第二十九話 街中で王女殿下とお会いしました
昼食後、フラビオとステラは商店街の見物をしようと店を巡り始めた。二人共、食事が満足のいくものだったので、とても機嫌が良かった。
まずは手近な雑貨屋に入る。思った以上に広く、アクセサリーや日用品などが充実した店だ。
「私も五年くらい前までは、こういう店によく来たの。ちょっとしたお洒落をしたい年頃だったからね。久々に来ると懐かしいわ」
ステラが上機嫌のまま店内を巡る。
「今は違うのかい?」
「そうね。大人として、装飾品も良い物にしたいって思うようになったの。でも、こういうのが嫌いなわけじゃないのよ」
中々に複雑な乙女心のようだ。その種の考えは、さすがにフラビオには良く分からない。
「フラビオさん、日用品とかは足りてる?」
「それは大丈夫。俺だって、足りなくなったらちゃんと買い出し来るよ」
「そうなんだ。意外としっかりしてるのね」
「まあ、そのくらいはね」
そんな他愛のない会話をしながら商品を眺めていく。
「タオル一本で銅貨二十枚? どれだけ高級品なんだ」
「こっちの手鏡も銀貨二枚だって。装飾が彫られてる分、割高みたい」
そんな風に楽しく見て回る。しかし、あまり長居しては店にも迷惑なのも承知している。ある程度見て回ったところで店を出る。
「品物見て回るのも面白いな。人が暮らすってこういうことかって、改めて感じられるし」
「そう思ってくれるとうれしいですね。一緒に見て回れて楽しいので」
次は宝石店に入ってみる。さっき、大人として云々と聞いたので、こういう店ならステラが欲しい物もあるだろうと思ったのだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しの物はございますか」
さすがに高級な物を取り扱う店だけあって、店員がさっと近寄り、声を掛けてきた。防犯上の理由もあるが、何より売ることが最重要なのだ。
「俺達、あまり宝石には詳しくなくてね」
フラビオがそう言って肩をすくめると、店員が細かに解説を始めた。
「宝石は唯一無二なんです。一つとして同じ原石はありませんから、そこから磨き上げて輝くように仕上げた品は、世界で一つだけになります。それで、宝石の種類や大きさ、輝き具合などで値段が変わります」
「なるほど。そうなんだ」
言われてみると、その通りだった。例えば、同じ瑪瑙でも模様や色つやが違う。より美しさに優れた物が高値となっていた。
「種類にもよりますが、一部の宝石は、輝きを最大限に引き出すために、こうやって平らな面をたくさん作ります。カットと言うのですが、特殊な技術が必要です。特にダイアモンドは無色透明のものだと、カットの良し悪しで、結構輝きに差が出ますね」
これもなるほどだった。どんな小さなダイアモンドでも、しっかりカットが入っていた。見る角度によって、光の反射が変わり、違った輝きを見せてくる。
「ですから、宝石の加工にはかなりの年季が必要で、その特殊な技術を持った職人はとても貴重な存在なんです。また、それぞれの宝石にどれくらいの価値があるかを鑑定する人にも、同じように長年の修行が必要です。ですから、宝石っていうのは、ただ美しいだけでなく、知識と技術の粋でもあるわけです」
「はあ、なるほど。値段が高いのにも納得がいったよ」
「ええ。ではご自由に見て回って頂き、気に入った物がありましたらお申し付け下さい」
そう言って、店員は下がっていった。
「いい話が聞けましたね。私も感心しました」
「そうだな。宝石にはそんな価値があるんだって、初めて知ったよ。一緒に来て良かった」
そして二人は品々を眺めて回った。ダイアモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、アクアマリン、トパーズなどなど。様々な種類の宝石が自分の美しさを主張するように光り輝いている。見事な物だと感心しながら、二人でのんびり見て回った。
最後に店員に声を掛ける。
「良い物を見させて頂きました。どれも素敵な品ばかりですね。機会があれば購入したいと思います。今日はこれにて失礼します」
さすがにフラビオも、冷やかしで立ち去るのも何かと思い、そんな言葉を伝えた。店員は笑顔でその言葉を受け取った。
