第二十五話 王女の身の上話
フラビオとカタリナ王女、王女の護衛二名と、侯爵家の次男アレク、その護衛二名の計七名は、ダンジョンの出口へと向かっていた。
「それにしても、王女殿下、大活躍でしたね」
「ありがとう、先生」
フラビオ自身の気分としては、師と仰がれるような柄ではないと思っていた。だが、先生呼ばわりされている以上、丁寧に王女の面倒を見るべきとも思い、それを実行していた。しかし、だ。王家の者がこんな風にダンジョンに出入りしていいものなのだろうか。そう思ったので率直に聞いてみる。
「王女殿下、失礼とは存じますが、父王陛下はダンジョンへの出入りを、どうしてお許しになっているのでしょうか」
王女が肩をすくめた。
「いえ、本当は父も反対したいのですよ。でも、私の意志を尊重してくれて、こうして許可を出してくれるのです」
「そうなんですか? 普通、反対なら許可しないですよね」
「ええ。ちょっと訳がありまして」
そうして王女は遠い目をして、過去の出来事を振り返っていた。
「私は父王のアンドレア、王妃エリーゼの三番目の子として生まれました。兄が一人、姉が一人、弟が一人の、四人兄弟です。ですから、王位継承順位も低いのですが、かなり過保護に育てられました。父も母も、それだけ私のことを大事にして下さったのですね」
王女はそこまで言うと、苦笑を浮かべた。
「ですから、かなりわがままな姫だったと、今思い返すとそう思います。侍従や侍女にもかなり無茶を言いましたし、好き勝手な行動をしては迷惑を掛けていました。それでも学問は好きで、新しい知識が増えることが楽しくて、熱心に学んでいました。裏を返せば、子供のくせに理屈っぽく、屁理屈をごねては周りを困らせていたということでもあります。わがままで嫌味で、人に好かれる質ではなかったのですが、それでも父も母も兄弟も、みな私に優しくして下さいました」
とてもそんな風には見えないなと、フラビオは思う。
「失礼ですが、王女殿下は良く指示を守り、ダンジョンでも安全を第一に行動されました。そんなわがままな姫君にはとても見えませんが」
そこで王女がフラビオをまっすぐに見つめた。身を乗り出してフラビオに近づき、そこが大事だとばかりに話を続けた。
「それなんです! それも先生のおかげなんですよ。七年前、私と母の乗った馬車が魔物に襲われたのを救って頂いた時、私は目が覚めたんです。優れた力がありながら、それを鼻にかけることなく、人を助けても謙虚に振る舞う、これこそ人として理想の姿だと思ったのです」
目を輝かせて王女が話す。
「大蜘蛛を退治し、負傷した護衛の騎士達を治療した先生の姿を見て、私は何と素晴らしいのだろうと思いました。そこで王宮に戻ってから、魔法の関する書物を読み漁り、自分でも魔法が使えないかと思ったのです。宮廷魔術師に頼んで、魔法の素質があるかも調べてもらいました。その結果、素質ありということで、ニコラスという宮廷魔術師の手ほどきを受けるようになりました」
それが王女の人生の転機であった。
「私は懸命に魔法を学びました。その他に、学問や礼儀作法など学ぶことも多く、自由にできる時間は減ってしまいましたが、そんなことはどうでもよかったくらいです。魔法の力は修練を積んだ分、どんどん身に付いてくるので、とてもやりがいがありました。初めてファイアボールが撃てるようになった時のうれしさは、今でも忘れられません」
フラビオは、魔法学院時代の自分もそうだったなと思い出した。学ぶほどに力が付くのは実にうれしいことだ。とは言え、いくら実力をつけるためでも、十年もの間、魔物討伐ばかりに熱中していたのは、やり過ぎだったなと言う気持ちもある。しかし、その過酷な戦いの末に今の実力があるのだから、結果的には良かったのだろう。そんな風に自分の過去を振り返った。
その間にも、王女の話はまだまだ続くようだった。
「魔法の修練に励んだことで、私のわがままは完全になくなりました。そんなことをしている暇があったら、魔法についての書物を読んでいる方が楽しかったのです。おかげで普段は大人しく振る舞うようになり、城の者を困らせることのない立派な王女だと言われるようになりました。ですから、父も母も魔法の修練のおかげでカタリナが良い王女になったと、そう思ってくれているのです。それで私が魔法の力を身に付けることについては、何かと便宜を図ってくれるようになりました」
