第三十七話 商人の護衛を引き受けた
「何だこりゃ」
いつものようにギルドの掲示板を見ていたフラビオが変な声を出した。それが冒険者ギルドに出す依頼にしては、あまりに奇妙だったのである。
「隣町サルトルまで商品輸送の護衛を依頼。報酬は銀貨五枚。ナタリー」
依頼書にはそう記してあった。
「おいおい、銀貨五枚って、子供のお使いか」
フラビオが呆れてそう言った。魔物を討伐した方がはるかに実入りが良い。こんな依頼では引き受ける者はいないだろう。
しかし、わざわざ冒険者を指名するくらいだ。何か事情があるのだろうかとも思う。普段がめついフラビオも、金になるかどうかだけでなく、たまには他人の事情に興味をもつこともある。
「ステラさん、この依頼なんだけど」
これまたいつものように、フラビオはステラに聞きに行った。
ステラもいつも通り、穏やかに対応してくれた。
「ああ、この依頼ですね。受理したのは昨日ですね。この報酬で引き受けてくれる冒険者はいないかもしれませんよと、一応は忠告したのですが、よほど困っているらしく、とにかくお願いしますの一点張りでした。フラビオさん、この依頼に興味あるんですか」
「こんな安値で護衛を依頼するんだ、何かわけがあるんだろうなとは思ったんだ。普段から俺も十分稼いでるし、たまには親切心で引き受けてみるのもいいかなと、そう思ったんだよ」
普段の稼ぎに加え、王女の指南の報酬も大きい。最近はいつも以上に金に余裕のあるフラビオであった。
「そうですか。それは依頼主も喜ぶと思いますよ。なら、フラビオさんが引き受けるということでいいですか」
「それでいい。で、依頼主のところに行けばいいのか」
「はい。お預かりした地図を渡しますので、そちらで詳しく話を聞いて下さい。依頼書と冒険者証をお忘れなく」
そこまで言うと、ステラが急に真剣な顔になった。
「言い忘れてましたが、依頼主は年若い女性の方です。結構きれいな人でしたよ。フラビオさんなら大丈夫だと思いますけど、念のため」
おいおい、きれいな女性が依頼主だから、俺がその女性に惹かれるとでも思ったのだろうか。そんな情報は抜きでこの依頼を引き受けようと思ったのだから、決して下心などあるはずもない。だが、うかつな返答をすると面倒なことになりそうだったので、フラビオは普通に返答した。
「情報ありがとう。でもまあ、安い報酬でも引き受けたのは、純粋に人助けのつもりだから」
「そうですよね。とにかく事情を聞いてあげて下さい」
「そうするよ。いつもありがとう」
そしてフラビオは地図の場所へと向かっていった。
「この店で間違いなさそうだ。サルジオ商会って看板にも書いてある。間違いなさそうだ」
王都の卸売市場にほど近い場所に目的地はあった。卸売市場と言っても一種類ではなく、青果、食肉、道具、陶器、雑貨、被服など商品の種別ごとに市場が開かれている。王都の人口は十万を超える。それだけの人間が消費する物資を卸売するのがこの市場だ。その近くに店を構えるということは、市場で仕入れた商品を近隣の町に運んで売るのが主な仕事なのだ。依頼書にも隣町サルトルまで商品輸送と記してある。
フラビオは正面から店の中に入り、声を掛けた。
「ごめんください」
「はい、ただいま」
中年の男性がゆっくりとした動作で現れた。腰を痛めているのか、背を曲げて歩いてくる。
「私が店主のサルジオでございますが」
「この依頼書を見てきた冒険者だ。名はフラビオ」
フラビオがギルドで預かった依頼書と合わせて冒険者証も見せる。
中年男性が、ああ、という顔でうなずいた。フラビオは見た目貧相だが、冒険者証の数値の高さを見て、店主は感心したようだった。
「歴戦の冒険者の方ですのに、お引き受け下さるのですか」
「そのつもりで来たんだがな」
フラビオの返答に、店主がふうと安堵のため息をついた。
「それはそれは。本当にありがとうございます。こんな少ない報酬では引き受けて下さる方はいないかと思っておりました」
「分かってて依頼を出したのか」
「はい。つい先日、私が腰をやっちまいましてね。三日ほどで治るとは言われたのですが、その間商売も放っておけません。せめて一度は交易しないと飯の食い上げなもんですからね。そしたら娘のナタリーが、代わりに私が交易やるからと言ってくれたのです。ですが、年頃の若い娘が一人で日帰りとはいえ、商売で外に出すのはあまりに危険。そこで冒険者さんに護衛を頼もうということになったのです。ナタリー、客人だ。ちょっと来てくれ」
