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第三話 フラビオの過去

 翌朝、近所の料理屋で朝食を取ると、フラビオは早速とばかりに出かけることにした。

 朝も早くから受付にいたステラが声を掛けてきた。

「おはようございます、フラビオさん。今日はお出かけですか」

「おはようございます、ステラさん。ちょっと私用で出かけてくるよ」

「そうですか。フラビオさんなら何があっても大丈夫だとは思いますが、どうかお気を付けて」

 ステラは、朝からフラビオと会話できて、内心で幸運だと思っていた。しかし、表情にはそれを出さない。ひいきだ何だと、他人に言われては問題になるからだ。

「ありがとう。そうだな、ステラさん達にはいつも世話になってるし、差し入れでも買ってくるよ」

「本当ですか。うれしいです」

「じゃあ行ってくる」

 こんなちょっとしたやり取りがうれしいステラだった。もちろん、フラビオからすれば、ステラは親切なギルドの職員という括りになるので、空振り気味なのだが。


 さて、フラビオはギルドを出て、住宅街の外れの方へと足を運んだ。

 そこにある一つの養護施設、いわゆる孤児院が彼の目的地だった。その名を『木犀園』と言った。

「ごめんください。フラビオです」

 ドアをノックしながらそう呼ばわると、中から中年の女性が現れた。

「やあ、テレシアさん。また来ました」

「フラビオさん、いつも来てくれてありがとう。さ、中へ入って下さいな」

 案内されて園内に入る。いつ来ても懐かしい空気だと、フラビオが郷愁をそそられる。

 そして園長室へと案内される。

「園長、フラビオさんが来てくれましたよ」

「まあ、フラビオ、いつもいつも来てくれてありがとう」

 六十才くらいの女性が、にこやかに言った。

「エルサ園長もお元気そうで何よりです」

 フラビオも心からの笑みを浮かべた。本当に会えてうれしいのだ。


 フラビオはこの木犀園の出身者である。

 オルクレイド王国には、福祉の概念があるわけではなかったが、孤児が浮浪者になるのを防ぎ、将来の労働力を確保する目的で、大きな都市には養護施設を作っていた。王国から運営資金が出され、専門の職員が子供達の育成に従事する。王国では、十二才からは何らかの職種で見習いとして働くか、学院に進学してより高位の職業を目指すかの選択を迫られる。その年齢に達するまで、養護施設で保護、育成するということになっていた。

 幼い頃に両親を失ったフラビオもこの木犀園に引き取られ、そこで育てられてきたのである。

 十二才になるまで、何かと不自由もあったが、温かく接してもらってフラビオは心優しい少年に成長した。エルサは当時園長ではなく、職員として子供達に優しく、時には厳しく指導を行った。フラビオもそうやって育てられた子供の一人で、今でもエルサを実の母以上に慕っていた。

 フラビオの魔法の素質は、養護施設に在所している時には、すでにその片鱗を見せていた。寄付された魔法書の類を自力で読み漁り、誰の邪魔にもならないよう、一人で密かに練習を重ねていたのだった。もちろん、そんな子供の浅知恵など、職員たちはみな見抜いていたのだが。

 十二才になって施設を卒園する時になって、エルサは用意したかなりの大金をフラビオに贈った。魔法学院に進学し、魔術師を目指すようにと用意してくれたのだ。フラビオは一度は遠慮したが、将来のことを考えるように諭され、結局それを受け取り、魔法学院へと進学したのである。

 学院では、学問は上の中といった程度だったが、魔法実技では同年代でも群を抜いて優れていた。好成績の者には奨学金が出る。それと休日に町で仕事をして稼ぎ、生活を賄っていた。そういう努力を見て、好意的に接する者も多かったが、養護施設出身のくせに生意気だと思う者もいて、一部からは風当たりも強かった。それでも倦まず弛まず修練を重ね、総合第三席で学院を卒業したのである。

 卒業後はギルドに冒険者登録をして、同じ頃に出会った初級の冒険者たちとパーティを組んだ。一年ほどは、そのパーティで互いを信頼しつつ順調に成長していった。しかし、ある時、魔物との戦闘で全滅しかけてから、パーティは解散し、フラビオはソロでダンジョンに挑むようになった。

 全滅しかけた経験はフラビオを変えた。半端な強さではいられない。どんな魔物だろうが倒せるだけの実力をフラビオは欲した。ソロでダンジョンに挑む都合で、戦士やヒーラー、シーフのレベルも上げた。十年近く、過酷な魔物との戦闘をたった一人でやり続けていたのである。その当時は、稼いだ金は自身の強化に全て注ぎ込んでいた。全ての行動が自分を強くするためのものだったのだ。二十五才を過ぎる頃には、偏屈な高レベルメイジとして、ギルドの一部では悪名を得るようになった。自己の強化に全てを費やす変人として敬遠されていたのである。


