第二十八話 たまには休日を
ここ最近、フラビオは、パーティスターライトの手伝いだの、赤い牙の助っ人だの、王女殿下の魔法の指南だのと、ダンジョンに毎日通っていた。それがいつもの日常なので一向に構わないのだが、それはフラビオ自身がそういう性分だからであって、端から見るとダンジョンに行ってばかりで心配ということになるらしい。
ということで、ステラが気を回してそれを指摘してきた。
「最近、ずっとダンジョンばかりでしたね。たまには休日を取って、一休みしてはいかがですか」
フラビオも気遣いはうれしいので礼を言った。
「ありがとう。でも、別にこれが普通の生活だし、ダンジョンで俺が苦戦するようなこともないし、気楽なもんだよ。だから、心配してくれるのはうれしいけど、俺は大丈夫だ」
ステラが、そう言えばこの人は、こういう人だったなと思い出した。自分のことはあまり心配せず、代わりに、ぶっきらぼうに接していても他人の面倒は親身に見てくれる。人の頼みはなるべく聞いてやろうとするのである。そこで言い方を変えてみようと思い立った。
「それではですね、明日、私、お休みなんです。よかったら休日を一緒に過ごしては頂けませんか」
フラビオが眉根を寄せた。誘いが嫌だったわけではない。
「ステラさんこそ、せっかくの休日なのに、俺なんかが一緒じゃのんびり休めないだろうに。無理して誘ってくれなくてもいいぞ」
それを聞いて、ステラが心外だとばかり真剣な表情になった。
「何言ってるんですか。また都合が合うなら、ご一緒してくれるって言ってくれたのは、フラビオさんじゃないですか。それに、私がフラビオさんと一緒にいたいから誘ってるんです。ですから、頼みを聞いてくれませんか」
フラビオが、そう言えばそうだったなと思い出していた。ステラも何を好き好んでとは思うが、そのステラを誘ったのは確かに自分だ。それに、旅した時も一緒にいてお互い楽しかったのは事実だ。これは同行する以外の選択肢はなさそうだ。
「そうだな。そこまで言ってくれるのに、お誘いを断るのは良くないな。なら、ありがたくご一緒させてもらおうか」
「良かった。ありがとう、フラビオさん」
ステラが心底ほっとした表情になる。フラビオは、自身のレベル上げに青春を注ぎ込んだ変わり者だけあって、ちょっと人の機微に疎いところがあった。だが、そんなちょっと抜けているところも、ステラにとっては魅力の一つだった。
「明日は何かしたいことあるのか」
「そろそろ傷んできた服があるので、一着買い直したいです。でも、フラビオさんも、そろそろダンジョン行く時の服、新しくした方がいいですよ。結構傷んでますから」
フラビオが今着ているのが、正にその服である。シーフのレベルも上げて器用さは十分にあるので、傷む度に自分で繕っていたのだが、言われてみればそろそろ限界かも知れない。
「そうか。じゃあ、明日は一緒に服屋だな」
「はい。それから商店街を一緒に見て回りませんか。もちろん、食事もご一緒に」
フラビオの目から見ても、ステラの方はかなり乗り気なようだった。喜んでもらえるなら良いことだと思う。
「分かった。じゃあ、明日は一緒に商店街を回ろう」
「はい。じゃあ朝九時、ギルドに迎えに来ます」
「了解だ。じゃあ、今日はダンジョンで服代を稼いでおくか」
そうしてフラビオは今日もまたダンジョンに出かけていった。
翌日。フラビオは約束通り、ギルドのロビーで待っていた。適当な普段着に、腰には財布の入ったポーチ、背には古着が入った鞄。中古の服でも古着屋に売って再利用するのが王国では普通の習慣だった。
約束の時間より少し早く、ステラも姿を現した。きれいな栗色の髪は、今日は三つ編みをした上で後ろで一つにまとめてある。衣服もギルドの制服でなく、薄手のカーディガンにブラウス、それにスカート。全て明るい色でまとめてある。雰囲気がいつもより柔らかい感じがして、清楚な美人という感じであった。
「さすがステラさん、良く似合ってるな」
ダンジョンばかりにかまけているフラビオでも、ちゃんと相手を褒めることはできる。ステラが満更でもないといった表情で微笑んだ。
「ありがとうございます。では、まずは古着屋さんに行きましょうか」
