第三十話 女性連れだとなぜか絡まれる
「よお、そこのおっさん、羽振りがいいな」
商店街巡りの最中、フラビオはそんな声を掛けられた。
正面からやってきた男達が五人、ニヤニヤ笑っている。体格も良く、いかにも腕自慢という感じだ。フラビオが貧相に見える。
「女の子を四人も連れて、いいご身分じゃねえか」
「一人くらい、俺達に譲ってくれよ」
「いや、一人と言わず、全員譲ってくれていいんだぜ」
「そうそう。おっさん一人がいい目を見るのは、ちとずるいだろ」
前回、ステラと王都でデートした時にも、三人組の男達に絡まれている。
「俺が街中を歩くと、なぜか絡まれるなあ」
フラビオが呆れた声を出したが、今回は周囲から見て、女性を四人連れた男一人という構図で、いいご身分と言われても仕方ないかもしれない。本来の相手は一人だけで、一人は魔法の弟子、残り二人はその護衛の騎士だと言っても、きっと通じないに違いない。
「そんな美人を四人も引き連れてりゃ、誰だってずるいと思うぜ」
「そうだ。何様なんだよ」
「後のお相手は俺達がするからよ。おっさんはここでどっかに消えな」
男達は遠慮もなしに言いたい放題である。王都の治安ってこんなに悪かったかと、フラビオが内心でため息をついた。
そこで、先に怒気を発したのは王女だった。
「先生、この連中、痛い目に遭わせてもいいですか」
それは余りに物騒である。まさか街中で魔法を使うわけにもいかない。確かに王女の実力なら、五人を一気に焼き払える力がある。
「まあ、お待ちを。まだ話し合いの余地もあるでしょうし」
フラビオがそう言ってなだめたが、今度は相手の方が挑発してきた。
「話し合いならもう済んでるぜ」
「そうだ。そこのおっさんが消えればいいだけの話だろ」
「それとも何か、腕ずくじゃないと話が聞けないのか」
こういった人種は自分達の都合で勝手に物事を進めてしまうらしい。結局そういう展開になってしまうようだった。
「あなた達、腕ずくでこの人に勝てるわけないでしょ。この人は王国一強い人なんですからね」
男達の挑発を聞いて、こちらもステラが挑発をやり返した。フラビオが馬鹿にされるのが我慢ならないらしい。
「ステラさん、またですか」
前回も同じようなことを言って、挑発を返したことがある。
「だって、フラビオさんが強いのは事実じゃないですか」
それを聞いた男達が声を上げて笑った。
「こんな貧相な男が王国一?」
「笑わせるなよ。そんなわけないだろ」
「それとも何か、実際に叩きのめされないと分からないってか」
フラビオがこれ見よがしにため息をついた。男達の言いたい放題に、さすがにかなり怒っていた。
「分かった、分かった。あんたらも痛い目見ないと分からないみたいだし、俺がきっちりやっつけてやるよ」
そう言うと、フラビオは前に出た。王女の護衛二人が割って入るべきかと前に出ようとしたが、それは王女が制止した。
「ここはフラビオ先生に任せましょう」
王女もステラと同様、フラビオの強さを信頼している。街中の無頼の輩など、何の問題もないはずだった。それよりはるかに強い魔物でさえ、フラビオは倒してしまうのだから。
「じゃあ、いつでもいいぞ。掛かってきな」
フラビオがそう言い放つと、男達が怒り出した。
「何様だ、てめえ」
「そこまで言うからには、ただじゃ済まさねえぞ」
「覚悟しやがれ」
そして全員でフラビオに殴り掛かってきた。
一人目。顔面を狙った拳をいとも簡単にかわすと、フラビオは手加減した拳を、その男のみぞおちに打ち込んだ。急所を撃たれて、男が前のめりに倒れる。
二人目。一人が倒されたのを見て、逆上した男が拳を振り上げたところで、フラビオはその拳よりも早く懐に入り込み、同じように正確にみぞおちを撃つ。もちろん十分手加減している。これもあっさりと地に倒れた。
三人目。フラビオは力一杯に振るわれた拳を下から軽く払い、拳の軌道を逸らした。胴体ががら空きになったところで、同じようにみぞおちに拳を撃ち込む。これもまた簡単に倒れた。
四人目。殴るのはダメだと思った男が掴み掛ってきた。それを体ごと簡単に避けると、そのついでとばかりに拳をみぞおちに撃ち込む。正確に急所を撃ち抜き、その男も簡単に倒れた。