 しかし、ある時、ダンジョン内で壊滅しかけたパーティを救ったことが、フラビオが変わる大きな契機になった。

 当時フラビオは二十五才。十年の冒険者生活の大半を魔物狩りに費やし、王都でも屈指の実力者になっていた。

 いつものようにソロでダンジョンに潜り、適当に魔物を討伐した帰りのことだった。

 探知魔法に魔物と人間達の反応があった。普段なら他の連中が魔物を討伐しているんだなと、気にもせず通り過ぎるところだが、今回は様子が違っていた。人間の動きが妙に鈍いのである。

 一応様子を見ておこうかと現場へと向かうと、一人の戦士が大楯を構えて魔物に立ち向かっているのが見えた。敵はサラマンダー。俗に火竜とも呼ばれるが、本物の竜ではない。大きなトカゲ型の魔物で、高熱の炎を吐くことで恐れられている。対策なしで戦うには厳しい相手だ。

 戦士の仲間達はどうしたのかと思って周囲を見回すと、サラマンダーの炎にやられたのだろう。三人の冒険者が酷いやけどを負って倒れているのが見えた。

 フラビオは、そのうちヒーラーらしき女性に近づき、回復魔法を掛けた。まずは回復魔法の使い手を治療すべきだと思ったのである。

 ヒーラーとしてもレベルを上げていたフラビオの回復魔法は強力だった。一度の魔法でその女性を回復させると、事情を尋ねた。

「どうした。いくらサラマンダーが強力でも、勝てると思って交戦を始めたんじゃないのか」

 すると、その女性は申し訳なさそうに口を開いた。

「うちのパーティのメイジが魔法を外してしまって。一気に三人が炎に巻かれて倒されてしまったんです。まだ、戦士の一人が頑張ってくれていますが、このままだと全滅してしまいます」

 確かに、戦士は大楯で炎を必死に防いでいるが、攻撃に転じることはできないでいた。しかも、高熱で楯を持つ手にやけどを負っている。時間の問題で、この戦士も倒されてしまうだろう。

「分かった。サラマンダーは俺が何とかする。君は仲間を助けるんだ」

 そう言うと、フラビオは戦士の元へと近づいた。

「俺が代わりにこいつを倒す。というか、君は邪魔だ。ヒーラーの彼女に回復魔法をかけてもらうといい」

 無礼な言い草だったが、窮地に救いが現れたことで、戦士は安堵した表情で返答した。

「助かります。じゃあ、頼みます」

「マジックシールド」

 戦士が下がるまでの間、フラビオは魔法の楯を展開した。激しい炎が吹き付けたが、そんなものではびくともしない。高レベルのフラビオの魔法は、それほどの効果があるのだ。そのおかげで戦士は無事にヒーラーの元にたどり着いていた。