ステラも服を新調するので、古い服を処分するつもりだったのである。肩掛け鞄に担いで持ってきていた。
「荷物は俺が持とうか」
「いえ、そんないいんですよ」
「遠慮するな。鍛え方が違う。俺のことは存分に使ってくれ」
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えますね」
ギルドにはあまり人がいなくて幸いであった。ダンジョンに行く冒険者達は、もっと早い時間に出発していて、いたのは職員数名だけだった。でなければ、何を甘いやり取りをしているんだと、周囲の反感を買ったに違いない。
そうして二人は、まずは古着屋へと出かけていった。
「お嬢さん、かなり物持ちがいいんですね。程度のいい服ばかりです。色を付けて引き取りますよ」
古着屋では、まずステラの服を査定に出した。店の者がそれらの品を見て褒めていた。ステラとしてはかなり着古した服ばかりだったのだが、そう言ってもらえるのはうれしいことである。
「これが銅貨十枚、こっちは十二枚、これも十二枚ですかね」
そんな調子で順調に査定が進む。
「四着で、キリよく銀貨一枚と行ったところですな。いかがですか」
「はい、それで構いません」
「では下取り致します」
ステラの服は、そんな調子で具合よく下取りしてもらえたのだった。
「次はダンナの服で、これですか」
厚手の布の服、上下である。過酷なダンジョンでの行動に適した服だったが、ステラが指摘した通り、かなり傷んでいる。
「うーん、こいつは値段が出ませんねえ。もちろん、お引き取りはさせて頂きますが、それで構いませんか」
要するに、手を加えて修繕しても、売り物にはならないということだ。それくらい服が傷んでいたのである。さすがにそれを聞いて、フラビオも苦笑した。
「そうか。そんなにこの服、こき使ってたか」
「愛着があるかもしれませんが、限界ですね、この服」
愛着と言われて、確かにあるかもしれないとフラビオは思った。自分と一緒にダンジョンに潜り続けた相棒とも言える。しかし、限界と言われるほどなのだ。諦めて新しい服を買うべきだろう。
「分かった。引き取り頼む」
「はい、分かりました。またのお越しをお待ちしてます」
そうしてフラビオの服は無料での引き取りとなった。
「ステラさん、服は古着屋で買うのかい?」
フラビオが尋ねた。オルクレイド王国では、産業が発達しているとはいえ、やはり新品の服は段違いに値段が高い。普段着などは古着屋で買う人間がほとんどである。
「いえ、せっかくなので、服屋で新品を購入しようと思ってます。フラビオさんも、この機会に、ご一緒にどうですか?」
フラビオが少し考えた。変な表現をしてしまえば、ダンジョンで魔物狩り放題のフラビオは金銭的に余裕がある。それに古着では、ダンジョンで激しく行動するには不向きだろうし、傷むのも早いだろう。
「そうだな。俺も一着、上下を新調しようかな」
「なら、一緒に服屋に行きましょう」
オルクレイド王国の服屋は、工房街の工房で生産された既製品も売っているが、基本的にはオーダーメイドである。工房街から布を仕入れ、客の採寸をして型紙の製作から布の裁断、縫製まですべて手作業だ。時間もかかるし、値段もものすごく高い。
さすがにオーダーメイドは手が出ないステラは、既製品の中から衣服を選んでいた。
ステラがじっくりと品を選んでいる間に、フラビオも自分の服を注文するため、店員に声を掛けた。
「オーダーメイドで一着、上下をあつらえて欲しいんだが」
「はい。どのような服をご所望ですか」
「俺は冒険者でね。頑丈な布を使って、ポケットを多目にした上着とズボンが欲しいんだ。そうだな、あっちに飾ってあるような感じの服だな」
フラビオは、店頭に展示してあった、濃い緑色の布でできた、胸にポケットのついたボタン止めの上着と、前後の両方にポケットのついたズボンを示した。店員がなるほどとうなずく。
「分かりました。では、採寸致しましょう」
「よろしく頼む。あ、ちょっと待ってくれ、連れに声を掛けておく」
フラビオはステラに、服を注文するので採寸してもらうことを告げた。ステラもうなずき、その間に自分の服を選ぶからと返してきた。
フラビオが店の奥にある採寸室に入る。そこで衣服を脱ぎ、縫製を担当している職人に採寸してもらうのである。
