第二十二話 アークデーモン
王都近くのカルスのダンジョン。適正レベルが十三以上と高難度で知られるそのダンジョンの奥深く、地下二十五階に五人の冒険者が到達していた。セカンドマスター、つまりレベル三十を超えるパーティ赤い牙の四人、戦士のローザ、シーフのユエル、ヒーラーのタント、バッファーのマリア。それに助っ人として呼ばれたフラビオの五人である。
彼らは目標であるアークデーモンの元へと進んでいた。
そして、しばらく進んだ大きく開けた場所に、そのアークデーモンが佇んでいるのを見つけたのだった。
体長五メートルを超える巨体だった。角の生えた悪魔の顔に人型の体。赤紫色の表皮。その威圧感は並の魔物にはないものだった。
「よし、突撃する」
ローザの言葉に他の三人が反応する。
「ストレングス」
「エンチャントウェポン、クイック、ディフェンス」
タントとマリアが強化魔法を発動させる。それぞれ、身体を強化し力を高める魔法、武器の攻撃力を高める魔法、敏捷性を上げる魔法、防御力を上げる魔法である。強敵なので出し惜しみはなしである。
まずはユエルが突進する。アークデーモンが反応し、火球を放ってきた。ファイアボールの魔法である。
「そんなの当たるか!」
軽々とそれを避けると、ユエルがデーモンの左足に斬りつける。薄い線が走り、かすかな傷がついたのが分かる。しかし、グレイトキメラの顔面を斬り裂く一撃でも、その程度のダメージにしかならないのだ。アークデーモンがいかに頑丈かが分かる。
「ホーリーランス!」
「アイシクルランス!」
タントとマリアが援護の魔法を放つ。それぞれアークデーモンの胴体を直撃した。アークデーモンは魔法をレジストする能力があるが、さすがはセカンドマスター、その魔法抵抗を突破し、わずかだがダメージを与えることに成功していた。
「これでも喰らいな!」
ローザが強烈な横薙ぎの一閃を繰り出す。先程ユエルが与えた傷を目印に、大きく切り裂く。しかし、それほど深い傷にはならず、デーモンは平然と拳を振り下ろしてきた。ローザがそれを見切り、紙一重で避ける。
次の瞬間、アークデーモンの魔法が発動した。ヒールである。四人が与えたダメージを帳消しにする回復魔法だった。せっかく与えた傷が見る間に塞がっていく。
「なんてこった、こんなに早く回復が入るなんて」
「ぼやいても仕方ないよ。諦めずに斬るしかない」
ユエルとローザが再び連携に入る。
ユエルが突進し、傷跡の目印を残す。その傷にローザが斬りつけ、傷を大きくする。
二人は繰り返しその攻撃を続け、多少だがその傷を大きくすることに成功した。
「フラビオ!」
またヒールが来ると読んだローザが叫ぶ。
「あいよ。ロックアタック」
フラビオの魔法が放たれる。土属性で、大きな岩石をぶつける魔法だ。それがアークデーモンの頭部を直撃した。アークデーモンが魔法の発動に失敗し、その動きを止めた。読み通り、回復魔法を使うところだったようだ。
一瞬だがアークデーモンの動きが止まり、絶好の隙ができたと、二人が再度デーモンの左足に斬りつける。
傷が広がり、ダメージが増やせたのを喜ぶ間もなく、アークデーモンの反撃が来た。幅と高さが三メートルはある炎の壁が出現し、二人に一気に近づいていく。炎の上級魔法、ファイアウォールである。
「ホーリーシールド!」
タントがユエルとローザの前面に魔法の楯を展開する。その楯に守られ、二人は無傷でその窮地を脱した。
「ウィンドカッター!」
その一瞬の隙に、マリアが真空の刃の魔法を放つ。せっかく付けた傷である。それを広げようと試みたのだった。
真空の刃はレジストを貫通し、傷口を少し広げることに成功した。
そして炎の壁を逃れたユエルとローザが、再度連携して斬りかかる。
しかし、それにも構わず、デーモンがハイヒールの態勢に入ろうとしていた。デーモンの口が開かれる。
それはフラビオが許さなかった。