五人目。仲間が倒されて、驚きと怖れを表情に出しながら、それでも必死に殴り掛かってきた。もちろん、フラビオがさっと避け、そんな一撃には空を切らせる。そして同じようにがら空きになった胴体に一撃。これも簡単に倒していた。
こうして五人が地に倒れて気絶した。フラビオは息一つ乱していない。
「さすが先生、圧勝ですね」
「フラビオさん、さすがです」
王女とステラがそう褒めてくれたが、フラビオからすれば勝って当然の戦いだ。それに、この男達にも言い分はあるだろうし、悪いことをした気がしないでもなかった。
「でもまあ、他人に平気で殴りかかる連中だから、やっぱり性根が悪いのを直した方がいいんだよな、きっと」
そうつぶやいて、騎士団の到着を待つのだった。
ケンカ騒ぎということで、通行人の誰かが騎士団の詰所に一報を入れてくれたらしい。ほどなくして、三人の騎士がケンカの現場に到着した。フラビオが五人を気絶させてしばらくした後である。周囲では野次馬達が、何事があったのかと現場を眺めていた。
「通報があったのはこちらですね。事情を伺いましょう」
隊長格の騎士がそう声を掛けてきた。そして、王女を見るなり、あっと声を出しそうになった。さすがに王女の顔を見知っていたのである。
王女は指を手に当てて、黙っているように騎士を促した。騎士も小さくうなずき、了解の意を示す。
「はい。こちらの五人の男達が、急に絡んできたんです。女性を四人も連れているなんてずるい、お前はどっかに行け、この女性達は俺達が面倒を見てやるとか、こちらのフラビオさんに難癖をつけてきまして。最後は、腕ずくで分からせてやるなどと言って、殴り掛かってきたんです」
こういう時はステラの出番である。この種の説明をさせると、職業柄、簡潔に相手に伝えることができる。
「それで、こちらのフラビオさんが仕方なく相手をして、五人を倒して私達を助けてくれたんです。間違いのないことを、必要でしたら周りにいた方々にも聞いてみて下さい」
その話を聞いた騎士が納得したようにうなずく。何せお忍びとは言え、王女殿下の御前である。きちんと対応するところを見せる必要があった。
配下の騎士二人に命じて、気絶した男達を揺り起こさせる。
しばらくして、五人全員が意識を取り戻した。その連中に向けて、改めて事情を尋ねる。
「こちらのご婦人から、お前達が難癖をつけ、こちらの男性に殴り掛かったと聞いたが、間違いはないか」
男達は痛む腹をさすりながら答えた。
「いえ、挑発してきたのはあちらです」
「この男が王国一強いとかなんとか言ってきて、争いになりました」
「俺達も、相手してやると言われて腹が立ち、やり返そうとしました」
「でも、俺達は一発も当てられなかったんです」
「やられたのは俺達で、被害者なんです」
全くの嘘ではない。自分達に都合の悪い部分を言わなければ、確かにその通りである。こうやって事実をゆがめて伝え、人をだまそうとするのかと、フラビオは呆れかえった。ステラや王女達も同様である。
「嘘つくんじゃねえ。お前達が先に難癖付けたじゃねえか」
「先に殴りかかったのもお前達だろ。何嘘ついてんだ」
周囲の野次馬から声が上がった。目撃者がいたのだから当然である。
「どうやら、こちらの女性の説明通りのようだな。お前達が難癖をつけ、先に殴りかかったのに間違いなさそうだ。ただ、一発も当てられず、一方的に倒されたのも事実のようだがな」
騎士隊長も冷静に判断し、男達にそう言った。
「そ、それは、確かに、その……」
それが事実なので、さすがの男達もそれ以上は誤魔化しようがなかった。
騎士隊長は王女に向かって軽くうなずき、裁定を下した。
「ではそこの五人、一緒に騎士団の詰所まで来てもらおうか。幸い被害者もいなかったことだ、今回は調書を取るだけで解放してやる。大人しくついてくるんだ」
「はい、分かりました……」
意気消沈した男達が騎士達に連行されていく。腕自慢の男達でも、騎士に逆らえば厳しい罰を下されるので、大人しくついていった。
「呆れた連中だったな。殴り掛かるのもダメだが、あんな嘘ついて誤魔化そうとするとはな」
フラビオは連行される様子を見送りながら、そうつぶやいていた。