「はい。次のご来店をお待ちしています」
さすがは客商売、次の機会を勧めてきた。しかし、無下にされなかったのはありがたいことである。
二人は宝石店から出ると、感心のため息をついた。
「素敵なお店でしたね。さすが宝石を商っているだけのことはあります」
「全くだ。冷やかしなのが申し訳なかったくらいだ」
ステラが笑顔で言う。
「そのうち、何か買えたらなって、本気で思いましたよ。その時はまたご一緒して下さいね」
「それは構わない。そうだな、あの店のどの品だって、何でもステラさんには似合うだろうな」
二人がそうやって商店街を飽きずに眺めていると、不意に見知った顔を見つけた。
衣服こそ普通の町娘のように、質素だが清楚な感じにまとめていた。だが、肩甲骨までの豪華な金髪に、青い宝石を思わせる瞳。白く美しい顔の造作。何度も一緒にダンジョンに潜った相手だ、見間違うはずもない。オルクレイド王国第二王女カタリナ殿下その人であった。
王女の近くでは、同じように街の住人と変わらない格好をした二人の女性が、周囲に目を光らせていた。恐らくは護衛の騎士だろう。
その王女もフラビオがいることに気付いた。
「フラビオ先生!」
明るい表情で手を振ってきた。街中で大声のやり取りをするのもはばかられるので、フラビオは王女の元へと歩み寄った。ステラもその後に続いた。
そして小声で尋ねる。
「今日はどうされたのですか、王女殿下」
すると誇らしげに胸を張ってきた。思った以上に大きさのあるその部位を強調されると、フラビオとしても目のやり場に困るところだ。だが、そんなことには構わず、王女は自慢げに説明してきた。
「殿下呼びはなしにして下さい。お忍びで、街の視察をしているのです。住民の様子を直接見て、治政に生かすのも仕事のうちなんですよ」
ちゃんと仕事だということを強調してくる。しかし、配下の騎士達がため息をついた。
「そうは言いますが、カタリナ様、散々お店を冷やかして回っていたではありませんか」
「全く、物珍しいのは分かりますが、楽しんでばかりも困ります」
ということらしい。まあ、この王女らしいことだと思った。
「まあ、たまには羽を伸ばすのも良いではないですか。それより、フラビオ先生は、商店街に何のご用事ですか」
フラビオが生真面目に答えた。
「今日は息抜きです。こちらの女性と商店街を巡っておりました。カタリナ様、こちらはステラさんと言って、冒険者ギルドの職員です。いつもお世話になっている人です」
「ステラです。カタリナ様とは、この前少しだけ冒険者ギルドでお会いしました。フラビオさん達冒険者にクエストの斡旋をしたり、魔石の引き取りなどをさせて頂いております」
すると、王女が目を細めた。少し気に入らないという感じが、その表情に出ていた。
「どうしてギルドの職員の方が、フラビオ先生と商店街を見て回っているのですか。どう見てもデートじゃありませんか」
フラビオが肩をすくめた。いや、言っていることに間違いはないのだが、あからさまにそう言われると少し気恥しい。それにこの前、王女にはお相手として考えて欲しいと言われたばかりだ。その嫉妬心も入っているように見受けられた。二人共かなり高い水準の美人なのに、こんなおっさんのどこがいいのかと思う。それでも好意を寄せてもらえることは悪い気分ではない。
「いやあ、俺も休日を一緒に過ごしてくれるような友人がいないもんですから。ステラさんが同行しようと言ってくれたんですよ」
フラビオはそう答えたが、王女は気に入らなかったようだ。ちょっと膨れた表情で、フラビオに食って掛かった。
「そういう用事なら、弟子の私を誘って下さい。先生と一緒に街歩きなんて、すごく楽しそうじゃないですか」
そしてステラにも文句を言ってきた。
「ステラさんとおっしゃいましたね。あなたもフラビオ先生に好意を寄せているのでしょう。だから、こうして一緒に町巡りをしていたのですよね。そういう人の一人や二人、こんなに素敵な先生ですからいても当然ですけど、その役、私が代わってもいいですよね」
「そ、それは、ちょっと……」
ステラが返事に窮した。普通の相手なら対等に文句も言えようが、何せ相手は王国の第二王女だ。無礼な言動ができるわけもない。
フラビオが思わず割って入った。