なるほどねえ。魔法の修練のおかげで良い姫になったと、そんな過去があるから、ダンジョン行きもその一環として許してくれているわけか。王女ながら魔物討伐するのはお転婆とは言わないのだろうか。これも十分わがままで、城の者を困らせている気がしたフラビオであった。
「便宜を図ると言っても、ダンジョンみたいな危険な場所に行くのを許すのは、本当にいいのかって、俺は思いますけどね」
そう正直に言うと、王女がうれしそうに言い募った。
「だって、先生にダンジョンを案内してもらって、あんなにすごい魔法を見せられて、話を聞いたら、七年前に私達を助けてくれた旅人が先生だったわけじゃないですか。こんな奇跡的な再会ができて、私すごくうれしかったんです。しかも、先生は冒険者として王都のギルドにいるじゃないですか。こんな巡り会わせ生かさなければ後悔する、そう思いました。だから、こんなすごい先生と一緒にダンジョンで修練を積んだら、もっと力が付けられるはずだからと言って、無理を通して父上、母上にお願いしたんです。最初は父も母も渋い顔をしていましたけど、先生が凄腕だという情報もきちんと知って、それなら安心だと許可を出してくれたんです。ですから、ダンジョンにこうしてこられるのも、フラビオ先生が同行してくれるからなんです」
王女は一気にそこまで話すと、フラビオの表情を確認した。余計なことを言い過ぎたかと思ったのである。
だが、そんなことはなく、フラビオも正当に実力を評価されての結果だと分かり、納得していた。
「ありがとうございます。自分で言うのもおこがましいですが、正当に実力を評価をしてもらえるのはありがたいですね」
「それ、その言葉遣いです、先生。先生は先生なんですから、私より上の立場です。公の場ならともかく、ダンジョンの中くらい、普通に話してくれていいのですよ。レッサーデーモンと戦った時みたいに」
王女が不器用なフラビオの丁寧語に、不要だと言ってきた。気持ちは分かるがそうもいかないだろうと、フラビオは思う。
「配下の方々の手前、無礼はできませんよ。お聞き苦しいかもしれませんが、ご容赦下さい」
王女が少し不満げな顔をした。そうやって膨れると、年相応でかわいらしく見える。
「私は先生と対等に話がしたいんですけどね。でもまあ、仕方ないです。話は変わりますが、明日、またダンジョンにご一緒できますか? 公務や習い事があるので、明日を逃すと、しばらくご一緒できないんです。ご予定の方はいかがでしょう、先生」
本当に力を高めたいという気持ちの強い王女だった。フラビオも一時期同じだったから、その気持ちは良く分かる。まあ、自分宛ての依頼はたまにしかないし、あっても後に回してもらえれば済む。ここは王女の希望を叶えるべきだろう。
「了解しました。予定を開けておきます。明日もダンジョン入り口、九時集合ということでいいですか」
王女の表情がパッと明るくなった。
「はい、ではそれでお願いします。明日もよろしくお願いします」
ダンジョンの出口に着くと、馬車が二台待機していた。
そのうち一台は侯爵家次男のアレクの馬車である。乗車間際に、彼は再び謝罪をしてきた。
「今日は迷惑を掛けた。フラビオ殿が王女の指南役、護衛役として見事な実力をもっていることも良く分かった。改めて無礼を謝罪しよう。本当に済まなかった」
「いえ、ご理解頂けて幸いです。アレク様、今日はご苦労様でした」
それを聞いてほっとしたようで、アレクは明るい表情で馬車に乗り込んだ。
そして、王女がうれしそうに言う。
「フラビオ先生、アレク様を救って頂き、ありがとうございました。明日はいつもの面々だけで参ります。よろしくお願いしますね」
「王女殿下も、今日のご活躍はお見事でした。明日もまた期待しておりますので、今日はごゆっくりお休み下さい」
そして二台の馬車が去っていく。
それを見送って、フラビオは一人、冒険者ギルドへと戻っていった。
「それで、また明日、王女殿下のお世話なんですね」
ギルドに戻ってステラに今日の顛末を報告すると、不機嫌そうな声が返ってきた。