店主が呼ばわると、店の奥からきれいな銀髪をした女性が現れた。ステラの言う通り、確かに年若い美人である。ステラや王女といい勝負かもしれないと、フラビオは内心で論評した。
「フラビオさんでしたな。こちらが娘のナタリーです」
「初めまして、ナタリーです」
「どうも。冒険者のフラビオです」
「それで、こちらのフラビオさんが、うちの依頼を受けて下さるのだと」
「そうですか。それはありがとうございます」
ナタリーは頭を下げる仕草も美しかった。なるほど、ステラが気に掛けるわけである。フラビオは感心したが、だからどうだという気はない。
「では、早速ですが、前金で銀貨五枚お支払い致します」
「あ、ああ」
ずいぶん気が早いことである。ちょっと驚きながら、フラビオが報酬を受け取る。
そして、ナタリーはすぐにフラビオを促した。
「まだ九時前です。今からなら、今日中に隣町サルトルでの交易を済ませることができます。すぐに出発したいのですが、フラビオさん、準備は大丈夫ですか」
何とも気が早いことである。それだけ切羽詰まっているのだろうと思い、フラビオとしては同意するよりない。いつものダンジョン行の習慣で、水筒を持ち歩いていたし、念のため財布も持参してきているので、後は手ぶらでも大丈夫だろう。
「俺の方は構わない」
「助かります。私もすぐ仕度をしてきますので、少々お待ち下さい」
そう言ってナタリーは店内に一度戻った。
代わりに母のセリアが出てきて、挨拶をしてきた。
「フラビオさんでしたね。初めまして。サルジオの妻、セリアと申します」
そして店主のサルジオ共々、二人が改めて頭を下げてきた。
「フラビオさん、ありがとうございます。うちの娘も何かと不手際があると思いますが、どうか護衛の方、よろしくお願いします」
「どうか無事に戻って来れますよう、お願い致します」
仲の良い夫婦だなとフラビオは思った。
「了解した。任せておいてくれ」
「親孝行な良い娘なんですけどね。こう何か一つのことが気になると、周りに目が向かないところがありまして。その辺もご了承下されば」
父親としては心配なのだろう。それが十分に分かったので、フラビオも自然となだめるような口調になった。
「ご心配なく。商売のことは俺には分かりませんが、何年もこの店を手伝ってきたのでしょう。きちんと交易できますよ、きっと」
そんな会話をしている間に、ナタリーは手早く身支度を済ませてきた。大きな肩掛け鞄が一つ。これに財布などが入っているようだった。
「では参りましょう、フラビオさん。ではお父さん、いってきます」
「ああ、いってらっしゃい。十分気を付けてな」
ナタリーは店を出ると、建物の脇から馬車を引っ張り出してきた。
「では、フラビオさんもお乗り下さい。まずは卸売市場です」
ナタリーは手際よく馬車を市場の所定の場所に停めると、早速とばかり市場へと入っていく。
そして道具類を買い、陶器類を買い、被服を買い、雑貨を買い、その都度馬車へと積み込んでいく。手際はとても良く、ナタリーはきびきびと動いていた。フラビオも運ぶのを手伝ったが、いなくても十分だったかもしれない。
一時間ほどで必要な物資を全て買い込むと、馬車の荷台も一杯になっていた。なるほど、これほどの物資を売りに行くのかと、フラビオが感心したものである。
「では、隣町サルトルに向かいます」
ナタリーと一緒にフラビオも御者台に乗り込む。
ナタリーは馬車を出発させると、街道へと進ませていった。
「改めて自己紹介を。私はナタリーと申します。商業学院を卒業して七年、実家の商会で仕事をして参りました。今回は、護衛の仕事をお引き受け頂きまして、ありがとうございます」
バタバタと出発し、仕入れをしていたので、ゆっくり話をするのはこれが初めてだった。フラビオも改めて名乗りを返す。
「俺は冒険者のフラビオ、メイジだ。今日はよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。ところでフラビオさんは、どうしてこの依頼を引き受けて下さったのですか。自分から申すのも角が立つでしょうが、報酬がとても安くて申し訳ないのですが」
ナタリーも十分承知の上で依頼を出したようだ。