「フラビオさん、お疲れ様です。お茶でも飲んで一息入れませんか」
厄介事も片付いたところで、ステラがそんな提案をしてきた。
「そうだな。そうするか」
フラビオもそれに同意した。甘い物でも食べて、気分転換するのは悪くないと思ったのだった。
「カタリナ様達はどうされますか」
ステラが同行者にもきちんと声を掛ける。
「街中でお茶を頂くなんて、滅多にできない経験ですね。もちろん私達も同行します」
即答だった。配下の騎士達が再度ため息をつく。街中で毒見もなしに飲食するのは問題なのだ。しかし、王女の決定には逆らえない。
「大丈夫ですよ。事故が起きたら店の信用に関わります。どの店でも、安全な飲食が提供されますから」
その辺の事情を汲み取ったステラが、騎士達にそう言って説得した。確かにその通りだろうと、護衛の騎士達も気を取り直した。
そして、五人が近くにあった喫茶店に入る。店内は清潔感があり、明るくのんびりできそうな雰囲気だった。
「ご注文は何になさいますか」
店員がオーダーを聞きに来た。王女も騎士も、ついでにフラビオも、何を選ぶかと言われても困るので、ステラに目配せして選んでもらった。
「では、イチゴのケーキと紅茶のセットを五つ、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
待つこと数分、店員が注文の品を運んでくる。
「どうぞ、ごゆっくり」
店員は客の一人が王女だとは気付きもしなかった。先程絡んできた男達もそうだったが、それが普通である。見事な街娘ぶりであった。
「では、いただきましょう」
王女が遠慮なく紅茶を口にする。
「いい茶葉を使ってますね。さすが、商売で飲食物を提供するだけのことはあります」
ケーキの方もフォークで上手に一口大に切り、口へと運ぶ。さすがに食べ方が上品である。
「これも王宮で出る品といい勝負です。かなりおいしいですね」
先程のトラブルなどなかったような振る舞いだった。さすがに切り替えが早い。そういう部分も王族には必要なのだろうかとフラビオは思った。
「それは良かったですね、カタリナ様」
「ええ。先生と一緒にいろいろと楽しめて、こうしておいしい茶菓子も頂けて、とても満足しました」
王女はご満悦である。
ステラからすると、本当は二人きりで街巡りを楽しむつもりだったので、やや複雑な心境だった。しかし、この素直で明るい王女が、こうして楽しんでいる様子を見ると、これで良かったのかもとも思う。思った以上に、この王女のことを気に入っている自分を感じていた。
「ところでステラさん、あなたはフラビオ先生に好意をもっているようですが、今どんなご関係なのですか」
王女が突然話題を切り替えてきた。
「私は先生のような素晴らしい男性を好ましく思っています。できることなら、いつでも一緒にいたいくらいです。ですから、ステラさんとは競争相手ということになると思うのですが、構いませんか」
かなり突っ込んでくる。率直な言い方がこの人らしいとステラは思った。そして、勝手に話が進められたフラビオ当人の困惑をよそに、ステラも正直に答えた。
「私もフラビオさんに好意をもっていますが、フラビオさんの方がなかなか難しくて、今はまだ友人付き合いですね」
「そうですか。でしたら、正々堂々、競うことに致しましょう」
「分かりました。カタリナ様、私も遠慮はしませんよ」
「それで構いません。私も遠慮は致しませんので」
という具合で、二人だけで盛り上がっていた。
蚊帳の外だった二人の護衛騎士がまたもやため息をつく。相手がいかに優秀な冒険者であろうが、王族の一員として平民に心を寄せるなど、本来あるべきことではない。
しかし、そんなことに構わず、二人の会話は進んでいた。
「カタリナ様、フラビオさんはダンジョンではどんな様子だったのですか」
「とても親切です。それにいざとなれば助けてくれるという安心感があります。例えば、魔物のガーゴイルを討伐した時、最初三体いたのを二体だけ倒しておいて、私が一対一で戦えるように配慮してくれました。私も魔術師の端くれですから、一体なら一人でも倒せます。それをしっかり見切って、そういう経験を積ませてくれるんです。さすがですよね」