「王女殿下のこと、相当お気に入りみたいじゃないですか」
じろっとにらまれて、フラビオが困ったように返事をした。
「いや、まあ、熱心だし、実戦でもしっかり立ち回って頑張ってるし、教え甲斐があるからなあ。何でも、七年前、俺が国内を旅してるとき、魔物から王女の馬車を助けたことがあって、それを見て魔法を習おうって思ったらしいんだ。そんなこともあって、放ってはおけなくてさ」
「フラビオさんが木犀園に通い始める直前の話ですね。そうですか。そんなこともあったんですね」
ステラが納得してくれたようで、フラビオが安堵の息をつく。しかし、実際は余計に嫉妬心が湧いていたのだった。
「危ないところを助けてくれた思い出の旅人がフラビオさんですか。それで先生って呼んで懐いているんですね。王女殿下からすれば、運命の相手だって思うじゃないですか、そんなの。なんかうらやましいです」
ステラの言い分も分かる。まあ、ステラが冒険者を止めるきっかけを作ったのもフラビオで、そういう意味では同じように運命の相手だと言えなくもないのだが。ドラマチックという点では負けているわけで、となれば、ステラが膨れる気持ちも分かる。
「分かった。今度の休み、一緒に出かけような。俺も王女だけじゃなく、ステラさんのことも大事に思ってるから」
「王女だけじゃなく、なんですね」
「あ、いや、それは言葉の綾というか」
そこでステラがふふと笑った。
「ごめんなさい、王女殿下がうらやましかったから、つい意地悪を言ってしまいました。王女殿下もフラビオさんが頼りなんですから、その期待に応えるのは当然ですよね。頑張って下さいね」
追及が終わって、フラビオがあからさまにほっとしていた。
「でも、一緒に出掛けるの、覚えててくれてうれしいです。楽しみに待ってますからね」
笑顔でそう言うステラは見事なまでの美しさだった。降参だとばかり、フラビオは両手を上げて言った。
「分かってる。よろしくな。にしても、ステラさんには勝てないな」
強力な魔物でさえ倒せるフラビオでも、勝てない相手は存在するのだった。
そして翌日。フラビオは王女との約束を果たしに、朝からダンジョンへとやってきていた。
そこへ例の王族専用馬車が到着した。うれしそうな顔で王女が降りてくる。
「先生、今日もよろしくお願いします」
「分かっています。では、参りましょうか」
例によって護衛役の騎士四人も一緒だ。王女の指南役である宮廷魔術師ニコラスは今回も不在である。
フラビオはみなを先導し、地下一階に下りると、早々に探知魔法を使う。
「ジャイアントスネークが三体、ロックゴーレムが一体、ガーゴイルが三体、どれも一度戦った相手ばかりですね。これなら大丈夫でしょう。健闘を期待してます」
「分かりました。お任せ下さい」
そうして二日連続での魔物討伐が始まった。
最初のジャイアントスネークは、昨日も王女が三体倒している。
今日も問題なく戦闘が推移した。
「アイシクルランス!」
スネークは口での噛みつき攻撃が脅威だが、同時に口は最大の弱点でもある。そこに氷の槍を叩き込むことで、体を一気に引き裂くのが有効だと、昨日の戦いで王女も学んでいた。
一体のスネークの口の中に氷の槍が直撃する。口から体までが引き裂かれごく簡単に魔物を消滅させていた。
それを三回繰り返す。昨日と同様、あっさりとスネークは倒されていった。
王女の見事な圧勝である。もちろん、戦闘後に安否や異常の有無を確認している。戦闘だけが大事でないことは、王女もよく理解していた。
次の相手のロックゴーレムも、倒し方はフラビオに教わっている。硬く頑丈な体をしているが、温度差によって砕くことができるのだ。
ゴーレムの拳を避けると、王女が最初の魔法を放つ。
「ファイアボール!」
その一撃が胴体に当たる。高熱で幾分かのダメージが入るが、一撃ではその程度でしかない。だが、まだ次があった。
「アイシクルランス!」
二発の魔法で急激な温度差をロックゴーレムの胴体に与える。温度差によって胴体の一部が脆くなり、表面が多少剥がれ落ちていた。
そして今回王女は爆発魔法を使った。
「エクスプロード!」
脆くなった場所を起点に爆発の魔法を発生させる。その威力はゴーレムの胴体を砕き、大きな穴を開けた。ゴーレムが霧状になって消えていく。一発の反撃も許さず、これも王女の圧勝だった。
