第三十五話 王女殿下、トロルとの再戦
「カタリナ様もよく修練を積まれましたね。本当に強くなられた。とても見事だと思いました」
フラビオが王女を褒めた。嘘偽りなく、技量が向上していることに感心していたのである。
「次ですが、トロルがいます。前回、私が手を貸しましたが、ほぼ一人で倒してましたね。ご存じの通り、かなりの強敵ではありますが、また挑戦してみますか?」
前回はかなりの激闘だった。合計十八回分の魔法を放って、ようやく倒せた相手だった。しかも、一度はピンチに陥り、フラビオの魔法の楯に救われている。
「そうですね、どうしましょうか」
そんな相手だけに王女も即断できなかった。しばらくの間、真剣に考え込んだ。
フラビオも返事を急かしたりはしなかった。自分の能力、戦力と相手の強さ、よくよく考えて決めればいいと思う。逃げるのは恥ではない。
「先生は、私一人で勝てると思いますか?」
逆に王女が問い返してきた。自分一人では判断できなかったのだ。
フラビオも正直なところを答える。
「今のカタリナ様の実力だと、運が良ければ倒せるかも、という程度ですね。残念ながら、必ず勝つとは言えません」
「そうですか。でも勝てる可能性があるんですね」
「攻撃を避ける体力と反応速度にかかってますね。今回もかなりの数の魔法を撃つことになるでしょうし、残り回数も重要です」
その言葉で王女はますます考え込んだ。表情からすると、戦ってみたいという気持ちの方が強そうだ。しかし、勝てない相手に無理な戦いを挑む無謀さは慎むべきだとも学んでいた。それで決心がつかないのだった。
しかし、しばらく考えた末に、ようやく結論を出した。
「せっかくの機会ですから、やります。戦って、勝ちます」
フラビオはそんな王女を見て、意欲と向上心にとても感心した。それと同時に、この女性は大事な弟子なのだと改めて感じていた。できることなら勝って欲しいし、勝てなくても身の安全を守らねばならないと強く思った。
「分かりました。では、参りましょう」
一行は次の相手、トロルのいる場所へと移動していった。
トロルは体長三メートルほどの人型の巨体をしている。体表は黄土色と茶色の中間くらいだろうか。見るからに力が強く頑丈そうな魔物である。中級者がパーティを組んで戦う相手だ。レベル十の王女が一人で討伐するのはかなり困難である。
「前回の戦いから少し考えてみました。撃ち込む魔法を変えて、アイシクルランス主体、傷が入ったらエクスプロードにしてみようかと思うのですが、先生はどう思われますか」
前回は温度差を利用して、ファイアボール、アイシクルランス、ウィンドカッターの順に魔法を使い、傷を広げる戦術を取っていた。合計十二発の魔法を撃ち込んだ後で、エクスプロードを二発連続で撃ち込み、それでようやく倒している。しかし、あまりに使う魔法が多いので、変えてみてはどうかと思ったのである。
「悪くないです。ただ、最初に傷をつけるところまでは、前回と同じが良いでしょう。アイシクルランス単独では、傷を入れるのも難しいですから」
フラビオがそう助言した。フラビオ自身の魔法なら、アイシクルランスでも十分な傷をつけることができる。しかし、レベルが圧倒的に違い過ぎる。王女の魔法の威力では、地道に同じ場所を狙って、ようやく傷がつくといった程度だろう。
「分かりました。頑張ります。見ていて下さい」
そう言って、王女が前に出る。
こうして強敵との再戦が始まった。
「ファイアボール!」
先手で王女が魔法を放つ。間合いが詰まるまでの間に、まずは一撃当てておこうという算段である。
火球がトロルの左わき腹に当たり、その場所を高熱で焼く。
しかし、その程度では頑丈なトロルに通用しない。容赦なく間合いを詰めてくる。
王女がそれを待ち受ける。そこにトロルが拳を振り上げ、力任せに殴りつけてきた。
王女はそれを丁寧に避けた。前回は避けている途中で疲れが出て、フラビオの援護をもらうことになったのだ。今回は余裕をもって戦いたいと考え、一つ一つの動きを丁寧にしていたのである。
そして避けた直後、すぐに魔法を放つ。
「アイシクルランス!」