「アイシクルランス」
氷の槍がデーモンの口の中を直撃する。またもデーモンの魔法が発動せず、失敗に終わった。ここでまたデーモンが動きを止めた。
その隙に、二人の斬撃がデーモンの左足に放たれる。鋭い刃がさらに傷を広げていった。
「うぉおおおっ!」
デーモンが咆哮した。数多くの火球が生じ、地上へと降り注ぐ。
「ホーリーシールド!」
「マジックシールド!」
タントとマリアが再び魔法の楯を展開する。ユエルとローザはその陰に入って火球の攻撃を逃れた。炎の塊がいくつも魔法の楯に当たる。初級魔法とは言え、これだけの数を同時に発生させるのだから、さすがはアークデーモン、強力な魔物であった。
フラビオだけは魔法の楯に頼らず、一人で火球を避けて回った。
楯の恩恵を得られなかった分、反撃が早くできる。
「アイシクルランス」
フラビオが再度氷の槍を生み出し、デーモンへと放つ。繰り返し口の中を狙って命中させる。デーモンの魔法が発動に失敗し、動きが止まる。フラビオも、ヒール阻止だけでなく、動きを阻害することが必要だろうと踏んでの魔法攻撃であった。
「チャンス!」
「ストレングス」
「エンチャントウェポン、クイック、ディフェンス」
タントとマリアが効果時間の切れた強化魔法を再度二人に掛ける。その恩恵を受けたユエルとローザが魔法の楯から飛び出し、突進する。二人で連携し、ここまでについた傷をさらに広げるように斬撃を放つ。また多少の傷は広がったようだが、足を斬り落とすには到底足りない。
「さすがにタフだね。でも、この調子でいくよ」
「了解」
「分かってる」
「援護は任せて」
三人が短く返事をする。激戦はまだまだ続くのだった。
戦闘は二十分近くに及び、さすがのセカンドマスターの面々にもわずかに疲れが見えてきた。フラビオもかなりの数、援護の魔法を放ってきたが、こちらはまだ涼しい顔である。
しかし、執拗な攻撃とヒールの阻止を繰り返し行った結果、デーモンが足に深い傷を負い、自由に足を動かせなくなっていた。
「うぉおおおっ!」
これで何度目か、デーモンが咆哮した。数多くの火球が生じ、地上へと降り注ぐ。
「ホーリーシールド!」
「マジックシールド!」
火球の雨が降る度、タントとマリアが魔法の楯を展開する。ユエルとローザがその陰で火球を凌ぐ。
攻撃の手が止むと、いつまた回復魔法を使おうとするか分からない。フラビオはそれを読んでいて、火球を楯で防がず、回避していた。
そして即座に反撃する。
「アイシクルランス」
またも狙いすました一撃が、デーモンの口の中を直撃する。読み通り、回復魔法を使おうとしていて、それがまた失敗に終わった。
「そろそろいけるはず! 闘気剣!」
ユエルとローザが剣に闘気を込める。淡く剣が発光する。攻撃の威力を高める必殺剣だ。
「そりゃっ!」
ユエルの斬撃がまず命中する。繰り返しつけた傷はかなり深くなっていて、もう少しで折れそうなところまで来ていた。そこに攻撃を受け、デーモンの体が揺れた。
「三の太刀!」
ローザが渾身の横薙ぎを繰り出す。見事に傷口に命中し、その傷を大きく切り裂いた。そして異音を発して、デーモンの足が折れる。
巨体がついにバランスを崩し、地上に倒れたのだった。
「よし、とどめだ! みんないくよ!」
ローザの合図で、倒れたデーモンの頭部に集中攻撃を加える。
「連撃刃!」
「多段斬り!」
「ホーリーランス!」
「ブリザード!」
猛攻を受けて、地上に倒れたデーモンのダメージが一気に増えていった。
そしてついに、アークデーモンが霧状になって消えていく。長い戦いはセカンドマスターパーティ赤い牙の勝利に終わった。
「やっと勝てたね。全く、タフな相手だったよ」
ローザがこぼしながら仲間の無事を確認する。上級パーティでいかに強かろうとも、戦闘の後に無事を確認するという基本は行動は確実に行う。