「サラマンダーごときが勝者面か。気に入らないな」

 表情があるわけではないが、フラビオにはそんな風に感じられた。

「アイシクルランス」

 フラビオはここでも初級魔法を使った。一撃で倒すのを惜しむように、少しずついたぶるように倒そうと思ったのである。

 一撃目で、サラマンダーの額を穿ち、大きな穴を開けた。

 二撃目で、胴体のど真ん中を突き刺し、大きく体をえぐった。

 三撃目は、体を貫通し、それがとどめとなった。

 サラマンダーが霧状になって消えていく。後には魔石が残るのみである。

「三発で終わりか。あっけないな。でもまあ、こんなものだろう」

 ヒーラーの女性が驚いた表情でフラビオを見ていた。あれほど苦戦し、パーティを壊滅させるほどの相手を、たった三発の初級魔法で倒してしまったのだから当然である。

「どうだ、仲間は治りそうか」

 フラビオが声を掛けると、女性はうれしそうに答えた。

「はい。ひどいやけどですが、逆に言えばやけどだけなので、私の回復魔法でも十分に治せます。本当に助かりました。ありがとうございます。お名前をお聞かせ頂けますか」

「フラビオ。メイジだ」

 その頃のフラビオは他人と一緒に行動することなどなく、接し方もぞんざいであった。だが、言われた方は、恩人の無礼を気にも留めなかった。

「私はリアナと言います。どうぞよろしく」

 そこまで話すと、リアナと名乗った女性は仲間の回復に専念した。

 フラビオも放ってはおけず、一緒に回復魔法を使った。

 三人が回復し、無事に撤収できそうな様子を見て、フラビオもこれで役目は終わったかと思い、立ち去ろうとした。

 しかし、リアナと呼ばれた女性は、フラビオを引き留めた。

「サラマンダーの魔石、倒したフラビオさんの物です。お持ち下さい。それから、もし良かったら、念のため地上までの護衛についてくれませんか。銀貨五枚でどうでしょう」

「いや、銀貨はいらない。サラマンダーの魔石で十分だ。確かにリアナのパーティ、もう一戦するのは厳しそうだな。護衛、引き受けよう」

 その当時、フラビオもがめつくはなく、むしろ金銭には余裕があったので淡白だった。アイテムや装備を買い足す分は常に稼げていたのだ。

 帰り道、リアナは圧倒的な強さを見せたフラビオに、どういうわけか親近感を覚えたようで、自分が冒険者をしている理由を話してきた。

「私は、養護施設の出身なんです。十二才で卒園する時、私が回復魔法の素質があるということで、施設のみなさんがお金を用意してくれて、魔法学院に進学できたんです。それで冒険者になって、少しずつ稼げるようになって、それで恩返しのためにお金を施設に送るようになりました」

 フラビオが目を丸くした。突然の話とその内容とにである。

「奇遇だな。俺も王都の養護施設の出身だ。しかし、恩返しとは、俺は考えたこともなかったな」

「はい。それはそうですよね。施設の人達も、私が一人前になって、充実した暮らしができればいいからと、最初は寄付したお金を受け取ろうとはしなかったんです。自分のために使いなさいとまで言ってくれました。でも、私自身がどうしてもお金を受け取って欲しかった。私がそうだったように、養護施設で暮らす子達のために使って欲しかったんです。そこまで言うならと、施設の人達もお金を受け取ってくれるようになりました。それから、何か月かに一度くらい、貯めたお金を送っているんです」

 フラビオはその言葉に心を揺さぶられた。今まで自分は、あの時全滅しかけた出来事を繰り返さないため、自分自身を徹底的に強くしたいと欲した。その望みは叶い、今では王都屈指の実力を有するまでになっている。しかし、ただそれだけのために生きることに、何か空しさを感じていたのも確かだった。恩を返し、未来に生きる子供達の役に立てるため、お金を寄付するという発想が、とても素晴らしいものに感じたのだった。

「つまらない話をしてごめんなさい。でも、フラビオさんのおかげで助かった命、今後も子供達のために頑張って生かしていこうと思います」

「そうか。頑張れよ」

 フラビオは自分が他人を励ますような言葉を言ったことに、自分で驚いていた。ここ十年ばかり、自分のことしか考えていなかったのだ。他人のために何かをする、それもまた良いことだと感じている自分がいた。

「はい。ありがとうございます」

 その後、フラビオは無理なレベル上げを止め、代わりに金を稼ぐことを主目的にするように変わった。そして木犀園を訪れ、定期的に寄付をするようになったのである。その恩返しは施設の職員や子供達に喜ばれた。彼ががめつくなったのもその頃からである。

 ソロで討伐に挑むより、クエストを受けたり、適当なパーティを手伝って報酬を得る方が効率的だし、何よりも安全度が違う。そう自覚してからは、あちこちのパーティの助っ人として手助けをすることが多くなった。高い報酬はそれだけの技量があるのだから当然だと思っている。そういう相手がいないときは、ソロで適当にダンジョンに潜り、無理のない範囲で魔物を討伐して小金を得ていた。クエストも効率の良いものを選んで引き受け、適度に稼いでいた。

 月に一度くらい、こうして木犀園に顔を出し、稼いだ金を寄付していく。そんな生活をかれこれ七年。彼にとっては自分の実家を助ける、意味のある日々を送るようになっていた。

 リアナとは、その後も冒険者ギルドで何度も顔を合わせている。しかし、三年ほど前、リアナは冒険者を引退し、結婚して、自分の子供を育てることに今は一生懸命頑張っているのであった。


「エルサ園長、今回の差し入れです」

 そう言って、フラビオは金貨十枚の入った革袋を差し出した。

 エルサが少し困った顔でそれを受け取る。突っ返すこともできるが、それではフラビオを傷つけてしまうと思っていたからだ。

「いつも良くしてくれてありがとう。でもね、木犀園が王国から運営費を貰っているのは知っているでしょう。だから、フラビオは無理してうちに寄付しなくてもいいんですよ」

 毎回、穏やかにそう伝えるが、フラビオも案外その辺は頑固だった。

「ええ。分かっています。それでも、俺が子供の頃育ててもらった恩があります。それに魔法学院に入るためにお金を用意してもらいました。その恩返しをできることが俺にはうれしいのです。俺のためだと思って、遠慮なく受け取って下さい。それで、必要な時に必要なだけ使って欲しいんです」