その職人が驚いた声を上げた。
「お客さん、引き締まった良い体してますね。見た目以上に逞しいです」
「これでも冒険者だからな。まあ当然のことだ」
「はあ、なるほど。それで頑丈な服が欲しいってことなんですね」
「ああ。ダンジョンでも耐えられる服が欲しいんだ。散々魔物と戦うからな。よろしく頼む」
「承知しました。いい服を仕立てますよ」
採寸しながら、職人とそんな話をしていた。
「ご承知とは思いますが、仕立てには十日ほどかかりますので、その間お待ち頂きます」
「了解だ。で、お代はいくらだ。先に払っておく」
「この頑丈な布での縫製となりますと、すごく手間がかかります。申し訳ないのですが、金貨一枚頂きます」
「大丈夫だ。ちゃんと支払う」
フラビオは金貨一枚を支払い、代わりに服の引換証を受け取った。
「毎度ありがとうございます。十日後、お引き取りにいらして下さい」
そんな具合で、フラビオの用事はすんなりと終った。
一方で、ステラの方は、服を選ぶのにまだ迷っていた。
「フラビオさん、相談に乗って下さいな」
どうせなら、フラビオの意見を聞いてみたいという本音もあったようだ。
「俺のセンスを期待されても困るが、聞くだけは聞くぞ」
街中で映える服などさっぱり分からないフラビオである。それでもステラのことを大事にしているので、一応は力になろうとするのだった。
「じゃあ、こちらの淡いピンクのと、若草色のと、どちらがいいでしょう」
「難しいな。どっちも良く似合う。でも、どちらかと言えば、若草の方がステラさんには合ってる気がする」
「じゃあ、若草の上着で。次はスカートなんですけど」
ステラもこうやって、フラビオと話をしながら服を選びたかったようだ。とてもうれしそうに尋ねてくる。フラビオも女性の服に疎いながらも、目の前の美しい女性に合うかどうかを本気で考えて返事をしていた。
そうして上着にブラウス、スカートと選んでいる間に、結構な時間が経ってしまった。
しかし、そうやって時間をかけて選ぶ時間自体が、ステラにとっては楽しいようだった。買い物を終えた時、とても満足そうにしていたのが、フラビオには印象的だった。
「おかげでいい買い物ができました。フラビオさんのおかげです」
心からの笑顔で言われて、フラビオもさすがに少し照れていた。
「お役に立てて何よりだ。俺も、女性はこんな風に服を選ぶんだなあって、初めて知って良かったよ」
「そうですか。ならお互い様ですね」
「さて、そろそろ昼だし、どこかで昼飯にしようか」
「そうですね。いつも冒険者ギルド近くの料理屋ですから、たまには違ったお店に行ってみましょう」
そして二人は、商店街でも料理屋の立ち並ぶ場所へと向かった。
「この辺は仕事のある日は来ないんですよ。いろんなお店があって迷いますね。どこもおいしそうで」
「そうだな。まあ、ゆっくりと選ぼうか。そうそう、昼飯は俺のおごりだ。いつも世話になってるからな」
フラビオが相槌を打ちつつそう言うと、ステラが慌てて手を振った。
「そんな、申し訳ないです。この前の時もご馳走になったのに」
「昼飯くらい、いいって。ダンジョンから戻って、ステラさんと一言二言話をすると、すごくほっとするんだ。それに、今日わざわざ休みの日に付き合ってくれてるんだ。そのお礼ってことで」
「そうですか? でも分かりました。今回もご馳走になります」
フラビオは、ステラが素直に了承してくれたことにほっとしていた。わざわざ休日にこうして一緒に出かけてくれているのだ。このくらいの礼をするのは当然だと思っていたのだ。
「前回はコース料理の店にしたんだっけ。あれはうまかったな。今回もちょっと値の張るそういう店にしてみようか」
「私は構いませんけど。いいんですか?」
「ステラさんも俺の稼ぎは知ってるだろ。銅貨の三十枚やそこら、大した出費じゃないさ。って、この前もそんなやり取りしたな」
そう言って、フラビオは高級な料理店を指さした。
「あの辺、入ってみようか」
「そうですね。いいと思います。気を遣ってくれてありがとうございます」
「なに、俺も食べてみたいだけだ。たまには贅沢な食事もいいもんさ」
そして二人は店内に入った。