「ケガもないし、全員無事、と言いたいところだけど、さすがにみんな疲れ切ってるね。小休止しようか」
リーダーの言葉に仲間がうなずく。
そして全員で地上に座り込み、水筒を開ける。
勝利を喜びつつ、全員で休息を取るのだった。
「フラビオ、あんた魔法何発撃った?」
ローザが不意に尋ねてきた。何の意図か汲み取れないまま、フラビオも正直に答えた。
「ロックアタックとアイシクルランスの二種類だけ、ざっと二十五発かな」
「二十五か。思った以上に仕事してもらったね」
そう言うと、ローザは残念そうな表情になった。
「裏を返せば、それだけの援護をもらって、あたしたちはやっとこアークデーモンを倒せたってことだ。自力で倒すのはまだ難しそうだね」
なるほど、それを気にしていたのか。フラビオも納得した。確かに赤い牙が独力で倒せるのが理想的であろう。しかし、それは難しいということが、今回の戦闘で判明してしまったというわけだ。
「確かにリーダーの言う通りだ。フラビオ、助かったよ。ありがとう」
ユエルも素直に自分達の力量を認めていた。
「そうだな。俺達ももっと強くならないとな」
タントもそれに同意する。
「確かにそうね。私の強化魔法や攻撃魔法じゃ、まだまだ不足ってことだもんね」
マリアも自らの力不足を認めていた。
しかし、そうなると、フラビオならどうやってアークデーモンを倒すのかが気になるところである。
「私の魔法だとあの程度だけど、フラビオの魔法はもっとすごいってことよね。ねえ、あなたならどうやってアークデーモンを倒すの? 差し支えなかったら教えてくれるかな」
マリアが仲間の気持ちを代弁して尋ねた。
フラビオの返事はあっさりしたものだった。
「要はレジストを突破して、ヒールを使わせる余裕を与えないで、大ダメージを喰らわせればいい。最上級の爆発魔法、バーストエンドなら、一発か二発で片付く」
赤い牙の全員が驚いていた。
「はあ? あのタフなアークデーモンを一発か二発?」
「どれだけ威力があるんだ、その魔法」
「そんな高威力の魔法があるなんて、信じられない」
「というか、フラビオ、レベルいくつなんだ?」
口々に驚きを言葉にしていた。
「レベルは秘密だ。吹聴されても迷惑だしな。バーストエンドは強力な魔法だが、俺のレベルで威力が上乗せされているから一、二発で済む。覚え立てだと三、四発はかかるだろうな」
「はあ」
四人が四人、呆れたような声を漏らした。
そして、やはり興味があるのだろう。ローザが言い出した。
「実際にそいつを見せてもらうのって、できるのかい?」
フラビオは涼しい顔のまま答えた。
「別に構わない。そうだな、俺への報酬が金貨一枚ってのが、実は安いってこと、セカンドマスターのみんなに知ってもらえれば、この先文句をいうヤツも減るだろうし、いいだろう。バーストエンド、見せてやろう」
「あんたはホントはがめつくないってことかい?」
「いや、がめついんだろうさ、普通に考えれば。でもまあ、高くはないって分かってもらえるのは悪くない」
休息を取った一行は、ユエルの探知魔法で地下二十五階にいる魔物を改めて調べた。
「グレーターデーモン三体、フロストジャイアント二体、ファイアードラゴン一体、近くにいるのはこんなところだな」
ユエルの言葉にフラビオがうなずく。
「なら、ファイアードラゴンでいいか。十分頑丈だし」
昼食のメニューを決めるような気軽さで、フラビオは答えた。その余裕のある態度に、赤い牙の面々がまたもや呆れた顔になる。
「それでいいなら、あたし達に異存はないよ」
「お任せしますんで、よろしくお願いします」
「ユエル、案内頼む」
「了解。じゃあ、行こうか」
そして一行はファイアードラゴンの元へと向かった。