「なるほど。フラビオさんらしいです。私も少し前に、フラビオさんに七日ほど護衛をしてもらったことがあるのですが、私が疲れるより早く休憩を取ってくれたり、会話に付き合ってくれたり、いろいろと配慮してもらいましたね」
「分かります。フラビオ先生は優しい方ですから」
「そうですね。一見ぶっきらぼうですが、温かな心の持ち主ですね」
二人の会話を聞いていて、さすがにフラビオもかなり気恥ずかしかった。そんな褒められるような人間でないと、自分では思っていた。
「それ以上は勘弁してくれ。いくらなんても褒め過ぎだ」
フラビオがうろたえながら懇願した。
「せっかくのおいしいケーキとお茶の味も分からなくなっちまう。二人の気持ちはありがたく頂くから、どうか、もう、その辺で」
ステラと王女が顔を見合わせた。そして二人がにっこりと笑う。フラビオには、優しいところだけでなく、こういうかわいらしいところもあるので、二人も好意を寄せているのだ。
「そうですね。この辺で」
「勘弁することにしましょうか」
二人が笑顔のまま、相手を褒めた。
「ステラさんは良い方ですね。今後も仲良くして頂けるとうれしいです」
「カタリナ様こそ素敵な方です。こちらこそよろしくお願いします」
そして握手を交わす。競争相手ではあるが、互いに相手を認め合える仲になったのだ。友情が芽生えたと言ってもいい。
話がそこで落着したことに安堵したのがフラビオだった。
「カタリナ様、ステラさん、お二人が仲良くなれて良かったです。ステラさんには今後もギルドでお世話になりますし、カタリナ様とは約束ですから、またダンジョンにご一緒させて頂きますし。お二人とは、今後もよろしくお願いすることになりますので」
本音を正直に口にしたのだが、二人の反応は微妙に良くなかった。
「先生らしいですね」
「ええ。相変わらず不器用で」
二人にそう言われて、フラビオが今度は謝罪する。
「そ、そうか。それは申し訳ない」
「いえ、いいんですよ。先生らしくて、それも良いところですから」
「そうですよ。私とカタリナ様、両方のことを心配してくれたのでしょう。その気遣いは、ありがたく頂きますよ」
「は、はあ、どうもすみません」
恐縮するフラビオに、二人がぷっと吹き出した。何だか分からないが、笑ってくれたのだから良しとしよう。フラビオは内心で安堵していた。
「それにしても、今日は楽しい街巡りになりました。たまにこうしてお忍びで視察することがあったのですが、今日ほど楽しかった日はありません。やはり、フラビオ先生やステラさんが一緒だったからですね。楽しい話もたくさんできましたし、良い収穫がありましたよ」
王女が一日の感想を話してきた。
「配下の騎士二人には申し訳なかったのですが、いろいろな店や品を見て回るだけでなく、コロッケやケーキを食べることもできたのはうれしいことでした。こんなに楽しいこと、一度で終わらせたくはありません。フラビオ先生、ステラさん、もし良かったら、何かの機会にまたご一緒して下さい」
とても良い表情だった。それだけ今回の街巡りが充実していたのだろう。フラビオもステラも、王女と同行して楽しかったのは同じだ。
「いいですとも。そこまで言ってもらえて、俺もうれしいですから」
「私もです。カタリナ様が望まれるのでしたら、かなえて差し上げたいと思います」
王女が再び笑顔を見せる。やはりいつ見ても美しい王女だが、笑顔になると美しさが数段増したように見える。
「その前に、また先生とダンジョンで修練をする日を決めたいですね。ですので、五日後とか、先生のご予定はいかがでしょうか」
「分かりました。五日後ですね。またダンジョンで、カタリナ様のお手伝いをさせて頂きます」
「よろしくお願いします、先生」
最初王女が同行すると言い出した時にはどうなることかと思ったが、結局みな顔見知りになり、仲良く街巡りもできて充実した一日になった。
フラビオもたまには街巡りも良いものだと思ったのだった。
今回、女性四人を引き連れているので、パッと見、見事にハーレム状態なわけです。当然のように、それが気に食わない連中に絡まれてしまいます。今回は遠慮なく倒してますね。さすがのフラビオも腹が立ったのでした。