「相変わらずね。大人しくて優しい心根の持ち主だけど、一度決めたら決して曲げない頑固さがあって、フラビオは昔のままなのね」

「そうですね。いろいろ自分では変わったと思いますが、根っこのところは同じなのかもしれません」

 エルサがそれを聞いて笑みを浮かべた。

「でも、何よりも、こうして立派な冒険者として無事に活躍できてること、元気な姿を見せてくれることが、私はとてもうれしく思いますよ」

 訪れる度、何度同じような会話をしてきただろうか。

「エルサ園長、俺の無事を喜んでくれて、とてもうれしいです。いつもありがとう。やっぱり、ここが俺の帰る場所なんですよ」

「こちらこそありがとう。ここが帰る場所と言ってくれること、それも私達にとってはうれしい言葉です。さあ、また子供達にも顔を見せてやって。みんな喜ぶわよ」

「はい、分かりました」


 養護施設は学舎としての機能も兼ね備えている。

 オルクレイド王国では、子供は七才から十一才までの五年間、学舎に通って読み書き、計算などの必須の学問を教わることになっていた。だから、その年代の子供は、この時間は勉強の真っ最中だった。学んでいる子は十人。

 それより小さな子達七人は、施設の園庭で遊んでいた。フラビオは早速その場所へと顔を出し、声を掛けた。

「よお、みんな元気そうだな」

「あ、フラビオのおじちゃんだ」

「いらっしゃい、フラビオおじちゃん」

 ここにいるのは、フラビオが定期的に顔を出すようになってから、施設に入った子がほとんどだ。それでも顔なじみになってからは、親切なおじちゃんとして子供達に親しまれていた。

「おじちゃん、見て。ぼく、一本橋渡れるようになったんだよ」

「フラビオおじちゃん、肩車して」

 次から次へと子供がやって来ては、何かしらねだってくる。木犀園の職員達は、子供達を甘やかすときりがなく、そして将来は面倒を見てやれないことから、こうしたおねだりを聞くことはほとんどなかった。

 だが、フラビオは客である。月に一度来る程度なので、多少の甘えを許しても問題はない。

「分かった、分かった。じゃあ、一人ずつ順番な」

 そう言って、おねだりを聞いてやるフラビオだった。


 昼食は木犀園でご馳走になった。メニューは子供達と一緒である。量の加減を子供ごとに変えているところが、成長期の子供への配慮だった。その辺はさすがにしっかりしている。

 親代わりとなって食事を用意してくれるだけでも、子供達にとって木犀園の職員は大事な存在だった。自分達を思いやって、栄養のあるメニューを考えていることも知っている。だから、園の子供達は、好き嫌いを言わず、何でもしっかり食べた。それだけでも子供としては立派な心構えだと、今のフラビオはそう思っている。

 食後は午前中勉強していた子達とも一緒に遊ぶ。

 その子供達の中に、フラビオが好きでたまらないという子が一人いた。

「私、大人になったら、フラビオさんと結婚するの」

 その女の子は名をエミリーと言った。まだ八才である。さすがにそれを言われる度に、フラビオも苦笑して、適当な返事でお茶を濁していた。

「ああ。エミリーが立派な人になれたら、その時また考えような」

 だが、こういう誤魔化しはすぐばれるものである。

「いい加減な返事はダメ。私、本気なんだからね」

 毎回ここを訪れる度、そんなやり取りを一度や二度はするのだった。

 そうかと思えば、真剣に将来の相談をしてくる子もいる。

「なあ、フラビオさん。ぼく、フラビオさんみたいに冒険者になりたいんだけど、できると思うかい?」

 フラビオもそういう時は真剣に相手をする。

「それは君次第だ。学院で修業すれば、それなりに力をつけられる。けどな、実力よりも、命を懸けて魔物と戦おうとする勇気と、必要なら逃げ出してでも無事に帰ってくるっていう気構え、それが何より大事だってこと、覚えておくんだぞ」

 フラビオ自身の苦い経験が、そんな風に語らせるのだ。それは子供の心にもとても染みるものだった。

 そんな風に心温まる時間を過ごし、夕方になるとフラビオは木犀園を立ち去る。明日からまた金を貯めるために頑張ろうという気持ちを、いつもこの施設からもらって帰るのだった。

 フラビオの過去編です。十年に及ぶ魔物討伐の結果、常人離れしたレベルに到達したわけです。そして、彼ががめつい理由も明らかになりました。結局主人公は基本的にはお人好しだったわけです。これで三作連続お人好し主人公ですね。

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