、買いかぶりすぎだ。俺はただのおっさんだよ」
「そんなことないです。すごく素敵な男の人ですよ」
ナタリーは、ステラや王女とはまた違う、思ったことを素直に言葉で表現する気分の良い女性だと思う。間違いなく、知り合えて良かったと思う人物だった。友人になれたのは幸いなことだ。
「庭もきれいですね。良く世話されているのが分かります」
前庭も手入れを欠かさないことが分かる立派なものだった。樹木が適切な間隔で植えられ、花壇には色とりどりの花が植えられている。きれいに掃き清められた石畳の広場。のんびり見物できるよう、所々に長椅子まで用意されている。
周囲には観光客達も大勢いた。思い思いにくつろぎながら、建物を見上げたり花壇を眺めたりと、あちこちを見て回っている。観光名所なのは伊達ではなく、王都以外からの客も多いようだった。
「あ、フラビオ先生」
驚いたことに、私服で素性を隠した王女が、同じく私服姿の護衛二人と観光客に混じっていた。そして、フラビオを見かけて声を掛けてきた。
またお忍びかと、フラビオが声を潜めて問い返す。
「カタリナ様、今日はどうされたのですか」
「今日は観光客の目線で、王宮観光に不具合がないか確認しに来たのです。先生こそ、こちらの女性は?」
王女がフラビオの連れを気にして尋ねてきた。
「昨日護衛したナタリーさん。新しい友達なんだ」
「ふーん、そうなんですね」
王女が値踏みしたような目つきで見てくる。ナタリーは王女の正体を知らない。ぶしつけに何事だろうと怪訝に思っていた。
フラビオが小声で王女の正体をナタリーに伝える。
「ナタリー、こちらは第二王女のカタリナ殿下だ。礼は不要だ。今はお忍びで観光客に混じっているところみたいだから」
それを聞いたナタリーが目を丸くした。
「それは失礼を致しました。私はナタリーと申します。王都の商人の娘でございます」
「そうですか。フラビオ先生と友人になられたとか。今日はお二人でお楽しみなのですね」
王女が少し不満そうに言ってきた。好意を寄せたのは自分が先だとでも言いたげな感じだった。フラビオも中々大変である。
「でも、ナタリーさんの気持ちも分かります。知れば知るほど、フラビオ先生は立派なお人柄だと分かります。あなたもそんな先生の良さを知った一人だということですね」
王女に認めてもらえたと分かり、ナタリーが安堵する。
「ありがとうございます。その通りです。昨日一日助けて頂いて、たくさん話をして、フラビオさんはとても素晴らしい人だと分かったんです。それで友人になって頂いたわけです」
「分かりました。今日のところは、ナタリーさん、あなたに先生をお任せ致します」
王女はそう言うと、フラビオをじっと見つめてきた。
「ですが先生、私との約束、忘れてないですよね」
「もちろんだ。ダンジョン行き、またご一緒させてもらうよ」
「ならいいんです。では、私は邪魔にならないよう、他へ行きますね」
そう言い残して、王女は護衛を連れて立ち去っていった。
「フラビオさん、王女殿下とお知り合いだったんですか?」
当然疑問に思ったナタリーが尋ねてきた。それはそうだろう。一介の冒険者が王女に先生呼ばわりされるのは、余りに不自然だ。
「以前、第二王女殿下のダンジョン視察があってな。その案内役を務めたことで俺を気に入ってくれたらしくて、それから定期的にカタリナ王女殿下に魔法を教えることになったんだ。それもダンジョンで、魔物との実戦だ。大した人物だぞ、あの人は」
「そうなんですね。しかも、王女殿下の方が、相当フラビオ先生をお気に入りのようですね。何と言うか、少し妬けます」
フラビオが内心でぎくりとした。先程の会話の中には王女が好意をもっているような発言はなかったはずだ。それでも察してしまうあたりが、さすがナタリーだと思う。
「まあ、気に入ってもらえてるのは確かだな。ダンジョンでも良く話を聞いてくれるし、張り切って見事な戦いぶりを発揮するんだよ」
「そんな人にまで慕われるなんて、さすがはフラビオさんですね。良い事だと思いますよ」
ナタリーはそう言って矛を収めてくれた。さすが商人の娘だけあって、ここはせっかくの一時を楽しむべきだと気持ちを切り替えたようだった。
「今はせっかくの綺麗な花壇でも眺めて、のんびりしましょう」
「そうだな。心にも休養は必要だもんな」
王女の話題を打ち切り、二人はまた観光に戻った。
美しく整備された庭園に咲き誇る花達を見ていると、フラビオもナタリーもとても気持ちが安らぐのだった。
王宮見物の後は、近隣にある騎士団の施設を見て回った。