氷の槍が、先ほど火球が直撃した場所に命中する。威力は不十分でも、温度差によって左わき腹の一部が変色し、脆くなっている。
すかさず王女が次の魔法を放つ。
「ウィンドカッター!」
真空の刃が至近距離から放たれ、脆くなった場所を斬りつける。大した傷ではないが、それでもしっかりとトロルの左わき腹に傷をつけていた。
そこにトロルの反撃が来る。今度は蹴りである。
「集中、集中」
王女は追撃を一旦諦め、回避に専念した。今の自分はとても落ち着いている。それを自覚しながら、喰らえばただでは済まない攻撃を丁寧に避けていく。とにかく当たらないようにすることが第一である。
続いて拳が再び飛んでくる。その勢いのある殴りを受ければ、一発で大ケガ間違いなしである。王女はこれも丁寧に避ける。
トロルが反対の腕を振りかぶった。
その一撃も予測済みだった王女は、きれいにそれを避けた。そして、その隙に反撃に出る。
「アイシクルランス!」
またも先程傷をつけた場所に、氷の槍が直撃する。一度ついた傷は消えることはない。火球や真空の刃より、確かに氷の槍が有効だったようで、少しだが傷の広がり方が大きかった。
「よし、効果があった!」
王女はここで一旦トロルから距離を取った。そして、トロルが間合いを詰めてくるまでの間に呼吸を回復させる。無理に速攻を狙わないこと、これも前回の戦いで学んだことだった。
トロルが間合いを詰めてくる。王女は息を整えてそれを待ち受けた。
そしてまた殴り掛かってくる。威力はあるが十分に避けられる。落ち着いて王女は回避し、そして反撃の魔法を放つ。
「アイシクルランス!」
至近距離からの魔法である。外すことはなかった。狙い通り、繰り返し左のわき腹の傷を広げていく。
「よし、この調子で」
王女は一人うなずくと、またトロルの反撃を回避していった。
端から見ている分には、やはりとても危険に見える戦いだった。かわしているとはいえ、いつ攻撃が当たってもおかしくないように見える。護衛の騎士達にとっては心臓に悪い戦いだろう。
フラビオは冷静に戦況を見ていた。
王女の戦いぶりは安定している。
体のバランスを崩すことなく、きれいに攻撃を避けているし、その後すぐに反撃の魔法を撃つこともできている。先程までの二戦でもそうだったが、地道な修練を積んできたことが分かる。
彼女も、最初はただのきれいな王女様という印象だったが、実際は根気強く修練を重ねることのできる、根性のある女性だった。魔物討伐に同行してみて、次々と成長した姿を見せてくれる。それに根は素直で明るく、人柄も良い。良い人物と出会えたなとフラビオは思った。
今もまた、王女がきれいにトロルの攻撃を避けた。動きがとても滑らかである。レベル十でこれほど見事な戦いを見せるとは、本当に大したものだとフラビオは思う。後は最後までこの調子でとどめまで行って欲しいと願うばかりだ。
戦いは五分ほど続き、王女が放った魔法も八発になっていた。傷の広がり方が予想より早く、そろそろ良い頃合いに見えた。
トロルの拳をかわし、九発目の魔法を王女が叩き込む。
「アイシクルランス!」
氷の槍の鋭い穂先がトロルの左わき腹をさらにえぐった。繰り返し同じ場所に魔法を撃ち込むことで、傷もかなり大きくなっている。
トロルの反撃の蹴りを避けながら、王女がそろそろかと思い、次の魔法を発動させた。
「エクスプロード!」
トロルの傷口を起点に大きな爆発が起こった。その威力は、大きく引き裂くように傷口を広げていった。さすがのトロルがバランスを崩し、反撃もできないまま地に膝をついた。
「とどめ、エクスプロード!」
再度傷口を起点に爆発の魔法を発動させる。見事にその一撃はトロルの腰をへし折った。トロルの体が上半身と下半身の二つに分かれ、そして霧状になって消えていく。
「やった、倒した」
六分少々の戦いだったが、王女には十数分の長さに感じられていた。しかし、今回は王女の作戦勝ちである。修練を積み重ねると同時に、どうすれば倒せるかを考え抜いた結果だった。
「全員無事。異常はなし。魔法が残り十五回かあ。後一戦が限度かな」
勝利に浮き立つことなく、きちんと自分の状況を確認する。冒険者としての基本もしっかり身に付いていた。