立派な装飾のしてある上品な店だった。一食銅貨三十枚と高級なだけのことはある。普通の食事は一食銅貨十枚程度だから、いかに高いかが分かる。
「これは出てくる料理が楽しみですね」
ステラが機嫌良くそう言った。フラビオと一緒に、滅多に食べられない上質の料理をまた食べられると思うと、うれしかったのだ。
テーブルの一つに案内され、そこの席に向かい合わせで座る。上質なテーブルクロスが敷かれていた。店員が改めてやって来て、フォークやナイフなどを並べていく。さすがは高級店である。
まずは前菜。生野菜の上に生ハムの薄切りが乗ったサラダだった。生ハムもちゃんと自然に熟成された品だった。
「何だこれ。生ハムって、口の中で溶けるのか」
「ほんと、旨味もすごいし、野菜との相性も抜群ですね」
最初の一皿から驚きの声が漏れた。
「いつもの料理屋だってうまいよ。確かにうまいんだけど、ここのはうまさの質が違うっていうか、上品で、かつ桁違いにうまいっていうか、そんな感じだな」
普段昼食はパン屋で買った物をダンジョンで頬張るフラビオである。あまりのうまさに、さすがは高級店だとうなっていた。
続いて第一の皿はペンネ。今回もトマトベースのパスタだった。
「ちょっとピリ辛なこの感じがたまらない」
「そうですね。辛さとトマトソースの旨味の下から、食べてるとパスタの旨味がにじみ出てくる感じで。歯ごたえもいいですし」
二人でおいしく料理を味わう。
「こいつは確かにうまいが、一人で食べてもこの感動はないな。ステラさんが一緒で良かった」
フラビオがそう言うと、ステラが軽く笑みを浮かべた。
「私もフラビオさんと一緒だから、余計においしく感じます。こうやっておいしさを共有できる感じがすごくいいです」
そう言うと、パクリと一口。もぐもぐと咀嚼して、それを飲み込むと笑顔を見せた。
「やっぱりおいしいです。フラビオさん、ありがとう」
「こちらこそ。お互い様ってヤツだな」
二人でおいしい笑顔を向けあう。
そして第二の皿は牛肉の赤ワイン煮込み。付け合わせにゆで野菜とパンがついてきた。この種の店では定番らしいが、材料費も高く、仕込みに手間の掛かる料理なので、その辺の店ではお目にかかれない品である。
「しっとりと柔らかく、ほろりと舌の上で解けて、旨味もたっぷり。こりゃまた贅沢な味わいだな」
「そうですね。このあふれるような旨味はたまらないですね。とても手間をかけて煮込んだのが分かります。贅沢な一品ですね」
肉の旨味を味わう合間に、付け合わせの野菜とパンも食べる。それにもまた二人は感心していた。
「薄っすらと野菜に味がついて、野菜本来の旨味が出てるな」
「パンも焼き立てみたいで、おいしいですね」
メインの料理にじっくり時間をかけて、二人は食事を進めた。
第二の皿の後は間にチーズが出てきた。舌休めの意味があるらしい。コクはあるがしつこくなく、上品な味のチーズだった。
最後のデザートはフルーツタルト。
「甘い物は滅多に食べないからな。これは新鮮にうまい。ケーキの類もたまに食べるのもいいもんだな」
「フルーツとタルト生地が調和して、甘いけど旨味があるって感じですね。今日はとても贅沢したって感じで、こんなの食べちゃうと、他の料理じゃ物足りなくなるかも」
せっかくの料理なので、最後の最後まで、しっかり味わいつくした二人だった。
「いやあ、うまかった。たまには贅沢な食事もいいもんだな」
「ごちそうさまです。ほんと、おいしかったですね」
食後のお茶を飲みながら、二人は次はどうするか相談した。
「さてこの後どうしようか」
「そうですね。ぶらぶらと商店街の店でも冷やかしながら、二人でのんびり歩いて回ってみませんか」
ステラが無難な提案をしてきた。彼女自身、いろいろな店を見て回るのが好きなのだろう。フラビオもその提案に賛成した。
「店巡りか。悪くないな。この前は露店市だったし、そこと商店街の品揃えを比べてみるのも面白そうだ」
「じゃあ、決まりですね。一緒に店を巡りましょう」
そうして二人は商店街へと繰り出すのだった。
デート編その2です。今回は服を仕立てる用事があります。文明レベルを近世あたりに設定しているので、新品の服が高く、古着屋も大活躍ということになってます。昼食も二度目のグルメ、おいしくいただいてます。