「カタリナ様、ステラさんは親切で俺に付き合ってくれているんです。今日のところは俺に免じてご容赦頂けませんか」
ステラもここ一番、折れていてはダメだと思い、言葉を続けた。
「カタリナ様のおっしゃられる通り、フラビオさんはとても素敵な方ですから、私も好意を寄せております。久しぶりの休みにご一緒できるのは私としても喜ばしいことなのです。ですから、こうして行動を共にしていることを認めて頂きたく存じます」
王女が、ふうとため息をついた。
「これでは、私が仲の良い二人の邪魔をする悪者みたいじゃないですか。決してそういうつもりじゃないんです。ただ、フラビオ先生と二人きりだなんて、いいなあと思っただけなのです」
なるほど、それが本音なのか。感心すればいいのか、納得すればいいのか、フラビオも返答に困って、変な言葉を返してしまった。
「はあ、そうなんですね」
「そうなんです。うーん、では、こうしましょう。二人のお邪魔になるかもしれませんが、私がフラビオ先生とご一緒したいのも本当です。ですから、少しの時間でいいですから、三人で一緒に商店街を見て回るというのはどうですか?」
何をどうするとそういう結論になるのか、さっぱり見当もつかないが、王女としてはそれで妥協しているつもりなのだろう。
「あ、でも、王女だからって遠慮はいりませんよ。今はただの街の住人の一人のつもりです。嫌なら嫌だとはっきり言って下さい」
魔法の修練の時もそうだったが、この王女は結構潔い。根も真面目だし、良い娘であることには違いない。さすがにこの申し出を断るわけにもいかないなと、フラビオもステラも思った。二人で顔を見合わせて、了承の意を込めてうなずき合った。
「分かりました。では、カタリナ様、ご一緒致しましょう」
フラビオがそう答えると、王女はステラにも確認を取った。
「ステラさんもそれでいいのですか?」
「もちろんです。滅多にない偶然ですから、ご一緒したいお気持ちは分かります。ですから、ご要望にお応えします」
ステラも生真面目に答えた。王女が表情を緩める。
「フラビオ先生がご一緒するだけあって、ステラさんも良い方ですね。では、遠慮なくご一緒させて頂きましょう」
そんなこんなで、結局三人と護衛二人で街巡りをすることになったのだった。護衛二人は何も言わなかったが、頭の痛い事態には違いなかった。
「先生、野菜が売っていますよ」
王女は何か見つける度に、フラビオに話し掛けていた。一人で見るより、こうして誰かと話しながら見て回りたかったようだ。
「ニンジン、キャベツ、ジャガイモ、ブロッコリー、タマネギ、当たり前ですけど、種類も豊富ですね」
そうなると、相槌を打つのが連れの役割というものだろう。フラビオとステラが、そうですねと言ってうなずく。
「カタリナ様は料理をなさるんですか」
あえてフラビオが尋ねる。
「必要最低限のことは教わりました。自分達だけで身の回りのことができるようにするというのが、家の方針なのです。父、母はもちろん、兄も姉も弟も、一通りのことはできますよ」
「そうなんですね。さすがだと思いますよ」
ステラも率直に褒めた。王族なので、てっきり自分では何もできないと思っていただけに、本気の言葉だった。
「ステラさんはどうなんですか? 料理くらいできそうですけど」
王女が逆に問いかけてきた。フラビオを巡っての競争相手ではあるが、今は同行者として親しげにしていた。
「はい、家の手伝いをしてましたので、一通りはできます」
「フラビオ先生は?」
思わぬところで飛び火してきて、フラビオが目を肩をすくめた。
「ああ、えっと、子供の頃に手伝いをしたっきりです。焼くのと煮るのは何とかできるかなってくらいです。お恥ずかしい限りです」
それでも王女は感心したようだった。
「先生はあれだけ強いのですから、鍛えるのに忙しくて、料理なんて覚える暇がなかったでしょう。それでも多少はできるのですから、大したものだと思います」
これは贔屓の引き倒しというものだろう。フラビオが黙って頭をかいた。
次に隣の肉屋を覗く。様々な種類の生肉の他、加工肉や総菜なども売っていた。
「揚げ物の総菜が多いですね。どんな食べ物なんでしょうか。前から気になっていたんです」
やっぱりそうだろうなと、フラビオが内心でうなずく。何度かお忍びで商店街に来て見かける度に、気にしていたのだろうなと思う。