「うちも細々と商売しているので、利益を考えると、報酬は銀貨五枚が精々だったのです。それでもお引き受け下さったのには何か理由でも?」
「そう言われてもな。何となく、困ってそうだったから、かな。実際、父親が具合悪くて商品を運べないのだろう。だから、強いて言えば、そんな風に困ってる人の手助けをしようと思ったのが理由かな」
フラビオが正直にそう言うと、ナタリーはほっとした表情で返事をした。
「そうでしたか。ありがとうございます。おかげですごく助かります」
「気にするな。困った時はお互い様だ」
ナタリーがフラビオを見直した。見かけより人の好い人物だと感心していた。同時にあまり強そうには見えないとも思った。だが、これでも歴戦の冒険者なのは、冒険者証に記されていたのだから間違いない。
「冒険者の人って、普段はダンジョンで魔物と戦うんですよね。それって怖くないですか」
ナタリーも自分とは縁のないダンジョンや魔物に対してはやはり興味があり、そんなことを聞いてきた。
「強さに問題がなければ、怖いことはなくなる。こう言っては何だが、結局自分より弱い魔物ばかり倒してるわけだしな」
実際、どの冒険者でも基本的には同じだ。しかし、ほとんどの魔物より強いフラビオだから言える言葉でもある。
「そうなんですね」
ナタリーはそれで納得したようだった。
その後も、しばらく二人は雑談をしながら馬車に揺られていった。
隣町のサルトルまでは馬車で三時間というところだ。
一時間ほど街道を進んだ頃、妙な連中が前方に現れた。
男ばかりの五人組で、急に街道を塞ぐように広がって立っていた。
「これって、もしかすると、もしかするよな」
「そうですね。まさか本当に護衛が必要になるとは思いませんでした。フラビオさん、お任せしても大丈夫ですか」
二人にも男達の狙いは予想がついた。それにしても、王都からわずか一時間ほどの距離で、こんな物騒な輩が現れるとは。以前、ステラと旅をした時には、こうした輩は現れなかったのだが。こんなことで王国の治安は大丈夫なのか、心配になったフラビオだった。
それはさておき、とにかく対処の必要があった。
「報酬をもらう以上は当然だ。馬車を停めてくれ」
ナタリーが馬車を停め、フラビオは一人で降りて前に進み、男達の方へと近づいていった。ナタリーと馬車は離れて待機だ。
「そちらのみなさん、通行の妨げになるので、どいて頂けませんか」
穏やかにフラビオが声を掛ける。相手は武器も持っていない。一応は確かめるのが筋というものだろう。
男達はその様子を見て笑い声を上げた。
「通行の邪魔してるんだよ。見て分からねえのか」
「そんなことをして、何か意味があるんですか」
フラビオはまだ穏やかなままだ。相手の言い分は大体予想はつくが、それでも聞くだけは聞いてみようと考えたのだった。
「鈍い奴だな。馬車ごと積み荷を置いて行けってことだ」
「分かったら、後ろの姉ちゃんと一緒に王都に戻りな」
まあそうだろうなと思いつつ、フラビオはそれでも尋ねた。
「そこを何とか通して頂けないでしょうか。こちらも商売ですので、積み荷を取られては困るのですよ」
男達が鼻で笑った。
「そんなこと、俺達の知ったことじゃねえ」
「それとも何か、腕ずくで痛い目みないと分からねえのか」
これで相手が強盗なのが確定した。分かっていても、こういう悪行を働く連中は見ていて腹が立つ。フラビオは大きくため息をついた。
「そうか、分かったか」
「なら、さっさと失せな」
男達が図に乗って言ってきた。フラビオももういいかと挑発を返した。
「その腕ずくっていうのに興味がある。どうやるんだ」
その言葉を聞いて、男達がさらに笑った。目の前にいるフラビオは貧相な感じの男で、とても強そうには見えないのだ。
「教えてやるよ。こうだ」
男達の内、一人が殴り掛かってきた。自分の強さに自信があるようで、容赦のない一撃だった。
しかし、フラビオはその拳をいとも簡単に避けると、みぞおちに一発、拳を撃ち込んだ。殴り掛かってきた男が気を失って倒れる。
「なるほど、こうなるのか」
フラビオがさらに挑発する。
「この野郎、やりやがったな」
周りの男達が色めき立ち、次々に殴り掛かってきた。
だが、フラビオには通じない。普段、人間よりもはるかに強い魔物と戦っているのだ。