「やりましたね、カタリナ様。おめでとうございます」
「ありがとう、フラビオ先生」
王女が満面の笑みを浮かべた。やはり相当にうれしいらしい。
「最初の指南で、回避の重要性を教わった事が生きました。私一人で、こんな強敵を倒せて、やり遂げたんだって感じがすごくしています」
フラビオもその笑顔を見て、とてもほっとしていた。何より王女の安全が第一だが、それに加えて、ダンジョンまで足を運んで来たのだから、意義のある経験を積んでほしかったのだ。今回の戦いは、今まで以上に意義深いものだっただろう。とても良かったと思う。
「それは良かった。異常はないみたいですが、疲労の方はどうですか。ヒールしましょうか」
「大丈夫です。ちゃんと鍛えてきましたから。ですが、少し休息を取らせて下さい」
「もちろん、しっかりお休み下さい」
そう言うと、フラビオが率先して床に座り込んだ。王女もそれに倣う。しかし、護衛の騎士達は立って周囲の警戒に努めていた。せめてそのくらいはしないと気が済まないようだった。
「大変な戦いでしたが、勝てて良かったです。本当に先生のおかげです。自分が強くなったことが実感できてうれしいです。フラビオ先生に出会えて本当に良かった。これからもよろしくお願いします」
笑顔でそう言ってくれるこの弟子は、フラビオにとってもとても大切な存在になっていた。
「いえ、俺も王女の助けになれて良かったですよ」
こうして人の助けになれるのはうれしいことなんだなと、フラビオは実感しつつ、王女に笑顔を返すのだった。
休憩を取りながら、王女はフラビオに話し掛けた。
「先生は私のことを褒めてくれますけど、欠点とかはないですか」
当然気になるところである。フラビオは論外としても、他の冒険者達と比べて、まだまだ力不足だということは十分承知している。
「レベルの割に、という条件が付きますが、かなりの腕前だと断言できます。俺も決して嘘を言ったり、話を盛ったりしているわけではありません。カタリナ様の実力は、レベル十でもかなり優秀です。断言します」
王女がほっとして表情を緩めた。
「ありがとうございます。でも、何か欠けているような気がして、そこを教えて頂ければと思ったんです」
フラビオが少し考え込んだ。魔法の威力、撃つタイミング、回避の仕方、どれもみな修練の成果が出ていて見事だった。
「そうですね。強いて言えば体力が少し低めでしょうか。連続で動き続けるとまだ苦しいようですね。トロルとの戦いの時、連続で回避し続けることを避けて、距離を取って休息を入れてましたし」
「そうなんです。こればかりは常にダンジョンに出入りしている冒険者のみなさんには勝てない部分ですね。城の生活では、さすがに鍛えるのにも限度がありますから」
王女もそれは理解していたようだった。分かっていたからこそ、トロル戦で上手に呼吸を整えるタイミングを取っていたのである。
「欠点が分かっていて、それを補うことができるなら、それで十分ですよ。後はレベルが上がれば、より強くなれるでしょうね」
フラビオもそう言って王女を励ました。
王女がうなずいて話題を変えた。
「ところで先生、私に対して、他に言うことはありませんか」
「他に、そうですね。戦い方を教える立場になって、カタリナ様が弟子という形になって、弟子というのはこんなにも大切にしたくなるものなんだと、強く実感しましたよ」
王女がぱっと表情を明るくした。
「私のこと、大切ですか。本当ですか」
「もちろん。自分でも意外なくらい、今は大事に思ってます」
王女の思いとは少しずれているのだが、フラビオはそれには気付かなかった。王女としてもそれを問い詰めようとは思わなかった。今は大事にしてもらえるだけでいい、仲を深めるのはいずれのことだ、そう考えていた。
「ありがとう、先生。とてもうれしいです」
王女がそう言って微笑む。それはとても美しい笑顔だった。
十分な休息を取り、フラビオは王女を連れて撤収を始めた。後は帰り際に軽く一戦すればよいだろう。そう考えたのである。