「食べてみますか? 俺がおごりますよ」
フラビオが問いかけた。王女が表情を輝かせて喜ぶ。
「先生のおごりなら、私が無駄遣いするわけじゃないので大丈夫ですよね。喜んでごちそうになります」
護衛の女性騎士達が額に手を当てた。王族が街中で毒見もなしに食べ物を取るなど、本来はあり得ないことだからだ。
それを見て、王女が配下の二人にも声を掛けた。
「心配なのは分かります。でしたら、あなた方二人が異常の有無を確認して下さい」
そしてフラビオに向き直る。
「先生、申し訳ありませんが、この二人の分も買って頂けますか?」
さすがは配下思いの王女である。異常の有無を口実に、二人にも食べさせてやろうという心遣いだった。フラビオにも文句はない。
「いいですとも。すみません、コロッケ五枚下さい」
「あいよ。銅貨十五枚だね。毎度あり」
フラビオが紙袋に入った品物を受け取る。揚げてから多少時間が経ってはいたが、まだ十分に温かい。
「それじゃ、一人一枚ずつ取って下さい」
ステラも王女も騎士二人も、フラビオからコロッケを素手で受け取る。街角で、しかも手づかみで王女が食べ物を口にするのはどうかと思いつつ、そのことはあえて誰も言葉にしなかった。
「肉屋のコロッケも学院生の頃はよく食べたんです。懐かしい」
そしてまずフラビオが一口。ステラがそれに続き、騎士二人も同じように一口かじる。異常がないことを確認してから、王女もコロッケをかじった。
「何です、これは! 衣がさっくりしていて、中はホクホクで、ジャガイモの旨味だけじゃなくて、衣の油の旨味も見事です。惣菜というのも、侮れないほどおいしいものだったのですね」
ステラが補足した。
「ジャガイモを茹でて潰して、衣をつけて、ラードで揚げた物なんです。案外手間がかかってますし、素材の味をそのまま生かしているんですよ」
「それはおいしいのも納得できますね。なるほど、なるほど」
笑顔で王女がコロッケを食べていく。食べ方がかなり上品なのはやはり育ちからくるのだろう。
護衛の騎士二人も、さすがのおいしさに負けて、言葉を失っていた。感心したように食べていく。フラビオもステラも、王宮の人達がこうして街の総菜を味わっていることに、何となくうれしさを感じていた。
やがて全員が食べ終える。
「おいしかったです。先生、買って頂いてありがとうございました」
王女は上機嫌だった。かなり気に入ったらしい。
「どういたしまして。俺も久しぶりに食べて、おいしかったですよ」
みなでコロッケを食べ終えた後も、商店街巡りは続いた。
道具屋では店内に入り、いろいろな道具を見て回った。
金槌やのこぎりなど用途のはっきりしている物でも、普段使うことのない王女には新鮮に映るらしい。万力やカンナ、ドリルなど、何に使うのかをしきりに尋ねてきた。
冒険者であるフラビオも、使い道は知っていても、実際に使ったことのない道具ばかりである。しどろもどろに答えていた。その辺はステラも同様で、使いもしない道具を見に来た珍妙な客という感じになっていた。
文房具屋では、さすがに見知った物が多く、様々なペンやインク、紙類などを見て回った。商品の質によって、思った以上に値段が異なっていて、高級な文房具の値段の高さに驚いていた。普段気にしていなかった文房具にもいろんな種類があるものだと感心したものである。
それは陶器店でも同様だった。数多くの皿やカップなどがびっしりと棚に収められていて、色柄や形も様々で、見ていて飽きることがない。そして品質による値段の差も大きく、高い物では銀貨五枚以上と高額であった。見比べてみても、普通の品と比べて数段見事な出来栄えであった。
王女はその間、ずっとご機嫌であった。尊敬し、好意を寄せているフラビオと一緒に、会話しながら店の商品を眺めていくことが楽しいようだった。
フラビオとステラも、王女のそんな楽しそうな様子を見て親しみを覚え、護衛の騎士達も会話に加わりながら、のんびりと商店街巡りを楽しんだのだった。
デートの最中、街中でお忍びの王女に会って、結局一緒に行動する回です。王女としても、敬愛する先生とせっかく会ったからには、一緒に行動したいのでした。肉屋のコロッケもおいしく頂いた王女でした。