一人の攻撃を避けざま、同じようにみぞおちに一撃。続く別の男の攻撃を片手で軽くいなすと、その男にも一撃。次の男も、殴り掛かってきたのを軽く避けて一撃。最後の男も拳に空を切らせて、空いた腹部に一撃。
「まあ、こうなるわけだよな」
ここまで一分少々。最初に見かけた時から穏便には済まないだろうと思っていたが、結局予想通りの結末となったのだった。
男達を倒して、フラビオはすぐに馬車に戻った。
「手足を縛る紐はあるか」
淡々とフラビオが言う。ナタリーは驚いたまま答えた。
「は、はい。荷づくりに使う綱の余りがあります」
「あいつらの手足を拘束しておく。王都に戻ったら騎士団に伝えよう」
そう言うと、綱を持ってまた男達の方へと戻っていった。
ナタリーは驚いていた。距離があったので細かいところまでは見えなかったが、殴り掛かってきた男達をものともせず、全ての攻撃を避けて、一撃で倒し切っているのは分かった。冒険者証で強いことは分かったつもりだったが、強さの次元が違っていた。これが本物の冒険者なのかと感心していた。
フラビオは次々と男達の手足を拘束し、軽々と担いで街道の端に並べた。ナタリーが呆気に取られている間に、その作業は終わっていた。
「じゃあ、出発しようか」
「は、はい。分かりました」
二人の馬車は、何事のなかったかのように街道を進んでいった。
「フラビオさんは本当にお強い方だったんですね」
ナタリーが感心した口調で話し掛けてきた。
「冒険者証に書かれたのを見てもピンとこなかったのですが、目の前で見て、物凄い強さだってはっきり分かりました。おかげで助かりました。ありがとうございます」
ナタリーがそう言って頭を下げる。フラビオが慌てて手を振った。
「いえいえ、これも契約の内ですから。報酬も頂きましたし、その分の仕事をしただけですよ。どうか頭を上げて下さい」
慌てたフラビオを見て、ナタリーは頭を上げて笑みを浮かべた。
「本当に良い方が護衛を引き受けてくれてよかったです」
そして好奇心旺盛な目でフラビオを見る。
「フラビオさん、お年はおいくつなんですか」
何だろう、急に。年が何かに関係するのだろうか。そう思いつつ、問いに答える。
「三十二才です」
「なら、冒険者歴も長いんですね」
「そうですね、十七年もやってますね」
「冒険者をしていて、誰か特別な関係になられた女性はいるんですか」
「いや、ずっと魔物討伐三昧で、そういう人は特には……」
「好みの女性のタイプとかってありますか」
「いや特にはないです。よほど性格が悪くなければ、別に」
ナタリーから立て続けに質問が飛んでくる。そして、話の方向的にあまり得意ではない分野に進んでいる気がした。というか、間違いなく思っている方へと進んでいる。王女殿下に好意云々の話をされた時、今はまだ女性と特別な関係をもちたくなくて、話から逃げた記憶を思い出した。
「女性のどなたかを大切に思っていらしたりとかは」
「友人として大切な人はいますし、大切な弟子として大切な人もいます。ですか、その、この年まで独り身で、何というか、その……」
「はっきりと恋仲になることに、ためらいがあるってことですね」
逆にナタリーがフラビオの言いたいことをまとめてくれた。
「は、はい。そうなんです」
フラビオがほっとして肩の力を抜く。しかし、話は終わりではなかった。
「なるほど。でしたら、私もその友人の一人に加えてくれませんか」
「ええ、それは別に構いませんが。何で急に」
ナタリーが楽しそうに微笑む。この娘も相当の美人なのだから、自分のようなおっさんを相手にしなくてもと思ってしまう。
「決まったお相手がいないのであれば、私にもチャンスはあるかなと思いまして。まずは友達からと言いますし、今後ともよろしくお願いしますね」
美人に言い寄られて悪い気はしないのだが、友人付き合いから一線を越えようという気はないフラビオである。こんな話を誰かにしたら、また若い連中がやっかむかもしれない。そんな余計なことも考えていた。
「まあ、ともあれ、今日から友達ってことで。よろしく、ナタリー」
「こちらこそ。よろしく、フラビオさん」
がめついはずのフラビオが少ない報酬の護衛を引き受けます。結局のところ、フラビオも本来お人好しなのです。出身施設へ寄付しているのもお人好しゆえです。今回、治安は悪くないはずの王国でまさかの強盗出現。でもあっという間に片付けるフラビオでした。