ファイアードラゴンは、ドラゴンの中でも標準的な魔物である。フロストドラゴン、グリーンドラゴン、ポイズンドラゴン等の亜種も存在する。体長は四ないし五メートル。四本足に長い尻尾。鋭い口の噛みつきは金属鎧をも突き破り、同じ口から炎のブレスを吐くこともできる。表皮も硬く、アイアンゴーレムよりも硬いとされるのが通説だ。討伐するのが難しい魔物の一つである。
通路の先の開けた場所に、一体のファイアードラゴンが確かにいた。
「あたし達でも倒すのは苦労しそうだね」
ローザがため息をついた。本当にフラビオはこいつを倒せるのだろうか。
そんな心情を汲み取って、フラビオは事も無げに答えた。
「まあ、任せておけ」
そして、一人でドランゴンの元へと歩み寄っていく。
赤い牙の面々は、邪魔にならないよう、離れた場所で待機していた。
ドラゴンが侵入者に気付き、顔を上げた。
そしてそのまま炎のブレスを吹いてくる。アークデーモンのファイアウォール以上の威力があった。攻撃範囲も広い。
フラビオはそれを大きく避けると、走り始めた。一気にドラゴンに接近していく。
ドラゴンが尻尾を振るう。フラビオが宙に跳び上がってそれを避ける。
そして避けた瞬間、ドラゴンの頭部を起点に魔法を発動させた。
「バーストエンド」
凄まじい威力の爆発が起こった。それがドラゴンの頭部を一瞬で消し飛ばした。首も粉々になって破片が飛び散り、胴体の前半分まで砕いていた。
「う、うそ……」
「何、この威力……」
「一撃かよ……」
「これが最上級魔法……」
四人が驚き、口々につぶやいている間に、ファイアードラゴンは霧状になって消えていった。姿は異なっていても、魔物の最後はいつも同じであった。
四人がフラビオに駆け寄る。
「まいった。さすがは高レベルメイジだ。恐れ入ったよ。まだまだあたし達も、鍛える余地があるってことが良く分かったよ」
ローザがそう言って両手を上げた。他の三人も同様である。
フラビオは涼しい顔のまま四人をなだめた。
「ありがとよ。だがまあ、赤い牙だって王都では十分に強いパーティだ。後は自分達のペースで強くなればいいさ」
「そうするよ。きょうはありがとな、フラビオ」
「礼には及ばない。これも報酬の内だからな。しかしだ」
フラビオが例によって討伐数の件を口にした。
「マイティコア、グレイトキメラ、アークデーモン、ファイアードラゴン、これだけだとちょっと赤字だな。どうだ、まだ狩れるか?」
四人が呆気にとられた顔をした。
「そんなだからがめついって言われるんだよ。けどまあ、確かに赤字だ」
ローザの返事に、他の三人が次々に言う。
「俺達なら、まだいけるぞ」
「俺も大丈夫。魔法の回数も十分だ」
「私も。せっかくだし、もう少し魔物を狩りましょう」
フラビオのすごい魔法を見た後で、逆にやる気になったようだった。
「そうだね。じゃあ、もう少し魔物を狩って帰ろうか」
ローザも同意し、赤い牙四人とフラビオは、もう少しダンジョンでの戦闘を続けたのだった。
「今日はありがとよ。じゃあ、またの機会にな」
冒険者ギルドに戻った後、赤い牙の四人が借りているホームへと戻っていく。本来、稼ぎが十分にあるのなら、そうやって家を借りて暮らす方が普通だ。住み心地も良いし、家を自由に使えるからだ。十七年も冒険者ギルドの一室を借りているフラビオが例外なのである。
「今日もしっかり成果が出せたんですね。さすがフラビオさんです」
ステラがいつものように褒めてくれる。
「そう言ってもらえると、なんかほっとするな。いつもありがとう、ステラさん。じゃあ、風呂にでも行って一休みさせてもらうよ」
フラビオも表情を緩め、ステラに礼を言う。
こうして無事に依頼を果たし、ひと汗流そうと、フラビオも公衆浴場へと向かうのだった。
アークデーモンです。強いパーティが苦戦する相手として、物凄くタフな存在として描きました。そんな相手でも一発か二発で倒せるというフラビオの強さも併せて描きました。チート級の強さですが、チートではなく長年魔物討伐を続けた結果です。