その次はガーゴイル三体。前回討伐の時は、一対一でないと厳しいだろうと、フラビオが二体倒してから、王女の出番としていた。
「今日は二体同時ということにしましょう」
フラビオが魔法を放つ。
「ウィンドカッター」
初級魔法だが、高レベルメイジのフラビオが使った真空の刃は、凄まじい切れ味だった。一体のガーゴイルが体を両断され、一撃で霧状になって消えていく。
「では、王女殿下、残りを頼みます」
もちろん危なくなったらフラビオが割って入るつもりである。
「頑張ります」
王女がガーゴイルと対峙する。まずは相手の攻撃を丁寧に避ける。
鍵爪の攻撃を右に避け、左に避けと王女が機敏に動く。
そして一体のガーゴイルが再度襲い掛かろうとしたのをさらにかわし、爆発魔法を発動させた。
「エクスプロード!」
今回もガーゴイルの胴体を起点に爆発を起こした。見事に直撃し、腹部が大きくえぐられる。すかさず王女がとどめの魔法を使う。
「アイシクルランス!」
氷の槍がえぐられた腹部を直撃し、胴体を真っ二つに斬り裂いた。ガーゴイルが霧状になって消えていく。
残り一体なら、後は何とでもなる。そのガーゴイルが攻撃してくるのを余裕をもって避け、再度爆発の魔法を使う。
「エクスプロード!」
先程のガーゴイルと同様に、大きく腹部をえぐられたガーゴイルのバランスが崩れる。王女は容赦なくとどめを放つ。
「アイシクルランス!」
再度氷の槍がガーゴイルの腹部を斬り裂く。胴体が二つにちぎれ、ガーゴイルが霧状になって消えていく。これも王女の圧勝だった。
それから合計で十体ほど魔物を討伐し、一行はダンジョンの入り口に引き上げてきた。
「王女殿下、今日もお見事でしたね」
「これもすべて先生のおかげです。毎回、ありがとうございます」
そうなのだ。今回の討伐では、王女でも勝てる相手ばかりを選んで戦っている。勝てるように数の調整もしている。無理をさせずに経験を積ませようというフラビオの判断だった。以前レッサーデーモンを相手にさせたような無茶はさせない配慮だった。王女もそのくらいはわきまえていた。
「良い経験が積めました。次、いつになるか分かりませんが、また日が空いたら、ダンジョンでのご指南、お願いしてもいいですか」
「もちろんです。王女殿下の努力が報われるよう、お力添え致します」
「ありがとう。フラビオ先生が私の先生で良かったです」
にこりと笑う美形の王女。実に絵になる光景だった。
「ところで先生、先生はお付き合いされている女性の方とか、いるのでしょうか」
突然振られた話題に、フラビオがうろたえる。
「な、何でそんなこと、急に聞かれるんです?」
「いえ、もしいないのなら、私が先生のお相手になるのはどうかなって思いましたので」
ちょっと待て。十四才も年が違うのに、それはいくら何でもないだろう。そう思ったのだが、王女の感覚はずれていた。
「王族や貴族の場合、二十才違いとかはごく普通ですからね」
「そ、そうなんですね」
「そうなんです。いかがですか?」
美貌の王女にそこまで言わせてしまって良いものなのだろうか。王女配下の護衛達は聞かないふりをしている。何とも困ったことである。焦りながらも、ステラの顔を思い出して返事をした。
「い、いや、こんな俺でも、好意を寄せてくれる人もいますので。それに、さすがに王女殿下には、もっとふさわしい方がいると思いますよ」
すると王女はにこりと笑って言葉を続けた。
「そうでしょうね。先生ほどの立派な方でしたら、好きになる女性の一人や二人、いるのが当然ですよね。分かりました。お気持ちが変わるのをお待ちします。私のことも、ぜひ考えてみて下さいね」
話し終えると、王女達は馬車に乗って去っていった。
「何だかなあ。良いことなんだか悪いことなんだか」
ひとり呟き、フラビオもギルドへの道をたどる。
こうして二日間、フラビオは無事に王女の指南を務めたのだった。
王女の事情編です。こんなわけでダンジョンに入るのがうれしいという王女の動機や背景について描きました。最後にやっぱり王女もフラビオに好意をもっていることが分かりました。先行き大変そうですね。