千を超える騎士達が勤める施設だけあって、これもまた立派な建物がいくつも建てられている。その中で犯罪の取り締まりや税の徴収などの実務が行われるのである。見た目が整っているだけでなく、数多くの部屋が機能的に配置されているのが外から見ても分かる。
屋外訓練場では、一部の騎士達が訓練を行っている様子が見られた。さすがに精鋭揃いで、中級冒険者の戦士に匹敵する実力者が多い。実力の高い者は上級冒険者並みの腕前かもしれない。さすがだと思いつつ、熱心に訓練を行う様子をしばらく見させてもらった。
「そろそろ昼食にしませんか」
時間もちょうど昼時、ナタリーがそう提案してきた。先手でそういう配慮ができるのは、この女性の長所だなとフラビオは思う。
「確かにいい頃合いだな。どこで食べるのかな」
「私の行きつけの店で。味もかなりいいですよ」
ナタリーの案内でその店に向かう。普段はダンジョンでパンをかじっているフラビオにしてみれば、昼食を料理屋で食べられるだけでも久々の贅沢であった。
その料理屋は、料理店が立ち並ぶ場所の中にあって、初めてその場所で食べるとなったら相当店選びに迷うような感じであった。ナタリーがそのうちの一軒に足を踏み入れる。フラビオがその後に続いた。
「いらっしゃいませ。お席の方へどうぞ」
店の者に案内され、二人で向かい合わせに座る。
「メニューが豊富で迷うかもしれませんが、それもまた楽しみの一つということで」
ナタリーに言われてメニューを見ると、確かにいろいろな料理がある。なるほど、これは迷う方が普通なくらいだ。
フラビオはしばらく考え、ポークとチーズのフリッター、オムレツ、生野菜のサラダ、パンを選んだ。
ナタリーは初めからフラビオに合わせようと思っていたようで、二人で同じメニューを注文した。
「約束通り、昼食代は私が出しますからね」
しかし、フラビオは首を振った。
「いや、俺に出させてくれ。王宮観光は楽しかった。そのお礼だと思ってくれればいい」
「で、でも、私が無理にお願いしたのに」
「俺も普段はかなり稼いでいるからな。昼食代くらいおごる余裕はある」
フラビオとしては、稼ぎの多い方が食事代を出すというのが、当たり前だと考えていたのだった。
「分かりました。では、ごちそうになります」
ちょうどそこに料理が運ばれてきた。
まずは生野菜のサラダから。新鮮な野菜を使ったごく普通のサラダだが、野菜の持つ旨味に加えて、ドレッシングが凝っていて、思った以上においしい。新鮮な野菜を仕入れるのは大変なのだが、それを毎日きちんとこなす店の努力に頭が下がる思いだ。
「たかがサラダと言っても、ここまでおいしくできるもんなんだな」
「そうですね。食材と味付けに店の努力が見られますね」
続いて副菜にと頼んだオムレツ。デミグラスソースが掛かっている。
「俺は卵が好きでね。オムレツにすると、その旨さが十分に味わえて、良く頼むんだよ。スクランブルも好きだな」
「それはいいことを聞きました。また料理をご馳走する機会があったら、お作りしますね。それにしても、ふわふわとろとろで食感もいいし、卵の旨味にソースが調和しておいしいです」
「そうなんだよなあ。単純だけど奥が深いって言う感じで。うまいよな」
二人はじっくりと味わいながら食べていく。
そしてメインのポークとチーズのフリッター。小麦粉、卵黄、泡立てた卵白、いわゆるメレンゲを使い、ふわふわな衣をつけた揚げ物である。
「俺はシンプルなソテーも好きなんだけど、フリッターにすると旨味が何重にも重なる感じで、それがまたうまいんだよな」
「分かります。ポークの旨味にチーズの旨味が重なって、それを衣が一緒にまとめていて、旨さの重なりがすごくいいですね」
旨味をじっくり感じながら、二人ともおいしそうに食べていく。
合間にパンを食べると、小麦のもつ豊かな別の旨味がまた舌に広がる。
「うん、うまい。昼食に贅沢するのもいいもんだな」
「そっか、フラビオさんは、普段の昼食はパンで済ませてるって、言ってましたもんね」
「そうなんだ。いやあ、おいしい料理のありがたみが身に染みるよ」
「大袈裟ですね。でも、気持ちはすごく分かります」
そんな風に、二人はおいしい昼食を味わっていた。
やがて、綺麗に食べつくすと、食後のお茶を貰って一息つく。
「いやあ、食べた、食べた。いい気分だよ。観光も楽しいけど、こうやっておいしいもの食べるのもいい気分だ」
「それは良かったです。お誘いして正解でしたね」
二人は食事に満足し、のんびりと雑談をしながら食休みを取ったのだった。
護衛した商人の娘に誘われて、のんびり観光に出かけます。フラビオも強いだけでなく良い人柄なので、それを知った女性から好意を寄せられるのです。そしてデートにはやはりおいしい食事が欠かせません。昼食はとてもおいしく食べました。