護衛の騎士二人が心底から安堵していた。ダンジョンでの魔物討伐は王女の修練である。手を出すことはできない。守ると言っても、いざという時に割って入ったとして、ケガをして足を引っ張るのは自分達だろう。何もできない歯がゆさを抱えて、王女が一人奮戦するのを眺めるしかないのは、相当に心に負担を掛けることだったのである。
それが彼らの油断につながったのだろう。
護衛の一人がわずかに道を外れた。普段なら何の問題もないはずだった。
しかし、そこは罠のある場所だった。
王女と話し込んでいたフラビオが気付いた時、その騎士の姿は正に消える寸前だった。
「そこは転移の罠だ!」
フラビオが叫んだ時にはもう遅かった。その騎士はどこかへと転移させられていたのである。
「カタリナ様、すぐ後を追います。護衛の騎士殿もよろしいか」
さすがのフラビオも慌てていた。転移させられた騎士は一人でダンジョンを脱出することはできないだろう。正に命に関わる状況である。すぐに合流し、助けてやる必要があった。
「は、はい」
「承知しました」
王女と騎士一人の同意を得ると、フラビオは即座に罠に入り、後を追った。王女ともう一人の騎士がそれに続く。
転移した先では、うっかり罠に踏み込んだ騎士が、一人呆然と立ち尽くしていた。そこにフラビオ、王女、騎士の順に、自ら罠に踏み込み、同じ場所に転移してきた。
「先生、ここは?」
王女の言葉に、フラビオが地図を取り出す。
「少々お待ちを。地図と照合します。……地下八階ですね。転移先があまり深い階層じゃなくて良かったです」
フラビオはそう言うと、不注意で罠にかかった騎士に声を掛けた。
「本当に申し訳ない。罠があるから十分注意するよう、先に説明しておくべきでした。それを怠った俺の責任です。体に異常などはありませんか?」
騎士が慌てて手を振った。
「そんな、ダンジョンが危険なことは私達護衛も十分に承知していました。なのに油断して罠に掛かってしまい、ご迷惑をおかけしました。私を助けるため、三人共、わざと同じ罠に掛かってくれたのでしょう。本当に申し訳ない。それと助けに来て頂き、ありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げた。王女を守るべき護衛の騎士が、王女をかえって危険な目に遭わせてしまったのだ。あってはならない失態だった。
「良いのです。誰にでも失敗はあるものです」
そう言って王女が慰めた。
「罪に問う気もありませんから、心配なさらず。ここにはフラビオ先生がいます。絶対に脱出できますから、安心して下さい」
何とも優しい王女である。フラビオが思わず顔をふっと緩めた。
「フラビオ先生、脱出路は?」
「大丈夫です。地図で確認できました。お任せ下さい。問題は魔物ですね」
地図をにらんでいたフラビオが顔を上げ、魔法を発動させる。
「サーチ」
探知の魔法である。効果範囲内であれば、魔物の有無、数、種類などが判別できる。
「うじゃうじゃいますね。今日、他のパーティがいくつかダンジョンに入ったのを見送ったんですが、ここでは戦ってないみたいですね」
そして再び地図をじっと見る。
「強敵はいますが、最短距離を突っ切るのがいいでしょう。まずは一つ上の階まで上がりましょう」
「さすが先生、頼りになりますね」
こんな状況でも、王女はふっと笑みを浮かべた。フラビオをそれだけ信頼しているのだ。安全に帰れることを微塵も疑っていなかった。
「となるとですね。カタリナ様の魔物討伐は一旦中止です。許可を出すまで戦闘禁止。それは護衛の騎士様方も同じです。よろしいですか」
「はい、それはもちろん。緊急時ですから、先生の言葉に従います」
「我々はフラビオ殿に助けて頂く身。もちろん従います」
王女も護衛も素直に言葉に従った。
「助かります。魔物は俺が蹴散らしますので、安心して離れた場所から見物でもしてて下さいね」
こうして突発的な出来事により、一行は地下八階からの脱出を図ることとなった。
王女の激闘編です。今回は立ち回りも工夫して、見事な戦いを見せてくれます。短期間にこれだけ成長したのも、真摯に修練を行ってきたからです。フラビオも感心しきりです。でも、帰りにちょっとした事故が発生します。




